第42話 まだ知らない世界
東の果てに、
ズーズルがいる。
軍を連れず、たった一人で。
ミュルラスとノエル、そしてラザンは、
夜明けの荒野を東へ向かいます。
Au-delà de l'horizon
翌朝。
東の空は、
薄く白んでいた。
さっきまで、
あれほどたくさんあった焚き火も、ほとんど消えている。
魔族たちは、
城へ向かう者、
家へ帰る者。
それぞれに、動き始めていた。
ミュルラスは、
東を見ていた。
「行くぞ」
ノエルが隣に立つ。
「うん」
ラザンも、深く頭を下げた。
*
三人は、
東の果てへ向かった。
ズーズルがいる。
けれど、
軍はいない。
それだけは、分かっている。
岩と砂だけの大地を、しばらく進む。
やがて、
一人の魔人の男が見えた。
大きな岩の上。
こちらに背を向けている。
ミュルラスが、足を止めた。
「ズーズル」
男が振り返った。
「……」
しばらく、
二人は何も言わなかった。
先に口を開いたのは、
ズーズルだった。
「ようやく来たか」
「ああ」
ズーズルは、
ミュルラスの後ろを見る。
ノエル。
ラザン。
それだけ。
眉を寄せた。
「俺の兵は?」
「俺の兵になった」
「……」
「ほとんどな」
「……何?」
ミュルラスは、普通に答える。
「城へ行く奴もいる。家へ帰る奴もいる」
「何をした」
「肉を食った」
「……は?」
ノエルが、
「コーラも飲んだよ」
と付け足した。
「ノエル」
「なに?」
「今は黙ってろ」
「わかった」
ズーズルは、
しばらく二人を見ていた。
「ふざけているのか」
「別に」
「俺の兵を奪ったと言っているんだぞ!」
「俺は奪ってない」
ミュルラスは、ズーズルを見る。
「あいつらが選んだ」
「……」
風が吹く。
砂が、
二人の間を流れた。
ズーズルの目が、細くなる。
「相変わらずだな」
「何がだ」
「何も知らない」
「……」
「父を殺したことも」
ノエルが、ミュルラスを見る。
「俺は覚えてる」
「なら分かるだろう」
ズーズルの声が、低くなる。
「父を倒し、玉座を奪ったお前に」
魔力が揺れる。
「魔王を名乗る資格などない」
ミュルラスは、
しばらく黙っていた。
「そうか」
「……なんだ、その返事は」
「じゃあ聞く」
一歩、
前へ出る。
「お前は、俺を殺したいのか」
ズーズルが笑った。
「当たり前だ!」
空気が震える。
ラザンが、剣へ手を伸ばした。
けれど、
ミュルラスは動かなかった。
「そうか」
「……」
「なら、今日はやらん」
「何?」
「俺は今、お前を殺したくない」
ズーズルの顔から、笑みが消えた。
「俺を愚弄しているのか」
「しておらん」
「なら戦え!」
「戦わん」
「ミュルラス!」
「俺が戦いたくなったら、俺から行く」
「……!」
「それまで待ってろ」
ズーズルの魔力が、
一気に膨れ上がった。
「魔王様!」
ラザンが前へ出る。
けれど、
ミュルラスは 片手を上げた。
「よい」
ズーズルを、まっすぐ見る。
「俺を殺したいなら、それでもいい」
「……」
「でも、俺はお前の都合で戦わん」
長い沈黙。
やがて、
ズーズルが笑った。
「……変わったな」
「そうか?」
「ああ」
その視線が、
ノエルへ移る。
「その人間か」
ミュルラスの眉が、わずかに動いた。
「何がだ」
「お前を変えたのは」
「知らん」
「……」
「俺が勝手に変わった」
ノエルは、
何も言わなかった。
ズーズルは、
また笑った。
「まあいい」
「何がだ」
「賢者に会いに来たのだろう?」
ミュルラスの目が、止まった。
「……」
「やはりな」
「お前、何を知ってる」
「知りたいか?」
「ああ」
ズーズルは、
ミュルラスを見た。
「お前は何も覚えていない」
「……」
「お前の父のことも」
風が止まる。
「母のことも」
ミュルラスの表情が、消えた。
「自分が、どこから来たのかさえ」
「……」
ノエルは、
ミュルラスの横顔を見た。
胸元には、
エルネから渡された、
あのペンダント。
「知ってるのか」
ミュルラスが聞く。
ズーズルは、
答えなかった。
「教えろ」
「賢者に聞けばいい」
「どこにいる」
「さあな」
「お前も探してたんじゃないのか」
「……」
今度は、
ズーズルが黙った。
ミュルラスは、
しばらくその顔を見る。
そして、
「もういい」
背を向けた。
「ミュルラス?」
ノエルが見る。
「行くぞ」
「聞かなくていいの?」
「ああ」
ズーズルが、後ろから言った。
「怖いのか?」
ミュルラスは、振り返らなかった。
「違う」
胸元のペンダントを、
軽く握る。
「自分で見つける」
そのまま、
歩き始めた。
ノエルも続く。
ラザンも、
一度だけズーズルを見て、二人を追った。
*
少し離れたところで、
ミュルラスが立ち止まった。
「ラザン」
「はっ」
「お前は城へ戻れ」
「しかし――」
「昨日の奴らがいるだろ」
「あ……」
「登録して、住むところ決めて、仕事も振り分けろ」
ラザンの顔が、少し引きつった。
「千を超えておりますが」
「やれ」
「魔王様」
「なんだ」
「ご一緒にお戻りになっては」
「いや」
「……」
「俺は、この先へ行く」
東を見る。
「まだ行ったことがない」
ラザンは、
しばらくミュルラスを見た。
そして、
深く頭を下げた。
「承知いたしました」
ノエルへ向く。
「ノエル」
「うん?」
「魔王様をお願いいたします」
「わかった」
「なぜノエルに頼む」
「では」
「おい」
ラザンの姿が、
消えた。
「……」
ミュルラスは、
誰もいなくなった場所を見る。
ノエルが隣に立った。
「二人になったね」
「ああ」
その先には、
まだ誰も知らない東の大地が、
続いていた。
à suivre…
ズーズルの挑発にも、
乗らなかったミュルラス。
戦うことよりも、
今はその先に広がる、
まだ知らない大地の方が気になるようです。
そして、ようやく二人だけの旅が始まります。




