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星帝物語  作者: 藤堂 貴之
第5巻 忘却の祭壇と虚無の王

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第40章:陥落する鉄都市と銀色の奇跡

 崩れゆく石壁の向こう側は、もうもうと舞い上がる土煙と不吉な地鳴りに支配されていた。

ザガンの剣閃が密かに開いた大穴を抜け、ゼノリス、フィリーネ、カシムの三人は暗い地下通路を無我夢中で駆け上がっていた。

「止まるな! 追いつかれるぞ!」

ゼノリスが叫び、頭上から崩れ落ちてきた巨大な瓦礫を黒い剣で弾き飛ばす。右手の火傷跡が熱を帯びて痛むが、足を止める余裕はない。

フィリーネは息を切らしながらも、ゼノリスの背中をしっかりと追う。カシムは自らの影を壁や天井に這わせ、崩落の軌道をわずかに逸らしながら三人の退路を確保していた。


「……冗談じゃねえ。ギルダーの地下を丸ごと潰す気かよ、あの化け物は!」

カシムが吐き捨てるように言う。次元の底からルシオンという規格外の存在が現世に姿を現した余波で、三千年前の遺跡そのものが空間ごと軋みを上げているのだ。

 螺旋状の階段を登りきり、三人はようやく上層の『大魔導炉』があった空間へと飛び出した。

かつて無数の市民が鎖に繋がれ、命を搾取されていた巨大なすり鉢状の空間。そこもまた、天井から無数のパイプがちぎれ落ち、激しい崩壊の危機に瀕していた。

「ゼノリス! フィリーネ! こっちだ!」

土煙の向こうから、聞き慣れた声が響いた。

巨大な漆黒の重盾を構え、落下してくる鉄骨を弾き飛ばしているテオ。そして、黄金の羅針盤を手に、安全なルートを見定めているナディアだ。

「テオ! ナディア! 市民たちの避難は?」

ゼノリスが駆け寄りながら問う。

「終わったわ! 抽出装置から解放された人たちは、全員地上へ続く避難通路に誘導した。もうこの地下に人は残っていないはずよ」

ナディアが羅針盤の埃を払いながら力強く頷く。

テオも安堵の息を吐いた。

「みんな無事でよかった……。下で何があったの? すごい魔力の揺れと、地鳴りが止まらないんだけど」

「……話は後だ。ここはもう持たない。一気に地上まで抜けるぞ!」

ゼノリスの切羽詰まった声に、テオとナディアも事態の深刻さを悟った。

「ええ、わかったわ。羅針盤の示す最短ルートはあっちよ!」

ナディアが先導し、テオが殿を務める。五人は合流し、大魔導炉から地上へと続く幅広い石階段を一気に駆け上がった。

背後では、ついに大魔導炉の底が完全に抜け落ち、凄まじい轟音と共に深い闇へと飲み込まれていった。

「光が見える! 出口よ!」

ナディアの声に、五人の足が速まる。


ギルダー商業公国。大陸の経済と流通を握り、金こそが唯一の正義とされる巨大な鉄都市。  その地上へ飛び出した瞬間、五人は言葉を失い、その場に立ち尽くした。

 彼らが目にしたのは、繁栄の象徴であった巨大なビル群と立ち並ぶ工場が、次々と無惨に破壊されていく絶望的な光景だった。

空を覆っていた分厚い灰色の雲が不自然に吹き飛び、そこから差し込む異様な赤黒い光が、崩壊する都市を照らし出している。


「なんだ……あれは……」

テオが、大盾を持った腕を震わせながら呟く。

街の西側では、見上げるほど高い鉄塔が、見えない巨大な手で上から押し潰されたように、一瞬にしてひしゃげて地面にめり込んだ。巨漢の魔将ガルヴァスの放つ超重力だ。鉄が拉げるけたたましい悲鳴が街中に響き渡る。

南の商業区では、魔女ヴィオラの指先から放たれた真紅の血の刃が、生き物のようにうねりながら街路を駆け巡っていた。刃に触れたギルダーの私兵たちは、武器を構える間もなくその場に崩れ落ちる。

そして北の工場地帯は、ネビュロスが放つ音のない黒い炎に包まれていた。炎は燃え広がるというより、触れたコンクリートや鉄を次々と白い灰に変換して崩していく。工場から噴き出していた黒煙すらも、黒炎に飲み込まれて消滅していた。

