第39話 新しい魔王
エルネと別れ、城へ戻った二人。
けれど魔界では、
新たな争いが動き始めていました。
そして、ノエルにはひとつの考えが……。
Le nouveau roi-démon。
ミュルラスとノエルは、
森へ消えていくエルネを見送った。
振り返ると、
美しい庭は、
湖の底に沈んでいた。
ミュルラスが呟く。
「一度、城へ帰ろう」
「うん。それがいいね」
ノエルは、空を見上げた。
「風も出てきたしね」
何かが、空を流れている。
雲?
いや。
よく見ると、
無数の何かが動いていた。
生き物のようにも見える。
ミュルラスも、
空を見上げる。
「嵐が来るな」
「そうなの?」
ノエルは目を凝らした。
「あれは何?」
「ああ。魔蟲の一種だ」
「魔蟲?」
「ちょっと厄介なやつらだ」
そう言って、
ミュルラスは、
ノエルの手首を掴んだ。
*
城へ戻ると、
ラザンが待ち構えていた。
「魔王様、大変です」
「なんだ」
「ズーズル一味が、反旗を翻しました」
ミュルラスの顔が変わった。
「……そうか。始まったか」
「一味はすでに移動を始めております」
「行き先は東か?」
「はっ」
「村で情報を集めたな」
「そのようです」
ミュルラスは、少し考えた。
「どうなされますか?」
「そうだな」
口元が、わずかに上がる。
「罠に落ちたふりでもするか」
そして、ノエルを見る。
「ノエルは待っていろ」
「ミュルラス、戦うの?」
「売られた喧嘩だ。当たり前だ」
「……」
「全滅させてやる」
「喧嘩は駄目だよ」
「は?」
「話し合えないの?」
「魔王に何を言う!」
ラザンが、ノエルを睨む。
「よい」
ミュルラスが止めた。
「ノエル」
「うん」
「話し合いは、もう千年してきた」
「……」
「やらなければ、こちらがやられる」
少し間を置く。
「もう部下もやられている」
ノエルは黙った。
「僕には、魔界のことはまだ分からない」
ミュルラスを見る。
「だから、君を信じる」
「……」
「君が必要だと思うことをすればいい」
そして、
「でも、僕も連れていって」
「駄目だ」
即答だった。
「足手纏いだ」
「いや、大丈夫」
その瞬間、
ノエルが、消えた。
「……」
ミュルラスが、目を見開く。
「ノエル?」
返事がない。
「どこだ?」
ラザンも辺りを見る。
「何の魔法だ?」
ふっ。
突然、
ノエルの顔だけが現れた。
「ここ」
「うわっ!」
ラザンが一歩下がった。
ノエルは笑った。
「これ、エルネにもらったんだ」
「じじいに?」
「祠を出てすぐ」
ノエルは、古びた灰色のマントを見せた。
「あやつが、お前を足手纏いと言った時に使うといい、って」
「……あのじじい」
「存在を隠すマントなんだって」
「姿を消すだけか?」
「違うみたい」
もう一度、ノエルがマントを被る。
消える。
ミュルラスは、
ノエルがいた辺りへ手を伸ばした。
「……?」
そこにいるはずなのに、
どこへ手を伸ばせばいいのか、分からない。
触れようとすると、
意識が、ほんの少し別の場所へ逸れる。
「なんだ、これは」
ノエルが、また顔を出した。
「すごいでしょ」
「気配遮断か?」
「それより強いみたい。そこにいるっていう認識そのものが薄くなるんだって」
「……厄介だな」
ミュルラスは、マントを睨んだ。
「盗まれたら大変だぞ」
「大丈夫。エルネが選んだ人しか使えないらしいよ」
ミュルラスは、しばらく黙った。
「……やるな、あのじじい」
けれど、
すぐに首を振る。
「それでも駄目だ。危険だ」
「ラザンも行くんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、僕が危なくなったら、ラザンと帰る」
