表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星帝物語  作者: 藤堂 貴之
第6巻 星屑の帰還と蒼刃の守護者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/70

第53章:白銀の閃刃と雨上がりに灯る熱

 アッシュの冷たい指先が、長大な魔導狙撃銃の引き金を引き絞る。

かつて彼が連合の命令で放ってきたのは、自らの命を削る無音の暗殺弾だった。だが今、泥濘ぬかるみに伏せる彼の内側から冷たい銃身へと流れ込んでいるのは、己の命をすり減らす絶望の冷たさではない。ゼノリスの泥臭い熱に触れ、初めて自らの意志で選び取った、静かで確かな熱を帯びた魔力であった。


「……空間座標の計算、完了。目標の魔力流の綻びを共有する。……見事ぶち抜いてみせろよ!」

突如、アッシュの耳元の通信デバイスに、聞き慣れない少年の声が響いた。

激しい雨が打ち付ける岩場で、ガイルが右目の眼帯の下に隠された『解析眼アナライズ』を極限まで光らせ、雷獣の分厚い装甲の僅かな継ぎ目を青白い数式として弾き出したのだ。その膨大なデータを、ルカスが自作の魔導デバイスを『過剰出力オーバーロード』させて、アッシュのスコープへと強引にデータリンクさせてきたのである。

「……」

敵であった自分を微塵も疑わずに導いてくる声。だが、スコープに浮かび上がった光の座標は、アッシュ自身の計算と寸分違わぬ、雷獣の「急所」を示していた。

 アッシュは無言のままスコープの奥で静かに息を吐き、迷うことなく引き金を引いた。

 ダァァァンッ!

雷鳴が吹き荒れる崖の上に、これまで彼が一度も鳴らすことのなかった、腹の底を揺さぶるような重厚な銃声が響き渡った。自らの命を削る暗殺弾ではなく、世界に対して自らの存在を主張するような、確かな意志の音がそこにあった。


 放たれた一撃は、雨のカーテンを一直線に切り裂き、咆哮を上げる巨大な雷獣へと向かって飛翔する。雷獣がその喉の奥で、すべてを灰に変える魔力を解き放とうとした、まさにその瞬間だった。

アッシュの放った弾丸が、ガイルの導き出した装甲の綻び――幾重にも重なる魔力流の継ぎ目を寸分違わず撃ち抜いた。

ピキッ、とガラスにひびが入るような乾いた音が響く。

次の瞬間、決して破られることのなかった雷獣の強固な装甲が、連鎖的に音を立てて砕け散った。装甲という名の「抑え」を失ったことで、雷獣の喉の奥に蓄積されていた莫大なエネルギーが、行き場を失って暴走を起こす。

「グガァァァァァッ!?」

放たれるはずだった雷撃が口内で暴発し、凄まじい閃光と爆炎が雷獣の巨体を包み込んだ。古代の魔獣が苦悶の咆哮を上げ、大きく体勢を崩して後退する。


「……装甲が完全に剥がれた! 内部の魔力流が乱れ切ってるぞ!」

ガイルが右目から青白い火花を散らしながら、歓喜の声を上げた。

「今だ!一気に全魔力を叩き込むぞ!」

ゼノリスの号令一閃。絶体絶命の防衛を強いられていた星屑の騎士たちの瞳に、反撃の鋭い光が一斉に宿った。

「一番槍は、俺がもらうぜッ!」

前線に立つテオが、獣の咆哮を上げた。彼の肉体が熱を帯びて一気に膨れ上がり、シャツが弾け飛んで逞しい筋肉が鎧のように隆起する。獣の耳が逆立ち、瞳が黄金色に輝く。アル・ザハブ南方太陽国で生まれ育った彼が持つ本能の解放――『獣化ビースト・フォーム』だ。

丸太のように太くなった腕で漆黒の重盾を構え、体勢を崩している雷獣の前脚へと、石畳を粉砕する凄まじい踏み込みで真正面から突進した。

ドガァァァン!

金属と肉体がぶつかり合う重烈な衝突音が暗い渓谷の底に響き、山のように巨大な雷獣が大きくよろめく。


「逃がさねえよ。影縫い、乱れ咲き!」

雷獣が踏みとどまろうとした足元の死角。そこからカシムが躍り出る。彼の足元から底なしの沼のように広がった漆黒の影が、無数の黒い刃となって一斉に隆起し、雷獣の四肢の関節に深く突き刺さってその巨体を強引に大地へと縛り付けた。

「……邪魔な腕は、私が落とす」

リィンが疾風のように駆け抜け、愛刀を抜き放った。三千年の遺産『風読みの衣』が激しく風を孕み、覚醒した彼女の折れた刃の先から、エメラルド色の風の刀身が形作られる。

「『シルフィード・バースト』……ッ!」

彼女が放った『秘剣・疾風はやて』の神速の斬撃が、アッシュの狙撃によって露出した雷獣の右腕の関節を正確に斬り裂いた。力を失った巨腕が、だらりと垂れ下がる。


 四肢を縛られ、右腕の自由も奪われ、雷獣は怒り狂ったように残った左腕を振り回す。荒れ狂う紫電が無差別に撒き散らされるが、それを待ち構えていたのは、二重に展開された防壁だった。

