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第39話 時を巡れるなら 【前編】

 この『時を巡れるなら』は、とても長い話。


 魂蔵(ごんぞう)と宮本家と秋原家は、陽架琉(ひかる)が学校に行ってる間に、会議を開いている。


 自分たちの仕事も大切だが、陽架琉の心と生活を守ることも大切だと思っている。


 宮本家と秋原家は、魂蔵があのひ(・)から年月を重ねると、やっぱり昔よりも色んなところが弱っていまうのが嫌でも分かった。


 彼らは、あの家に魂蔵と陽架琉だけにして、何か起こっては心配だと常日頃思っていた。


2


 両家は、魂蔵と陽架琉をあのひ(・)の『受験生連続放火殺傷事件』の被害者遺族と理由で社会から孤立をさせたくなかった。


 結(・)果(・)的(・)に、魂蔵と陽架琉はたくさんの死を観てきた。


 彼らは、他人(ガイヤ)に『死神』と罵られて、嫌われてきた時代もあった。


 彼らが何もしてなくても、結(・)果(・)的に周りの人間が亡くなってきたから。

 

 他人(ガイヤ)は、結(・)果(・)に踊らせられる生き物だ。


 原因よりも、結(・)果(・)を抱きしめるのにも理由(わけ)がある。

 原因は、もう過(・)去(・)の存在で、好き勝手に言いやすいからだ。


 結果は、簡単には覆ることの出来ない今(・)と(・)未(・)来(・)への切符だからだ。


 簡単には覆ることは出来ないけれど。本気で違う結果が生まれるのなら、やろうと思えば覚悟を決めて取り組むべし。


3


 魂蔵は、人付き合いがよく様々な行政や企業や警察などに知り合いが多い。

 彼らは、子供からの付き合いや大人になってから出会った人たちである。


 時にはたくさんの人の心や命を、時には犯罪者になりそうなのを、誰よりも早く駆け寄って守って助けて来た。


 彼らは、お互いが程よい距離感で、今でも適切な付き合いをしている。


 魂蔵は、知永生(ちとせ)とたけしの父親の世代、陽架琉の担任たちの世代には、良いことや悪いこと関係なく向き合って話していた。


 だから、これは魂蔵が幅広い層に慕われてる理由の一つになる。

 本当なら、魂蔵は孤独になりにくい人物と言えるはずだ。


 でも、魂蔵の性格は自分にはかなり厳しくて、周りに甘えることが難しかった。


 魂蔵は、いくら知永生たちが手を伸ばして隣にいても、心の中は孤独になってしまう。


 そして、あのひ(・)からを生きているんだ。


4


 陽架琉は、三才の頃からの境遇もあるのか。元々の発達的な問題なのかは分からないが、学校の外で遊ぶ友達はいなかった。


 小学校の時は、同じクラスの子や他のクラスの子と学校で遊具や鬼ごっこで遊ぶことはあった。

 でも、それが終わると、どこか壁のような線を引かれてるような感じがしていた。


 どうしてそうなってるのかは、陽架琉だけよく分からないでいた。


 楽しい友達だけど、お家には遊びに行かせてもらえない。公園で会って、一緒に遊びたいと言っても断られる。


 学(・)校(・)内(・)な(・)ら(・)遊(・)べ(・)る(・)友(・)達(・)だけど。 

 自分に対して、少し面倒くさそうな表情をされているのは、わかっていた。


 だから、陽架琉はだんだんと同じクラスの子たちと、話したり遊んだりすることはなくなった。




 そして、小学四年生の『階段からの転落事件』が起こってしまった。

 それから、陽架琉は前よりも不器用で苦手で出来ないことが増えていった。


 学校側の働きかけもあって、陽架琉は完全なる孤立にはならなかった。


 でも、どこか腫れ物に扱われて、必要最低限のしつこくないサーポートをクラスメイトたちにされるようになった。


 陽架琉は、言葉に上手く出来ないけれど。嬉しいようで悲しかった。


5


 小学六年の修学旅行は、主に教師たちと過ごした。それは、陽架琉の強い意思だった。


 陽架琉なりに、クラスメイトが同じグループに入れるのが嫌なんじゃないかと思っていた。

 少数は気にしてなくても、多数は嫌な感じに見えたから。


『僕ね。先生たちといるの』


 陽架琉は、魂蔵と二人の担任と教頭と一緒に修学旅行の面談をしてる時に言った。


 その言葉に、魂蔵たちは悲しくなった。陽架琉には、それが観えないようにした。


『支援級(こ)のクラスがいいの』


 陽架琉の声は、どこか震えていた。彼にとっては、とても勇気がいる言葉だったからだ。


 支援級のクラスの同学年は、陽架琉ともう一人いるけど。そのもう一人は不登校で学校に来ていない。

 おそらく、修学旅行は「欠席する予定だろう」と予想されている。


『陽架琉、理由は言えるか? 』


 出来る限りの優しいトーンの魂蔵の言葉でも、陽架琉は泣き出して、首を横に振る。


『分かった。陽架琉の気持ちを教えてくれてありがとうな』


 魂蔵は、泣きじゃくる陽架琉を安心させるように頭を撫でた。

 そして、きれいなタオルを渡して落ち着けるように言った。


『陽架琉くん、そのままでいいから聞いてね』


 支援級の担任が、陽架琉に話しかけた。そして、陽架琉は頷いた。


『陽架琉くんの気持ちを教えてくれて。先生たちは、嬉しいです』


 支援級の担任は、そう言った。


『陽架琉くんが、支援級のクラスで修学旅行を楽しめれるようにね。先生たちが、計画するけど。良いかな? 』


 普通級の先生が、そう言った。


『い、いいよ』


 陽架琉は、呼吸を苦しくさせて泣きながらでも答えた。


 魂蔵たちは、陽架琉が「泣いたら許される」と思ってないのを分かっていた。


 陽架琉は、本人の意思でなくて、ほぼ無意識に感情が前に出てしまう。

 そして、うまく言葉がつくれなくて、言いたいことがしゃべれないのが涙となってしまうのだ。


 それがひどいと、過呼吸になってよりしんどくなってしまうから。

 味方の大人たちは、それを観て泣いて許されるとか誰かを悪者にしたいとかでないことを知っている。


6


 元々、この場にいる陽架琉以外のメンバーは、こうなることも予期していた。


 それは、陽架琉が普通級に馴染めなくて、クラスメイトの一定数に嫌われていることを把握していたからだ。


 その状態で、陽架琉を普通級のクラスに入れて修学旅行は危険行為だ。 

 どちらにも、嫌な気持ちになって、今よりも目に見えるカタチで大きな問題に発展をしてしまう恐れがあった。


 魂蔵や学校側が、陽架琉に『修学旅行は、普通級じゃなくて、支援級で過ごそう』と言うのは、残酷でも簡単だった。


 でもそれは、これからの陽架琉のためにはならないと思った。

 大人たちが、本人の意思を無視して決めてはいけない場面がこれからもたくさんあるからだ。


