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星帝物語  作者: 藤堂 貴之
第7巻 黒炎の聖都と灰色の聖女

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第65章:死の灰を貫く四星の軌跡

分厚い石壁が、重い音を立てて閉じ合わされた。

「お兄様!」

フィリーネが石の壁を両手で叩く。しかし、教会の秘術が編み込まれた壁はびくともせず、声も魔法も完全に弾き返した。

「……無駄だ、フィリーネ。いまの俺たちの魔法じゃ、この壁は破れない。それに、この迷宮は床下に流れる魔力を使って、壁を自動で修復しているんだ」

ガイルが舌打ちをする。彼の解析眼は、壁の奥の魔力の流れを正確に読み取っていた。

教皇が張り巡らせた結界は、彼らの魔法を異物として弾き返すように作られている。


「ゼノリスと、あの女剣士は分断された。……だが、あいつらなら自力で最深部へ向かうはずだ。俺たちがここで立ち止まっている暇はない」

セレスティアが静かにフィリーネの肩に手を置いた。

「ガイルの言う通りよ。ゼノリス君を信じましょう。私たちは私たちで、この灰の海を越えなければならないわ」

「……ええ。お兄様なら、必ず」

フィリーネは込み上げる涙を拭い、白銀の杖を強く握り直した。兄の背中を追うだけでなく、自分も共に戦うと決めたのだ。ここで泣いているわけにはいかなかった。


その時、周囲を漂っていた灰色の霧が、不気味に渦を巻き始めた。


天井から降り注ぐ死の灰が、床の上で寄り集まり、次々と人の形を成していく。

闇の中から現れたのは、錆びた武器を手にした灰の騎士や、鋭い牙を持つ獣たちだった。

その虚ろな瞳に光はなく、ただ目の前の命を刈り取るためだけに無言で刃を向けてくる。かつてこの街で暮らしていた市民たちが、命を使い潰されて灰にされた哀れな姿だった。

「……お出ましね。ゼノリス君と別れた隙を狙うなんて、迷宮の主もいい性格をしているわ」

イリスが灰色の修道服を翻し、冷ややかな視線を敵の群れに向けた。かつて自分が祈りを捧げていた教会の地下が、このようなおぞましい場所になっていたことに、彼女の胸の奥で静かな怒りが燃えていた。

