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星帝物語  作者: 藤堂 貴之
第5巻 忘却の祭壇と虚無の王

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第37章:忘却の底に響く真実(ルーツ)

 大魔導炉の底に開いたひび割れからは、生温かい機械の排気ではなく、氷のように冷たく、ひどく古い空気が這い出してきていた。

ゼノリス、フィリーネ、カシムの三人は、破壊された大魔導炉のパイプの隙間から伸びる、石造りの細い螺旋階段を慎重に降りていく。

カシムが足元に影を這わせ、先行して罠や崩落の危険を探っている。影魔法を洗練させた彼の探知能力は、光の届かないこの暗闇の中でこそ真価を発揮していた。

「……深いな。ギルダーの公式な地下構造の限界なんて、とうの昔に超えてるぜ」

カシムが闇の奥を見透かすように目を細め、短く報告する。

「ああ。上にあった大魔導炉の鉄や油の匂いも、もうまったくしない」

ゼノリスは、周囲の石壁を指先でなぞった。滑らかに磨き上げられた冷たい石の感触。そして、一定の間隔で彫り込まれている幾何学的な紋様。それは、霧の回廊の底に眠る遺跡や、エテルナの地下で見たものと同じ、三千年前の古代帝国のものだった。


一段降りるごとに、空気が物理的な重さを持ってのしかかってくるのを感じる。単に地下深くに潜っているからではない。三千年という途方もない時間が堆積した空間特有の、侵入者を拒絶するような重圧だ。

『……ザーッ……ゼノリス、聞こえるか』

ゼノリスの懐の通信機から、ノイズ混じりのガイルの声が響いた。

「聞こえるよ、ガイル。そっちの解析ではどう出ている?」

『深度がありえない数値を叩き出している。……それに、お前たちの周りの魔力波長が、三千年前の帝国式のものに切り替わった。ルカスが構築したバイパス通信も、このノイズの量だと、そろそろ限界かもしれないぜ』

『……気をつけろよ、三人とも。その空間は、僕たちの知る物理法則が通用しない可能性がある。……何かあれば、無理せずにすぐ引き返せ』

 ルカスの冷静な、しかし心配をはっきりと滲ませた声が続く。学園の地下からサポートを続ける彼らも、未知の領域に対する警戒を極限まで強めているようだった。

「わかった。ありがとう、二人とも。通信が途絶えても、予定通り進む」

ゼノリスが通信機をしまうと、フィリーネが白銀の杖の先で淡い光を灯し、周囲を照らした。彼女の青い瞳が、暗がりの中で不安げに揺れている。

「お兄様。……この階段、ただ古いだけではありません。魔力が、私たちの足元からさらに奥へ……まるで何かに『呼ばれている』ように流れています」

彼女の「星の種」としての純粋な魔力は、この空間に満ちる異様な気配を敏感に察知していた。


 ゼノリスもまた、それを音として感じ取っていた。

階段を降りるごとに、彼の耳には微かな「不協和音」が響き始めているのだ。エテルナの地下で機甲兵を狂わせていた鉛糸のノイズとも違う。もっと深く、冷たく、そして……どこか知性を感じる悪意の旋律。

(……この音は、サイラスが放っていた気配に似ている。いや、それよりもずっと根源的な、すべてを無に還そうとする虚無の響きだ。)


ゼノリスは右手の包帯越しに、三つ目の星の刻印がじりじりと熱を帯びるのを感じた。彼の中に眠る「魔王」の脈動が、この地下深くの闇に呼応するように、重く低い鼓動を打ち始めている。


どれほどの時間を下っただろうか。

螺旋階段の終わりが見えないまま、ただ黙々と降り続ける作業は、三人の精神を少しずつ削っていく。自分の足音と呼吸音だけが、不気味に壁に反響し続けていた。

ふと、先行していたカシムが立ち止まり、無言で前方を指差した。

「……着いたみたいだぜ」

狭い螺旋階段が終わり、目の前に巨大な空間が広がっていた。フィリーネが杖の光を強くすると、その全貌が薄暗い青白い光の中に浮かび上がった。

「……これが、忘却の祭壇」

ゼノリスが短く息を吐いた。

そこは、見上げるほど高いドーム状の巨大な空洞だった。壁面には無数の本棚のような窪みが穿うがたれ、かつて何かを保管していたであろう朽ちた痕跡が残っている。空間の中央には、黒い石で造られた巨大な祭壇が鎮座し、その周囲を太い鎖の残骸が囲んでいた。  上の階層にあった大魔導炉の喧騒が嘘のように、ここには一切の音がなかった。生命の息吹も、風の動きもない。ただ、三千年の時間をそのまま真空パックに閉じ込めたような、息が詰まるほどの静寂だけが支配している。

学園の地下にある『帝立禁書図書館』にも似ていたが、ここにあるのは知を保存するための静謐さではない。何かを無理やり封じ込め、人々の記憶から永遠に抹消しようとした「隠蔽」の匂いが充満していた。


