第43話 被害者の会と椿の恐怖
倉西家は、『受験生連続放火殺傷事件』の被害者の会に唯一属していなかった。
何度も、何度も、被害者の会から参加して欲しいと打診があった。
なぜなら、倉西家が住む町で影響力がある魂蔵が多くの家族をあのひに亡くした遺族になったからだ。
それでも、魂蔵は頑なに、それを拒否して拒絶した。
『あんたらの活動を、否定したいわけじゃない。活動をすることで、メリットもデメリットもあるだろう』
魂蔵は、遺族会の代表に何度も何度も向き合って断りを入れている。
『ワシは……、ワシらは、それをする余裕も時間もない。あんたらも、知ってるだろ』
『あのひに、ワシの家にいて助かった小さな男の子がいる。その子と自分たちの傷と心を向き合って、生きて行くことしか出来ないんだ』
魂蔵は、被害者の会が何度も何度も訪れたり電話をしたりする理由が他にあるのを知っていた。
『あんたらは、ワシらが孤独にならないのかを心配してるんだろう』
被害者の会が初めて訪ねて来た日は、魂蔵の妻のちよこが亡くなって一年が経った頃だった。
あのひから、支えて合っていた妻との死別と遺された自分と陽架琉。
被害者の会が、一年を過ぎて訪れたのは誰かが亡くなったら次の年まで心に余裕がないのを知ってるからだ。
落ち着いて来た頃のほうが、まだ話がしやすいと思った。
被害者の会は、魂蔵が報道局を通して『受験生連続放火殺傷事件』についてメディアと関わりを持ちたくないのを知っていた。
ある年、この事件の被害者たちが集まって「被害者の会」が出来た。主に、情報収集や近況報告など様々なことをしていた。
でも、その会には一番の被害者の倉西家がいなかった。
当初は、「誘う」という議題も挙がった。
しかし、あの報道局を通して、彼らは魂蔵の想いを聞くと誘うことは出来なかった。
孤独は、人を恐ろしいことに引きずり込む。それもまた、被害者はより深く知っている。
被害者の会は、何かの隙で魂蔵を会に入れたいと思っていた。
彼らは、けっして純粋な心だけではなかった。
一部の人間は、魂蔵が自分たちよりも世の中に対しての影響力やインパクトがあると考えていた。
そして、この会に魂蔵が入れば『受験生連続放火殺傷事件の被害者の会』の知名度が上がるのと『犯行の抑止力になる』のではと、利用をしようと考える人までいたのだ。
だから、その時が来るまでを離れた所でずっと何年もかけて観ていた。
それで、ちよこの死と魂蔵の心の波を知った。そして、落ち着いた頃に魂蔵に会いに行ったのだ。
魂蔵は全てでないが、彼らの意図が分かっていた。
『大丈夫だ。ワシと陽架琉は、孤独じゃない。助けてくれる血のつながりがない家族がたくさんいるから。なんとか、やっていけるから』
会の代表は、魂蔵の表情をみて、ホッとため息をついたという。
『ワシは、被害者の会には入らない。それだけは、変わらないから』
魂蔵は、心の闇同士がぶつかるのも良くないことを知っている。
会の代表は、約十回の訪問で、やっと魂蔵の気持ちを受け入れて家に来ることはなかった。
時々、被害者会の名前を伏せて代表の名前で、倉西家に手紙が届くことがあった。
内容は、魂蔵たちの体調を気遣うモノや当たり障りのない言葉たちが入っていた。
そして、『ご迷惑かと思います。申し訳けありません。でも、送られせて欲しいです。返信は、不要です』と、締めくくられてる。
魂蔵は、「代表の心の寄り添いになるなら」とか「遺族会のことを載せない気遣い」を思って受け取り続けていた。
2
「椿、これがワシと被害者の会のつながり。だけど、なぜそれを聞くんだ? 」
この日のこの時間の倉西家には、魂蔵と椿の二人だけがいた。
彼は、居間の机に向かい合うようにして、座椅子や座布団に座っている。
「あっちでは、何かの事件事故での被害者の会を目にすることがあったからね。この家は、どうなのかってずっと気になってたけど。聞けないでいたんだ」
椿が在住する国で、何かの事件事故の被害者や遺族の会が結成されることがある。
冷静的に権利や意思を訴える会もあれば、過激的なデモに発展する会などがあった。
