第37話 面影を探して
陽架琉の体調が安定して、また中学校に登校するようになったある日のことだ。
陽架琉は、中学校でも支援級と普通級に在籍をしている。
この時は、二人の担任と陽架琉で放課後に面談をしていた。
「先生。僕、聞きたいことがあるんです」
陽架琉は、普通級の担任の方に向いて聞いた。
「僕のね。お兄ちゃんとお姉ちゃんのこと、知ってますか? 」
「知ってますよ」
陽架琉は、先生の言葉に安心した表情になった。
「陽架琉くんは、お兄ちゃんとお姉ちゃんの、どんなことが、聞きたいですか? 」
普通級の担任は、ゆっくりと区切りながらで聞いた。
「えっとね。怒らない? 」
陽架琉は、少し不安そうに聞いた。
「内容にもよるけど。話を聞いてから、考えてもいいかな? 」
普通級の担任は、言葉を選びながら聞いた。
「はい」
陽架琉は、安心したように返事をした。
「僕のね。お兄ちゃんとお姉ちゃんの席を知りたいの」
「「えっ?! 」」
二人の担任は、驚いた。それをみて、陽架琉が不安そうにしているのに気が付いた。
「不安にさせて、ごめんなさい」
陽架琉は、支援級の担任の言葉に頷いた。
「どうして、お兄ちゃんとお姉ちゃんの席を知りたいと思ったのか、教えてください」
普通級の担任が、そう言った。
「怒った? 」
陽架琉は、斜め左にいる支援の担任をチラッと見て言った。
「陽架琉くん、先生たちは怒ってないよ。陽架琉くんが、どうして、そう思ったのかなって、気になったんだ」
陽架琉は、正面にいる普通級の担任をみた。
「はい。そうです。陽架琉くんの話しやすい言葉で、教えてくれるかな? 」
「どうして、そう思ったのかな? 」
二人の担任は、優しい口調で陽架琉に聞いた。
「分かりました」
陽架琉は、深呼吸をしてから自分の言葉で伝えた。
「僕のお兄ちゃんとお姉ちゃんが、ここに行ってたって。じいちゃんたちに、教えてもらったの。それで、僕も自分の席があるからね。お兄ちゃんたちにもあるかなって、知りたくなったんだ」
陽架琉は、少し幼い話し方に戻った。普段は、学校ではたけしのマネをしていた。
教師たちは、マネッコをして年相応の話し方を頑張っているのを知っていたけど。
今回は、陽架琉が本来の話し方なら気楽に言えると思った。
「そうなんですね」
「それだったら、知りたくなる気持ちも分かりますね」
二人の担任は、陽架琉の言葉に賛同をした。
「だからね。教えてほしいの。それとね。お兄ちゃんたちが、ここでどんな感じにいたのかなって」
陽架琉は、興味と不安が混じえた声で言った。
「陽架琉くんは、二つのことが知りたいんだね。一つ目は、お兄ちゃんたちが教室でどの席を座ってたか。二つ目は、お兄ちゃんたちが、この学校でどんな感じに過ごしていたのか。この二つで、合ってるかな? 」
支援級の先生が、ゆっくりとした話し方で陽架琉に確認をした。
「うん。合ってるよ」
陽架琉は、ニコッと頷いて言った。
二人の担任は、合っていることに安心して頷いた。
そして、少し悩んでる顔をしてお互いを見てアイコンタクトをした。
「教えてくれるの、難しいの? 」
二人の担任を観て、陽架琉はまた不安そうに聞いた。
「今、この時間ではね。陽架琉くんのお兄ちゃんたちのことを伝えるのは、難しいかな」
普通級の担任が、言った。
「なんで〜? 」
陽架琉は、不満そうに口をとがらした。
「陽架琉くんは、先生から間違ったことを伝えたら嫌ですか? 」
支援級の担任が、言った。
「うん。嫌だよ」
「「先生たちも、嫌です」」
二人の担任は、ハモった。
陽架琉は、「先生も、僕と同じなんだな」と思って頷いた。
「陽架琉くんに、お兄ちゃんとお姉ちゃんのことで、間違えずに伝えれるように。先生たちは、準備をしますね」
支援級の担任が、安心させるように言った。
「また今度、お話をしても良いですか? 」
普通級の担任が、言った。
「うん、良いよ! 」
「陽架琉くんは、お兄ちゃんたちに似て優しいですね」
普通級の担任が、陽架琉から彼の兄たちの面影を感じた。
「ありがとう。僕は、家族に似たんだ〜! 」
陽架琉は、嬉しそうに言った。それを見た担任たちは、顔はにこやかでも心は複雑だった。
2
この二人は、竜輝とあおいが在学当時もこの学校で教師をしていた。
でも、二人とも受け持ちの生徒ではなかった。
