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星帝物語  作者: 藤堂 貴之
第6巻 星屑の帰還と蒼刃の守護者

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第46章:見えざる刃と晴天の誓い

 石造りの壁に激突した巨漢の狂戦士ガルヴァスは、瓦礫の山からゆっくりと身を起こそうとしたが、その分厚い岩の鎧は無残に砕け散り、口からは黒い血が流れ落ちていた。

「……馬鹿な。我が超重力を、ただの刃で両断しただと……」

彼の瞳には、かつてないほどの驚愕と屈辱が色濃く浮かんでいた。ゼノリスの放った『白銀の閃刃』は、単なる物理的な破壊ではなく、彼が構築した重力の法則そのものを断ち切る鋭さを持っていたからだ。

空中で戦況を見下ろしていた鮮血の魔女ヴィオラは、信じられないものを見るように、大きく目を見開いていた。

「あのガルヴァスが、たった一撃で地にいつくばらされるなんて。……それに、あの魔力は一体何なの。ルシオン様に匹敵するほどの、底知れぬ静けさと熱量……」

彼女の指先からしたたっていた血の刃が、ゼノリスの放つ圧倒的な気配に当てられ、形を保てずに霧散していく。形勢が完全に逆転したことを悟ったヴィオラは、なまめかしい顔を怒りと焦燥に歪ませた。

「……調子に乗らないで。私が集めた極上の血と絶望で、その綺麗な刃ごと錆びつかせてあげるわ!」

ヴィオラが両手を高く掲げると、広場に散乱していた砕けた結界の残滓ざんしや、無意識に倒れ伏している生徒たちの微かな魔力が、赤黒い霧となって彼女の周囲に集束し始める。理性を奪い、同士討ちを誘う蠱惑こわくの香りが、先ほどよりもさらに濃厚になって周囲に立ち込めた。

「みんな、息を止めて! 直接吸い込んだら、意識を持っていかれるわ!」

ナディアが羅針盤を構えながら叫び、セレスティアとイリスがすぐさま浄化と防壁の魔法を重ね掛けする。

ゼノリスは黒い剣を正眼に構え、白銀の魔力をさらに研ぎ澄ませた。ヴィオラが放つであろう広範囲の精神干渉魔法を、空間ごと調律して切り裂く準備を整える。

激突の火蓋が切られようとした、その時だった。

ヴィオラの背後の空間が、音もなく不気味にゆがんだ。

「……そこまでだ、ヴィオラ」

低く、地を這うような声が響いた。

空間のひび割れから姿を現したのは、古びた銀色の甲冑を纏い、顔を深い兜で隠した魔騎士ザガンであった。さらにその隣には、ボロボロの黒いローブで全身を覆い、禍々(まがまが)しい黒い炎を漂わせる灰燼かいじんの魔道士ネビュロスが、音もなく宙に浮遊している。

「ザガン……! ネビュロスまで。なぜ止めるの。あの『星の種』はもう目の前よ。このまま押し切れば……」

血気にはやるヴィオラを、ザガンは兜の奥の冷徹な瞳で一瞥した。

「……周囲の魔力の波長を読め。お前の魔法は、すでにあの白銀の魔力に圧倒されている。それに、ガルヴァスの状態を見れば一目瞭然だろう。これ以上の戦闘は、無駄な損耗を生むだけだ」

 ザガンの言葉は理路整然としており、一切の感情を挟んでいなかった。

「……真の主君は、まだ不完全な状態から目覚められたばかりだ。我々四魔将がここで欠ければ、主君の現世への定着に多大な不利益をもたらす。今は引くべきだ」

「チッ……。理屈っぽい男ね」

ヴィオラは忌々(いまいま)しげに舌打ちをしたが、ザガンの言葉が正しいことは彼女自身も本能的に理解していた。ゼノリスの放つ『白銀の閃刃』は、彼らの知るいかなる魔法のことわりからも外れた、異質な光を放っている。このまま力押しで挑めば、致命的な一撃を受けかねない。

ネビュロスも無言のまま、周囲に漂わせていた黒い炎をゆっくりと収束させた。それは、ザガンの進言に同意している証拠だった。

「……覚えていなさい。次会う時は、貴方たちの絶望で最高に美しい舞台劇ステージを飾ってあげるわ」

ヴィオラが恨みがましい言葉を残し、血の霧でガルヴァスの巨体を包み込むと、四人の魔将たちは歪んだ空間の裂け目へと次々と身を翻していった。

最後に残ったザガンは、裂け目に足を踏み入れる直前、兜の奥からゼノリスを静かに見つめた。その視線には、明確な敵意はなく、むしろ『白銀の閃刃』へと至った若きリーダーの姿を確かめるような熱が宿っていた。

 空間の裂け目が閉じると同時に、学園の空を覆っていた赤黒い雲が嘘のように晴れ渡り、本来の穏やかな青空が顔を出した。

「……消えた」

テオが、構えていた漆黒の大盾をゆっくりと下ろし、荒い息を吐いた。鋼鉄のように隆起していた筋肉が元の姿へと戻り、彼は安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになる。

