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星帝物語  作者: 藤堂 貴之
第8巻 熱砂の太陽国と不屈の誓い

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第77章:天陽の灼熱檻と渇きの都

砂の海を渡る風が、王都を囲む石壁にぶつかっては、乾いた音を立てて渦を巻いていた。かつて豊かなオアシスを抱いていたその都は、今や陽光の牙に焼かれ、白い大理石の街並みがまぶしく照り返されている。

頭上には、この国を閉じ込める天陽の灼熱檻が不気味に張り巡らされ、じりじりと肌を焦がす熱気が地上を支配していた。檻の中に閉じ込められた人々は、猛暑と渇きの中で、ただじっと耐え忍んでいた。


地の底にある隠れ家。そのひんやりとした薄暗い空間で、若き星屑の騎士たちは潜入前の最後の確認を行っていた。

「アズラ、お前のその脇腹、本当に歩けるのか」

カシムが、カチャカチャと短剣を指先で回しながら、暗がりから声をかけた。

「カシム、私の心配をしてくれるなんて珍しいわね。でも、平気よ。私が案内しなければ、あいつらの仕掛けた罠の場所も、王宮の隠し通路もわからない。抜け出す時に、すべてこの頭に叩き込んだの。私にしか、案内はできないわ」

アズラは、痛みをこらえるように、わざと不敵に笑って見せた。

「アズラ、君の怪我には、僕が特製のハーブを調合したから、急に走らなければ大丈夫。僕が盾で君を守りながら進むからね」

テオが、心配そうに獣の耳を揺らしながら、大きな漆黒の盾を背負い直した。

「ありがとう、テオ。頼りにしてるわ。私の優しい騎士様」

アズラは、テオの温かい言葉に目を細めた。

「ゼノリス、リィン。潜入の際の気配の遮断はどうする?」

エレナが、銀の長剣の柄に手を添えて、静かに尋ねる。

「……風の道は、私が作る」

リィンは佇んだまま、その瞳をゼノリスへ向けた。

「……風で、みんなの熱を散らす。……敵の探知を、そらす」

「助かるよ、リィン。ガイル、王宮の門の警備はどうなっている?」

ゼノリスが、ガイルへ視線を向ける。

「大まかに解析は終わっている。だが、あの灼熱の檻の影響で魔力の流れが常に狂っている。現場で微調整が必要だ。カシム、お前の影で俺たちの足音を消し去ってくれ」

「わかってるって。俺の影は、光が強いほど濃くなる。地上のあの強烈な日差しなら、お前たち全員を闇の中に隠してみせるぜ」

カシムが不敵に笑う。

「お兄様。一瞬の好機さえ逃さなければ、中へ入れます」

フィリーネは衣装の下へ白銀の杖をそっと収め、ゼノリスに告げた。

「ああ。みんな、アズラとガイルの指示を信じて進もう。ファティマ様、お願いします」

ゼノリスが、ファティマを真っ直ぐに見つめた。

ファティマは、手首の純銀の輪を小さく鳴らし、気高く微笑んだ。

「ええ。皆様の歩みに、太陽国の未来を賭けましょう」


太陽国のきらびやかな衣装に身を包んで地上へ出ると、顔を布で覆い、そのまま人混みに紛れた。

肌の露出が多い太陽国の衣装をまとうにあたり、アズラの体に残る拷問の傷を覆い隠せるよう、着こなしに工夫を凝らしていた。テオは彼女の痛みを気遣い、そっと肩を支えている。

ファティマもまた、砂漠の踊り子としての装いを整え、手首を飾る純銀の輪にそっと触れた。目を閉じ、胸の内で静かに覚悟を定める。その佇まいは、民を不当な支配から救い出さんとする熱い闘志を宿していた。


広場の中央、大勢の警備兵や、うだるような暑さに喘ぐ人々が集まる場所へ、ファティマが進み出た。風に揺れる薄い絹の布には、きらきらとした美しい刺繍が施され、彼女が歩くたびに、その裾が手首や足首に飾られた純銀の輪にそっと触れた。

ファティマは、広場の中心で、おだやかな微笑みを浮かべて立ち止まると、ゆっくりと両手を広げた。彼女が細い指先で空気をなぞるようにして踊り始めると、その流麗な歌舞に、周囲のざわめきが、潮が引くように消え去っていった。