 そして、本人の意思を聞かずに勝手に決めたその分岐点が、最(・)悪(・)な(・)場(・)合(・)になってはいけないからだ。


 だから、敢(あ)えて『修学旅行は、普通級と支援級のクラスが良いかを話す場』を作って、陽架琉の本音を聞いた。


 その結果、修学旅行では、陽架琉は支援級のクラスの担任とよく過ごすようになる。


 修学旅行では、クラス以外にも「就寝と翌朝の対応」について問題があった。


 陽架琉は、服薬をしても夜に悪夢を見たり泣き出したりすることがある。 

 朝も、気持ちのコントロールがうまくいかなくて荒れることもあった。


 教師が、陽架琉と同じ部屋就寝することになっても、寝不足で修学旅行に支障をきたすかもしれないという懸念があった。


 その問題の解決策が、「知永生(ちとせ)が、修学旅行に同行をする」だった。


 陽架琉の支援級の担任のように付きっきりではなくて、メインは就寝と翌朝の対応だ。

 他の生徒たちには、分からないようにが前提で計画をしていた。


 就寝の時間になると、知永生がこっそりと陽架琉の部屋に入るか、先に部屋の中で待機をしていたのだ。


 陽架琉には、修学旅行先のホテルで知永生と一緒にいつものように寝ることを伝えていた。

 それが、不安でたまらない陽架琉の心の安心になった。


 翌朝になっても、知永生がいつものように隣でいることで、変化に弱い陽架琉でも毎回ではないが比較的安定していた。


 知永生は、修学旅行中は陽架琉との就寝と翌朝の対応以外は好きに過ごした。 


 午前中はホテルで、寝不足なのを解消して、午後から時々陽架琉の様子をバレないように遠目に見ていた。


7


 修学旅行中の陽架琉は、普通級のクラスでは少し離れたところに支援級の担任と一緒にいた。


 その日は、朝の目覚めが悪くてグズったり、知永生と離れたくなかったりしてバタバタとした。


 そして、陽架琉の心は修学旅行が不安でたまらなかった。

 陽架琉にとっては、魂蔵になかなか会えることが出来ない距離で、見知らぬ土地での泊まりが初めてだからだ。


 ホテルでは、隣に知永生がいてくれるけど。それ以外はいないから、さびしくてたまらないのに少しずつ気がついた。



 陽架琉は、修学旅行の前からなんとなく同じ普通級のクラスといたかったけど。やっぱり、いない方が良いと思っていた。

 こういう状況に、どうしたら良いのか分からなくて、言葉に出来なくて不安だった。

 

 時々、陽架琉のことを心配して、周りに何を言われても気にしない普通級の子たちが誘いに来る。


 その子たちは、陽架琉が何度も誘いを断わられた。それでも、少し強引に自分たちの輪に陽架琉を入れた。

 先生たちは、それにハラハラとしながら黙って見守った。


 その子たちは、陽架琉なりに不安でも気を使ってくれてるのに気がついていた。

 だから、少し強引に自分たちの輪に入れて、『自分たちは陽架琉くんといたいから。気にしなくて良いんだよ』と伝えたのだ。


 最初だけ陽架琉は、不安そうにしていたけど。次第に、笑顔を見せるようになった。


 その一部の子たちと知永生や学校側の協力で、無事に修学旅行を終えたのだ。


8


 陽架琉とその子たちは、別々の中学校に進むことになった。

 私立とか学区が違ったり、引っ越しをしたりしたからだ。


 陽架琉は、また学校でポツリと一人になった。


 中学校でも普通級の同じクラスの親は、陽架琉がこの学校で『受験生連続放火殺傷事件』の唯一の被害者遺族ということを知っていたからだ。


 それと、陽架琉の心の幼さと後遺症でうまく動けないか、弱者だと思っているのもあった。


 だから、なんとなく自分の子供と仲良くをしてほしくなかった。

 それでも、陽架琉や竜輝たちが悪くないのは、一応理解をしてた。

 

 しかし、親たちは『もしも陽架琉と仲良くしていて犯人がそのことを知ったら』という不安があった。


 そして『もしも、そのせいで自分たちが被害者になるかもしれない』という不安が簡単には消えないでいるのだ。


 陽架琉の同級生の親たちは、被害者にあったことへの同情でなくて、自分たちにトバッチリが来るのでないかと恐怖と嫌悪感があった。


 それだけ、『受験生連続放火殺傷事件』が前代未聞で逮捕をされない限り、たくさんの不安が当事者として被害を受けてなくても起こるのだ。



 どんな時も意図せずに、一度被害者になると様々な誤解や不安な存(・)在(・)にされてしまう。


 今の陽架琉の家は、ごく一般的な家族というカタチではない。

 事情は知っていても、異常なモノで差別的な目を向けられてしまう。



 そのせいで、中学校に入学をしてからも、陽架琉は孤立になってしまったのだ。


 陽架琉の味方の大人たちは、まだ子供の陽架琉が悪くないのに、また同(・)世(・)代(・)から孤立をしているのがつらかった。


 例え、この先の未来でも陽架琉が同(・)世(・)代(・)からの孤立をしても、社(・)会(・)からの孤立だけはさせたくないと思った。


 陽架琉の味方の大人たちは、彼が孤立をしないこと以外にも、気がかりなことがあった。


 それは、中学三年の受験生になった陽架琉も(・)『受験生連続放火殺傷事件』の被害者にならないのか。

 それを言葉にするのは、難しい感情になってしまう。


 今のところ、ある受験生が被害に遭っても、その家族や親戚が同じような被害者になることはなかった。


 『受験生連続放火殺傷』は、受(・)験(・)生(・)が(・)い(・)る(・)家(・)が放火によって、当事者かその家族を殺害や傷害などで被害者になることを指す。


 そして、倉西家のように事件当時に家にいた全員が亡くなるケースはほぼ無かった。


 受験生ではなくても、その家族が亡くなったり重傷になったりするのこともあった。

 受験生だけが、亡くなったり重傷になったりすることもある。


 この事件の被害者たちの共(・)通(・)点(・)は、『受(・)験(・)生(・)になって、被害を受けて人生が大きく変わった』と言える。

 

 犯人の正確な動機は、未だに不明で物的証拠は現場には残されていなかった。


 だから、人は結(・)果(・)からまだ未確定なモノを想像して、良からぬことを考える。

 そして自ら、不安を煽(あお)るのを知らずにいるのだ。


9


 陽架琉は、竜輝たちと同じ学校に通えるのは嬉しいく思っている。

 でも、陽架琉にとって、とてつもなく悲しくて苦しいことを実感する出来事が起こってしまった。


 ある日の放課後の話。

 

 一階の支援級にいた陽架琉は、二階の普通級に忘れ物をしたのに気がついた。


 この日の陽架琉は、調子が良かった。陽架琉は支援級の担任に、「僕は、一人で階段を使って上り下り、できる」と自信満々に言って教室を出た。

 

