第35話 西はどっち?
今度こそ、西へ。
宿屋の主人に道を教えてもらい、
三人はゾゾルンデ村を出発します。
目印は、遠くにそびえる大きな山。
これなら、もう迷わないはずなのですが……。
Où est l’ouest ?
宿屋を出る時、
ノエルは、主人に尋ねた。
「西の森に行きたいんだけど、どう行けばいい?」
「ああ。それなら簡単だ」
主人は、
村の外を指した。
「あの高い山を、ずっと左手に見ながら進め」
「山?」
「ああ。あれだ」
外を見る。
遠くに、
大きな山が聳えていた。
「分かった。ありがとう」
三人は、
宿屋を出た。
*
村を出る。
晴れ渡った空。
遠くに、
いくつもの山が聳えている。
「左だね」
ノエルが言った。
「ああ」
ミュルラスも確認する。
左手に山。
「これなら迷わんな」
「昨日もそう言ってたよ」
「昨日とは違う」
「何が?」
「今日は山がある」
「そっか」
三人は、
歩き始めた。
途中で魔獣が来たら、
乗せてもらおう。
もちろん、
今度は最初から食べ物を渡す。
そう約束した。
しばらくすると、
木々が生い茂る場所へ入った。
それほど長くはない。
枝を避け、
草を踏み、
三人で進む。
やがて、
視界が開けた。
「出た」
ノエルが、
左を見る。
「……」
「どうした?」
「山は?」
「……」
「ない!」
ミュルラスも、
ぐるりと見回した。
正面。
右。
後ろ。
どこにも、
あの大きな山がない。
「ほっほー」
「何が、ほっほーだ」
ミュルラスは、
近くにあった高い木へ走った。
幹へ足をかける。
そのまま、
軽々と上っていく。
一番高い枝まで行き、
遠くを見る。
「……あったぞ!」
「どこ?」
「あっちだ!」
指差す。
ノエルが、
その方向を見る。
「……あれ?」
そこは、
今、三人が来た道の向こうだった。
「おかしくない?」
ミュルラスが、
木から飛び降りる。
「何がだ」
「一瞬、藪に入っただけだよ?」
「そうだな」
「そんなので、あんな大きな山を見失う?」
「……」
エルネが、
髭を撫でた。
「ほっほー」
「じじい。それ以外の言葉を喋れ」
三人は、
もう一度藪へ入った。
「……分からん」
ミュルラスが、
地図を広げる。
木。
草。
枝。
どこを見ても、
同じような景色。
「こっちじゃない?」
「なぜだ」
「なんとなく」
「なんとなくで歩くな」
「君も分かってないでしょ」
「……」
「ほっほー」
「じじい!」
とにかく、
見通しのいいところまで進むことにした。
しばらくして、
再び木々が途切れる。
ミュルラスは、
また高い木へ登った。
遠くを見る。
「正面だ!」
「山?」
「ああ!」
「じゃあ、そっちに行こう」
三人は、
その方向へ進んだ。
藪を抜ける。
「……」
「……」
「……」
山は、
なかった。
「とりあえず休もう」
ノエルが言った。
ミュルラスも、
さすがに反対しなかった。
ノエルは、
大きなポケットから水筒を取り出す。
ザーロの汁。
三つのコップへ注いだ。
「はい」
「うむ」
「よこせ」
三人で飲む。
ミュルラスは、
地面へ地図を広げた。
「……」
「どう?」
「逆だ」
「え?」
「さっきとは、まったく逆側にいる」
ノエルも、
地図を覗き込んだ。
「何かに、はめられてる?」
「魔法陣とか?」
「いや」
ミュルラスは、
辺りを見る。
「俺もかなり気をつけていた。魔法があれば、探知にかかるはずだ」
「じゃあ……」
ノエルは、
地図を見る。
「その地図、合ってる?」
「合ってるに決まってるだろ」
「ほっほー」
「何が、ほっほーだ」
ノエルは、
空を見上げた。
青い空。
明るい。
「ねえ」
「なんだ」
「太陽は、どっちに沈むの?」
「なんだ、それは」
「え?」
「太陽とはなんだ」
「……え?」
ノエルは、
ミュルラスを見る。
「じゃあ、昼間に明るくなるのは、なんで?」
「知らん」
「知らないの?」
「明るくなるから明るい」
「……」
「なんだ」
