↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
46/49

第44話 椿の苦悩 【前編】

 椿(つばき)は、約二週間の日本での滞在期間を過ごしている。


 その間の彼は、忙しい日々を送りながらも、充実感と苦しみがあった。


 陽架琉(ひかる)の学校で起こった問題が、日本に帰国してから最初に心を苦しめた。


 陽架琉は、あのひ(・)に一緒暮らしていた家族と家を三才で失った。


 当時は、祖父母の家に泊まりにいっていたから陽架琉は無事だった。


 そのことが、あのひ(・)の関係者にとっての唯一の救いであった。


 それなのに、ま(・)た(・)彼と同じ年を生きる子供に、道徳が欠如して『好き勝手に人の死』と『陽架琉に対しての差別』を愚弄された。


 一度目は、小学校四年生の時だ。

 まだギリ物事が分からない子供と言える年齢。

 陽架琉は、その同級生によって転落事件の被害者と後遺症を一生抱えて過ごすことになった。


 陽架琉は家族を亡くし、発達がゆっくりでも周りに助けられながら生きてきた。

 それなのに、生活に制限をしながら過ごすことになった。


 今回の二度目は、中学一年生だ。

 小学校よりも物事と道徳的が分かって、何が差別やイジメになるのかを理解している年齢になるはずだ。


 そして、今回は一度目の時のような階段での転落事故に発展はしなかった。

 陽架琉と同じクラスの一人の生徒の助けによって、尊い命が守られたからだ。


 その一人の生徒と教師たちの対応のおかげで、陽架琉は想像以上に深い心の傷をつけずに済んだ。



 椿は『倉西 魂蔵(ごんぞう)と倉西 陽架琉の今後のための書類』を書くことが、二番目に想像以上に苦しくて頭を悩ませた。

 