椿は、この倉西家がどういう立ち位置なのかを改めて知りたかった。
でも、魂蔵たちに気を使って聞けずにいたのだ。
「そういうことか」
魂蔵は、一口水を飲んだ。
「魂蔵さん。教えてくれて、ありがとう」
魂蔵は、眼の前にいる椿の優しさを分かっていた。
「良いんだよ。聞いてくれて、ありがとうな」
「えっ? 」
驚いてる椿に「そうなるよな」と、魂蔵は苦笑いをうかべる。
「被害者の会は、知永生たちがこの家にいない時間帯に来たり、電話をかけてきたりしてたんだ。それは、ワシがそうなるように頼んだんだけどな」
魂蔵は、頭をボリボリとかいた。
「まだ、子供には関わらないで欲しかったからだ。あのひを一緒に苦しんで。まだ、後二年だけ子供でいれるのに、大人になろうとする知永生たちを巻き込みたくなかった」
魂蔵は、十年経った今でもあのひの翌日と葬儀の時の知永生とたけしのことを覚えている。
二人は、いつも横にいた大切な竜輝を亡くして、苦しくて堪らない。
それでも、まだ子供なのに見たくない現実を否定しながらでも、自ら前に踏み出していた。
魂蔵にとっては大人である自分やちよこに、まだ十八歳の子供が寄り添ってくれた。そんな自分のことが、酷く情けなくとも思うこともあった。
二人は、覚悟を決めて陽架琉の兄代わりという人生の分岐点を進んだ。
「こんなに、今でも頑張ってる二人を、これ以上厄介ごとに巻き込みたくなくてな。まぁ、でも勘の良い二人のことだから、気がついてると思うけど。ワシには、言わないだけかもな」
「そうかもね」
椿は、二人ならあり得るかと思った。
3
魂蔵と椿の予想は、ほとんど合っていた。これは、ちよこが亡くなって1年と数ヶ月過ぎた頃のこと。
魂蔵が、急遽家を開けることになった。知永生とたけしは、陽架琉の小学校の迎えもあるから倉西家に待機していた。
「ピンポーン」と、チャイムがなった。
二人は、窓から玄関の外を観ると見知らぬ大人が立っていた。
『ごめんください。倉西さん、いますか? 』
玄関の方から声が聞こえた。二人は悩んだが、玄関に行くことにした。
『はーい』
知永生が、そう返事をして鍵と戸を開けた。
『えっ? 』
眼の前に立つ見知らぬ大人は、若い知永生を見て驚いた。
なぜなら、魂蔵から事前に来てもいい時間帯に訪問したのに、彼らがいたからだ。
『どちら様でしょうか? 』
知永生の背中の向こう側で、たけしが聞いた。
『君たちが、倉西さんが言ってた子たちか……』
見知らぬ大人は、二人を観てボソッと言った。
『何か? 』
『ご、ごめんね。倉西さんが、在宅してないなら帰るよ』
代表は、眉間にシワを寄せて睨みを効かせる知永生にビビりながらもそう言った。
『待ってください!あなたは、誰でこの家に何をしにきたんですか? 』
たけしは、恐怖で手を震わしながらでも大きく鋭い声で言った。
『自分は、ある被害者の会の代表です。倉西さんには、君たちとは関わらないように言われてるからね。今日のことは、魂蔵さんには秘密にして欲しい』
代表は、まだ子どもの二人に対して頭を下げた。
『分かった。言わないでおくから。帰れ』
知永生は、低い声で言った。
『ふたりがいるなら、倉西家は孤独ではないね』
代表は、それを言って帰って行った。
この日のことを、知永生とたけしは魂蔵に一生言わないと誓っている。そして、未だに話していなかった。
魂蔵が自分たちのことを考えて、被害者の会と接触をしないようにしてくれたのが理解していたからだ。
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「椿。ワシが死んだ時に、被害者の会が接触しても無碍にはするな」
「えっ? 」
椿は、急に魂蔵がもしもの時のことや被害者の会への対応を言い出すから驚いた。
「気持ちだけは、頂いたらいい。ワシのただの知人として」
「どうして? 」
椿は、魂蔵が何を言いたいのかが分からなくなった。
「彼らが、ワシに近づいた理由と心がどんなモノでもな。同じあのひを生きる者だから」
魂蔵は、被害者の会の意図よりも今でも苦しんでる心を無碍にしたくなかった。