 陽架琉は、手すりを使いながらゆっくりと気をつけながら階段を上がった。

 そして、階段から離れたところにある教室の前に行った。


 その時に、複数のクラスメイトの話が、教室のドアの向こう側にいる陽架琉に聞こえてしまったのだ。

 そして、陽架琉は入ろうと思って、教室のドアに伸ばした手を引っ込めて、その場から動けなくなった。

 

「倉西が、支(・)援(・)級(・)にいてくれて、良かったわ〜 」


 このクラスで、影響力がある男子生徒が雑談を楽しむかのように言った。


「なんで? 」


 その生徒の向かい側に座っていた男子生徒が、眉間にシワを寄せて言った。

 彼は、「なんで、そんなことを言うんだ」と思いながら言った。


「親がさ、「倉西陽架琉には、絶対に関わるな」って。すごい顔をで言ってくるからさ。クラスのみんなのためにも。接点少なくなるから。ずっと支援級にいたほうが良いよ」


 影響力がある生徒は、まだ雑談を楽しむように話した。言葉の責任と意味も完全に放棄している。


 眉間にシワを寄せて聞いた生徒は、「聞くんじゃなかった」と後悔をした。


「それって、なんか根拠あるの? 」


 興味を持つように聞く生徒もいた。


「そんな勝手なことを面白がって、言うなよ」


 眉間にシワを寄せたり注意をしたりした一人の生徒以外は、責任を放棄している。


「そこまで言うのって、かわいそう〜 」

 