「なにを勝手に――」
ラザンが口を挟む。
「それならいい」
「魔王様!」
「お前が守れ」
「……はっ」
ミュルラスは、椅子へ座った。
「で、ズーズルの手下となると、二千くらいか?」
「今回は千五百ほどを連れているようです」
「じゃあ俺一人で余裕だな」
「……」
ラザンは否定しなかった。
「たぶん俺が、東の賢者に会いに行くと言ったからだ」
ミュルラスが、地図を見る。
「先回りしたな」
「その可能性が高いかと」
「ラザン。どう進める?」
「はっ」
ラザンが地図を指した。
「ズーズル一味の中には、すでにこちらの者を五十ほど潜伏させております」
「早いな」
「そのうち機動力の高い者から、随時位置が送られております」
「ズーズルは?」
「確認しております」
ラザンの表情が、少し険しくなった。
「他の者は、正直、魔王様の敵ではございません」
「だろうな」
「ですが、ズーズルは厄介です」
「あいつはな」
ミュルラスも、眉を寄せる。
「幻影魔法に、罠に……こそこそしたものばかり得意だからな」
「魔王様の性格を知った上で、待っているものと思われます」
「なら、位置が分かったところで全部崩すか」
「おそらく、それも想定しております」
「面倒だな」
その時、
ノエルが、二人が見る。
「ねえ、いい考えがある」
「なんだ」
「僕とミュルラスが、入れ替わるのはどう?」
「は?」
「僕には、このマントがある」
ノエルは続けた。
「それに、ラザンもいる」
「それがどうした」
「卑怯な人なら」
「僕を人質にしようとするんじゃない?」
ミュルラスの顔が、
ぴたりと止まった。
「……」
「だから」
ノエルは、ごく普通のことのように言う。
「僕に化けた君が捕まる」
「俺が?」
「うん」
「捕まる?」
「うん」
ミュルラスの眉間に、
深い皺が寄った。
「嫌だ」
「なんで?」
「こそこそ小物みたいな真似はしたくない」
胸を張る。
「俺様の強さを――」
「魔王様」
ラザンが遮った。
「なんだ」
「僭越ながら申し上げます」
「言え」
「ノエルの策。今回は有効かもしれませぬ」
「……」
「敵は、勇猛果敢な魔王様の性格を知った上で罠を張っております」
「そうだ」
「ならば」
ラザンは、静かに言った。
「敵の裏をかく。それもまた、新たな魔王様の戦い方ではございませんか」
「……知恵」
ミュルラスが呟く。
どこからか、
ほっほー。
そんな声が、聞こえた気がした。
「エルネなら、きっとそう言うよ」
「分かってる」
「知恵で戦えって」
「分かってる!」
しばらく考えてから、
ミュルラスは息を吐いた。
「……やるか」
ノエルを見る。
「ただし」
「うん」
「危なくなったら、すぐそのマントを使え」
「分かった」
「勝手なことをするな」
「うん」
「ラザンから離れるな」
「うん」
「絶対だぞ」
「分かったって」
ラザンが、
何とも言えない顔で二人を見ていた。
*
風呂に入り、
食事をとり、
明日に備えて、少し眠ることにした。
ベッドの中。
ノエルは、天井を見ながら思った。
明日は、
僕が魔王になる。
ふふっ。
笑いが漏れた。
「なんだ?」
隣で、ミュルラスが寝返りを打つ。
「いや」
ノエルも、横を向いた。
「明日は僕が魔王で、君がノエルなんだなと思って」
「ああ」
「変なの」
「そうだな」
ミュルラスは、
ノエルを、そっと抱き寄せた。
「……?」
「ミュルラス?」
「暖かいな、お前」
「え?」
それきり、
返事はなかった。
すぐ近くから、
ミュルラスの静かな寝息が聞こえてきた。
à suivre…
二千年、
力で戦ってきた魔王。
今度は、少し違う戦い方をするようです。