広場を支配していた異常な重力と、理性を奪う蠱惑こわくの香りが完全に霧散し、戦場に静寂が戻る。

防衛戦を戦い抜いた仲間たちも、それぞれに武器を下ろし、極限の緊張から解放されてその場にへたり込んだ。セレスティアとイリスは額の汗を拭いながら互いに無事を確認し合い、カシムは影の中から広場の安全を慎重に見渡している。

「……みんな、無事か?」

ゼノリスは黒い剣の『白銀の閃刃』を静かに収め、仲間たちを振り返った。

「ええ、なんとか。……ゼノリス君が戻ってきてくれなかったら、どうなっていたか」

セレスティアが、安堵の息をつきながら胸を撫で下ろす。

地下動力室から地上へと上がってきたルカスとガイルも、無事を喜び合いながら仲間たちの輪に加わった。

「やれやれ、学園の防衛設備を限界まで回したせいで、配線がいくつか焼き切れちゃったよ。……でも、最悪の事態は免れたね」

ルカスが分厚い眼鏡のブリッジを押し上げながら息を吐く。

だが、息をつく彼らの中で、ゼノリスとリィン、そしてガイルの顔には、戦闘の疲労とは別の、拭いきれない疑問が浮かんでいた。


圧倒的な暴力の嵐が過ぎ去り、頭上には場違いなほど穏やかな春の青空が広がっている。

だが、その美しい空の下に広がる惨状は、先ほどまでの激戦が幻ではなかったことを物語っている。広場の白亜の石畳は魔将ガルヴァスが放った超重力によってすり鉢状に陥没し、無数の亀裂が蜘蛛の巣のように走っていた。周囲の校舎の壁は砕け落ち、魔女ヴィオラが放った蠱惑こわく的な血霧の残滓ざんしが、微かに鉄の匂いを漂わせながら風に散っていく。

「セレスティア、イリス! 倒れている生徒たちの救護を優先してくれ。血霧の香りを吸い込んだ者たちの精神の浄化を頼む!」

ゼノリスの指示に、二人の聖女が即座に動いた。セレスティアが白銀の聖杖を高く掲げ、温かな黄金の光の波紋を広げて生徒たちの恐怖と狂気を和らげる。同時に、イリスが灰色の霧を用いて彼らの視覚と意識を落ち着かせ、安全な場所へと誘導していく。彼女たちの洗練された連携は、かつての対立を乗り越えた強固な絆を物語っていた。

フィリーネもまた、自身の純白の魔力を惜しみなく振るい、負傷した者たちの止血と治癒に奔走していた。極限の状況下にあっても冷静に重傷者の優先順位を見極め、的確に命を繋ぎ止めていくその姿には、気高き医療魔導師としての確かな自覚が宿っていた。

ゼノリスは右手のひらに刻まれた『三つ目の星』の刻印から漏れ出す白銀の魔力をゆっくりと鎮めながら、仲間たちを見渡した。テオの太い腕に広がる痛々しい紫色の痣など、皆の身体には激戦の爪痕が深く刻まれているが、十人の星屑の騎士たちは誰一人欠けることなく防衛線を生き延びたのだ。


 だが、広場に安堵の空気が広がる中、リィンだけは自身の愛刀の柄を固く握りしめ、ぽつりと口を開いた。

「……私の死角を襲った血刃。あれを防いだのは、私たちの中の誰でもないわ」

その言葉に、周囲の仲間たちが振り返る。

「背後の瓦礫の影から音もなく放たれた極度に圧縮された刃……回避も防御も間に合わない軌道だった。でも、刃が私の喉元に触れる寸前で、空間そのものを極めて鋭利な刃でスパンと切り裂くような感覚があったの。……あの場には、私たちの他に、見えない『誰か』がいたわ」

「俺の解析アナライズでも、同じ結論が出ている」

ガイルが右目の眼帯の下から、未だ熱を帯びる魔力の残滓を睨みつけながら同意した。

「あのヴィオラとかいう女の魔法が霧散した瞬間、この広場の誰の魔力にも属さない、未知の魔力波長が干渉した。純粋な空間切断の痕跡だ。魔力で物質を破壊するのではなく、空間そのものの座標を物理的にズラして対象を無効化する、極めて高度で特異な術式……。今の時代にそんな芸当ができる魔導師は存在しない」

ガイルの解説に、ルカスも分厚い眼鏡の位置を直しながら頷く。

「ガイルの言う通りだ。さらに付け加えると、干渉波の発生源は広場の外……崩れかけた校舎の屋根の影からだった。明らかに僕たちを意図的にかばった軌道計算がなされている。……しかも、その干渉のタイミングは、四魔将たちが不自然に撤退した瞬間と見事に符合している」