 影響力がある生徒を前に、同じグループの子たちは口々に言った。


「えっ、お前ら知らないの? 」


 影響力がある生徒は、まだ面白がっていた。


「何が? 」


 その男子の隣にいた女子が、不思議そうに言った。


「倉西の兄貴と姉貴が、この学校で唯一の被害者なんだって〜!マジ、ヤバいだろ〜 」


 影響力がある生徒は、面白がるように言った。


「えっ? 」


「それで? 」


「おい、それ以上は言うな! 」


 必死に止める生徒を見て、影響力がある生徒はニヤリとして言った。


「二人は、死んだんだよ〜 」


 一瞬、教室はシーンと静まり返った。


「えっ? 」


「マジ? 」


「あっ、だから集会でア(・)レ(・)したんだ」


「確か、このクラスの倉西もその辺りに住んでるって聞いたことがあったな」


「私、あんまり集会の話を聞かない主義だから。よく分かってないんだ」


 一人の女子は、爪をみながら言った。


 その場にいる生徒たちは、先日した『竜輝とあおいのための黙祷』のことを思いだした。

 彼らの名前や詳細は、伏せられていたけど、話の流れ的にそうだろうと思った。


「もう、これ以上触れないほうがいいじゃねぇ」


 まだ一人の生徒だけは、気軽に言ってはいけない話題というのが分かっていた。

 だから、必死に『気軽に面白がって話すことじゃない』と思って止めていたのだ。



 それでも、影響力があって主導権を握る生徒にとっては、知ったことじゃなかった。


「『受験生連続放火殺傷事件』って、毎年ニュースでしてるだろ」


「してるね。毎年、ニュースでなんか言ってるわ」


 と、どうでも良さげに言う生徒もいた。


「倉西が、悪いわけじゃないだろ」


 一人の生徒だけは、まだ負けじと話を止めようとした。


「だから、最初に言ったろ」


 影響力のある生徒は、彼に対してウザったそうに大きな声で言いだした。


「親が、俺たちと倉西が同じ中学校で知り合いってバレたら。次のターゲットにされるかもしれないから。近づくなってさ」


 影響力のある生徒は、大きな声で説得力を持たせるように言った。


「まぁ、一理あるか」


「可能性は、ゼロじゃないってことか」


 口々に、そう言っている生徒が増えていった。



「この学校では、倉西の家はまた狙われるかもしれないだろ。俺が思うに、犯人は気が狂ってると思うからさ。ひょっとしたらって思うと怖くねぇ〜 」


 だんだんと、一人の生徒を置いて話の内容は最悪な方にエスカレートしていく。


「それに、アイツはすぐに泣いて、面倒くさいからな」


「ハハッ、それは言えてるよ」


「泣かれたら、こっちが悪モンにされるの。嫌なんだよね〜 」


「泣くほうが悪いって〜」


 完全に主導権を握ってる男子は、陽架琉への誹謗中傷の言葉の数々を楽しげに言っていた。


 周りは、一人をのぞいては賛同をしているのが、異常な空間であった。


 その生徒たちから離れたところにも、まだ教室に残っている生徒がいた。

 居心地は悪くても、外に出て行きにくいものがあった。


10


 支援級の担任は、陽架琉を一階の階段のすぐ近くで待っていた。


 陽架琉が自信満々で普通級に行くのを、支援級の教室で見送ってからすぐに階段の方に行っていたのだ。


 でも、陽架琉はなかなか戻って来なかった。支援級の担任は、陽架琉に何かあったのかと心配して、階段を上がって普通級の教室に向かった。


 支援級の担任は、普通級の教室の前で陽架琉がドアの前で固まっていたのに、すぐに気がついた。


「陽架琉くん? 」


 支援級の担任は小さな声で言って、陽架琉が驚かないようにゆっくりと近づいた時だった。


「次のターゲットにされたくないだろ!ほら、みんなもそう思うだろ。ここにいるやつらは、倉西陽架琉とは関わらないことで決定! 」


 影響力があって主導権を握っていた男子が、また得意げに言い出した。


 教室に残っていた生徒の一部は苦い顔をしてた。主導権のある男子の取り巻きの一人を除いて賛同をした。


 支援級の担任は、バレないように窓から異常な教室を見ている時だった。


 「ガラガラっ」と音をしたあとに、支援級の担任はすぐ近くにいた陽架琉がいないのに気がついた。

 さっきまで、陽架琉は教室のドアの前で固まっていたはずなのに、廊下から姿が消えていたのだ。


「「「えっ? 」」」


 突然、陽架琉が教室の中に入ってきて、一瞬だけシーンとしてから、どよめきが起こった。


「なんで、いるんだ!? 」


「もしかして、さっきの聞いてた?! 」


「ヤバくない〜 」


「あっ!先生も、いるじゃん」


 教室のなかにいたクラスメイトは、口々に言っていた。

 そして、教師を見てどんどん顔が青ざめていった。


「陽架琉くん、大丈夫? 」


 支援級の担任が、心配して声をかけた。


 陽架琉は、黙って自分のロッカーと机から忘れ物を取って教室を出て行った。


 その様子に、支援級の担任は拍子抜けして、対応が遅れてしまった。


11


「陽架琉くん、待って〜! 」


 支援級の担任の声は、陽架琉には届いてなかった。


 教室の中は、陽架琉の行動にまた一瞬だけ沈黙をしてから騒然としていた。


「君たちのことは、このクラスの担任や校長先生にお伝えします」


 支援級の担任の言葉に、クラスメイトたちは固まって動けなかった。


 支援級の担任は、彼らの異常な話を一部しか聞いてないが、これは決して許されるものでないのは瞬時に分かったのだ。


 支援級の担任は、そう言ってからすぐに陽架琉を追いかけた。

 陽架琉は、無意識に行きのルートとは反対方向に進んでいた。

 行きのルートは、支援級と普通級の行き来がしやすいかった。


 支援級の担任は、いつもならすぐに追いつけるはずだった。でもなぜか、この日はそうは行かなかった。


「陽架琉くん、待って! 」 


 陽架琉は身体が少し不自由なはずなのに、スタスタと廊下を教室からかなり離れたところまで歩いている。


 支援級の担任の後ろで、何か怒鳴る声が聞こえたが、今はそれどころではなかった。


 支援級の教室は一階にあって、今いる場所は二階だ。

 つまり、陽架琉の今の精神状態で階段を下りるのはかなり危険である。


「陽架琉くん、止まるよ! 」


 支援級担任の大声の制止も、陽架琉には聞こえていなかった。


 担任は陽架琉が落としたいものに、つまずかないように必死走っていると、その横で何かが横切った。


「倉西! 」


 支援級の担任の横を通ったのは、クラスで唯一陽架琉が悪くないと否定をしていた男子だった。


 その男子は俊足で、あっという間に陽架琉が階段の前に行くの防いだ。


 彼は、陽架琉と階段の間になんとか回り込んで、すぐにとうせんぼうをした。

 まだ、その時点は階段まで少し距離があってギリギリセーフだった。


「倉西、大丈夫だから。止まれって」


 陽架琉は、彼の前でやっと止まった。


「倉西、階段が苦手なんだろ。今、無理したら危ないよ」


 彼は、陽架琉の目線になって優しい口調で話した。


「あ、あぶないね」


 陽架琉は、今にも泣き出しそうな声で言った。


「危ないね。ちょっと、離れたところで一緒に座ろうか」


 陽架琉は黙って、彼が促(うなが)す場所行って、手伝ってもらいながら座った。


「さっき、嫌なことを聞かせちゃったね。ごめんな」


 支援級の担任は、陽架琉が一人生徒に保護されたのにホッとため息をした。

 そして、陽架琉が階段前に来るまでに落としたモノを抱えて、二人の様子を見守った。


「俺は、倉西が悪くないって分かってるよ。倉西がたくさん怖いって思っても、頑張ってるの知ってるよ」


 陽架琉は涙を流しながら、キョトンとした顔をした。


「さっき、色々言ってたヤツが悪いんだ。だって、倉西は大切な家族とお別れしてつらいだろ。じゃあ、悪くないじゃん」


 彼の言葉は、すごくまっすぐだった。


「俺が、もっとアイツらに否定をすれば良かったのに。でも、俺は倉西のことをあまり知らないからさ。

勝手に倉西のことを語るのもダメかなって」


 彼は、頭をかきながら言った。


「悩んでたら、倉西がいきなり教室に入ってきて、びっくりしたんだ。それで、何も言わずに自分の用事を済まして出て行ったから。みんな、びっくりしてた」


 陽架琉は、ポケットに入ってたハンカチで涙を拭った。


「先生が、何度も止めても止まらなくて。前に、担任が倉西が「階段が苦手で、先生とエレベーターを使うこともある」って聞いてたから。今の状態で、階段は危ないって思ったんだ」


 彼は、担任から聞いた陽架琉の情報をしっかりと覚えていて、瞬時に自分の行動を考えて助けたのだ。

 そして、彼は教師が陽架琉と話してるのを観て伝え方を必死に考えていた。


 それでも、陽架琉にとっては少し早口で話す彼の言葉を全部理解するのが難しかった。

 でも、所々は聞いて彼が何かを謝りたいことは理解が出来たんだ。


「ぼ、ぼくね」


 陽架琉が、突然話し出した。彼は、黙って耳を傾けた。


「どんなにね。嫌なことを言われてもね。ぼくが悪くなかったら関係ないの。だから、反応をしないの」


 陽架琉は、小四の『階段からの転落事件』前に、当時の担任に話したことを、今の自分の言葉で言った。


「そうか。倉西は、すごいよ」


「そう、なの? 」


「うん。だって、それはなかなか出来ないことだよ」


「先生も? 」


 陽架琉は、急に支援級の担任に話しかけた。


「えっ。先生も難しいかな」


 支援級の担任は、一瞬驚いてから答えた。


「ぼく、すごいね」


 陽架琉は、嬉しそうに言った。



「あれ?なんで、そんなとこにいるんだ? 」


 普通級の担任が、階段で一階からこの階に上がってきた。


「陽架琉くん、しんどくなっちゃった? 」


 普通級の担任は、すぐに陽架琉の異変に気がついて駆け寄った。


「僕、すごいの」


「はぁ? 」


 陽架琉の予想もしていない返答に、普通級の担任は素が出た。


「先生、後ほど話があります」


 支援級の担任が言った。それを見て、陽架琉の隣に座っていた生徒が立ち上がった。


「先生、俺とクラスにいるやつらが悪くて。倉西を傷つけてしまいました」


 普通級の担任は、目の前で頭を下げている生徒を観た。


「分かった。じゃあ、錦城(きんじょう)は先生と一緒に教室に戻って話しをしようか」


「分かりました」


 錦城と呼ばれた生徒は、頷いた。


「陽架琉くんは、もう迎えの時間になるよ。下の教室に戻ろう」

 