ギルダーの豪商たちが金に物を言わせてかき集めた私兵部隊や、最新鋭の魔導装甲車が次々と出撃していくのが見えた。だが、それらは四魔将の前にたどり着くことすらできず、重力に潰され、血の刃に裂かれ、灰となって消えていく。

「金こそが唯一の正義」と豪語していた街が、金ではどうにもならない圧倒的な力によって蹂躙されていた。

「……あのギルダーが、赤子みたいに壊されていく……」

カシムが信じられないというように目を細める。

その惨劇の中心。崩れ落ちた豪商連合議事堂の瓦礫の上に、銀髪の男――ルシオンが退屈そうに宙に浮いていた。

彼が軽く指を動かすだけで、街の区画が一つ、また一つと音もなくえぐり取られていく。ルシオンの足元から広がる黒いもやが、街の巨大な魔力インフラを次々と飲み込み、ギルダーという都市そのものを『虚無の軍団の拠点』として塗り替えていく。

莫大な富と欲望が渦巻いていた鉄の都市は、彼にとっては単なる砂の城でしかなかった。

「……あれで、完全体ではないというのか……」

ゼノリスは、右手の火傷を押さえながら、その圧倒的な力を目の当たりにしていた。

「あれでまだ、本来の力ではないと言っていた。それなのに、大陸有数の都市をわずか数分で瓦礫の山に変えようとしている。」

「お兄様……」

フィリーネが、恐怖に身をすくませながらゼノリスの服の裾を強く握りしめる。彼女の青い瞳に、街が破壊されていく炎の光が揺れていた。ルシオンは、現世の理に不完全な肉体を適応させるため、彼女の血肉を求めている。その事実が、五人の心に重くのしかかった。

「……まともにぶつかれば、全滅する」

ゼノリスが、静かに、だがはっきりと告げた。

(このまま戦えば、誰もまもれなくなる。)

「……今は退くぞ! エトワール号を出して、この街から脱出するんだ!」

その声に、仲間たちは弾かれたように頷いた。

手出しできない圧倒的な力と絶望感を前に、五人は悔しさを噛み締めながら、悲鳴と崩壊の音が響き渡るギルダーの街を背に、港へと向かって駆け出した。


 瓦礫と炎の雨が降り注ぐ中、五人は市街地を抜け、一直線に港へと向かって駆け抜けていた。

背後からは、豪商たちが金でかき集めた私兵部隊の絶叫が絶え間なく響いてくる。最新鋭の魔導装甲車は、ガルヴァスの重力波の余波を受けただけで空き缶のようにひしゃげ、生き残って逃げ惑う兵士たちも、ネビュロスの放つ音のない黒炎に飲み込まれ、次々と白い灰へと変わっていく。絶対的な死の暴風が吹き荒れる中、五人はただ前だけを見て走った。


「右から壁が倒れるぞ!」

カシムが鋭く叫び、足元から漆黒の影を巨大な手のように隆起させる。倒壊してきた分厚いコンクリートの壁が影の膜に激突し、軌道を逸らして地面に砕け散る。

「ハァッ、ハァッ……!」

フィリーネは息を切らしながらも、ゼノリスの背中を必死に追う。彼女の頭上に降り注ぐ火の粉や熱風は、彼女が放つ純白の魔力によって瞬時に凍りつき、氷の粒となって弾け飛んだ。

「前方の瓦礫は俺が退かす! 止まるな!」

テオが獣の咆哮を上げ、丸太のように膨れ上がった両腕で漆黒の重盾を構え、進路を塞ぐ瓦礫の山に真正面から突進する。重い衝突音が響き、粉砕されたコンクリートが左右に吹き飛んでいく。


 煙と炎を抜け、強烈な潮の香りが鼻を突いた。

五人はようやく、ギルダーの西端にある巨大な中央港へと辿り着いた。

かつて世界中の貿易船で埋め尽くされていたその海面も、今は見る影もない。係留されていた豪華な商船は、ヴィオラの血の刃によって無惨に両断され、あるいは黒炎に包まれて海上を漂う火柱と化していた。