だから、陽架琉が知りたい兄と姉についての情報を正確に分かりやすく伝えることが、今は難しかった。
魂蔵は、陽架琉が中学校に進学するにあたって、教師たちと何度も話し合いをして約束をした。
・陽架琉のことは、特別扱いをしない。
・陽架琉の意志を聞かずに、竜輝たちの話をしない。
・陽架琉のことで、トラブルや対応に困ることがあれば連絡をして欲しい。
約束の内容をざっくりまとめると、この三つになる。
通っている中学校側は、陽架琉の対応に他の生徒よりも困ることが多いので、この約束事はお互いに助かるものだった。
3
この日は、たけしが陽架琉のお迎えに来ていた。
陽架琉が、ひとりで家に帰れるが周りの心配があったからだ。
小学校の時は、陽架琉が想う家族のみんなで交代しながら送り迎えをしていた。
とりあえず半年ぐらい、陽架琉は誰かと一緒に中学校の登下校をすることにしている。
この日、魂蔵は学校から連絡をもらって、陽架琉のお迎えに行こうと思った。
しかし、たけしが「僕が、行く」といつも以上に頑なに譲らずに、強行突破して倉西家を出た。
たけしは中学校に着いて、受け付けで手続きをしてから支援級の教室に向かった。
この学校は、たけしも知永生も母校なので場所はだいたい分かっている。
たけしは、支援級の教室のドアをノックした。
「はい」
中から、支援級の担任が返事をした。
「先生、秋原です。陽架琉くんのお迎えに来ました」
「今、開けますね」
この教室は、支援級が使っている。
このクラスは、陽架琉と数人が利用しているが、それぞれ学校を休みながら登校をしていた。
陽架琉は、自分と教師だけの組み合わせの時は、なぜか鍵をかけるルーティンがあった。
支援級の担任は、席を立って教室のドアの鍵を解除してから開けた。
「ありがとうございます」
たけしが、爽やかにお礼を言った。そして、教室の中に入った。
「今日は、たけしくん、なんだ〜! 」
陽架琉はニコニコしながら、たけしに駆け寄った。
「僕ですよ。陽架琉くん、嬉しいですか? 」
「うん〜! 」
「かわいい〜 」
たけしは、いつものように陽架琉に癒されていた。
「ゴホッン」
普通級の担任が、わざとらしく咳をした。たけしは、眉間にシワを寄せた。
「何ですか? 」
「秋原、ここは家じゃないから。自分の世界に入るな」
「なんのことですか? 」
たけしの表情は穏やかでも、目の奥はそうではなかった。
「はぁ〜 」
普通級の担任は、ため息をついた。
「あっ、そうだ。陽架琉くん」
支援の担任が、何かに気がついて言った。
「どうしたの? 」
陽架琉は、支援級の担任のほうを見た。
「陽架琉くん、帰る前にトイレに行っておこうか」
「はーい」
「陽架琉くんとお手洗いに行ってきます」
「分かりました」
この教室には、普通級の担任とたけしの二人だけになった。
4
残った二人は、席に座って話をすることにした。
たけしは、肩にかけて持ってきていた小さなショルダーバックを空いてる隣の椅子に置いた。
「秋原、お前は在学してた当時から印象がだいぶ変わったな」
「先生、老けましたね」
たけしは、さっきの陽架琉で癒されていたのをこの教師に邪魔されてたのを根に持っていた。
「先生も、年をとるからな」
普通級の担任は、「ハハッ」と笑う。
「先生は、秋原が書いた小説はを全部持ってるよ」
普通級の担任は、優しそうでどこかたけしに対して誇らしそうに言った。
「ありがとうございます」
たけしは、素直にお礼を言った。
「まぁ、本題なんだか」
普通級の担任は、深呼吸をした。
「はい」
たけしは、急に支援級の担任が陽架琉を教室の外に連れ出した時から、何かあるなと思っていた。
「さっき、陽架琉くんと面談をしててな。その時に、陽架琉くんが、竜輝くんとあおいさんのことを知りたがってることが分かってな」
「えっ? 」
「あっ、言っておくが。先生たちから聞いてなくてな。陽架琉くんが、自分で先生たちに不安そうに話してくれてたんだ」
「そうなんですね」
「あぁ。陽架琉くんには、また今度話をするってことで、納得をしてもらえた」
「分かりました」
たけしは、ホッとため息をついた。
「今日って、魂蔵さんと電話で話せそうか? 」
「じっちゃんなら、家にいるので話せると思いますよ」
「教えてくれてありがとう。面談での詳細を今日中に、お伝えしようと思ってたんだ。電話のタイミングは、合わせれると伝えてほしい」