「不自然な撤退……」

ゼノリスは、空間の裂け目に消える直前、蒼刃の魔騎士ザガンが自分に向けてきた視線を思い出していた。深い兜の奥から向けられたその視線には、明確な殺意や敵意はなく、むしろゼノリスの力を確かめ、見極めようとするような熱が含まれていた。

「あいつらは、まだ十分に戦える余力を残していた。ガルヴァスは僕の一撃で深手を負ったとはいえ、あのザガンやネビュロスは無傷だったはずだ。それなのに、彼らはあっさりと引いた。……まるで、僕たちをあえて生かしておく理由があるかのように」

ゼノリスの言葉に、ナディアが腕を組んで眉をひそめた。

「敵の中に、私たちを助けようとする味方がいるってこと? そんな都合のいい話、あるわけないじゃない」

「ああ。だが、彼らの行動が論理的な戦術から外れているのは事実だよ」

ルカスが冷静に分析する。

「『真の主君が目覚めるまで損耗を避ける』とザガンは言っていた。……彼らの目的は、僕たちを全滅させることよりも優先される『何か』を待つことにあるのかもしれないね」


 その時、広場の奥から、枯れ木が石畳を叩くような乾いた足音が響いた。

「……その直感は正しい。奴らは、決定的な時間を稼いでいるのだ」

現れたのは、銀色の仮面で顔の半分を覆った老魔導師、ガンドであった。彼は防衛戦を終えた若き戦士たちを静かに見渡し、ゼノリスの前で立ち止まった。

「ガンド先生……。時間を稼いでいるとは、どういうことですか」

「お前も感じたはずだ、ゼノリス。次元の底から無理やり現世に這い出してきたルシオンの肉体は、極めて不完全な状態にある。奴はかつて世界を火の海に変えようとした魔王の弟。その力は底知れないが、現世の器を持たずに這い出してきた代償は大きい。奴の肉体は常にノイズのようにブレており、そのままではいずれ次元の底へと引き戻されるか、魔力崩壊を起こして自滅するだろう」

ガンドは樫の杖を地面に突き立て、周囲の空気を引き締めるような低い声で続けた。

「奴を現世に繋ぎ止めるため、四魔将は大陸の各地に『三つのくさび』と呼ばれる巨大な魔力拠点を構築している。大地から莫大な魔力を吸い上げ、ルシオンの肉体を現世に安定させるための装置だ。……奴らが退いたのは、お前たちとの無駄な戦闘を避け、その『楔』の完成を最優先したからに他ならない」

「三つの楔……。では、それを破壊すれば、ルシオンの現世への定着を阻むことができるのですね」

セレスティアが青い瞳に希望の光を宿して問う。

「その通りだ。楔を断ち切れば、ルシオンの力を大幅に削ぐことができる。……だが、それは同時に、奴らが全勢力をもってその拠点を防衛している死地へ飛び込むことを意味する。今回以上の激戦へ赴く覚悟が、お前たちにあるか?」

ガンドの厳しい問いかけは、静寂を取り戻した広場に重く響き渡った。

 しかし、若き戦士たちの誰一人として、その問いから目を逸らす者はいなかった。

テオが漆黒の大盾を力強く叩き、カシムが影の中から不敵な笑みを浮かべる。リィンは静かに刀の柄に手を添え、ルカスとガイルは無言で頷き合った。ナディアが羅針盤を胸元で高く掲げ、セレスティアとイリスが祈るように手を組む。そしてフィリーネは、純白の魔力を帯びた杖を胸の前でしっかりと握りしめ、ゼノリスの隣に揺るぎない足取りで寄り添った。

十人の星屑の騎士たちの瞳には、防衛戦を生き抜いた安堵よりも、次なる反撃へ向かう静かで熱い闘志が宿っていた。

ゼノリスは、右手の『三つ目の星』の刻印を強く握りしめ、迷いのない黄金と闇の双眸でガンドを見据えた。

「覚悟なら、とっくにできています。僕たちはもう、誰かに用意された防衛線の中で怯えるつもりはありません」

ゼノリスの言葉に呼応するように、仲間たちの魔力が静かに、しかし力強く波打つ。 「……僕たちの手で、その楔を一つ残らず破壊します。ルシオンの野望も、過去の因縁も、すべてここで終わらせるために」

ガンドは、迷いのない若者たちの顔を一人ひとり見渡し、仮面の奥で微かに満足げに目を細めた。

「……良い面構えになったな。ならば行くがいい。お前たちの船、『エトワール号』の改修は、ルカスとガイルの残したデータをもとに、すでに地下ドックで完了させてある」


広場を吹き抜ける春の風が、彼らの背中を力強く押すように駆け抜けていった。

ゼノリスたちは、互いの顔を見合わせ、静かに頷き合った。

限界の防衛戦は終わった。だが、それは世界を救うための、真の航海の始まりに過ぎない。

星屑の騎士たちは次なる激戦の地へと向けて、新たな一歩を踏み出した。

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