↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
106/108

第40話 人質


魔王とノエルが、

入れ替わった朝。


姿は同じでも、

中身はいつもの二人。


いよいよ、少し変わった人質作戦の始まりです。



L'otage。


朝。


ノエルは、

鏡の前に立っていた。


「……」


長い黒髪。

白い肌。

金と赤の瞳。


背も、

ずいぶん高い。


鏡の中にいるのは、

どう見ても、ミュルラスだった。


「すごい」


自分の顔を触る。

鏡の中のミュルラスも、頬を触った。


「僕、君だ」


「見れば分かる」


後ろから声がした。

ノエルが振り返る。


「……」


今度は、

自分がいた。


淡い髪。

見慣れた顔。

見慣れた身体。


「変な感じ」


「俺もだ」


ミュルラスが、自分の手を見る。


「小さい」


「僕、そんなに小さくないよ」


「俺より小さい」


「君が大きすぎるんだよ」


ミュルラスは、

しばらく自分の身体を眺めていた。


そして、


「軽いな」


ぴょん。


「飛ばないで」


「すごいぞ、ノエル」


ぴょん。


「やめてって」


「魔王様」


ラザンが、頭を抱えていた。


「そろそろ参りましょう」


「分かった」


ノエルが、

右手を見る。


黒い指輪。

ミュルラスがいつも嵌めているものだ。


ミュルラスは、

ノエルのネックレスをつけている。


準備はできた。


*


東の砂漠。


三人は、

誰もいない場所へ瞬間移動した。


そこから先は、

魔獣に乗って進む。


先頭には、

魔王――に見えるノエル。


そのすぐ横を、ラザン。


少し後ろから、

ノエルの姿をしたミュルラス。


何も知らなければ、

魔王が、大切な人間と側近を連れて、

東の果てへ向かっているようにしか見えない。


「……」


ノエルは、辺りを見る。


何もない。


砂。

岩。

遠くに、黒い山。


「見られてる?」


小さな声で聞く。


ラザンは、

前を向いたまま答えた。


「おります」


「何人?」


「今は三」


後ろから、

ミュルラスが言った。


「五だ」


「え?」


「右の岩陰に二人増えた」


ノエルは、そちらを見そうになって、

やめた。


「君たち、よく分かるね」


「分からない方がおかしい」


「人間には分からないよ」


「不便だな」


そのまま、

三人は東へ進んだ。


*


夜。


大きな岩山のそばに、

小さな洞窟を見つけた。


そこで、火を起こした。


肉を焼く。


じゅう。

脂が落ちる。


火が、少し大きくなる。


「そろそろだな」


ミュルラスが、肉を見ながら言った。


「肉?」


「違う」


「じゃあ、あっち?」


「ああ」


周囲には、

もうかなりの気配があった。


囲まれている。


三人とも、

気づかないふりをしている。


ノエルは、

焼けた肉を一口食べた。


「おいしい」


「お前、緊張してないのか?」


「してるよ」


もう一口。


「でも、お腹は空くから」


「そうか」


しばらくして、

ノエルが立ち上がった。


「ちょっと薪を取ってくるよ」


ミュルラスが、ちらりと見る。


「一人で大丈夫か?」


「うん」


ノエルは、

森の方へ歩いていった。


その背中を見送り、

ミュルラスが呟く。


「……わざとらしいな」


ラザンも、

肉を食べながら頷いた。


「戦う気満々なのが、溢れております」


「だよね」


二人とも、少し笑った。


*


ノエルは、

枝を拾いながら、

少しずつ焚き火から離れた。


一本。

二本。

三本。


その時、

背後で、音がした。


振り返る。


何人かいる。


「……誰?」


返事はない。


次の瞬間、

腕を掴まれた。


「え?」


口を塞がれる。


そのまま、

身体が闇の中へ引き込まれた。


*


焚き火の前。


ミュルラスの指輪が、


ふっ。


一度だけ光った。


「……」


ミュルラスは、それを見る。


ラザンも気づいた。


「捕まりましたな」


「ああ」


じゅう。


ミュルラスは、

肉を裏返した。


「もう少し焼くか」


「左様ですな」


二人は、何事もなかったように肉を焼いた。


しばらくして、

ラザンが、わざと辺りを見る。


「ノエル様、遅いですね」


「そうだな」


「どうされたのでしょうか」


「さあな」


「少し見てまいります」


「ああ」


ラザンが立ち上がった。


周囲の気配は、かなり減っている。


残っているのは、

数人。


見張り役だけ。


ラザンは、森へ消えた。



焚き火の前には、

ミュルラスだけが残った。


じゅう。


肉を裏返す。

少し焦げている。


「……」


離れた岩陰。

男たちが、

小声で話していた。


「おい」


「ああ」


「魔王、一人だぞ」


「肉に夢中だな」


「今ならいけるんじゃねえか?」


「俺たちだけで?」


「倒したら大手柄だぞ」


「……」


「行くか」


数人が、

ゆっくりと、焚き火へ近づいた。


そして、

一斉に飛び出した。


「今だ!」


その瞬間、

ミュルラスは、

灰色のマントを被った。


ふっ。


消えた。


「……は?」


誰もいない。


「どこだ!?」


「消えたぞ!」


「瞬間移動か!?」


「そんな気配なかったぞ!」


「くそ!」


辺りを探す。


けれど、

見つからない。


「どうする?」


「戻るぞ」


「でも」


「人質はもう捕まえてる。十分だ」


「そうだな」


男たちは、

