第41話 魔王様、万歳!
人質になったはずのミュルラス。
焚き火を囲む魔族たちは、
まだその正体を知りません。
さて、そろそろ種明かしの時間です。
Vive le roi-démon !
焚き火の向こう。
縄で繋がれたノエルが、
肉を焼いている。
その周りで、
魔族たちが笑っている。
「……」
ノエルは、
灰色のマントから顔だけ出した。
その時、
一人の魔族が、こちらを見た。
「……ん?」
目が合った。
「おい」
立ち上がる。
「誰かいるぞ」
ノエルは、マントを脱いだ。
ふっ。
姿が現れる。
「……!」
魔族たちが、一斉に立ち上がった。
「魔王!」
「魔王だ!」
「なんでここに!」
剣が抜かれる。
槍が向けられる。
ラザンも、ノエルの隣へ出た。
「ラザンまでいるぞ!」
「囲め!」
一気に、空気が変わった。
けれど、
「やめろ」
低い声。
「……?」
魔族たちが振り返る。
縄で繋がれたノエルが、
肉を食べている。
「何してる」
「え?」
「武器を下ろせ」
「いや、お前……」
「いいから下ろせ」
「なんで人質に命令されなきゃ――」
ミュルラスは、
ノエルを見た。
「ズーズルは、いなかったんだな」
ノエルは頷く。
「うん。どこにもいなかった」
「やっぱりか」
「おい」
魔族の一人が、二人を交互に見る。
「なんの話をしてる」
ミュルラスは、ため息をついた。
「もういい」
立ち上がる。
手首には、縄。
「ノエル」
「うん」
「戻すぞ」
「うん」
「戻す?」
次の瞬間、
光が走った。
ノエルを包む。
ミュルラスを包む。
黒い髪が、背中を流れる。
身体が大きくなる。
金と赤の瞳。
白い肌。
そして、
縄に繋がれたまま、
魔王が立っていた。
「……」
誰も、
動かなかった。
少し離れた場所では、
本物のノエルが、自分の手を見ている。
「戻った」
「……」
沈黙。
ぱち。
焚き火が爆ぜた。
側にいた魔族が、
小さな声で言った。
「……魔王?」
ミュルラスが見る。
「そうだ」
「……」
別の魔族の顔が、青くなる。
「俺……」
「なんだ」
「さっき……」
「なんだ」
「二千年前からいる化け物って……」
「ああ」
「……」
「言ってたな」
その顔から、血の気が引いた。
ミュルラスは、
手首の縄を見た。
軽く引く。
ぶち。
切れた。
「ひっ」
「別にいい」
「え?」
「本当のことだろ」
「……」
ミュルラスは、腕についた縄を払った。
そして、
焚き火の前へ座る。
「肉、焦げるぞ」
「……」
誰も動かない。
「おい」
「は、はい!」
一人が、慌てて肉をひっくり返した。
*
しばらくして、
ノエルとラザンも、
焚き火のそばへ来た。
魔族たちは、
少し離れたところから、ミュルラスを見ている。
さっきまでの笑い声は、完全に消えていた。
ミュルラスが、
肉を食べながら聞く。
「お前たち」
びくっ。
何人かの肩が動いた。
「ズーズルに従いたいのか」
「……」
誰も答えない。
「じゃあ」
ミュルラスは、もう一口食べる。
「俺と戦いたい奴」
沈黙。
「いるか?」
誰も、
手を挙げなかった。
「……いないのか」
こく。
一人が、小さく頷いた。
隣も。
その隣も。
「じゃあ帰れ」
「……え?」
「帰れ」
魔族たちは、
顔を見合わせた。
けれど、
誰も動かなかった。
「なんだ」
一人が、
おそるおそる口を開く。
「帰れません」
「なぜだ」
「ズーズル様に……」
言葉が止まる。
「殺されます」
別の男も言った。
「俺だけならまだいいです」
「家族がいます」
「俺も」
「俺もです」
「……」
ミュルラスは、
肉を食べる手を止めた。
ラザンが一歩出る。
「魔王様」
「なんだ」
「彼らを、我々の保護下へ置くことは可能です」
「なら、そうしろ」
「魔王様がお決めください」
「なんで俺が」
「魔王様ですので」
「面倒だな」
「魔王様ですので」
「二回言うな」
ノエルが、少し笑った。
そして、
周りを見る。
「じゃあ」
全員がノエルを見る。
「とりあえず、ご飯にしない?」
「……」
「お腹空いてるでしょ」
魔族たちは、
また顔を見合わせた。
*
ラザンが、城へ連絡を入れた。
ほどなく、
食料が次々と運ばれてきた。
肉。