それは、過酷な暑さを忘れさせるほどに涼しげな調べだった。

警備兵たちも、うだるような暑さを忘れ、その華麗な歌舞へと吸い寄せられるように視線を向けた。彼らの警戒心が、ファティマの舞によってゆっくりと解きほぐされていく。


人々がファティマの姿に心を奪われ、ただその清らかな旋律に聞き入っている。

ゼノリスが小声で促すと、ガイルは右目の眼帯を指先で持ち上げ、解析の力を解放した。彼の瞳の奥で、無数の演算コードが激しく流れる。ガイルは、ファティマの歌舞に意識を奪われている警備兵たちの配置と、王宮の門へと続く守りの隙を、瞬時に読み解いていった。彼の右の瞳は、おだやかな広場の空気に紛れて、見えない監視の波長を暴き出していく。

「解析完了だ。……あそこの柱の影、次の警備が回り込むまで、十秒の隙がある。俺の合図に合わせろ」

ガイルの低い囁きに、一同は息を殺した。

「……今だ!」 ガイルの合図とともに、一同は影から影へと滑るようにして動き出した。

リィンの操る風が、自分たちのまとう体温を霧のように周囲に散らし、さらにカシムが床に影を這わせ、一同の足元を包み込み、周囲からの探知を妨害する。

テオが大きな盾を物陰に滑らせるようにして前衛を固め、エレナは周囲の気配に警戒を怠らない。

アズラも、脇腹の痛みを必死にこらえながら、一心に足を動かした。彼女が歩む一歩一歩は、この国の未来を繋ぐための、大切な道標だった。

ファティマが舞うたびに響く涼しげな銀の音色が、ゼノリスたちの走るわずかな足音をかき消していく。

彼らは一度も立ち止まることなく、王宮の裏手に眠る、古い搬入用の通路へと滑り込んだ。 背後で、分厚い鉄の扉が音もないまま閉ざされる。


王宮の内部へと続く、薄暗く涼しい廊下。

そこは、地上の暑さが嘘のように、廊下を満たす空気は凍てつくようにひえきっていた。

一息吸い込むごとに、氷の刃が肺を突き刺す。白大理石が敷き詰められた壁面には、この国の富を象徴する金糸の装飾が細く枝分かれして這っているが、それは凍りついた光を反射して、まるで凍りついた血管のように不気味にきらめいていた。そのきらびやかさの裏で、かつてアズラが囚われていた地下牢の暗闇を思わせる、澱んだ気配が風となって廊下の奥から微かに漂っている。


「……ここから先は、彼らの領域だ」

ゼノリスが声を潜めて皆に告げた。

カシムは音もなく足元の影に溶け込み、ガイルも眼帯の端に触れて周囲の警戒を強める。

フィリーネは、前方の底の見えない暗闇をじっと見つめた。

「お兄様、行きましょう」

「ああ。リィン、風を読んで、先導を頼めるかい」

「……任せて。風は、あっちに吹いている」

「よし、行こう」

ゼノリスの右手の星の刻印が、鼓動とかさなりあうように熱を帯び始める。

若き星屑の騎士たちは、足音を潜めて、光を拒絶する廊下のさらに奥へと歩みを進めていった。



「……ガイル、少し待って。この先の魔力の流れ、どうもおかしいわ」

フィリーネが白銀の杖を胸に抱き寄せ、立ち止まって呟いた。彼女のつめたい指先が、杖の頭に触れるたび、そこから溢れる淡い光が、周囲の澱んだ大気をやさしく波立たせる。

ガイルは、右目の眼帯を指先でそっと持ち上げた。彼の瞳の奥で、無数の青白い数式が激しく流れ、視界は瞬時に入り組んだ魔力の配線図へと切り替わっていく。

「……ああ。お前の言う通りだ、フィリーネ。解析を開始する。……魔力の潮流が、この地下のさらに奥底へと、一方的に引きずり込まれている。まるで、地底に巨大な底なし沼が開いているみたいだ」

ガイルの右の瞳は、おだやかな廊下の空気に紛れて、見えない波長を暴き出していく。彼の額には、あまりの魔力密度の高さに、じっとりと汗がにじみ始めていた。

「この魔力の先にあるのは……太陽結晶魔石だ。地上の人々を喘(あえ)がせているあの天陽の灼熱檻、あそこから降り注ぐ強烈な太陽の熱を、この地下の魔石が吸い込んでいるんだ。熱を吸えば吸うほど、あの魔石は地底で急速に成長を遂げていく」

「魔石が成長する……? それが、この国に何をもたらすの?」

テオが大きな漆黒の盾を軽く叩きながら、不安そうに尋ねた。

「魔石が成長するためには、この大地にある水や、大地の魔力が必要なんだ。つまり、上空の檻が熱を降らせ、地底の魔石がそれを吸い上げることで、この都の水源はすべて干上がっていく。都の人々が猛暑と渇きの中でただ耐え忍んでいるのは、このおぞましい循環のせいだ。土地の恵みを根こそぎ奪い、己の私欲を満たすためだけの結晶を太らせているんだ」

