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星帝物語  作者: 藤堂 貴之
第6巻 星屑の帰還と蒼刃の守護者

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第47章:新生エトワール号の出航

 エーテルガード学園都市の地下深く。三千年の沈黙を守り続けてきた秘密のドックに、重厚な魔力駆動エンジンの唸りが響き渡っていた。

ルカスとガイルの手によって大規模な改修を施された『エトワール号』は、かつての流麗な船影を保ちながらも、隨所に実戦を想定した武骨な装甲が追加され、より精悍せいかんな姿へと変貌を遂げていた。船体側面には、ルカスが古代帝国の設計図を読み解いて組み込んだ新たな魔導兵装が青白い魔力を静かに脈打たせ、帆を支えるマストは、どんな暴風雨にも耐えうるよう幾重にも補強されている。

「……魔導出力、安定している。各部推進器への魔力供給も問題ないね」

ルカスが分厚い眼鏡の位置を直し、手元のコンソールに表示される数値を冷徹に読み上げる。

「ハッ、俺が組み上げた回路だ、そう簡単にガタが来るかよ。……行くぜ、お前ら! 振り落とされるなよ!」

操舵盤を握るガイルが不敵に笑い、推進レバーを力強く押し込んだ。

重々しい地響きと共に、地下ドックの頭上を覆っていた巨大なハッチが左右に分かれる。そこから差し込んできた透き通るような春の陽光へ向けて、エトワール号は船体をゆっくりと浮上させた。

広げられた銀色の帆が、学園の広場を駆け抜けてきた春の強い風を孕む。心地よい推進力へと変わったその風は、限界の防衛線を生き抜いた若き戦士たちの背中を力強く押し出すように、彼らを大空へと導いていった。

 出航の緊張が一段落した甲板で、星屑の騎士たちはそれぞれに休息を取りながら、眼下に広がる大陸の景色を見下ろしていた。

「……こうして上空から見下ろしていると、世界が少しずつ変わり始めているのが肌で感じられるわね」

黄金の羅針盤で航路を確認していたナディアが、潮風に青い髪をなびかせながら口を開いた。

「私の故郷ルサルカは、マリエーヌ大公妃の宣言通り、八ヵ国連合の旗を正式に下ろしたわ。海上の流通網を握るルサルカが離反した影響は、連合にとって計り知れない痛手になっているはずよ」

「……ああ。私の故郷……シルフィードの一族も、連合の理不尽な要求を跳ね除ける決意を固めた」

リィンが、風読みの衣を揺らしながら静かに同意する。彼女の纏う空気は、もはや過去の呪縛に囚われておらず、誇り高く澄み切っていた。

二人の言葉を受け、手すりに寄りかかっていたルカスが、知的な眼差しで現状を分析する。

「経済の要であったギルダー商業公国が虚無に飲み込まれて消滅したことで、連合の資金源と兵站へいたんはすでに致命的な打撃を受けている。残っているのは、軍事力で他国をねじ伏せようとする北のヴェルンド王国などの強硬派だけだ」

「ハッ、あいつら今頃、同盟国に次々と逃げられて顔を真っ赤にして焦り狂ってるだろうぜ。連合なんて大層な名前をつけておきながら、中身はボロボロだ」

ガイルが皮肉っぽく鼻を鳴らす。

彼らはもはや、巨大な組織から逃げ惑うだけの存在ではなかった。泥にまみれ、血を流しながらも戦い抜いてきた彼らの軌跡が、確実に世界を動かし、理不尽な枠組みを瓦解がかいさせ始めているのだ。

 ゼノリスは、仲間たちの頼もしい会話を静かに聞きながら、自らの右手に刻まれた『三つ目の星』の火傷跡にそっと触れた。これからの航海は、ルシオンの現世定着を防ぐため、大陸各地に打ち込まれた「三つのくさび」を破壊していく過酷なものになる。

第一の目標は、荒れ狂う雷雲に覆われた『雷鳴の渓谷』。生きて帰れる保証などどこにもない、未知の死地である。

「……ゼノリス君」

不意に、澄んだ声が彼を呼んだ。

振り返ると、そこにはセレスティアが立っていた。彼女の隣にはイリス、リィン、ルカス、ガイルの四人が並んでいる。学園の地下から防衛戦を支えた「別動組」の五人だ。

「学園での防衛戦を終え、こうして皆で同じ船に乗っている。……けれど、私たちはまだ、貴方に明確な言葉で伝えていなかったわ」

セレスティアの青い瞳には、退路を断った気高き決意が宿っていた。

「これまでは、貴方たちが『星屑の軍団ステラ・レギオン』として世界を巡る間、私たちは学園の地下から裏で支える別動組だった。でも、ただ待つだけの時間はもう終わりよ。……私たち五人も、正式に貴方たちの軍団に加えてほしい」