「テオの盾も、ゼノリスの剣もない。……俺たち四人だけで、この包囲を突破して先へ進むぞ」

ガイルが短剣を構え、仲間たちに鋭く指示を飛ばす。

灰の騎士たちが、足音もなく一斉に襲いかかってきた。


「イリス、右の三体を頼む! セレスティアは正面の壁を厚くしろ!」

「灰のとばり、標的を曖昧あいまいにしなさい」

イリスが地面に両手をつき、幻惑の霧を展開する。右から迫っていた騎士たちは急に視界を歪まされ、味方同士で武器をぶつけ合って動きを止めた。

「光よ、私たちを守りなさい! 『聖域の残響サンクチュアリ・エコー』!」

セレスティアが白銀の聖杖を高く掲げ、黄金の波紋を広げる。正面から突っ込んできた灰の獣たちが、光の障壁に激突してジュッと音を立てて弾き飛ばされた。

「フィリーネ、左から来る獣の足元を凍らせろ! 結合する前に動きを止めるんだ!」

「はい! 凍てつけ……『氷結のクリスタル・バインド』!」

フィリーネの杖から放たれた冷気が、石畳を這うように広がる。左側から飛びかかろうとした灰の獣たちは、足元から急速に氷漬けにされ、その場に縫い留められた。

そこへ、ガイルが手にした短剣を的確に投げつける。

刃が氷にヒビを入れ、獣の身体は音を立てて砕け散った。


四人の連携には、一瞬の迷いもズレもなかった。

ガイルが解析眼で敵の動きを先読みし、イリスが幻惑で敵の感覚を狂わせる。セレスティアが光の盾で攻撃を弾き、フィリーネが氷結で敵を砕く。

誰が欠けても崩れてしまう、際どいバランス。彼らは学園の屋根裏部屋で過ごした日々から、互いの呼吸を知り尽くしていたのだ。


だが、敵は命を持たない死の灰だ。

砕かれた獣の破片はすぐに周囲の霧を吸い込み、再び形を作り始める。倒しても倒しても、灰の軍勢は数を減らすことなく、どこまでも湧き出してくる。

息をするたびに、肺を焼くような不快な匂いが鼻を突く。人々の命を燃やした残骸が、彼らの体力を少しずつ奪っていた。


「……キリがないわ。このままじゃ、押し切られるわよ」

イリスが額の汗を拭いながら、幻惑の霧を再展開する。

「ガイル、敵が湧き出すのを止められないの!?」

セレスティアも、障壁を維持しながら苦しげに問う。

「ダメだ! この迷宮全体がネビュロスの魔力領域になっている。灰がある限り、何度でも再生しやがる!」

ガイルの右目も過剰な解析で熱を持ち、限界を訴えていた。

テオがいれば、どんな一撃でも盾で受け止めてくれた。ゼノリスがいれば、再生する暇も与えずに敵を切り伏せてくれただろう。

守りの要と、攻めの要。その両方を欠いた状態での持久戦は、四人の体力と魔力を容赦なく削り取っていく。


「……私の氷で、この通路ごと凍らせます!」

フィリーネが一歩前に出て、杖を強く握りしめた。

「待て、フィリーネ! そんな広範囲に魔法を使えば、お前の魔力が持たないぞ!」

ガイルが制止するが、フィリーネの瞳に宿る決意は揺るがなかった。

「私がやります! お兄様と合流するまで、私たちがここで倒れるわけにはいきません!」

 彼女が杖を強く握り込むと、溢れ出した白銀の光が通路を染め上げた。周囲の灰が冷気に呑み込まれ、次々と凍りついていく。顔色を青ざめさせながらも、彼女は一歩も後ろへは退かなかった。

「フィリーネ、無理をしないで! 私も力を貸すわ!」

セレスティアが彼女の背中に手を当て、治癒の光を注ぎ込む。イリスもまた、残された魔力を振り絞って幻惑の霧を広げ、敵の接近を遅らせた。

「……お前ら、倒れるなよ! あと少しで、魔力の流れが変わる周期が来る! そこを抜ければ……!」

ガイルが叫びながら、這い寄る灰の騎士の腕を短剣で切り落とす。


四人は、暗く冷たい迷宮の底で、互いを支え合いながら死の灰を貫いて進み続けていた。

降り注ぐ死の灰。

息苦しい空気。

次々と襲い来る異形の群れ。

彼らの魔力は、少しずつ、だが確実に底を突きかけていた。

それでも、諦める者はいない。

必ず生きて、再び仲間と出会うために。

星屑の騎士たちは、暗闇の中で自分たちの光を燃やし続けていた。



暗く冷たい迷宮の底。 四人は、湧き出す灰の軍勢を倒しながら、ゼノリスたちを追って先へ進んでいた。

床に積もった灰は足首まで達し、一歩踏み出すたびに鉛のような重さが足に絡みつく。ガイルが短剣で道を切り開き、イリスが霧で敵の感覚を狂わせる。セレスティアが光の盾で攻撃を弾き、フィリーネが氷の魔法で敵を砕く。