ガイルの呟きは、回廊の壁に跳ね返り、不気味な余韻を残した。

「……許せないわ。民を人質にするだけでなく、彼らの生きるための水まで奪って、自分たちの力に変えるなんて」

フィリーネは、澄んだ青い瞳に強い怒りを宿した。

「フン。……これが、あの支配者どものやり方さ」

カシムが影の中から皮肉を込めて呟き、エレナは無言のまま、前を見据えた。

ゼノリスは彼らの言葉を受け止め、真っ直ぐに前を見据えた。

「……行こう。どんな仕組みがあろうと、僕たちがここでその歯車を止めてみせる。まずは、ハシム王を救い出すんだ」


一同は、ガイルの解析に従い、さらに通路の奥へと歩みを進めた。

天井の裏には、都の水源から水を吸い上げるための魔導管が張り巡らされている。しかし、大地が干上がりかけているせいで、そこを流れる水の音はすっかり枯れ果てており、頭上からカサカサと乾いた不快な音を立てて響いていた。

やがて、回廊の突き当たりに、頑丈な大理石の隠し窓が見えてきた。

ゼノリスがそっと窓の手前に身を寄せ、外の様子を覗き込む。

そこは、王宮の中心部にある、巨大なテラスへと繋がる白亜の広間だった。

かつては豊かなオアシスの恵みを愛でる人々が美しく整えていたであろうその場所は、今や埃を被り、いたる所にひび割れが走っている。

テラスの真ん中。容赦なく照りつける陽光が差し込むその場所に、一人の老人が佇んでいた。

その身に纏うのは、富を象徴する美しい衣装。だが、その背中はひどく丸まり、顔は疲れ果てていた。

ハシム王。この国の主でありながら、今やただの飾り人形と化してしまった悲しき王。

彼の目の前に、仁王立ちで立ち塞がっている巨漢がいた。四魔将の一人である狂戦士、ガルヴァス。

身の丈三メートルに迫るその岩のような身体からは、周囲の空間そのものを押し潰すような、息の詰まるほどの圧力が絶えず放たれていた。彼が動くたびに、床の大理石がみしりと音を立ててきしむ。

「ハシムよ。お前がどれほど民を気遣おうと、私を怒らせれば、すぐに上空の檻から熱線を降り注がせ、都ごとすべてを焼き尽くしてやる」

ガルヴァスの声は、テラスの空気を震わせ、ハシム王の細い肩を無慈悲に押し潰そうとしていた。

「……ガルヴァス殿。私は、貴殿の言う通りにしている。言われた通りに民から供物を集め、水路の鍵を渡し、逆らう者に処分を下した。……だから、これ以上、都を傷つけるのはやめてくれ」

ハシム王の声は、震えていた。

その目は、疲れ果てており、かつての王としての覇気はどこにもない。

民をまもるため、あえてすべての泥を被る道を選んだ男の、悲痛なまでの覚悟と後悔がそこにはあった。

「ふん、聞き分けのいいことだ。ならば、その聞き分けの良さを、最後まで貫くことだな。もし少しでも怪しい動きを見せれば、その時はお前の一族から順に、あの檻の熱で焼き尽くしてやろう」

ガルヴァスは地鳴りのような声で笑い、戦斧を地面に突き立てた。

その様子を陰から見つめていたカシムの指先が、短剣を握りしめたまま、怒りで微かに震えていた。

彼がかつて王を「裏切り者」と憎んでいたことの裏にあった、あまりにも悲しい真実。

王もまた、自らの大切なものを守るために、一人でこのおそるべき暗闇に耐え続けていたのだ。

カシムはそっと目を伏せ、唇を強く噛み締めた。その背中に、テオがそっと手を置き、無言で彼を支えた。


「……ゼノリス、動きがある。奴らが、奥の部屋へ移動するぞ」

ガイルが低い声で囁いた。

ゼノリスは頷き、隠し窓から身を引いて、さらに奥へと進もうとした、その時だった。

静寂に包まれた回廊に、不意に、カチリ、という乾いた音が響いた。

「――っ!」

ゼノリスの身体が、一瞬にして凍りついた。

彼が踏みしめた大理石の板が、わずかに数ミリだけ沈み込んでいる。

それは、長い歳月の間、誰も気づかずに眠り続けていた、古代の防衛術式――仕掛けられた罠の作動音だった。

ガガガガ、ガガガ……ゴンッッッ!!