彼女の言葉に、ゼノリスは目をわずかに見開いた。


「私の幻惑の霧は、この船をどんな監視網からも隠し通すためにあるわ」

イリスが灰色の修道服の裾を翻して微笑む。

「風は、共に往く」

リィンが愛刀に手を添えて静かに告げた。

「船のメンテナンスや魔導兵装の管理は、僕がいないとすぐにガタが来るだろう。技術責任者として同行させてもらうよ」

ルカスが眼鏡を直し、ガイルも不敵に笑う。

「俺の解析眼なしで、雷鳴の飛び交う死地へ突っ込むつもりじゃないだろうな。特等席でナビゲートしてやるよ」

すでに船旅を共にしているナディア、カシム、テオ、そしてフィリーネが、嬉しそうに彼らを取り囲んだ。

「ふふん、これで船がもっと賑やかになるわね!」

「大所帯になるのはいいけど、お互いの背中はしっかり預け合うんだぜ」

「ええ。皆さんがいれば、どんな場所でも心強いです」


ゼノリスは、一人ひとりの顔をじっと見つめた。彼らの目には、激戦へ向かう恐怖よりも、共に戦えることへの静かな誇りが満ちている。

「……ありがとう。君たちが共にいてくれるなら、どんな嵐でも乗り越えられる」

ゼノリスは、迷いなく彼らに向かって深く頷いた。

「ようこそ、『星屑の軍団』へ。これからは十人で、一つだ」

若き戦士たちが互いの手を重ね合わせると、甲板には穏やかで、しかし確かな熱を持った誓いの余韻が広がった。空と海の間を往く銀色の船の上で、彼らは真の意味で一つの軍団となったのだ。



大空を征く新生エトワール号の甲板を、夕暮れの風が静かに吹き抜けていた。

眼下に広がる大陸は燃えるような茜色に染まり、徐々に夜のとばりが下りようとしている。学園都市の地下ドックからの出航から数時間が経過し、銀色の帆を張った船内は、穏やかながらも研ぎ澄まされた落ち着きを取り戻していた。

十人の星屑の騎士たちは、それぞれに武器の手入れや魔導回路の調整を行いながら、来たるべき戦いへと静かに意識を向けている。かつては巨大な組織から逃げ惑うだけだった彼らだが、幾多の死線を潜り抜け、今は自らの意志で世界の不協和音を断ち切るために、空を翔けているのだ。

「……皆、集まってちょうだい。次の目標地点の確認よ」

甲板の中央に広げられた分厚い海図の上に黄金の羅針盤を置き、ナディアが引き締まった声で切り出した。羅針盤の針は、真っ直ぐに西の果てを指し示したまま、微かな火花を散らして小刻みに震えている。

「私たちの第一の目標。大陸の西の果てに位置し、一年中狂ったような雷雲に覆われている荒れ地……第一のくさびが打ち込まれた『雷鳴の渓谷』よ」

ナディアの言葉に、周囲を囲む九人の表情が引き締まる。

「ルシオンの現世定着を安定させている巨大な魔力拠点の一つだけあって、周辺の魔力密度は異常な数値を叩き出しているわ。雷雲そのものが防衛システムとして機能しているから、普通の船なら、近づく前に雷に撃たれて消し炭になるわね」

「だが、このエトワール号には僕が組み込んだ『避雷の魔導装甲』がある」

ルカスが、分厚い眼鏡の奥で知的な光を揺らして海図を指差した。

「古代の設計図を応用して、船体全体に雷の魔力を受け流す特殊なコーティングを施した。……とはいえ、すべての落雷を防ぎ切れるわけじゃない。ガイル、お前の目が頼りだよ」

「ハッ、言われるまでもねえよ。俺の解析眼アナライズで空間の魔力構造を読み取り、雷が絶対に落ちない安全なルートを瞬時に割り出してやる。俺のナビゲートに従えば、雷の隙間を縫って上陸することは十分に可能だぜ」

操舵輪のそばで腕を組んでいたガイルが、不敵な笑みを浮かべて請け負った。

「……上陸した先には、ルシオンが差し向けた魔獣や、連合の罠が待っているかもしれない。でも、どんな過酷な場所だろうと、あの虚無の王を止めるためには、必ず壊さなきゃならない場所だ」