「貴方の雷は、もう私たちには届きません! 『聖域の残響サンクチュアリ・エコー』!」

「灰のとばり、熱を逸らしなさい」

セレスティアが天高く掲げた白銀の聖杖から溢れる黄金の防護障壁と、イリスが灰色の修道服を翻して放った幻惑の霧。かつて聖女の座を争い対立していた二人の、光と影の相反する魔力が絶妙な調和で重なり合い、雷獣の無秩序な紫電を幻影の彼方へと散らして無効化していく。

「テオ、リィン、少し下がって!」

後方で詠唱を終えたフィリーネが、白銀の杖を振り抜いた。彼女の銀糸の髪が激しい魔力の風に舞い上がり、透き通るような青い瞳に凛とした意志が宿る。帝国の正統な継承者「星のステラ・シード」としての、周囲の雨粒さえも空中で凍りつかせるほどの魔力が、岩場を駆け抜ける。

「凍てつけ……『氷結の絶界』!」

絶対零度の冷気が崖の上を駆け抜け、雷獣の足元から胴体にかけてを分厚い氷の檻へと閉じ込める。雷の熱量と相反する命の熱を奪い尽くす魔力が、魔獣の体力を容赦なく削り取っていった。


「ナディア! 奴のコアの位置は!?」

黒い剣を構え、白銀の魔力を纏わせたゼノリスが叫ぶ。

「見えたわ! 胸の奥深く……雷の魔力が一番濃く渦巻いている場所よ! 彼が撃ち抜いた装甲の穴からなら、真っ直ぐに刃が届く!」

ナディアがルサルカの星詠みの誇りである『黄金の羅針盤』を高く掲げる。狂ったように回転していた針がピタリと止まり、雷獣の胸の中心という唯一の「運命の綻び」を真っ直ぐに指し示した。

「……援護する」

後方の泥濘の中から、アッシュの平坦な声が響いた。

彼が再び引き金を引く。放たれた二発目の弾丸が、フィリーネの氷ごと雷獣の胸の肉を正確にえぐり飛ばし、ゼノリスが剣を突き立てるための「道」を切り開いた。

「ありがとう、みんな! そして、アッシュ!」

ゼノリスは地を強く蹴り、仲間たちが切り開いたその一本の道へと飛び込んだ。


 彼の右手のひらに刻まれた『三つ目の星』に、仲間たちが切り開いた道への確かな熱が宿る。魔王の破壊衝動と勇者の守護の意志を完全に調和させた『白銀の閃刃』が、夜の闇を昼間のように照らし出す。


 アッシュの放った無音の凶弾がこじ開けた、雷獣の胸の奥深く。その空間には、数千年分の時を経て凝縮された濃密な雷の魔力が、目に見えるほどの紫電の渦となって荒れ狂っていた。それは侵入者を容赦なく焼き尽くそうとする、古代の魔獣の執念そのものだった。ゼノリスの衣服を焦がし、肌を焼こうとする殺人的な熱量が四方八方から襲いかかる。

だが、彼の右手のひらに刻まれた『三つ目の星』の刻印から溢れ出す白銀の魔力が、その雷の猛威を真っ向から押し返していく。

地響きのように重い魔王の破壊衝動と、晴れ渡った空のように澄んだ勇者の守護の意志。相反する二つの強大な力を、ゼノリス自身の魂が『調律』し、彼が力強く握りしめた黒い剣の刀身へと流し込んだ。純度の高い白銀の魔力が、暗い雷獣の胎内を真昼の太陽のように照らし出す。

仲間たちが自らの命を懸けて繋いだ防衛線。そして、刺客として立ちはだかった連合の狙撃手が、冷酷な命令に背き、初めて自らの意志で切り開いてくれたたった一つの道。そのすべての想いを背負い、ゼノリスは『白銀の閃刃』を大上段に振りかぶった。

雷獣の命脈の中心。莫大なエネルギーが黒い塊となって渦巻くコアを、白銀の刃が正確に捉える。

ゼノリスは一切の迷いなく、剣を振り抜いた。

硬質なガラスを叩き割るような、甲高い破砕音が暗い渓谷の底に響き渡る。

その瞬間、雷獣の山のような巨体がビクリと大きく震え、荒れ狂っていた紫電の動きがピタリと止まった。ゼノリスの剣が貫いた胸の中心から、純白の光が滝のように漏れ出す。光はひび割れた黒い装甲の隙間を縫うようにして、魔獣の全身へと瞬く間に広がっていった。