パン。
野菜。
果物。
大きな鍋。
そして、
ノエルが持ってきていたものも、少しだけ出した。
「これは?」
一人の魔族が、
黒い液体の入った瓶を見ている。
「コーラ」
「こーら?」
「人間界の飲み物」
「黒いぞ」
「うん」
「泡が出てるぞ」
「うん」
「毒か?」
「違うよ」
ノエルが、コップへ注ぐ。
しゅわ。
泡が上がる。
魔族たちが、
一斉に少し下がった。
「……」
ノエルが飲む。
「ほら」
一人が、
恐る恐るコップを取った。
口をつける。
「……!」
目を見開く。
「なんだこれ!」
「おいしい?」
「うまい!」
「俺も!」
「俺にもくれ!」
「俺も!」
焚き火の周りが、
にわかに騒がしくなった。
「ちょっと待って」
ノエルが笑う。
「そんなにないから」
ミュルラスが、残ったコーラを見た。
「早い者勝ちだ! 奪い合え!」
「おおおおお!」
魔族たちが、一斉に群がった。
「もー、ミュルラス!」
ノエルは呆れたように笑った。
けれど、
みんな楽しそうだ。
まあ、これも魔界なのかな。
いつの間にか、
焚き火の周りに笑い声が戻っていた。
*
話は、
他の部隊にも伝わっていった。
魔王は、
戦わない者とは、戦わない。
ズーズルのところへ戻れない者は、保護する。
そして、
なぜか、
肉と黒い飲み物が出る。
一人。
また一人。
焚き火の周りへ、
魔族たちが集まってくる。
やがて、
一つだった焚き火が、
二つ。
三つ。
十。
二十。
暗い荒野に、
いくつもの火が灯った。
ミュルラスは、
その光景を見ていた。
「……」
ノエルが隣に座る。
「すごいね」
「何がだ」
「いっぱい来た」
「見れば分かる」
「君のところに来たんだよ」
「飯だろ」
「それだけじゃないと思うけど」
ミュルラスは、
何も言わなかった。
*
夜も深くなった頃、
一人の魔族が、
ミュルラスの前へ来た。
昼間、
「魔王とは戦いたくない」
と言っていた角をもつ、
大柄の魔族だった。
「魔王様」
「なんだ」
「俺たちは……」
後ろを見る。
たくさんの魔族がいる。
「どうしたらいいですか」
「何がだ」
「これからです」
ミュルラスは、
少し考えた。
「好きにしろ」
「え?」
「ズーズルのところへ戻りたい奴は戻れ」
誰も動かない。
「家へ帰りたい奴は帰れ」
あちこちで、
魔族たちが顔を見合わせた。
「城へ来たい奴は」
ミュルラスは、ラザンを指した。
「こいつについてこい」
ラザンが、深く頭を下げた。
「俺と戦いたくないなら」
ミュルラスは、
静かに言った。
「俺も、お前たちとは戦わん」
「……」
その魔族は、
しばらくミュルラスを見ていた。
そして、
膝をついた。
「魔王様」
「なんだ」
「俺、城へ行きます」
「そうか」
その後ろで、
もう一人。
「俺も」
「俺も行く」
「家族も連れていいですか」
「ラザンに聞け」
「もちろんです」
「俺も!」
次々と、
声が上がる。
ミュルラスは、
少し困ったように辺りを見た。
その時、
誰かが、大きな声で叫んだ。
「魔王様、万歳!」
「……は?」
別の場所から、
「魔王様、万歳!」
「おい」
さらに、
「魔王様、万歳!」
「待て」
声が広がる。
「魔王様、万歳!」
「魔王様、万歳!」
「魔王様、万歳!」
ミュルラスは、
完全に困っていた。
ノエルが隣で笑う。
「人気者だね」
「うるさい」
「よかったね」
「何がだ」
「いっぱい仲間ができた」
「……」
ミュルラスは、
いくつも灯る焚き火を見た。
何も言わなかった。
*
その時、
一人の魔族が、
突然、ラザンの前へ現れた。
「ラザン様!」
瞬間移動。
息を切らしている。
ラザンの表情が変わった。
「どうした」
「ズーズル様を発見しました」
ミュルラスが、立ち上がる。
「どこだ」
「東の果てです」
「やっぱりな」
「ですが……」
男は、
息を整えた。
「軍を連れておりません」
「何?」
「ズーズル様、お一人です」
焚き火が、
ぱちりと爆ぜた。
à suivre…
荒野に、ひとつ、またひとつと灯る焚き火。
戦うために集まった魔族たちが、
今夜は同じ火を囲んでいます。
思いがけず仲間が増えてしまった魔王様。
けれど、ズーズルはどこへ……。