それは、自分が無碍な扱いをされると耐えれないと思ったからだ。
魂蔵が言う「気持ちだけ」は、彼らを門前払いをせずに葬儀での必要最低限のモノは受けるとだけで良い。
もし、魂蔵がいなくなったからと言っても、被害者の会に倉西家を入れようとする思惑は、受け取らなくていいということでもある。
「……分かった。出来る限りそうするよ」
椿は、必死に魂蔵の想いを考えてから言った。
「ありがとう。実は、被害者の会のことは勘助と正智にも伝えてる」
「あっ、そうなんだ」
「うん。あの二人が、「隠し事をするな」と圧がすごくてな」
魂蔵は、遠くをみた。
「ワシが、ずっと陽架琉の隣にいることができれば、良かったが。そうも、いかないからな。陽架琉の隣には、いつの間にか増えていったワシ以外の家族がいてくれるから安心だ」
椿は、この時やこの後の魂蔵の表情や言葉たちを忘れることが出来ないと思った。
「陽架琉が二十歳の成人式を迎えた後に、ちよちゃんたちのところにいきたいな」
「えっ、なんで? 」
椿は、必死に泣かないようにしたけど。声は、震えていた。
「この家にある袴を、陽架琉が着てるのをこの目でしっかり見ることを、ちよちゃんと約束したからな」
魂蔵とちよこが、純の成人式のために買った袴は倉西家のちよこの部屋で今も大切に保管されている。
椿は、成人式には参加しなかったけど、前撮りでそれを借りて着たことがあった。
その後に、実際に着る予定だったのが、竜輝だ。
ちよこは、もう実際に着ることのできない竜輝のために絵でその夢を叶えた。
魂蔵は、ちよこと一緒に陽架琉が成人式の袴を着た姿を見る約束をしていた。
でも、ちよこは陽架琉が小学校二年の時に亡くなってしまった。
だから、魂蔵はちよこの分もその約束を果たすために生きようと決めているのだ。
「それじゃあ、約束を守らないとね」
椿は、涙を流して声を震わせながらも、せいっぱいの笑顔で言った。
「うん」
魂蔵は、ティッシュを箱ごと取って立ち上がって歩いて、椿の前に置いた。そして、うつむく彼のその頭を撫でたのだった。
椿の心は、魂蔵のあの言葉がフラグになって、現実になるかもしれないという不安と嫌な予感があった。
今でも魂蔵は、年をとっても苦労しながらも元気に生きてくれている。
椿は自分の父親代わりの魂蔵が、陽架琉が二十歳になって、成人式の袴を着てるのを観てしまったらと考えると恐怖でたまらなくなった。
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もしも、あのひの犯人が逮捕されなかったとしたらの話。
魂蔵は、悲しみと悔しさと言葉には出来ない感情で人生を終えることになってしまうのだろう。
それでも、魂蔵は陽架琉の成人式の袴を着てるのを観る。
そして、ちよことの約束を守って満足して、自分が望む死にかたでこの世を去ってしまうのでないか。
椿は、なぜか想像しただけでも、これ以上何か言葉に出来ないモノに確信を感じてしまった。
それ自体が、椿にとってはとても恐怖でたまらないのだ。
誰もが家族に対して、長く生きて欲しいと思う。
家族として、愛している人がこの世からいなくなってしまうのは、想像をしたくない。
椿にとって父親代わりの魂蔵には、その目標をクリアしても生きてほしかった。
「魂蔵さん、生きてよ。まだまだ家族は、魂蔵さんがいないと困るんだからね」
椿は、頭を撫でてくれる魂蔵の魔法の手からパワーをもらいがながら、呪いの言葉を言った。
それは、彼が魂蔵のいない未来を、想像したくないから。
魂蔵には、もっと『生』にすがって欲しくいて、縛を言ったのだ。
誰だって家族には、親には長い生きをして欲しいからだ。
相手の意思も大切にしたいけど。想像をしたくない未来のために生きて欲しいと想ってしまう。
「おう、任せろ。ワシには、まだまだ手のかかる家族がたくさんいるからな」
魂蔵は、椿からの想いを感じながら、そう言ったのだった。
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