 普通級の担任が、そう言った。


「いいよ」


 陽架琉は、言った。


「陽架琉くん、一緒に立ちます。その後に、エレベーターで一階に行きます。支援級の教室に行きます」


 支援級の担任の言葉に、陽架琉は頷いた。そして、陽架琉は二人の担任に手伝ってもらいながら、立ち上がった。


「あのね。ありがとう」


 陽架琉は、背を向けていた錦城に言った。


「えっ? 」


 錦城は、驚いて振り返った。


「ぼ僕を、助けてくれたから」


 錦城は、その言葉に顔を歪める。それを見た普通級の担任は、陽架琉に声をかけることにした。


「陽架琉くん、そろそろ帰る準備を終わらせないと。家族が心配しちゃうよ」


「うん」


 陽架琉は、うつ向いて言った。それは、錦城から返答をもらえなかったのが、つらかったからだ。


「陽架琉くん、さようなら」


「先生、さようなら」


 陽架琉は、普通級の先生に挨拶を返した。


「錦城くん、さようなら」


「えっ? 」


 錦城は、まさか陽架琉が自分にまで挨拶をするとは思ってなかった。


「ほら、錦城。陽架琉くんに挨拶を返そう」


「倉西、さようなら」


「うん、またね〜」


 陽架琉は、ニコニコして言った。それは、挨拶を返してもらえて嬉しかったからだ。



 支援級の先生が、陽架琉と手を握ってエレベーターがあるところに曲がって行った。

 そして、エレベーターのドアが閉まって動く音がしてから、錦城が口を開いた。


「先生」


「錦城? 」


「俺、倉西にひどいことをした」


 錦城は、担任にポツリポツリとさっきの出来事を話だした。


 それを、担任は黙って聞いた後に、状況の整理整頓をすることにした。


「放課後に、教室にクラスメイトが何人か残っていて。錦城がいるグループのリーダー格が、陽架琉くんのことを好き勝手に言ったってことだな」


「はい」


「俺は、何度か否定をして。でも、止めきれなくて。アイツらが、どんどん調子に乗ってきて……」


 錦城は「なんで? 」と言ったことも、彼なり影響力がある男子を止めようとしていた。

 でも、それがかえって影響力のある男子に火に油を注ぐことになってしまった。


 だから、錦城は別の言葉で必死に止めようとしていたのだ。

 まだ、陽架琉と同じ中一になった錦城が大人のように彼らを止めるのは難しかった。


「その時に、忘れ物を取りに来た陽架琉くんが、教室のドアの前で話を聞いてしまった。そして、陽架琉くんが、何も言わずに自分の用事をして教室を出ていったんだな」


「はい。それで、俺と先生が追いかけて……。倉西が階段が苦手って、前に先生が言ってたのを聞いてたから」


「錦城が、陽架琉くんを必死に助けてくれたんだな。助かったよ。間に合わなかったらと思うと。錦城も、怖かったよな。助けてくれて、ありがとうな」


 担任の言葉でも、錦城は苦しそうなままだった。


「倉西が、黙ってたけど。つらそうな顔をしてたから何かあったらって。でも、その原因が俺たちなのに……」


 担任は、錦城の複雑な心を察した。


「それでも、陽架琉くんは錦城に対して、嬉しそうだったろ」


 錦城は、陽架琉の表情を思い出した。


「今は、陽架琉くんが嬉しそうにしてたのが良いって思ってたらいい。錦城以外にも、支援級の先生や教室に残ってる生徒たちから、話を聞かないといけない。これは公平な判断が、必要な問題だからな」  


「はい」


 錦城は、まっすぐと担任をみた。


「まだ教室に残ってるか分からないが、残ってたら話を聞いてみようか」


「まだ、教室にみんな残ってます」


「ハァ? 」  


「「俺が戻るまで誰も帰るな」って、怒鳴ったので」


「お、おう。そうか」


 担任は、少しビビった。普段の錦城からは、それが想像つかなかったからだ。



 そして、錦城と担任は教室に戻った。本当に、誰も帰ってなかったので話し合いをしたのだった。


12


 支援級の教室に戻った陽架琉は、担任に席に誘導されて座った。


「せ、先生」


 陽架琉は、言葉に詰まりながら話しだした。


「どうしましたか? 」


「さっきの。じいちゃんたちに、言わないでね」


「どうしてかな? 」


 担任は、なるべく陽架琉の視線になるようにしゃがんで聞いた。


「じいちゃんたち、悲しくなる」


 担任は、陽架琉が涙を流して言った言葉が苦しくなった。


「嫌なの」


「陽架琉くんは、おじいちゃんたちが悲しくなるから。それが嫌だから、言ってほしくないの? 」


「うん。僕、つらくてもね。じいちゃんたちが、つらいのが嫌なの」


 陽架琉は、ハンカチを触ったり涙を拭ったりした。


「陽架琉くんの気持ちを、教えてくれてありがとう」


 担任は、頭をフル回転させながら言った。


「でもね、さっきのことはね。陽架琉くんの家族に、話したほうがいいと思うんだ」


「嫌なの! 」

 

 陽架琉は、滅多に出さない大声で言った。


「嫌だよね。でもね、さっきのことで、陽架琉くんはつらかったよね。陽架琉くんの家族は、君のことがすごく心配なんだ。だからね、さっきのことは言ったほうが良いんだよ」  


 担任は、動揺しながらも必死に陽架琉に伝えた。


「嫌なの〜! 」    


 陽架琉は、泣き叫んだ。担任は、陽架琉をクールダウンをさせようと思った。


「陽架琉くん、深呼吸をしよう」


 担任は、陽架琉を落ち着かせようと必死になった。


「い、や」


 それでも、陽架琉はずっとそう言った。


「陽架琉くん、カーテンを開けるから。空をみてみようか」

 