ゼノリスが仲間たちの顔を一人ひとり見渡す。

テオが漆黒の重盾を力強く叩き、カシムが影の中で短剣の柄をもてあそぶ。セレスティアとイリスは静かに祈りを捧げ、リィンは風を纏った愛刀の刃を見つめ、フィリーネは白銀の杖を胸に抱いてゼノリスの隣に寄り添っている。防衛線を生き抜いた彼らの瞳に、もはや怯えはない。

「……針路固定。全速力で西へ向かうわよ!」

ナディアの号令とともに、エトワール号は銀色の帆を大きく広げ、茜色の空を切り裂いてさらに加速していった。


一方、エトワール号から遥か遠く離れた、北の鉄鋼王国ヴェルンド。

黒煙と油の匂いが立ち込める重厚な王城の奥深くで、ヴァルガルド王は苛立ちに顔を歪め、玉座の肘掛けを力任せに叩きつけていた。

「……ギルダーが、虚無の王ルシオンとやらに飲み込まれただと……!?」

王の怒声が、冷たい石造りの広間に反響する。

経済の要であったギルダー商業公国が消滅し、海上の流通網を握るルサルカが抜け、情報の要であるシルフィードが沈黙したことで、八ヵ国連合の足並みは完全に崩壊していた。だが、ヴァルガルド王の心を支配しているのは、連合の崩壊への焦りではなく、ルシオンという圧倒的な脅威に対する恐怖と、それを自らの武力でねじ伏せようとする強烈な野心だった。

「……あの理不尽な虚無の軍団に対抗し、世界を我がヴェルンドの鋼で統治するためには、地下に眠る『最終兵器』を起動させるしかない!」

ヴェルンドが極秘裏に開発を続けてきた、大陸を焦土に変えるほどの巨大魔導兵器。だが、それを動かすには途方もないエネルギーが必要だった。

「必要なのは、莫大な魔力だ。……あの中にいる、星のステラ・シード。あのフィリーネという小娘の血に宿る無限の魔力を兵器の『動力炉』に組み込めば、虚無の軍団すら蹂躙する力が手に入る!」

ヴァルガルド王は、玉座の影に控えていた一人の若者に向けて、冷酷な命令を下した。

「アッシュ。……貴様に命じる。学園都市から西の空へ逃れたあの忌々しい飛行船の防衛網を、遥か彼方から撃ち抜け。星のフィリーネだけは無傷で生け捕りにし、邪魔な星屑どもは一人残らず消し去れ。貴様の命に代えてでも、確実に『鍵』を持ち帰れ」

影の中から音もなく進み出たのは、雪のように白い髪と、感情を根こそぎ奪い取られた虚ろな瞳を持つ、18歳の若き狙撃手だった。

彼の手には、自身の背丈ほどもある長大な魔導狙撃銃が握られている。それは古代の図面から掘り起こされた兵器であり、引き金に込められた術者の「感情」や「生命力」そのものを弾丸の推進力へと変換する、恐るべき呪いの銃だった。連合の実験によって感情を殺され、ただ命令に盲従するだけの『漂白の狙撃手』となった彼は、己の心を削り尽くすことで、地平線の彼方から標的を撃ち抜く不可視の一撃を放つことができるのだ。

「……御意」

アッシュは、抑揚のない声で応え、再び影の中へと消えた。彼にとって、命じられた標的を回収し、邪魔者を消すこと以外に、この世界に意味のある事象など存在しなかった。


 夜の帳が完全に下りた空を、エトワール号は西へ向けて静かに飛翔していた。

甲板で前方の風を受けていたゼノリスは、不意に、右の頬を撫でるような極寒の気配を感じ、思わず北の暗闇を睨みつけた。

(……なんだ、この感覚は。何か、遠くから、僕たちを狙っている……?)

右手のひらに刻まれた『三つ目の星』の火傷跡が、微かな熱を帯びて危険を知らせている。それは殺気という生易しいものではない。感情の一切こもっていない、ただ無機質な「死の線」が、何百キロも先から自分たちの心臓へと真っ直ぐに引かれているような、異様な圧迫感だった。

「……お兄様? どうかされましたか、そんな険しいお顔をされて」

フィリーネが、ゼノリスの強張った表情に気づいて声をかける。

その直後、操舵輪のそばで魔力波長を観測していたガイルが、血相を変えて叫んだ。

「全員、甲板に伏せろッ!!」

ガイルの右目の眼帯の下、解析眼が捉えたのは、遥か北の鉄鋼王国の方角から、エトワール号の側面へと音もなく引かれゆく、不可視の『照準線ロックオン』だった。

彼らの往く西の空には荒れ狂う雷雲が待ち受け、そして遥か北の闇の中では、感情を持たない冷徹な死の銃口が、静かに、そして確実に火を噴こうとしていた。

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