 椿は、魂蔵からその書類を依頼された時には、覚悟を決めていた。

 それは、魂蔵が、この書類を提出するために必死に考えて覚悟や依頼する人への想いを感じたから。



 でも、覚悟を決めていたのに、心が記入することを良(・)し(・)としてくれなかった。


 この書類には、魂蔵の死が関係する言葉が数え切れないぐらいに記載されていた。


 そして、自分と同じように書類を記入出来ずにいる『たけし』の存在があった。


 二人は、少し似ていた。言葉に表すのは、難しいけど。


『自分の心が歪んでいるのを自覚しながらも、大切な誰かのために平和な世界で生きて欲しいと願っている』


 知永生(ちとせ)は、二人に対してそういう感じで生きているのが似ていると言っていた。


 だから、『恩を感じるじっちゃんと大好きな陽架琉のための書類をなかなか書けずにいたんじゃないのか』と、知永生はうつむいて言った。


2


 遊園地に行く日。


 椿は、魂蔵から陽架琉への伝言を受け取っていた時のことだ。


 陽架琉は、椿とたけしと『変化するボール』の絵本を読んだ。

 その後に、今回のことで陽架琉が「嫌なの」に対して、椿たちがそれぞれの想い伝えた。


 そして、陽架琉は緊張が解けて寝てしまった。

 椿とたけしは、一時間だけ陽架琉を寝かすことにした。


「陽架琉くん」


 椿が、気持ちよさそうに寝ている陽架琉を起こそうとしていた。


 その後に、たけしが声かけをすることにした。


「陽架琉くん、そろそろ起きないといけません。知永生くんが、帰ってきますよ」


「……ん? 」


 陽架琉が、目をこすりながら起き上がった。


「僕が、勝ちました」


 たけしはドヤ顔ををしながら、椿を見た。


「たけしくん。これに、勝ち負けってあるんだね」


 椿は、大人の余裕を見せていた。


「……じいちゃんは? 」


 陽架琉は、眠そうにしながら言った。


「陽架琉くん。まだ、じいちゃんは帰ってきてないよ」


 椿の言葉に、陽架琉はしょんぼりとする。


「でも、じいちゃんから陽架琉くんに伝えて欲しいことがあるって、頼まれたんだ」


 椿は、明るい口調で言って、メモ帳をポケットから取り出した。


「陽架琉くん、一緒に読んでみようか」


「うん? 」 


 陽架琉は、少し不思議そうに返事をした。


「ページを開くね」


 椿は、ペラペラとメモ帳をめくった。


「椿さん。それってさっき、じっちゃんと電話をした時に頼まれたんですか? 」


「うん。そうだよ」


 椿はめくってる手を止めて、たけしの方を観て言った。


「じいちゃんが、すごく陽架琉くんを心配していたよ」


 今度は、陽架琉の方を向いて言ってから、またペラペラとめくる。


「あった。あった」


 椿はそう言って、書いてるページを広げた。


「陽架琉くん、声に出さなくてもいいから。一人で読んでみる? 」


「うん」


 陽架琉は、椿から渡されたメモ紙を受け取った。


「読むよ? 」


「うん」


 椿が、返事をした。


『 ひかるは、良い子だよ。


 じいちゃんたちは、ひかるが、つらいことがあっても、ずっとがんばっているのをしってるよ。


 ひかるが、やさしいから、「いやなの」って言わない気持ちも分かるよ。


 じいちゃんたちは、ずっと「ひかるのいやなの」をひかるといっしょに考えていきたいな。


 ひかるが言いたい時に、きのうのことを教えてくれてありがとう。

 

