↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
104/108

第38話 贈りもの


湖の底に眠っていた、古い庭。


石畳を進んだ先には、

小さな祠がありました。


そこでエルネがミュルラスに手渡したのは.....



Le cadeau


水が、

左右に分かれている。


その間に現れた石段を、

三人は、ゆっくりと降りていった。


足元には、古い石畳。

その向こうには、

水の中に沈んだ庭が広がっている。


ノエルは、思わず立ち止まった。


「……綺麗」


石畳の両側には、

美しい彫刻が並んでいる。


低い壁。

小さな水路。

崩れかけた柱。


そして、ところどころに残る花。


けれど、

ミュルラスは、

花ではなく地面を見ていた。


「……なんだ、これは」


しゃがみ込む。


石畳へ、

手を触れた。


淡い灰色。

光の角度によって、青にも銀にも見える。


「どうしたの?」


「この石……」


指先で、表面をなぞる。


「見たことがない」


「君でも?」


「ああ」


ミュルラスは、小さく爪を立てた。

傷ひとつつかない。


「硬い」


「珍しい石なの?」


「珍しいどころじゃない」


ミュルラスは、辺りを見た。


柱も、

彫刻も、

遠くに残る建物の一部も、

同じ石で造られている。


「魔界に、こんな石があったか……?」


「ないの?」


「俺は知らん」


「ほっほー」


ミュルラスが、振り返る。


「じじい」


「なんじゃ」


「知ってるな」


「何をじゃ?」


「この石だ」


「ほっほー」


「それで誤魔化すな」


エルネは、

杖をついて歩き始めた。


「こっちじゃ」


「おい」


「祠はこっちじゃぞ」


「話を聞け!」


ノエルも、その後を追った。


*


庭の奥に、

小さな祠があった。


大きくはない。


三人が並べば、

それだけでいっぱいになりそうな建物。


エルネが、扉の前で止まる。


「あ」


ノエルが声を上げた。


扉の中央。


小さな紋章が、刻まれている。


「これ……」


ミュルラスも、気づいた。


右手を見る。


黒い指輪。

同じ紋章。


ノエルも、

胸元のペンダントを取り出した。


「こっちにもある」


三つ。

同じ形。


「まただね」


「ああ」


エルネは、何も言わなかった。


古い扉へ、

手をかける。


ぎい。


ゆっくりと、扉が開いた。


「入るぞ」


エルネが中へ入る。


ノエルも続く。


最後に、

ミュルラスが、扉へ手を触れた。


その瞬間、


ふっ。


扉の紋章が、

淡く光った。


「……ん?」


右手。


黒い指輪も光っている。


「ミュルラス」


ノエルの胸元のペンダントも、光っていた。


三つの光が、

ほんの一瞬、

同じように明滅する。


そして、

消えた。


「……なんだ?」


「分からない」


二人は、エルネを見る。


「ほっほー」


「じじい!」


「置いていくぞ」


「待て!」


二人も、祠へ入った。



中は、

驚くほど小さかった。


飾りもない。

壁画もない。


ただ、中央にひとつ、

石で作られた箱が置かれている。


「これだけ?」


ノエルが聞く。


「これだけじゃ」


エルネは、箱の前へ行った。


両手を添える。


少し力を込めると、


ごと。


重い蓋が動いた。


中に、

小さなものがあった。


「……?」


エルネが、それを取り出す。


鎖がついている、

ペンダント。


けれど、

ノエルが身につけているものとは、まるで違う。


手のひらほどの大きさ。


金属のようにも見える。

鉱石のようにも見える。


いくつもの細い線が、複雑に絡み合い、

中央には、見たことのない石が嵌め込まれていた。


光を受けるたび、色が変わる。


青。

銀。

金。


そして、

一瞬だけ、透明になる。


ミュルラスが、眉を寄せた。


「……なんだ、これは」


「お主にやる」


「俺に?」


「ああ」


エルネが、差し出した。


ミュルラスは、受け取る。


ずしり。


見た目より重い。


「オリハルコン……?」


爪で、そっと叩く。


澄んだ音。


「いや……違うな」


「分からないの?」


「ああ」


ミュルラスは、珍しく真剣に見ている。


「こんな金属も、石も知らん」


ノエルも、横から覗き込んだ。


「綺麗だね」


そっと触れる。


冷たい。

なのに、

触れているうちに、

わずかに温かくなった。


「……」


「なんだ?」


「ううん」


ノエルは、鎖を持ち上げた。


「つけてみる?」


「俺が?」


「君がもらったんでしょ」


「そうだな」


ミュルラスが、少し頭を下げる。


ノエルは、

長い黒髪を避けた。


首の後ろへ、鎖を回す。


かちり。


胸元に、

古いペンダントが下がった。


「似合う」


「そうか」


「うん」


ミュルラスは、それを掌に乗せた。


「じじい」


「なんじゃ」


「これは何だ」


エルネは、少しだけ笑った。


「礼じゃよ」


「礼?」


「ここまで連れてきてもらったからの」


「なぜ、こんなものを俺に渡す?」


「ほっほー」


「絶対、何か知ってるだろ」


「礼だと言ったじゃろ」


「……」


ミュルラスの眉間に、皺が寄った。


ノエルは、祠の外を見る。


沈んだ庭。

見たことのない石。


同じ紋章。


そして、

エルネがずっと持っていた、不思議なもの。


「エルネ」


「なんじゃ?」


「ここって、何か特別な場所なの?」


エルネは、

少しだけ、庭を見た。


「そうじゃな」


長い間、

何かを思い出すように。


「魔界の中では、特別な場所じゃ」


「どんな?」


「それは――」


エルネは、杖をついた。


「お主らが、自分で見つけることじゃ」


「じじい」


「なんじゃ」


「説明しろ」


「嫌じゃ」


「なんでだ!」


「ほっほー」


エルネは、祠を出た。


*


三人で湖から出る。


森の入口あたりまで戻ったところで、

エルネが立ち止まった。


「では、わしはここまでじゃ」


「え? 西の森へ行くんじゃなかったの?」


「着いたぞ」


「ここが?」


「そうじゃ」


ノエルは、湖を振り返った。


「じゃあ……最初から、ここに?」


「ほっほー」


「最初から?」


「そうじゃよ」


ミュルラスは怪しむ。


「じじい。お前、何者だ」


「ただの旅の老人じゃよ」


「嘘つけ」


「ほっほー」


エルネは、杖を持ち直した。


「達者でな、ノエル」


「うん.......」


「……お主もな」


ミュルラスは、腕を組んだ。


「ふん」


エルネは、そのまま森へ歩き始めた。


「エルネ!また会える?」


エルネは背を向けたまま、

杖をひょいと上げた。


「生きておれば、どこかで会うじゃろ」


そして木々の向こうへ消えっていった。


à suivre…



二千年ぶりに訪れた庭。


エルネが探していた場所は、

ここでした。


贈りものを渡し、

いつものように「ほっほー」と笑って、森の中へ。


何も語らないままの別れ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。