その連携に迷いはなかった。だが、彼らの体力と魔力は、音もなく削り取られていた。


「……少し、ペースを落とすぞ」

ガイルが短く息を吐き、足を止めた。

彼の右目の眼帯の下、解析眼が限界を訴えて熱を持っている。周囲に渦巻く異常な魔力を読み取り続けることは、彼の神経を焼くような負担を強いていた。

「ガイル、右目が……」

イリスが修道服の袖から傷薬を取り出そうとするが、ガイルは手で制した。

「構うな。それよりも、前だ。……嫌な波長が近づいてきている」

ガイルの言葉に、三人は同時に武器を構えた。


通路の奥。濃密な灰の霧が、生き物のようにうねり始めた。

周囲の灰が竜巻のように巻き上がり、一つの巨大な形を成していく。現れたのは、無数の人間の腕や顔の輪郭が表面に浮き出た、天井に届くほど巨大な獣だった。

高密度の灰で固められたその体からは、どす黒い炎が噴き出し、冷たい迷宮の空気を不気味に焦がしている。

「……空間が歪むほどの熱量ね。油断しないで」

セレスティアが青い瞳を細め、杖を構え直した。

「気をつけろ! あの黒炎が磁石みたいに周囲の灰を次々と吸い寄せてやがる。傷つけても一瞬で再生するぞ!」

ガイルが右目を押さえ、解析した事実を鋭く叫ぶ。


 魔獣が低い唸り声を上げ、巨体を揺らして飛びかかってきた。

「聖域の残響サンクチュアリ・エコー!」

セレスティアの杖から黄金の波紋が広がり、光の壁が展開される。

魔獣の太い前脚が壁に激突し、甲高い音が石の回廊に反響した。

壁にヒビが入り、セレスティアの顔が苦痛に歪む。

「くっ……!」

「セレスティア!」

フィリーネが杖を突き出し、魔獣の足元に冷気を放つ。

「氷結のクリスタル・バインド!」

冷気が地面を這い、魔獣の四肢を分厚い氷で覆い尽くした。

動きが止まった一瞬を狙い、ガイルが地を蹴る。

「そこだ!」

彼の手から放たれた短剣が、解析眼が捉えた黒炎の核を正確に貫く。魔獣の巨体は音を立てて崩れ落ちた。

だが、崩れた灰の中心で黒い炎が再び燃え上がり、周囲の灰を嵐のように吸い寄せて一瞬で元の獣の姿を再構築した。短剣は灰の中に飲み込まれて消える。

「チッ、核を潰しても再生を止められないってのか……!」

ガイルが後退し、舌打ちをする。

魔獣は再びセレスティアの光の壁に体当たりを繰り返す。黒い炎が壁を焼き、ついに黄金の波紋が砕け散った。衝撃でセレスティアが弾き飛ばされ、イリスが彼女を受け止める。

「セレスティア、しっかりして!」

「……ごめんなさい。魔力が……」

セレスティアの息は荒く、顔色は蒼白だった。

魔獣がゆっくりと四人に近づいてくる。ガイルは武器を失い、右目の痛みで顔をしかめている。イリスとセレスティアも限界が近い。

「……ここまでか」 ガイルが低く呟いた。

その言葉を打ち消すように、フィリーネが無言で一歩前に出た。

「フィリーネ、やめろ! それ以上魔力を引き出せば、お前自身の器が耐えきれずに砕け散るぞ!」

ガイルの制止も聞かず、彼女は残るすべての魔力を白銀の杖に込め、魔獣に向けて振り下ろした。

冷気が爆発的に広がり、魔獣を、そして通路ごと分厚い氷の壁で完全に塞いだ。

フィリーネは杖を支えにして、その場に膝をついた。

「……フィリーネ!」

セレスティアとイリスが駆け寄り、彼女の背中を支える。

「……大丈夫です。少し、魔力を使いすぎました」

氷の壁の向こうで、魔獣が黒い炎を燃やして氷を溶かそうとしているのが見える。

この氷も長くは持たないだろう。

四人は、冷たい石の床の上で荒い息を吐いていた。

魔力は底を突き、体力も限界に近い。氷が溶ける音だけが、不気味に響いている。

逃げ場のない状況。それでも、彼らの瞳から光は消えていなかった。仲間と再び合流する。その想いだけが、彼らを暗闇の中で繋ぎ止めていた。

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