 じいちゃんたちは、すごくうれしいよ。


 今日は一緒に、遊園地でたくさんの思い出を作って遊ぼう』


 と、椿は陽架琉が読みやすいようにひらがなを多めに使ったり、一文ずつに分けて書いたりした。


 それを陽架琉は、指でなぞりながら目で読んでいた。


「よ、読んだよ」


「陽架琉くん、教えてくれてありがとう。たけしくんが、音読してくれるから聴いてみようか」


「えっ? 」


 たけしが、小さな声で驚いていた。


「たけしくん、読んでくれるの? 」


「はい、読みますよ」


 たけしは、陽架琉の言葉に笑顔で応えた。


「どうぞ」


 陽架琉は、たけしにメモ帳を渡した。


「ありがとうございます」


 たけしはメモ帳を受け取って、陽架琉が見えやすい角度にしてから、ゆっくりと聞き取りやすい声で読んだ。


「たけしくん、ありがとう」


「はい、どういたしまして」


 たけしは、笑顔で言った。


「陽架琉くん、『じいちゃんの言葉』は分かったかな? 」


「うん。分かったよ」


 陽架琉はそれだけ言って、 じっと開いてるページを観ていた。

 彼がどこまで、『魂蔵の言葉』を理解できてるかは分からない。

 でも、陽架琉の心を癒すことになったと思う。


「陽架琉くん。このページ、あげるよ」


「良いの? 」


「うん。元々、あげようって思ってたんだ」


「そうなの? 」


「うん。そうだよ。今、破るね」


 椿は、メモ帳からきれいにビリビリとそのページを破った。


「はい、どうぞ」


「ありがとう〜 」


 陽架琉はニコッとして、それを受け取った。


「陽架琉くん、良かったですね」


「うん〜! 」 


 陽架琉は、ニコニコして言った。


「ぼくね。なくしたら大変だからね。お部屋に、閉まってくるね」


「はい。一人で、行けますか? 」


 たけしが、心配そうに聞いた。


「たぶん」


 陽架琉の返答に、たけしと椿は「ふふふっ」と笑う。


 陽架琉が、『魂蔵の言葉』を大切に手に持って居間を出た。


3


 居間には、椿とたけしが取り残されていた。


「陽架琉くん、元気になって良かったね」


「はい、良かったです。すごく心配でしたから」


「そうだね。俺は、たけしくんのことも心配だったから、顔色がマシになって良かったよ」


「えっ? 」


「昨日も、今日の朝ご飯の時も、顔色が悪そうにみえて心配だったんだ。案外、自分では気がつかないね」


 たけしの顔色については、魂蔵と知永生も気が付いていた。

 顔色以外にも、たけしの調子が悪い時はいつもよりも陽架琉で充電をしようとしていることがあった。


「たけしくん、君は俺と似(・)て(・)い(・)る(・)から心配なんだよ」


「それって、どういうことですか? 」


 たけしの声は、少し低かった。そして、たけしはじっと椿を観た。


「それは……」


 椿がそう言いかけた時に、玄関の戸の鍵が開く音がした。


「ただいま〜 」


 玄関の方から、知永生の声がした。


「あっ! 」


 陽架琉の部屋の方からも声がして、戸が開いて廊下から足音が聞こえた。

 陽架琉は、勢いつけて走れないけど。ちょっと、早歩きは出来る。


「知永生くん、おかえり! 」


 陽架琉が、元気に言った。


「陽架琉、ただいま〜 」


 知永生は、陽架琉が元気そうで安心をした。


「陽架琉、他のみんなは? 」


 知永生は、陽架琉の部屋よりも近い居間から誰も出てこないのを不思議に思った。


「わかんない」


 陽架琉がいた部屋から居間にいる二人の声は、少し漏れ消える。

 でも、陽架琉は、夢中になると周りの状況が観えないし、聞こえない。



「ハハッ。わかんないなら、良いか」


 知永生は、なんだか楽しそうに言った。


「知永生くん、おかえり。ほら、いつまで玄関にいるの? 」


「あっ。椿さん、ただいま」


 居間の戸を開けて、椿だけが出てきた。


「たけしは? 」


「ちょっと、疲れたみたいで。居間で、ゴロンって横になってるよ」


「……そうか」


 知永生は、椿を観て「何かあったんだ」と察した。


「ほら、手洗いうがいをしておいで」


 知永生は、玄関を上がった。


「分かった」


「は~い」


「えっ、なんで、陽架琉も返事してんの? 」 

 

 知永生は、廊下の端にカバンを置きながら聞いた。


「ノリを使ってね。ベタベタなの」


「えっ、なんで? 」


「ノートに、はったの」 


「そうなんだ。じゃあ、洗面所でその話を聞かせてくれる? 」


「良いよ」


 二人は、洗面所に行った。


 椿は、廊下に置いた知永生のカバンを居間に持っていくことにした。

 居間の戸は、開けっ放しだった。


 椿は、知永生のカバンをいつもの場所に置いてやる。


「たけしくん。二人とも、洗面所に行ったよ」


 椿は、タオルケットに包まっているたけしに声をかけた。


4


 洗面所の方から、水を流す音や声が聞こえた。


「陽架琉くん、元気そうだよ。なぜか、ノリでベタベタになってたよ。何かをノートに、貼ってたみたい」


 椿は、「陽架琉くん、部屋で何をしてたんだろうね」と、笑っていた。


「知永生くんが話を聞いてくれてるから、あとで聞いてみようかな」


 椿は、まるでさっきのことがなかったことのような素振りだった。


「お菓子と飲み物を追加しようかな」


 椿は、棚からお菓子を保管してるボックスをり出した。


「たけしくん、なんのお菓子が良い? 」


 椿はそう言いながら、ガサゴソとボックスの中のお菓子を物色していた。


「さっきの続き、教えてくれませんか? 」


 たけしは椿の問を無視して、タオルケットの中から言った。


「……」


 椿の手は、一瞬だけ止まった。


 またすぐに、手を動かして定番のお菓子を何種類か取った。

 そして、居間に置いてるお菓子を入れてる器に移した。


「う〜ん。そうだな」


 椿は、そう言って考え込んだ。


「変えれない過去を無(・)意(・)識(・)に、執(・)着(・)し(・)て(・)る(・)ところかな? 」


 椿は、お菓子を見た後に視線をたけしに移した。


「……どういうことですか? 」


「たけしくん。賢い君なら「本当は、そのことがどういうこと」なのか、分かるよね? 」


「質問に質問で、返さないでください」

 

 たけしの声は、少し震えていた。それは、椿の言葉が彼にとっての図星だったからだ。

 

 洗面所から、水を流す音が消えて廊下を歩く音が聞こえた。


「また今度、話すよ」


 椿は、スマホで何か操作をし始めた。


「椿さん、いいかげんにしてください! 」


 たけしは、しびれを切らして大声で言った。


「二人とも、何かあった?! 」


 知永生が廊下を走って、居間の前まで来た。


 その後ろで陽架琉が心配そうに、観ていた。


「二人とも、ビックさせてごめんね」


 椿が、知永生と陽架琉の方に向いて言った。そして、二人がいる居間の出入口の前に歩いた。


「陽架琉くん、大丈夫だよ」


「本当? 」


 椿の言葉に、陽架琉は少し不安そうに言った。


「うん。ねっ、たけしくん? 」


 椿は振り返って、たけしに目配せをしながら言った。


「はい。そうですよ」


 それでも、知永生は後ろにいる陽架琉からは見えないようにして、眼の前の二人を疑った目で観ていた。


「俺のスマホで、遊園地のグッズのページを調べたんだ」


 椿は、知永生の方に行ってスマホの画面を見せた。

 そこには、今日行く遊園地のホ(・)ー(・)ム(・)ペ(・)ー(・)ジ(・)が表示されていた。


「たけしくんに、遊園地のグッズで何が陽架琉くんが好きそうなのかを聞いたんだよ」


 椿は、またスマホで何かの操作をした。


「それで、「陽架琉くんが欲しいのは、俺が全部買ってあげようかな」って言ったら、怒られたんだ」


 そして、椿は身体を回転させて、たけしの方に歩いてスマホを見せた。

 たけしは、それを見て一瞬だけ目を見開いていた。

 