 普段は、陽架琉が授業中でも窓の方に行って空を見る事があった。そのため、カーテンを閉めていた。


「見てみる」


「陽架琉くん、好きな位置に椅子を持ってきてね」


「うん」


「陽架琉くん、先生は職員室に行きます。すぐに、戻ってきます。陽架琉くんは、この教室にいます」


 担任は、陽架琉にわかりやすく見通しを伝えた。


「うん」


「じゃあ、カーテンを開けるね。空をみようか」


「うん」


「先生、またすぐに戻ってくるからね」


 もう、陽架琉からの返事はなかった。


 支援級の担任は、小走りで職員室に行った。校長や他の教師に簡潔に今回のことへの状況説明をした。


 その後に、支援級の担任は魂蔵に電話をかけて、迎えに来てすぐにもらえるように頼んだ。


「魂蔵さん、すみません。先ほど、カクカクシカジカで……」


「分かった。先生たちが、陽架琉とその生徒たちの対応を迅速にしてくれてると聞いて安心したよ」


 魂蔵はそう言いながらも、心の中は酷く複雑だった。


「とにかく、今から知永生を連れて迎えに行くから。家に帰ったら、陽架琉に出来る限りのケアをするよ」


「分かりました。よろしくお願いします」


「明日ぐらいに、わかる範囲でいいから。今日のことを教えてくれると助かるよ」


「分かりました。こちらで、該当生徒の聞き取りや情報を整理整頓してお伝えします」


 二人は、少しだけ話して電話を終えた。


 二十分もしないうちに、魂蔵は知永生を連れて学校にいる陽架琉を迎えにきた。いつもの迎えの電話をした時よりも、早かったから急いで来たのだろう。


 支援級の教室のドアからノックが聞こえて担任が鍵のロックを解除した。


 そして魂蔵が教室のドアを開けても気が付かないで、陽架琉はイスに座って空を見ていた。

 どうやら、完全に自分の世界にどっぷりと使って何も気がついていないのだろう。


 魂蔵は、教室の中に一歩分だけ入って声をかけることにした。その後ろに、知永生がいた。


「陽架琉、帰るぞ」


「じっちゃんの声でも、反応しないか」


 二人はそれだけで、陽架琉の心の調子がかなり悪いのが分かった。


「陽架琉」


 魂蔵は、陽架琉にゆっくりと近づいて、隣にしゃがんで、また名前を呼んだ。


 陽架琉の肩が、「ビクっ」と上がった。


「い、嫌なの」


「えっ? 」


 陽架琉が、唐突に言った言葉に魂蔵は一瞬固まった。


「そうだよな。嫌な時もあるか」


 でもすぐに、魂蔵はそう言った。


「陽架琉、今日はもう学校から帰ろうか」


「じいちゃん、帰ろうか」


 陽架琉は、やっと魂蔵の方を見て言った。


「うん。知永生も来てるから。今は、教室の外で待ってくれてるよ」


 知永生は、色々と考えて廊下で陽架琉たちを待つことにした。そして、開けたままのドアから、陽架琉たちの様子を観ていた。


「歩くのが嫌なら、おんぶをしてもらったら良いよ」


「おんぶ」


 魂蔵は、陽架琉が何対して嫌なのかはよく分からない。

 でも、陽架琉の苦しみをなかったことにしたくなかった。

 だから、陽架琉の考えを少しズラして心を軽くしたかった。


 それに、陽架琉は知永生におんぶをしてもらうのが今でも好きだから。

 陽架琉は自分の気持ちと戦っているから、ご褒美をあげたくなったのだ。


「知永生、指名が来たから来い」


「了解」


 知永生は、教室に入って魂蔵とはイスの反対側に行ってしゃがんだ。


「陽架琉。おんぶは、学校を出たらにしような。俺が、家までおんぶしてやるから。じゃあ、じっちゃんと俺と帰ろうか」


「うん」


 陽架琉は、少し不服そうにしながらも最後には納得した。


「陽架琉くん、イスは先生が直します。そのままで、良いですよ」


「うん」


 陽架琉は、少しぶっきらぼうに言った。


「陽架琉、ワシがカバンを持ってやるからな」


「うん」


「先生に、さようならって言える? 」


「さようなら」


 陽架琉は、魂蔵に促されていつよりも投げやりに言った。


「手をつなぐの」


 陽架琉は、魂蔵と知永生の方に伸ばした。


「廊下を出てからのほうが良くないか? 」


 知永生は、教室の中から手をつないでドアを通るのは、なんとなく危なく思った。


「陽架琉。廊下に出たら、手をつなぐで良いか? 」


 魂蔵が、提案をした。陽架琉は、口をとがらせながら頷いた。


 三人は、廊下に出てから約束した通りに手をつないで、靴箱に向かった。


「陽架琉、お家に帰ったら良いことがあるからな」


 魂蔵が、明るく言った。


「そうなの? 」


 下を向いていた陽架琉は、魂蔵のほうを見て聞いた。


「そうだよ」  


 魂蔵が、優しい顔をして言った。


「陽架琉、なんだろうな」  


 知永生も、話に参加をした。


「たけしくん? 」

 

「たけしは、いつもいるだろう」

 

 魂蔵は、「ハハッ」と笑って言った。


「たけしくん? 」


「陽架琉にとっての良いことが、たけしオンリーなのか」


 魂蔵は、ため息をつきながら言った。それは、良いようで悪いような感じがしたからだ。


「たけしが知ったら、うざいぐらいに喜ぶよ」


「想像がつくよ」


 知永生の言葉に、魂蔵は少しげんなりとした。


「「たけし、じゃないよ」」 


 知永生と魂蔵は、声を揃えて言った。


「そうなの? 」


 陽架琉は、不思議そうにして言った。


「うん」


 知永生が、言った。


「なんだろうな」


 魂蔵が、言った。


 二人は、会話をしながらでもするべきことをした。

 靴箱で先に自分たちの靴を素早く履いてから、陽架琉を座らせて靴を履かせた。そして、立ち上がらせることもしていた。


 陽架琉が、調子悪い時は出来る限り甘やかせている。

 出来ることはしてもらうこともあるけど、不安定すぎるとケガをすることがあるからだ。

 

「手をつないで」


「うん、繋ごうか」


 先に、陽架琉は知永生と手を繋いだ。


「陽架琉、手をつなぐけど。ちょっと、待って。じいちゃん、カバンを持ちやすくするからな」


「うん」


 陽架琉は、ムスッとした顔をする。


「お待たせ、手をつなぐぞ」 


 魂蔵は、カバンのショルダー部分を素早く調整をして肩に掛け直してから言った。


「うん」


 陽架琉は、そう返事をして魂蔵と手を繋いだ。


 三人は、校門を出る直前に手をつなぐのをやめることにした。

 それは知永生が、陽架琉をおんぶをするためだった。


「いやなの」


 陽架琉の頭のなかは、自分が気になることや印象に残ることが良し悪し関係なくあふれていく。

 そして、時と場合が関係なく、言葉が口から自然と出てしまうのだ。


「陽架琉、いやなことがあったんだな」


 魂蔵は、二人の後ろを歩きながら言った。


「「いやなの」を教えてくれて、ありがとうな」


 魂蔵は、出来る限り明るく言った。


「陽架琉が、言えそうだなって思ったらな。家族の誰でも良いから。教えて欲しいな。そうだよな、知永生」


「おう。陽架琉は、俺たちが「いやなの」っと思わないかなって気にしてるかもだけど。俺たち家族は、一緒に「いやなの」に立ち向かいたいんだ」


「気にしなくて、良いからな」


「うん」


 陽架琉は、知永生の背中に揺られながら空から頑張れるパワーをもらっていた。


 学校と家の間のちょうど半分ぐらいの距離になった時のこと。


「じっちゃん」


 知永生が、小声で魂蔵を呼んだ。


「どうした? 」


「陽架琉、寝たかも」


 知永生は、さっきよりも背中の重みを感じた。


「そうか……」


 魂蔵は、陽架琉の顔が見れる方に移動をして見た。


「寝てるな」


「やっぱりか。降ろす時に、気をつけないとな」


「まあ、今日は助っ人になりそうなのがいるから」


「「なんとかなるか」」


 二人は、同時に他人事のように言った。


13


 三人が、空から頑張れるパワーをもらいながら帰路についた。


「「ただいま」」


 魂蔵と知永生は、小さな声で言って玄関に入った。


「おかえりなさい」


 たけしが、お出迎えに来た。


「陽架琉くん、かわいい」


 たけしは、寝ている陽架琉を見て言った。


「たけし、陽架琉の靴を脱がしてやれ」


 魂蔵は、呆れた顔しながら指示をした。


「は〜い」


 たけしは、うれしそうに陽架琉の靴を脱がした。


「知永生、さすがに疲れただろ」


「まぁな、筋トレになるよ」


「知永生くん、明日は筋肉痛確定ですかね」


「たぶん? 」


 知永生は、小さく「ハハッ」と笑った。


「魂蔵さん、騒がしいけど。大丈夫? 」


 居間から、一人の男性が出てきた。


「椿(つばき)、ただいま」


「おかえりなさい」


 陽架琉の叔父の椿が、サプライズで帰国をしていた。


「ちょうど良かった。陽架琉を布団に寝かしたいから手伝ってくれ」


「うん。分かった」


 椿は、快く引き受けた。


「布団なら、もう敷いてますよ」


「たけし、助かるよ」


 魂蔵が、言った。


「一旦、座って良い? 」


 知永生が、そう聞いた。


「あぁ、そうだな。椿は、知永生の補助をしてやれ」


「分かった」


 知永生は、一度座ってから靴を脱いだ。そして、みんなの協力のもと、陽架琉を布団に無事に寝かせることに成功をした。


「僕が、陽架琉くんの隣でいるので安心してください」


 たけしは、ニコリと笑う。


「たけし、疲れてるな」


「リラックスをしてこい」


 魂蔵と知永生は、そう言った。寝る部屋の戸を閉めた。


 