天井から、何十本もの分厚い鉄の格子が一斉に滑り落ち、彼らの行く手を、そして来た道を完全に遮断した。

「閉じ込められた……! 罠だわ!」

フィリーネが杖を構え、周囲を青白い光で照らし出そうとする。

だが、異変はそれだけでは終わらなかった。

周囲の壁の一部が、けたたましい摩擦音を立ててスライドし、その奥から、黒鉄の鎧に身を包んだ兵士たちが次々と進み出てきたのだ。

彼らの手には、黒鉄の槍が握られ、侵入者を逃がすまいと容赦なく距離を詰めてくる。

「侵入者だ! 逃がすな!」

「捕らえろ! ガルヴァス様へ突き出すんだ!」

十数人の兵士たちによって、狭い通路はたちまち塞がれてしまった。

「させるかよっ!」

テオが即座に前に出て、大きな漆黒の盾を構えた。

だが、前後を格子で塞がれた細い一本道の通路では、テオの盾が塞げるのは正面のわずかな幅だけだった。横の壁からなだれ込んできた兵士たちは、テオの盾を回り込むようにして、背後に縦一列に並ぶしかないゼノリスたちへ容赦なく槍を突き出してくる。

ゼノリスも即座に黒い剣を構えるが、四方から突きつけられた槍の刃先に阻まれ、白銀の光を纏わせる隙さえ与えられない。避けるスペースもなく、完全に動きを封じられてしまった。

「……魔力が、吸い取られている。魔法が、うまく練り上げられない!」

フィリーネの顔がひきつる。

退路を奪われ、魔力の展開も阻まれ、周囲を容赦のない刃で囲まれた、息の詰まるような窮地。まさにその瞬間だった。

キィィィィィィィン……!

空間が、まるで一枚の薄い紙のように、音もなく、綺麗にズレた。

それは、何の気配も、何の魔力の高まりすらも感じさせない、あまりにも密やかで、流れるように空間そのものを切り裂く一撃だった。彼らを取り囲んでいた兵士たちの槍の穂先が一斉に、カラン、カランと虚しい音を立てて床に落ちた。

それだけではない。彼らの行く手を塞いでいた頑丈な鉄の格子や、白亜の壁の一部までもが、まるで見えないハサミで切り取られたかのように、綺麗に二つに分断されていたのだ。

「な……んだ、これは!?」

「壁が……切り裂かれた!?」

兵士たちの間に、言葉にならない驚愕と混乱が走る。

彼らは、手にした槍の先が何の衝撃もなく滑り落ちた事実と、目の前の空間が何の前触れもなく真っ二つに分断された不可解な光景に、恐れて立ちすくんだ。

「……今だ! 走れ!」

ゼノリスが叫んだ。

テオが大きな盾で動揺する兵士たちを突き飛ばし、カシムが床の影を爆発させて視界を遮る。リィンの風が彼らの背中を強く押し、一同は崩れ落ちた壁の隙間から、王宮の裏手にある荒地へと向かって一気に駆け抜けた。


「ハッ、ハッ、ハッ……!」

夜風が、彼らの熱くなった頬を優しくなでた。

どれほどの距離を走っただろうか。

背後で響いていた兵士たちの怒号も、追いかけてくる足音も、今や遠くの地鳴りのように小さく消え去り、熱を孕んだ砂漠の静寂が、再び彼らを包み込んでいた。

一同は、小高い砂丘の岩陰に身を潜め、荒い息を吐きながら砂の上に座り込んだ。

「……あの見えない刃、一体誰が……」

カシムが短剣を握りしめ、額の汗を拭いながら、暗い王宮の方角を睨み据えた。

エレナは腰の銀の長剣に手を当て、指先が白くなるほど強く柄を握りしめていた。

テオが不思議そうに首を傾げる。

「わからない。でも、あの太刀筋……僕たちが以前に出会った、あの魔騎士の技にそっくりだった。……まさか、ザガンが、また僕たちを助けてくれたのか?」

「ザガン……」

エレナは掠れた声でその名を呟き、暗い王宮をじっと見つめた。

ゼノリスは、何も答えず、ただ自分の右手のひらをじっと見つめた。


「……僕たちは生き延びた。民のために苦悩する、あの王の姿を、僕たちはこの目で見た」

ゼノリスは、右手の包帯に隠された星の刻印を強く握りしめた。

「あの天陽の灼熱檻を必ず壊す。行こう、みんな。本当の戦いはここからだ」

強烈な陽光が照りつける過酷な空を見上げるゼノリスの瞳に、静かな決意が宿っていた。

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