急いでその場を離れた。


足音が、遠ざかっていく。


しばらくして、

マントの中から、ミュルラスが顔を出した。


「……」


誰もいない。


マントを脱ぐ。


「すごいな、これ」


ちょうど、

ラザンが戻ってきた。


「魔王様」


「今、見張りも行ったぞ」


「確認いたしました」


ラザンが、辺りを見回す。


「追いますか?」


「ああ」


ミュルラスは、

残った肉を見る。


「その前に」


「はい」


「これ、食べる?」


「……」


「もったいないよね」


「……いただきます」


二人は、

残った肉を急いで食べた。


*


その頃。


ノエルは、

大勢の魔族に囲まれていた。


もちろん、

中身はミュルラス。


手首には、魔法の縄。


周囲には、十人ほど。

さらに向こうには、

数え切れないほどの気配がある。


「……」


目の前に、

肉が置かれた。


ミュルラスは、それを見る。


「食え」


「いいのか?」


「明日まで何も食わせるなって命令は受けてねえ」


「そうか」


ミュルラスは、肉を取った。


一口。


「……」


「なんだ」


「硬い」


「は?」


「焼きすぎだ」


「人質が文句言うな!」


「塩は?」


「……あるけど」


「貸せ」


「なんでだよ」


「不味い」


男は、

呆れながら塩を渡した。


ミュルラスは、

焚き火の前へ移動する。


「おい、勝手に動くな」


「逃げない」


「本当だろうな」


「この縄で、どうやって逃げるんだ」


「……そうだな」


「生の肉はないのか」


「……あるけど」


「持ってこい」


「なんでだよ」


「俺が焼く」


肉を火へ。


「見てろ」


少し脂を足す。


塩。


もう一度焼く。


「人間のくせに偉そうだな」


「うるさい」


しばらくして、

ミュルラスが、肉を一つ渡した。


「食え」


「俺が?」


「ああ」


男は、警戒しながら口に入れた。


「……」


「どうだ」


「……うまい」


「だろ」


「なんで人間が肉焼くの上手いんだ?」


「知らん」


もう一人が来た。


「俺にもくれ」


「自分で焼け」


「人質だろ、お前」


「だからなんだ」


「……」


気づけば、

焚き火の周りに、何人か集まっていた。


ミュルラスは、

縄で繋がれたまま、肉を食べている。


「なあ」


一人が聞いた。


「お前、本当に魔王の人間なのか?」


「魔王の人間?」


「大事にされてるんだろ」


「まあな」


「なんで?」


「知らん」


「魔王って怖くねえの?」


ミュルラスは、肉を噛みながら考えた。


「別に」


「すげえな」


別の男が笑った。


「俺なんか絶対近づきたくねえ」


「なんでだ」


「なんでって、魔王だぞ」


「だから?」


「二千年前からいる化け物だろ」


「……」


ミュルラスの眉が、少し動いた。


「お前たちは、あいつが嫌いなのか」


「魔王?」


「ああ」


男たちは、顔を見合わせた。


一人が肩をすくめる。


「知らねえよ」


「知らない?」


「会ったことねえもん」


「……」


「俺、まだ三百だぞ」


「俺は二百四十」


「俺、百八十」


「若いな」


「お前に言われたくねえよ」


ミュルラスは、

黙った。


「じゃあ、なんで戦う」


「ズーズル様の命令だから」


「それだけか?」


「それだけって……」


男は、少し声を落とした。


「逆らえるかよ」


「……」


「俺、本当は魔王と戦いたくねえんだよな」


「俺も」


「勝てるわけねえし」


「死にたくねえ」


「でもズーズル様にも逆らえねえ」


ミュルラスは、

焚き火を見た。


ぱち。


薪が爆ぜる。


「……そうか」


それだけ言って、

肉をひっくり返した。


*


少し離れた闇の中。


灰色のマントが、

静かに動いていた。


その横には、

ラザン。


二人は、敵陣の奥へ進んでいる。


「ラザン」


小さな声。


「はい」


「変じゃない?」


「何がでしょう」


「人が少ない」


ラザンも、辺りを見る。


「……確かに」


千五百。


その数がいるはずだった。


けれど、

ここには、それほどの気配がない。


「ミュルラスを捕らえた者たちは?」


「あの者たちです」


「ズーズルは?」


「……」


返事がない。


ラザンが、

立ち止まった。


「どうしたの?」


「おりません」


「え?」


「ズーズルの気配が……ない」


二人は、

闇の向こうを見る。


その先から、

なぜか、

笑い声が聞こえてきた。


「……?」


ラザンが、眉を寄せる。


「なんでしょう」


二人は、

そっと近づいた。


焚き火が見える。


魔族がいる。


その真ん中に、

縄で繋がれたノエル。


そして、


「だから、それは焼きすぎだと言ってるだろ」


「うるせえな!」


「貸せ。俺が焼く」


「またお前が食うだろ!」


「当たり前だ」


「人質のくせに!」


笑い声。


ノエルは、

マントから、そっと顔だけ出した。


「……」


ラザンも、

無言だった。


しばらく見てから、

ノエルが囁く。


「……ミュルラス、何してるの?」


ラザンは、

静かに答えた。


「私にも、分かりません」


à suivre…



人質になったはずのミュルラス。


ところが、敵兵たちと焚き火を囲み、

なぜか肉の焼き方を教えることに。


どうやら、作戦は思いがけない方向へ進んでいるようです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。