次の瞬間、雷獣は断末魔の声を上げる間もなく、無数の光の粒子となって渓谷の冷たい風の中へ崩れ去った。

 雷獣の消滅と同時に、渓谷の上空を厚く覆っていた分厚い雷雲が、巨大な渦を巻きながら急速に晴れていく。

これまでずっと鳴り響いていた腹の底を揺さぶるような雷鳴が止み、雲の切れ間から柔らかな陽光が、渓谷の底へと真っ直ぐに差し込んだ。

「……終わったわ。周囲の空間を歪めていた魔力の乱れが消えた。第一の楔、破壊完了よ」

ナディアが腰から外した黄金の羅針盤を見つめ、張り詰めていた息を大きく吐き出した。羅針盤の針は、もはや狂ったように回転することなく、静かに本来の北を指してその動きを止めている。

「……はぁ、はぁ。さすがに、腕が千切れるかと思ったよ」

前線で雷獣の規格外の猛攻を受け止めていたテオが、重い漆黒の大盾を岩場にドスンと下ろして膝をついた。彼の太い腕には衝撃を耐え抜いた証である紫色のあざがいくつも浮き出ているが、その顔には大切な仲間を守り抜いた深い安堵が浮かんでいた。

カシムが雷獣の死角に張り巡らせていた黒い影の刃をスッと解き、セレスティアとイリスも、顔を見合わせて深く安堵の息を漏らす。

「お兄様!」

フィリーネが白銀の杖を握りしめたまま駆け寄り、瓦礫の中から姿を現したゼノリスの無事を確認して、花が咲くように小さく微笑んだ。ゼノリスは彼女に力強く頷き返し、白銀の魔力を収めた黒い剣を静かに鞘へと収める。そして、泥濘ぬかるみに伏せたまま動かない一人の狙撃手の方へと、静かな足取りで歩み寄った。


 アッシュは、自身の背丈ほどもある長大な魔導狙撃銃から手を離し、濡れた泥の中からゆっくりと上体を起こした。

「……任務、失敗。目標の排除に、失敗した」

彼の口から出た言葉は、相変わらず平坦で機械的なものだった。だが、泥に汚れたその白い髪の下で、彼の虚ろだった瞳は、今はゼノリスの姿を真っ直ぐに捉えている。

八ヵ国連合の冷酷な実験施設で感情を根こそぎ焼き切られ、ただ上層部の命令に従うだけの兵器『漂白の狙撃手』として生きてきた彼にとって、「任務の失敗」は自らの存在意義の喪失を意味する。それなのに、今の彼は喪失感とともに、これまで感じたことのない微かな胸のざわめきを覚えていた。

「お前は、命令ではなく、自分で撃つ標的を決めた」

ゼノリスはアッシュの前に立ち、泥だらけの右手を真っ直ぐに差し出した。

「ガイルが弾き出した魔力流の綻びの座標を信じ、僕たちを援護する道を選んだ。それは、連合の冷たい命令なんかじゃない。お前自身の確かな意志だ。使い捨ての道具じゃない、一人の血の通った人間としてのな」

アッシュは、差し出されたゼノリスの右手と、その迷いのない黄金と闇の瞳を交互に見つめた。

兵器として生きてきた彼が、初めて人間らしい胸のざわめきを感じる。なぜ敵である自分を助けたのか。なぜ自分に手を差し伸べるのか。彼に組み込まれた思考では、目の前の男の行動はエラーの連続でしかない。

だが、その不合理な熱量が、彼自身の内側に言葉にできない感情の揺らぎを生み出していた。彼が放ったあの一発の弾丸は、己の命をただ消費するだけのものではなく、自らが選んだ行動の結果として雷獣の装甲を穿ち、ゼノリスの道を拓いたのだ。

アッシュはゼノリスの手を取ることなく、自らの震える足に力を込めて、ゆっくりと自力で立ち上がった。泥だらけになった重い魔導狙撃銃を無言で拾い上げ、背中へと背負い直す。

「……私は、戻る」

アッシュは短く告げ、ゼノリスから背を向けて岩場の方へと歩き出した。

「次に会う時は、お前を排除する」

そう言い残し、アッシュは雨上がりの渓谷を去っていった。その足取りは落下時に折れた骨の痛みで重く引きずっていたが、以前のようなただの機械としての冷たさは薄れ、そこには微かながらも「自らの意志で生きようとする人間」の体温が宿っているように見えた。


「よかったの、逃がして」

リィンが音もなくゼノリスの隣に近づき、遠ざかるアッシュの背中を見つめながら静かに問うた。

「ああ。彼はもう、言いなりになるだけの兵器じゃない。自らの意志で引き金を引くことの意味を知ったんだ。次に会う時は、きっと彼自身の意志で、僕たちの前に立つはずだ」

ゼノリスは、アッシュの姿が岩陰に消えて見えなくなった方向を見つめながら、確信に満ちた声で答えた。

「エトワール号に戻ろう。僕たちの航海はまだ続く」

ゼノリスの言葉に、星屑の騎士たちは力強く頷いた。

陽光に照らされた渓谷の底で、彼らは泥にまみれながらも、ルシオンの野望を完全に打ち砕く次なる戦いへと向けて、新たな決意を固めたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