「……嫌な場所だぜ。影が、壁の向こうに吸い込まれそうになる」

カシムが警戒を解かずに、短剣を両手に構えながら祭壇へと近づく。

「気をつけて。……何か、罠があるかもしれない」

ゼノリスも黒い剣を抜き、フィリーネを背後にかばいながら慎重に歩みを進めた。

祭壇の近くまで来たとき、ゼノリスは床に残されている不自然な痕跡に気づいた。

うっすらと積もった三千年分の埃の上に、真新しい足跡がいくつも残っていたのだ。しかも、それは一つや二つではない。泥と油にまみれた、ギルダーの地上の靴の跡。

「足跡……。それも、最近のものだ」

カシムが足跡のそばにしゃがみ込み、指先で埃の具合を確かめる。

「俺たちが来る前に、誰かがここへ降りてきたってことか。……上の戦闘のどさくさに紛れて逃げた連中か?」

「ああ。しかも一人じゃない。足跡が乱れている。複数人が、何か重いものを引きずりながら奥へ向かった痕だ」


ゼノリスが足跡の続く先――祭壇の奥にある、さらに暗い通路へと視線を向ける。

 その時、ゼノリスの耳に響いていた不協和音が、一瞬だけ鋭く、甲高い音色に変わった。 「……お兄様?」

フィリーネがゼノリスの顔色がわずかに変わったことに気づき、声をかける。

「奥からだ。……何か、ひどく歪んだ魔力の波長が、あっちから漏れ出している」

ゼノリスは剣を握り直し、祭壇の奥の通路を睨み据えた。


マルクスを打ち倒し、ギルダーの狂った抽出システムは破壊した。だが、真の闇はまだこの奥で、何かを企み、彼らを待っている。

(サイラス……。お前がここで、この『不協和音』を指揮しているのか)

ゼノリスの右手の火傷が、さらに強く熱を放つ。この奥で待っているのは、ただの敵ではない。自分自身の「血脈」や、この世界の成り立ちそのものに関わる真実なのだと、彼の本能が告げていた。


「行くぞ。この足跡の主と、この嫌な音の正体を確かめる。……どんな過去が眠っていようと、僕たちがここで終わらせるんだ」

ゼノリスの力強い言葉に、フィリーネとカシムが静かに頷く。

三人は互いに背中を預け合いながら、忘却の祭壇のさらに深い闇へと、足跡を追って静かに足を踏み入れていった。



 忘却の祭壇の奥へ続く通路は、まるで巨大な獣の食道のように、滑らかで不気味な曲線を描いていた。

ゼノリス、フィリーネ、カシムの三人は、泥と油にまみれた乱れた足跡を追い、慎重に歩みを進める。周囲の石壁は氷のように冷たく、触れるだけで体温が奪われていくような錯覚を覚える。フィリーネの杖が放つ淡い光だけが、三千年の闇を切り裂く唯一の頼りだった。 「……ガイル、聞こえるか?」

ゼノリスは懐の通信機に呼びかけたが、返ってきたのは激しい砂嵐のようなノイズだけだった。

「ダメだぜ。さっきの祭壇を越えたあたりから、魔力の密度が異常に跳ね上がってる。ルカスが構築したバイパス通信も、すっかり遮断されちまったみたいだ」

カシムが、短剣を構えたまま背後を警戒し、短く舌打ちをした。ここから先は、他の仲間からのサポートは一切期待できない。息を潜めるような静寂の中、自分たちの足音だけが鼓膜を打つ。

「気をつけて進もう。足跡はまだ奥へ続いている」


 やがて通路が不自然に広がり、三人は円形の大広間へと出た。

フィリーネが杖の光を強くすると、広間の壁一面に彫り込まれた巨大な「壁画」が暗闇から浮かび上がった。

「……これは……」

ゼノリスは息を呑み、その場に立ち尽くした。

壁画に描かれていたのは、かつてこの大陸を支配していた大アドラスティア帝国の隠された真実だった。だが、そこに描かれているのは栄華ではない。

無数の人々が鎖に繋がれ、巨大な魔導炉の底で命を搾り取られている光景。それは、彼らがつい先ほど上の階層で破壊した、ギルダー商業公国の狂った抽出システムと、そっくりそのまま同じものだった。