 三人は、居間に戻った。


「椿、せっかく遠くから来てくれたのに、タイミングが悪くてすまない」


「魂蔵さんが、謝ることないよ。知永生くんと二人で、学校に行く前に軽く状況を教えてくれたでしょ。それで、俺は心配になっただけ」  


 椿は、二人が陽架琉の迎えに行く前の学校からの電話の内容を聞いていた。

 実は、この日の前日には既に帰国をしている。時差ボケもあったので、宮本工務店の客室に泊まっていたのだ。


 陽架琉が、この日に学校から帰った時にサプライズで会えるようにと計画をしていた。


「学校からは、明日ぐらいに今回のことを聞くことになってるけど。陽架琉が(・)、心配だな」


 知永生が、そう言った。そして、ペットボトルのお茶を飲んだ。


「俺は、陽架琉くんも(・)心配だけど」


 椿は、そう言って魂蔵と知永生の顔を観る。


「「ん? 」」


「陽架琉くんを心配する、二人の心(・)も心配だよ。今回は、俺が来てよかったよ」


 椿は、少し顔が引きつってた。海外に住む椿は、日本に住む家族に笑顔で会えるのを楽しみにしていた。 

 それが、今回の学校での問題があって、複雑な心境にさせられた。


 椿は自分がいない状況で、また倉西家がつらい思いをしてるのをあとから聞くことが、どうしても多かった。

 だから、椿は今回もそうじゃなくて良かったとは想った。


 そして、椿は自分がいない状況で陽架琉が苦しんでいるのを観て、さらに苦しむ魂蔵たちがやっぱり心配になった。


「今回は、長めに日本にいれるから。俺もいるから安心して頼ってよ」


「そうだな。椿は、長めの休暇を日本で過ごす予定だった」


 魂蔵が、思い出したかのように言った。


「椿さん、向こうに家族を残して大丈夫なの? 」


「うん。奥さんが、「こっちは良いから、日本にいる家族と過ごせ」って」


 椿曰く、奥さんは少しツンがある優しい女性らしい。


「それと、奥さんがね」


 椿は、優しい笑顔をしている。



『私と子供たちまで日本に行ったら、気を使わせるでしょ。私と子供たちは、仕事や学校もあるから調整するのが大変なの。あなたが、一人で日本に帰ってる間に、こっちは優雅に過ごさせてもらいます』



「って、言ってたから。魂蔵さんたちが、気にしなくて良いよ」


 椿は、奥さんのモノマネを交えながら言った。


「椿の奥さんとは、何回か会ったりビデオ電話で話したりしたが。良い性格してるよな」


「うん。そうでしょ。さっきのことを、すごく早口で言いながらも、荷造りを手伝ってくれたよ」


「椿さんが、楽しそうなら良いのか」


 知永生が、楽しそうな椿を観て言った。


「陽架琉くんが、遅めのお昼寝から起きて。俺を見た時の反応を楽しみにしてるよ」


 椿は、ニコッとして笑う。



 魂蔵は、今に飾っている亡き家族たちの写真を観てからため息をついた。


「陽架琉は、これからもたくさんの試練があるんだな」


 魂蔵は、苦しそうに言った。


「陽架琉は、悪くないんだ。悪いのは……」


「「犯人だ」」


「魂蔵さんも陽架琉くんたちが、悪いわけじゃないんだ。どこの誰かも分からない犯人が、今も犯行を繰り返してるのが悪いんだ」


 二人は、魂蔵があのひ(・)のことを今でも後悔しているのを知っていた。


『陽架琉以外にも、この家に泊めていれば良かった』


『陽架琉が寂しがってるからと、あの家にいけば悲劇に早く気がついたかもしれない。そうしたら、家族を助けることが出来たんじゃないか』


『陽架琉が、一人だけ生き延びることにならなかったのかもしれない』


 と、魂蔵が残された陽架琉を想って苦しんでることを知っている。 

 

『そうしたら、あのひ(・)、誰かをとてつもなく悲しませる死が起こらないんじゃなかったのか』


 それが、魂蔵の頭の中であのひ(・)から十年経っても離れてくれない。


 魂蔵は、自分が見えない人生の分岐点を進んだせいで家族を亡くしたんだと思い込んでいる。


 今日も陽架琉が苦しむことになったのは、結(・)果(・)的(・)に自分が悪いせいなんだと想ってるから。


 だから知永生と椿は、魂蔵が言い終わる前に被せて否定するように悪いのは『犯人だ』と言ったのだった。



 もしも、時を巡れるなら、あのひ(・)の事件が起こる前に戻ろう。

 そして、あの家にいる倉西純、すみれ、竜輝、あおいを連れ出そう。


 そして、笑顔でこう言うんだ。

 

『みんな、無事で良かった。家が燃えるだけで良かった』


 と、魂蔵たちはあの日ひ(・)から、十年以上経っても、そう想い続けている。



14

 