「はい、そうなんです。椿さんが、僕をわざとからかっているのが分かったのですが。思わず怒ってしまいました」


 たけしは、椿を見た。


「まぁ、そういうことにしようか」

 

 知永生は、二人が芝居をしてるのには既に気がついていた。


「ごめんなさいは? 」


 陽架琉が、知永生の背中から少し出てきて椿の方を見てポツリと言った。


「たけしくん、ごめんなさい」


 椿は、すぐにたけしの方を見て頭を下げて言った。


「はい。次は、からかいすぎないでくださいね」


 たけしの顔は、知永生の背中で隠れて陽架琉からは見えなかったけど。

 

 椿と知永生は、彼の表情が怖いと思った。


「うん、気をつけるよ」  


 椿は、そう言った。


「陽架琉、お待たせ。一緒に居間に入ろう」


「うん〜! 」


 

 知永生は長い付き合いだからこそ、心友に何(・)か(・)が(・)あったということは分かった。

 

 そして、おそらくその原因が、居間でたけしと一緒にいる椿だろう。


 知永生は、個人的だったり魂蔵と一緒だったりで、たけしのことを椿に相談をしていた。


 でも、だからと言って苦しんでるたけしをあんな声が出るまで追い込んでしまったのか。


 知永生は、瞬時にたくさんの感情に襲われながらも、陽架琉を守るために冷静にいれるようにした。


 そして知永生は、自分が壁のようにして居間を塞いで、二人が見えないようにしながら陽架琉を守っていた。


 知永生は、椿とたけしの芝居にノルことにして、ひとまず陽架琉と一緒に居間に入った。


「椿くん。ぼくも、グッズみたい! 」


 陽架琉は、目を輝かせながら言った。


「うん。良いよ。ちょっと、待ってね」


 椿はそう言いながら、スマホを操作した。そして、陽架琉と一緒に遊園地のグッズを観ることにする。


「椿さん、俺のカバンをここに運んでくれてありがとうございます」


「うん。たいしたことは、してないよ」


 椿は、笑顔で知永生を見て言ってから、すぐにスマホの画面に視線を戻した。


「たけし」


 知永生は、またタオルケットに包まっている心友の方に行って声をかけた。


「はい」


 たけしの声は、陽架琉たちの声でかき消されそうなほど小さかった。


「大丈夫か? 」


 知永生は、二人にバレないように小さな声で聞いた。


 たけしは、知永生に背中を向けていた。


 知永生は、何かからたけしを守るように自分の背中で隠すことにした。


 知永生の問が、スマホのメッセージアプリから返ってきた。


『一応、大丈夫です』


 知永生も、メッセージアプリで返答をすることにした。


『……そうか。でも、無理するなよ』

  