「……ギルダーの豪商たちが考え出したシステムじゃなかったのか。三千年前から、帝国は人間の命を燃料にして動いていたってことかよ」

カシムが壁画を見上げながら低く唸った。彼が操る影すらも震えるような、途方もない悪意の歴史がそこには刻まれていた。


 壁画の記録はさらに続いていた。

命を搾取されて生まれた『濁った魔力』。それに染み付いた人々の呪いや悲鳴を浄化し、帝国にとって都合の良い『美しい魔力』へと変換するための装置。

その浄化の役割を担わされていたのは、機械などではない。おぞましい濁った魔力をその身に取り込み、澄んだ光へと変換させられている――生きた人間たちの姿だった。

鎖に繋がれ、幾世代にもわたって過酷な血の交配を強いられた一族。彼らの右手のひらには、決まって『三つの星』の紋章が刻まれている。

「お兄様……。これって……」

フィリーネの震える声に、ゼノリスは自らの右手のひらを強く握りしめた。包帯の下の刻印が、壁画に呼応するように熱く疼いている。


かつて忘却の監獄で、サイラスが語った残酷な歴史。それが今、逃れようのない事実の記録として、彼の目の前に突きつけられていた。

「帝国は、この一族を『器』として作り出した。……世界を破壊する魔王のごとき力と、それを抑え込む勇者のような力。その二つを一つの肉体に封じ込め、死者の悲鳴を美しい旋律に調律させるための、ただの道具として」

ゼノリスの絞り出すような言葉が、冷たい広間に響いた。

壁画の最後には、その『器』の一つが限界を超え、巨大な闇――『魔王』となって帝国そのものに反旗を翻し、世界を火の海に変える様子が描かれていた。


ゼノリスの心臓が、ドクン、ドクンと重く、不快なリズムで脈打ち始める。自分の中に眠る力が、世界を滅ぼした魔王と同じルーツであり、そもそもは帝国の罪を隠蔽するために作られた汚らわしい存在なのだという事実。地響きのように重い魔王の脈動と、晴れ渡った空のように澄んだ勇者の脈動。その二つが、彼のまだ未発達な胸の中で激しくせめぎ合い、身体の内側から骨を削り、血管を焼き切るような衝撃を繰り返す。

(……僕の血は、悲鳴をすすって生きるためのものなのか。いつか僕も、あの壁画のように魔王となって……すべてを壊してしまうのか)

血脈の真実に打ちのめされ、ゼノリスの視界がわずかに歪む。右手の火傷が、彼の魂を内側から焼き焦がすように熱を放つ。自分自身が、この狂ったシステムの一部であり、いつか破滅をもたらす爆弾に過ぎないという虚無感が、彼の足から力を奪っていった。


「ゼノリス!」

彼がよろけた瞬間、カシムが素早く肩を支えた。過酷なスラム街を生き抜いてきたその腕は、力強く、そして温かかった。

「しっかりしろ、リーダー。過去の亡霊が壁に落書きしただけだ。お前がお前であることに変わりはねえ。血筋がどうだろうと、お前が今まで俺たちのためにやってきたことは全部、本物だろ」

「お兄様!」

フィリーネが杖を投げ出し、ゼノリスの両手を強く握りしめた。彼女の青い瞳には、一切の迷いがない。

「この壁画が何を示していようと関係ありません!お兄様の光は、私を、みんなを温めてくれました。……お兄様の『調律』は、誰かの罪を隠すためのものじゃない。世界を優しく抱きしめるためのものです!」

彼女の手から伝わる温かな魔力が、ゼノリスの内側で暴れようとしていた不協和音を静かに鎮めていく。

(そうだ……。僕はもう、あの日の泣き虫じゃない。僕の力は、大切なものをまもるためにある)

二人の体温と、真っ直ぐな言葉が、ゼノリスを暗い奈落の底から引き上げた。

「……ありがとう、二人とも。……大丈夫だ。僕はもう、過去の呪いには呑まれない」

ゼノリスは深く息を吐き、壁画から視線を外した。自分は魔王の器でも、帝国の道具でもない。『星屑の軍団ステラ・レギオン』のゼノリスだ。血脈がどうであれ、この力で誰を守るかは自分が決める。

 その時、広間のさらに奥――闇の底から、何かを引きずるような音と、くぐもった叫び声が聞こえてきた。

「……ヒッ……助け……あ、あァァァ……!」

三人の中で最も耳の聡いカシムが、ハッと顔を上げた。

「奥からだ!追ってた足跡の主かもしれないぜ!」

同時に、ゼノリスの耳にこびりつくような『不協和音』が、さらに鋭く、耳障りな響きとなって流れ込んできた。すべてを無に還そうとする虚無の響き。かつて学園を襲い、彼らを底知れぬ恐怖に陥れた狂気の指揮者、サイラスの気配が、その音の奥に潜んでいるのをゼノリスは確かに感じ取った。

「行こう。この嫌な音の元凶が、あそこにいる」

ゼノリスは黒い剣を抜き放ち、フィリーネとカシムと共に、三千年前の記憶が眠る広間を抜け、さらなる深淵へと駆け出した。

壁画が語る凄惨な歴史よりも、今、目の前で蠢いている現在進行形の悪意を終わらせるために。

真実を受け入れ、仲間との絆を胸に刻んだゼノリスの瞳には、かつてないほど鋭く澄み切った、白銀の光が宿っていた。

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