「じゃあ、夜はいつから暗くなるの?」
「暗くなる時に暗くなる」
「……」
ノエルは、
エルネを見る。
「エルネ」
「なんじゃ?」
「そうなの?」
「ほっほー」
エルネは、
空を見上げた。
「まあ、そんなものじゃ」
「本当に?」
「この明るさは、魔蟲の影響じゃな」
「魔蟲?」
「小さな魔蟲が、空気中にたくさんおる」
エルネは、
杖の先で空を指す。
「活動している間は発光する。休む時は、光らなくなる」
「それで夜になるの?」
「そうじゃ」
「へえ……」
「地域によって、魔蟲の種類も量も違う。明るさも、夜の長さも変わる」
「そうなんだ……」
ノエルは、
もう一度空を見る。
「魔界ならではだね」
「ただの」
エルネが、
静かに言った。
「古の魔術の国だけは、少し違った」
「魔術の国?」
「確か、人間界の太陽のようなものがあった」
「へえ!」
「夜には、月も出た」
ノエルが、
ミュルラスを見る。
「月は二つ?」
「いや」
エルネが答える。
「一つじゃ」
「え?」
「どうした?」
「僕が初めて魔界に来た夜、月、二つあったよ」
エルネの動きが、
止まった。
「……二つ?」
「うん」
「それは、いつのことじゃ?」
「えっと……」
ノエルは数える。
「僕が来た日だから、数日前かな」
「……何と」
エルネは、
何かを考えるように黙った。
「じじい」
ミュルラスが遮る。
「そんなことはどうでもいい」
「なんじゃ」
「西はどっちだ」
「……分からん」
「役に立たんな!」
「ならば」
エルネは、
立ち上がった。
「一度、適当に動いてみんかの」
「適当に?」
「西を目指して西へ行けぬのなら、いっそ旅を楽しめばよい」
「……」
「疲れたら城へ帰ればよいのじゃ」
エルネは、
辺りを見回した。
「新しいダンジョンがあるかもしれん」
ミュルラスの眉が、
少し動いた。
「祠もあるかもしれん」
「……」
「お宝もあるかもしれんぞ」
「……」
ミュルラスは、
しばらく考えた。
そして、
「もういい」
「なんじゃ?」
「じじいは、ここで終わりだ」
「え?」
ノエルが驚く。
「俺たちは東へ行く」
「ちょっと待ってよ」
「なんだ」
「エルネを早く西へ送り届けないと」
「行けないんだから仕方ないだろ」
「でも……」
「ほっほー」
エルネが笑った。
「悪くない」
「何が?」
「では、わしも東へ行こう」
「……」
ミュルラスが、
エルネを見る。
「勝手にしろ」
「東って、どっち?」
ノエルが聞く。
ミュルラスは、
地図を見る。
「西とは逆だ」
「それはそうだけど」
「行くぞ」
三人は、
西とは逆へ向かって歩き始めた。
やがて、
藪を抜ける。
「あ」
ノエルが、
右を指した。
「山」
遠くに、
あの高い山が見えていた。
「……」
ミュルラスが、
地図を広げる。
「どう?」
「かなり西にいる」
「ええ?」
ノエルも覗く。
確かに、
東へ向かったはずなのに、
地図の上では西へ進んでいる。
「じゃあ、このまま行ってみよう」
「ああ」
三人は、
そのまま進んだ。
しばらくして、
ミュルラスが、
突然立ち止まった。
「……おかしい」
「また?」
地図を広げる。
「南へ進んでいる」
「え?」
三人で、
覗き込む。
西。
そこから、
南。
さらに進んで――
大きな円を描くように、
元の場所へ近づいている。
ノエルが、
ゆっくり顔を上げた。
「あのさ」
「なんだ」
「あそこに見えるの……」
遠くに、
小さな村があった。
見覚えのある家々。
見覚えのある煙突。
そして、
見覚えのある宿屋。
「……ゾゾルンデ村?」
「ゾゾルンデ村じゃ」
ノエルとエルネの声が、
ぴたりと重なった。
ミュルラスは、
黙って地図を見た。
à suivre…
西へ向かえば北へ。
東へ向かえば西へ。
どうにも方角が定まらない魔界の旅。
そんな道中、エルネが語ったのは、
太陽と月のある古の魔術の国でした。
そして三人は、
またしてもゾゾルンデ村へ。
果たして、西へ辿り着けるのでしょうか。