「あそこよ! エトワール号は無事だわ!」

ナディアが指差した先。港の最も外れの目立たないドックに、防水シートで厳重に偽装された一隻の船があった。銀色の翼を持つ高速通信船『エトワール号』だ。


「急げ! 船を出すぞ!」

ゼノリスの号令で、五人はタラップを駆け上がる。

ナディアが真っ先に操舵輪を握り、黄金の羅針盤を操舵盤にセットした。

「魔力機関、起動! ……お願い、動いて!」

彼女の魔力に呼応し、エトワール号のエンジンが低い産声を上げた。青白い魔力の光がマストに走り、船の両側面に備えられた銀色の翼が、吹き荒れる海風を捉えるためにゆっくりと展開していく。


 だが、彼らの脱出を阻むかのように、港の地面が大きく傾いた。

港湾施設全体が、ガルヴァスの放った超重力に捉えられたのだ。船を係留していた巨大な鉄のクレーンが、重圧に耐えきれずに根元からひしゃげ、凄まじい悲鳴を上げながら、出航しようとするエトワール号の甲板の真上へと倒れ込んでくる。

「しまった……! 船が潰される!」

テオが盾を構えようとするが、規模が大きすぎる。数千トンもの鉄の塊が直撃すれば、盾ごと押し潰され、船は間違いなく海の底だ。

ゼノリスが黒い剣を抜き放ち、右手の刻印を熱く明滅させて迎撃の体勢をとる。内なる魔力を極限まで高め、落下の衝撃を『調律』しようとした、その絶体絶命の瞬間だった。

 ――キンッ。

 音もなく、空間そのものがズレたような奇妙な感覚が五人を包んだ。

エトワール号を押し潰そうとしていた巨大なクレーンが、空中で突如として「真っ二つ」に両断され、左右に滑り落ちたのだ。

切断面は鏡のように滑らかで、熱も音も発生していない。両断された巨大な鉄屑は、エトワール号を挟み込むようにして左右の海面へと落下し、激しい水柱を上げた。

「え……?」

フィリーネが目を丸くする。ゼノリスも息を呑んで周囲を見渡した。

「……ただの斬撃じゃない。空間そのものを斬り裂いたのか……? 一体誰が……」

だが、周囲には破壊を楽しむルシオン軍の気配しかなく、彼らを助ける者の姿はどこにもなかった。


「考えてる暇はないわ! 羅針盤が魔流の『隙間』を指し示してる! 捕まって!」

ナディアが羅針盤の針の動きに合わせ、操舵輪を限界まで力強く回した。

エトワール号の魔力エンジンが爆音を響かせ、銀色の翼が海面スレスレの強風を切り裂く。船は炎と瓦礫の雨が降り注ぐ港から、文字通り弾き出されるようにして外洋へと滑り出した。

 波に激しく揺れる甲板で、ゼノリスは船尾の手すりに掴まり、遠ざかっていくギルダーの街を見つめた。

大陸の経済と流通を支配し、「金こそが唯一の正義」と豪語していた鉄と欲望の都市。

その繁栄の象徴であった巨大なビル群は完全に崩れ落ち、街全体がルシオンの足元から広がる絶対的な黒い闇に飲み込まれようとしていた。天から降り注ぐ異様な赤黒い光が、莫大な魔力インフラを持つこの都市が、瞬く間に『虚無の軍団の拠点』へと作り替えられていく不吉な光景を照らし出している。

それは、人間がどれほど強大な武力や富を築き上げようとも、次元を超えた「第三の脅威」の前には、一握りの砂ほども意味を持たないという残酷な現実だった。


ゼノリスは、右手の火傷の痛みを堪えながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。

自分の無力さが、悔しさとなって拳を震わせる。あの圧倒的な化け物が、完全な力を取り戻すために、隣で震えるフィリーネの『星の血脈』を狙っている。その事実が、凍りつくような恐怖と共に五人の背中に重くのしかかっていた。


だが、彼らは生き延びた。

四魔将の圧倒的な破壊と、すべてを無に還す虚無の包囲網。その黒いあぎとの中から、五人揃って海へと逃れることができたのだ。

暗黒に染まりゆく鉄都市を背に、荒波の海へと一筋の光のように逃れていくエトワール号。

漆黒の絶望の中に刻み付けられたその一条の航跡は、彼らが決して希望を捨てないという意志の証明であり、暗闇を切り裂く、ただひとつの『銀色の奇跡』であった。

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