 知永生は、たけしの心が心配だった。


『俺が、無理させたからだよな』


『えっ? 』


『俺が、修羅場のたけしに、一緒遊園地に行こうて誘ったから』


 知永生は、そ(・)れ(・)も(・)気がかりの一つだった。


『一概に、そうとは言えません』


 約一分経って、知永生のメッセージアプリにそう表示された。


『僕が、心の底に沈めたいものを気づかれたから』


『誰に? 』


『分かってますよね? 』


『質(・)問(・)に(・)質(・)問(・)で(・)、返すなよ』


 「えっ? 」と、タオルケットの塊から小さな声が聞こえた。


『盗み聞きですか? 』


 たけしは、そう返した。


『失礼だな。たまたまだよ。

陽架琉が手洗いをしてる間に、一瞬だけ廊下に出た。 

置きっぱなしにしてたカバンが心配で。

その時に、聞こえたんだよ』 


『どこから聞いてたんですか? 』


『「さっきの続き」からかな』


『……、ほぼ全部ですね』


『帰ってきてすぐに、二人の様子がおかしいって思った。

二人の話は、本当にたまたま聞こたんだ。

洗面所から出てすぐのところで。

陽架琉は、手洗いに夢中だから気が付いてないよ』 


『そうですか』


『全部が全部聞こえていたわけじゃないし、内容が分かったわけじゃない』


 知永生が、そう送った後に深呼吸をした。


5


 知永生は、洗面所で自分の手洗いうがいを素早く済ませた。


「陽架琉。さっき、ノートにノリで貼ったって言ってたけど。何を貼ったんだ? 」


「『じいちゃんの言葉』だよ」


 陽架琉は、ニコッとしながら言った。


「あっ、じっちゃんと椿さんが電話してた時のことか」


 知永生は、工務店で魂蔵が電話で椿と話してることを思い出した。


「ぼくの、宝物」


「宝物だから、なくさないようにノリでノートに貼ってたんだな」


「うん」


 陽架琉は、「なんでも帳」という名前のノートを作っていた。

 それには、陽架琉の言葉でジャンルは問わずに書いている。


 その中には、思い出の写真や気に入った包装紙などを文字通りになんでも貼り付けていた。


 知永生は、陽架琉が手洗いのサポートになる道具をつけてあげた。


「陽架琉。俺、廊下に置きっぱなしのカバンをちょっと見てくるよ。陽架琉は、手のベタベタが落ちるまで洗ってて」


「は~い」


 知永生は洗面所を出て、廊下に置いてあったカバンがないのに気がついた。


 彼は、「椿さんが、居間に持って行ってくれたのか。あとで、礼を言わなきゃな」と思ってから、洗面所に戻ろうとした時だった。

 

「さっきの続き、教えてくれませんか? 」


 たけしの声が、聞こえた。

 陽架琉が洗面所で流す水の音のせいで、正確には聞き取れないけど、たぶんそう言っているのだろう。


 知永生は、盗み聞きは良くないと思ったが、心友のたけしが心配だった。


「陽架琉。俺、廊下から陽架琉が手を洗ってるのを見守ってるからな」


 知永生は洗面所に戻って、陽架琉にそう声をかけた。


「は~い」

 

 知永生は、ひとまず陽架琉の返事にホッとした。


 そして、また廊下に行って陽架琉の手洗いの様子を見ながら、聞き耳を立てた。


 それでも、本当に全部が全部分かったわけじゃないかった。


 でも、その話の中でたけしが苦しんでいて、椿なりに何(・)か(・)を心配しているのは分かった。


「知永生くん? 」


「あっ、陽架琉。どうした? 」


「ベタベタがなくなったよ」


「よし。じゃあ、きれいに手を拭こう」


 知永生は、陽架琉のサポートをした。


 そして、一緒に洗面所を出た時だった。


 たけしの、あの叫びを聞いたのだ。


6


 たけしと知永生は、またメッセージアプリでやり取りをしている。


『知永生くんには、心配をかけてばかりですね』


『良いって。それよりも、さっきのことで、気になってることがあるんだけど』


『何ですか? 』


『さっき、椿さんがたけしにスマホ画面を見せてただろ。なんて、書いてたんだ? 』


『あれは……』


『あれは? 』


『「聞きたいことは、また今度答えるよ。その代わり、今(・)は陽架琉くんのためにも話を合わせて。あと、知永生くんが怖い」って、すごく高速で文字を打ったみたいです』

  

『とりあえず、「そうか」としか言えないな』


『そうですね。聞きたいことが何かは、知永生くんは聞かないんですか? 』


『俺は、たけしが言いたいと思った時の聞くよ』


『ありがとうございます』


『まぁ、我慢が出来なくなったらな。無理やり吐かすからな(笑) 』


『僕、初めて(笑)がこんなに怖いと思いませんでした』


『いつもの調子に戻ってきたな』


『はい』


「たけし」


 知永生は、いつもの声量で心友の名を呼んだ。


「はい」


「早くしないと、大変なことになるぞ」


「えっ? 」


「椿さんが、陽架琉が欲しいモノを全部買う気になってる。どっかからか、持ってきた電卓で計算を始めた」


 確かに、誰かが電卓を叩く音がした。


「えっ? 」


 たけしはそう言って、タオルケットの塊から抜け出した。



「椿さん、陽架琉くんの推し活を一人で始めないでください! 」


「ハハッ」

 

 と、知永生が笑う。


「ふふふっ」

 