 陽架琉たちが家に帰って、一時間半が経った頃。


「じいちゃん〜? 」


 陽架琉が、目を覚まして部屋の戸を少しだけ開けて、魂蔵を呼んだ。 


「は〜い。陽架琉、今行くからな」


 魂蔵は、陽架琉に聞こえるように大声で言った。そして、椿に目配せをしたてから部屋に向かった。


 目を覚ました陽架琉は、部屋の中でたけしと何かを話してる声が、廊下まで微かに聞こえた。

 たぶん、たけしが陽架琉にこの部屋にいることを説明してるのだろう。



「陽架琉、たけし。開けるぞ」


 魂蔵がそう言って、返事を待たずに戸が開けて部屋に入った。


「あれ? 」


 陽架琉は、魂蔵の後ろにいる人物をみて首を傾げた。


「陽架琉くん。俺のことが、分かるかな? 」


 椿は、陽架琉の視線に合うようにしゃがんでそう言った。


「椿くん? 」


「そうだよ」


 椿は、ニコリと笑う。


「なんで、いるの? 」


 当然、何も知らない陽架琉は不思議そうに聞いた。


「陽架琉くんと魂蔵さんたちに、会いに来たんだよ」


「やった〜! 」


 陽架琉は、ニコニコとしながら言った。


「陽架琉くんに、たくさんプレゼントを持ってきたらね。居間で、一緒に開けようか」


「うん〜! 」


 大人たちは、陽架琉が元気そうな様子を見て安心をした。

 学校に迎えに行ったとき、辛そうにしてるのが心配だったからだ。


 陽架琉は、学校で起こったことを忘れたのか、テンションが高かった。


 椿からのお土産をもらったり、いつよりも豪華な晩ごはんを食べたりして、満足に過ごしていた。


15


 もう、良い子は寝る時間になった頃のことだ。


 陽架琉は、「椿くんと寝るの」と宣言をした。その言葉に、大人たちは驚きながらも願いを叶えることにしたのだ。


 この日は、陽架琉をめいっぱい甘えさせて、久しぶりの椿と過ごさせてあげたかったからだ。


 陽架琉の部屋に客用の布団を一組敷いて、椿が寝ることになった。魂蔵は、自分の部屋で寝ることにした。


「明日は、学校休みなの」


 陽架琉は、寝る時に布団の中でそう言った。


「どうして? 」


 魂蔵は、陽架琉の勉強机の付属のイスに座って、冷静に聞いた。学校は、平日だから普通にある。


「椿くんと、遊ぶの」


 陽架琉の声は、話の内容と違って少しつらそうだった。


「陽架琉くん。俺と遊ぶの? 」


「うん」


 魂蔵と椿は、陽架琉に気が付かれないように視線を交わす。


「何して、遊ぼうかな? 」

 

 椿は、優しく聞いた。


「水族館と遊園地」


「良いね!」


 椿は、陽架琉の話しを否定せずに受け答えをする。


「確か、最寄りの駅から一つ行ったところの近くの遊園地がリニューアルしてたな。今度、行こうかって話してたんだった」


 魂蔵が、助け舟を出した。


「そうなんだ〜!陽架琉くん、水族館はまた今度にして、遊園地に行ってみたいね」


「そうでしょ? 」


 陽架琉は、ニコリとして言った。


「良し、行ってみるか」


 魂蔵は、明るく言った。今日のことを、陽架琉はやっぱり気にしている。

 明日になって、無理やり学校に連れて行くことはしたくなかった。


 小学校の時のように、学校に行くハードルを高くしたくないからだ。


 それに、今の中学校はあおいの時よりも教師がしっかりしていて、適切な対応をしてくれると思っている。


 今は、陽架琉をリフレッシュさせるほうが良い。せっかく海外から戻って来た椿がいるから、一緒に過ごす時間を作ろうと思った。


「陽架琉、明日は学校を休みにしようか。でも、遊園地には、お昼からにしような」


 魂蔵は、陽架琉に分かるように見通しを立てた。


「うん」


「じいちゃんも、宮本工務店や他にも用事があるんだ。知永生やたけしも行くって、言い出すかもしれんからな」


「陽架琉くん。午前中に宿題をしてから、遊園地に行く準備をしっかりして、一緒に遊ぼうね」


 椿は、事前に陽架琉の宿題について魂蔵たちから聞いていた。


「うん〜! 」


 椿の声かけに、陽架琉は笑顔になった。


「陽架琉。ほら、明日の楽しみのために早く寝るぞ」


「うん」


 魂蔵は、陽架琉が寝るまで側にいた。


 そして、椿には陽架琉が夜に起きて荒れる時の対処を事前に伝えているので、今夜は任せることにした。


「椿、何かあったら。起こしてくれて構わないから」


 魂蔵と陽架琉の部屋は近いので、すぐに助けを伝えることが出来る。


「分かったよ。俺に、出来ることはするから。魂蔵さんは、ゆっくり身体を休めたら良いよ」


「ありがとう。おやすみ」


「おやすみ」


 二人は、小声で話をしたのだった。


16


 魂蔵は、陽架琉の部屋を出ると二階に行った。たけしの部屋は、まだ明かりが付いて声が漏れ聞こえていた。


「二人とも、入るぞ」


「はい、どうぞ」


 たけしが、受け答えをした。


「じっちゃん、何かありましたか? 」


 たけしが、ドアの所に行って出迎えた。


「まぁな」


 魂蔵は、たけしの後ろに広がる紙の束を見てため息をついた。


「忙しいなら、いいか」


 魂蔵は、ドアを閉めようとした。


「大丈夫ですよ。知永生くんが、片付けてるだけなので」


「た・け・し? 」


 たけしの後ろにいる知永生の声は、ドスが聞いていた。


 知永生の声に、たけしはビビって固まった。


「知永生、隣の部屋で話をしていいか? 」


「おう」


「では、僕も……」


「たけしは、ここの片付けだ」


 知永生の言葉に、たけしはわざとらしく落胆をしていた。


 魂蔵と知永生は、隣は元々陽架琉の部屋だったところに移動をした。


「陽架琉が、明日は学校を休むと言い出してな」


 魂蔵は、知永生に事の経緯を話した。


「そうか。まぁ、俺も午後からなら休めるよ。じっちゃんは、元々陽架琉ことを優先にして仕事が出来るようにしてるから。午前にちょっと来て、職人たちに指示と相談に乗ってくれたら助かるよ」


 知永生は、少しずつ父親がしてる仕事を引き継いでいた。それで、魂蔵に業務の指示をした。


「分かった。工務店に行ったあとに、学校に行こうかと思う」


「先生から、話を聞くっていうこと? 」


「あぁ、実は夕方に電話がかかってきてな。明日、今回のことについて詳細を話す準備は出来るから。午前中にでも、来れる時間を教えてほしいと言われたんだ」 


「分かった。父さんには、俺から言っとくから。じっちゃんは、陽架琉のことに集中したら良いよ」


「助かるよ」


 魂蔵は、少し疲れた表情をしている。


「今回のは、やっぱり心にくるよな。じっちゃん、俺たちに出来ることはするから。いつでも言ってくれよ。今は、椿さんもいるからね」


 知永生は、目の前にいる魂蔵の心に寄り添った。


「じっちゃんも、遊園地を一緒に気晴らしに楽しもう」


「おう、そうするよ」


 二人は、「ハハッ 」と笑う。


「たけしは、どうする? 」


 魂蔵が、知永生に聞いた。


「なんとかさせるか……。たけしが、朝までに終わらせたら……。今(・)回(・)も(・)、修羅場で……」


 知永生は、ため息をついた。


「とりあえず、「陽架琉と遊園地に出かけたいなら、さっさと終わらせろ」って言ってくるわ」


「知永生も、苦労するな」


「じっちゃんほどでも、ないよ」


「フッ」


 魂蔵は、笑う。  


17


 その後、たけしを『陽架琉』で釣った結果は、効果抜群だった。


「知永生くん。ノルマ、達成」


 と、居間で寝ていた知永生のスマホに、メッセージが届いていたのだった。

 読んでいただき、ありがとうございます。



 僕は、過去に「イジメ」と言う犯罪で中学校の時に被害者になった。

 その時に、もしも「被害者を助けてくれる」担任と同級生がいたら、この傷はこんなに深くならなかったのだろうと思った。

 だから、この作品では、僕の理想の学校側の対応と同級生を描いてる。

 どうか、陽架琉の心を救ってくださいという願いを込めて。


 次回は、『時を巡れるなら』の後編。

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