「今のうちに、じっちゃんに連絡しますね」
「ありがとう」
たけしは魂蔵に電話をかけて、担任が電話で話したいことがあるのを伝えて了承をもらった。
「じっちゃんから、「たけしと陽架琉くんが学校を出てから、かけてくれると助かる」と伝言を預かりました」
「ありがとう。助かった」
「僕は、たいしたことをしてませんから」
たけしは、うつむいて言った。
普通級の担任は、その様子を観て心配して、あることを思い出すかのように話しだした。
「在学してた頃の秋原は、どこか苦しそうにしていた。それが、先生は心配だったんだ」
「そうだったんですね」
たけしは、ポツリと言った。
「先生は、三年の時の秋原の教科担任での関わりしか無かったから。どう、声をかけていいか分からなくてな」
普通級の担任の脳裏には、当時のどこか苦しそうにしていたたけしの表情が浮かんだ。
彼は、たけしの家庭環境を他の教師たちが話しているのを聞いたことがあった。
「秋原の隣には、不良と言われてる宮本と一年の竜輝くんがいたから。先生は、安心したんだ。孤独でないんだと」
担任は、廊下や休み時間に知永生と竜輝がたけしを挟んでいる姿を何度も見ていた。
その様子はとても楽しそうで、これがずっと続けば良いのにと思った。
「竜輝くんとあおいさんが亡くなったと聞いた時は……。先生は、すごくショックを受けたよ。そして、秋原と宮本は大丈夫なのかって、すごく心配しててな」
普通級の担任の声は、少し震えていた。
「僕は、ずっと先生に心配かけてますね」
たけしは、うつむいたまま言った。
「先生と生徒は、そういうもんだよ。先生は、生徒を心配して、寄り添って、問題が互いに良い方向に解決出来るようにしていく。一緒に、成長をしていくもんだよ。一定数の教師は、そうはいかないこともあるけど」
この担任は、あおいが被害にあって問題になったことも知っていた。
「秋原や宮本が、今こうやって陽架琉くんと苦しいこともあると思うけど。楽しくて、幸せそうに生きてくれてるのが嬉しいんだよ」
たけしは、普通級の担任の言葉で顔をあげた。
「そう言ってくれると、僕たちは嬉しいです」
二人は、優しい顔をしていた。
5
たけしは、教室の時計を見た。
「あれ?陽架琉くん、遅くないですか? 」
トイレに行ったにしては、戻ってくるのに時間がかかっていた。
「ちょっと、行ってみるか」
普通級の担任は、何か予想がついていたようで、教室を出た。
「えっ? 」
たけしは、驚きながらもあとに続いた。
普通級の担任の後を、たけしは黙ってついて行った。
「陽架琉くん。もう、教室に戻ろうか」
教室から少し離れた渡り廊下の奥から、支援級の担任の声が聞こえた。
「あっ、先生と秋原さん。すみません。お待たせしてますよね」
支援級の担任が、二人に気がついて言った。
「陽架琉くんが、トイレから戻って急に逆方に進んでしまって。ご覧のように、お空を見てます」
「ご迷惑をおかけします」
たけしは、謝った。
「謝らなくて良いですよ。陽架琉くんの中にある、大切なルーティンですから」
陽架琉は、学校でどこかの部屋から出ると窓のほうに行って空を見に行っていた。
小学校では、あまりしていないルーティンが中学生になってから頻繁にするようになった。
そのせいで授業に遅刻をすることもあるので、教師が優しい口調で必死に注意をそらしていた。
「陽架琉くんは、空をみて頑張れるパワーをもらってるんです。陽架琉くんは、中学校ではパワーが切れやすいのかもしれませんね」
たけしは、陽架琉を観ながら言った。
「魂蔵さんから、そのことを聞いているよ。先生たちも、陽架琉くんのパワーが切れないようにと、色々と考えてるんだ」
普通級の担任が、そう言った。
「陽架琉くんは、入学してもなかなか中学校に慣れてないから。ガス欠に、なりやすいのかなって思います。また、魂蔵さんにどういう風にしたら良いかを、もう少し経ってから相談をしようと考えてます」
支援級の担任が、そう言った。
「分かりました。そのことも、じっちゃんに軽く伝えておきますね」
「ありがとうございます」
支援級の担任が、そう言った。
「秋原、先生たちが二人の荷物を取ってくるから。ここ、任せても良いか? 」
「分かりました。ありがとうございます」
担任たちは、教室に戻った。
二人は、陽架琉のために気を利かしたのもある。