 と、椿が笑う。


 陽架琉は、よく分からなくてキョトンとしている。


「えっ? 」


 たけしは、三人の様子を観て固まった。


「たけし、起き上がっての第一声がそれって。ダメだ。面白すぎ! 」


 知永生は、珍しく大笑いしている。


「陽架琉くん。知永生くんがこんなに笑ってるの珍しいよね」


「めずらしいね」


 と、陽架琉が椿にそう返した。


「たけしくん」


 陽架琉は、たけしを見て言った。


「陽架琉くん、どうしましたか? 」


 たけしは、なんとか冷静さを取り戻していた。


「たけしくんも、いっしょに見よう〜 」


「分かりました」


 たけしは、まだ少し笑いのツボから抜け出せれない知永生に手伝ってもらいながら立ち上がった。


 その後、椿とたけしのどっちが「陽架琉に貢げる」かの戦いをし始めた。


「親父、遅いな。俺、電話をしてみるよ」 


「うん。ぼく、早く遊園地に行きたいの」


「うん。そうだよな」


「うん」


「陽架琉は、居間でいて。俺は、廊下電話しながら、三人の見守りをするよ」


「「えっ? 」」


「分かった〜 」


 陽架琉だけは、そう返事をした。


 そして、知永生は父親の勘助(かんすけ)に電話をかけるのだった。


7


 遊園地に行った翌日のこと。


 やっぱり、椿も(・)『倉西家の今後のため』の書類を書きたくなかった。


 

「めんどくさくても、嫌でも、魂蔵さんと陽架琉くんのためになるからね。これがないと、も(・)し(・)も(・)の(・)時(・)に困るのは彼(・)ら(・)だよ」

 

 と、椿はたけしに言った。彼の鋭い声は、自分にも刺さっていた。


 そして、椿は今回の帰省でたけしにだけ見せる後悔を伝えたのだった。


 椿は、陽架琉以外の亡き姉の家族に対しての後悔と苦しみがずっとあった。


 それを意図的と、陽架琉が思う家族には出来る限り観せないでいた。


 でも、たけしにだけに観せた理由がちゃんとあったのだ。


 椿は、自分とたけしが似ていると思ったからんだ。亡くなった人へのどこか、変(・)に(・)歪(・)ん(・)だ(・)想(・)い(・)があった。


 まず、『恋愛』という感情ではない。


 誰かが言った。『愛』には、たくさんの種類があると。でも、ここでは詳しくは言わない。


 椿とたけしには、それぞれが亡くなった人たちへの言葉に出来ない想いがあった。


 そして、誰かを亡くしてつらくなっても、今(・)後(・)のことで困るのが、魂蔵と陽架琉だということは分かっていた。


 『今後』=『魂蔵の生死』ということを意味している。


 それが、椿とたけしたちは嫌で、苦しくて、闇に押し込みたくなったのだ。

 

 でも、魂蔵たちのためにと、椿はこ(・)の(・)時(・)も嫌われ役をかってでた。


8


 椿は、数多ある書類の束とにらめっこをしながら過ごした。


 その途中で、息抜きをすると言って何度か家を空ける時もあった。

 

 椿は、在住してる国の大切な人ちからの「おみやげリスト」を見ながら買い物行く日もあれば、日本の友人たちに会って食事をする日もある。


 そして、亡き家族が眠る墓に参りに行くことがあった。

 眼の前のその中に眠る家族は、火葬される前には会えなかった。


 椿はたくさんの事情を乗り越えて会えた頃、みんなは墓に眠っていた。


 初めは、「嘘だ」とか「信じられない」などが椿の心を襲った。


 でも、墓石には、彼女らの名が刻まれていたんだ。


 そして、椿は「あぁ、これが現実なんだ」と観るたびに思う。


 椿は、何度もお墓や遺影を観て、亡き姉たちの死を受け入れていくのだ。

読んでいただき、ありがとうございます。


【補足】

 作中に出てくる『倉西 魂蔵(ごんぞう)と倉西 陽架琉の今後のための書類』は、僕の創作です。

 実際に、似たようなモノは制度としてあるとは思いますが、ここではそれをあらかじめ調べて作品のオリジナルにしたのではありません。

 この作品の登場人物たちには、必要な手続きはないかと考えた末に僕が作りました。

 念のために、お伝えしておきます。


【お詫び】

9月14日に、本来予定していたこの 第44話 椿の苦悩 【前編】とは違うものを投稿してしまいました。

そのため、割り込み投稿で対応をすることにいたしました。

申しわけありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。