6
「陽架琉くん。空、きれいだね」
たけしは、自分の世界にいる陽架琉の横に座って、視線の高さを合わせる。
そして、手や腕を優しくちょんちょんと何度か触る。
「陽架琉くん」
たけしは、もう一度だけ陽架琉に話しかけた。
「たけしくん? 」
陽架琉は、たけしの方を見た。
「陽架琉くん、そろそろお家に帰りましょうか? 」
「帰ろうか」
陽架琉は、つぶやくように言った。彼は、まだ自分の世界からは完全に戻ってきていなかった。
「はい。帰りましょう。空も、帰り道にたくさん見ましょう」
たけしは、陽架琉に手を差し出した。
「うん。そうしようか」
陽架琉は自分の世界から完全に戻って、たけしの手を握った。
ちょうど、その頃に担任たちが戻ってきた。
「二人とも、カバンを持ってきたよ」
支援級の担任が、二人にそれぞれのカバンを手渡した。
たけしは、カバンを受ける時にお礼を言っていた。
「ほら、暗くなる前に、そろそろ帰りなさい」
普通級の担任が、二人に言った。
「先生、ありがとうございます」
陽架琉は、お礼を言った。さっき、たけしが言っていたのでマネてみた。
「陽架琉くんは、素直にお礼を言えてすごいね」
支援級の担任が、笑顔で言った。
「えへへ! 」
陽架琉は、嬉しそうに笑った。彼は、中学生でもまだ心は幼い子供だ。
「陽架琉くん、先生たちにさようならを一緒に言いましょう」
たけしは、陽架琉に挨拶をするようにうながした。
「「先生、さようなら」」
二人は、声を揃えて言った。
「さようなら、また明日」
支援級の担任が、手を振りながら言った。
「さようなら。陽架琉くん、秋原と一緒気をつけて帰るんだぞ」
普通級の担任が、言った。
「はーい!」
陽架琉は、元気に二人の担任に手を振ったのだった。
たけしは、陽架琉に見せる表情はいつもと変わらずに笑顔である。
でも、心の中ではとても複雑になっていた。そうならなくても良いのに。
7
普通級の担任は、二人が帰ったあとに魂蔵の携帯に電話をかけた。
陽架琉が面談で、『同じ中学校に通っていた竜輝とあおい』のことが知りたいと、自分から不安そうに言ったことを伝えた。
「先生たちが、良かったらでいいんですが……」
魂蔵は、少し考え込んでからまた話しだした。
「陽架琉に、竜輝とあおいの在学最後のクラスの席を教えてあげてください」
「分かりました」
「二人の写真が学校に残ってたら、陽架琉に見せてやってください。当時を知る教師の方がいたら、話しを聞かせてあげてください」
「分かりました」
普通級の担任は、電話越しで魂蔵が深呼吸をしているのを聞いていた。
「その時に、こちらで気をつけて欲しいところがあれば対応するので、教えていただけますでしょうか? 」
魂蔵は、また考え込んだ。
「竜輝は、在学当時は不器用がゆえに少し問題を起こしてたことは聞いてるので。詳しい内容は、言わずに言って欲しいです」
魂蔵が言っている問題の一つは、竜輝が登校途中に行方不明になったことだ。
竜輝は、登校途中で行方不明になっていた人を探して家に送り届けた。
でも、それを自分から学校や家族には説明をしなかった。
竜輝は、思春期なのと自分の言葉を伝えるのが苦手なところがあって、不器用なりに恥ずかしさもあって『当たり前の事をしたとしか言いたくない』と言ったのだ。
そして、魂蔵は純たちから竜輝の学生生活のことを聞いていた。
竜輝の不器用なところが原因で、何度かトラブルにもなったことがある。
その度、言葉のすり合わせをしてきたことがあった。
「分かりました。では、竜輝くんについては「不器用なところもあって、すれ違いがあったこともあるけど。竜輝くんは、優しいところがたくさんある」ということを話しの中にいれるように伝えておきます」
「ありがとうございます」
「あおいさんについては……」
魂蔵は、担任が悩んでるのを察した。
「あおいについては、被害にあったことの詳細を伝えないで欲しいです。つらいこともあったけど。自分の好きなことがあって、ひたむきに頑張っていた。つらいときは、助けを求める強さがある。長いかもしれんが、そういうことを伝えてくれると助かる」
「分かりました。魂蔵さんにお聞きしたことや優しいところがあることも話しの中にいれるように伝えておきます」
「お手数をおかけします」
魂蔵と担任は、深呼吸をした。
「我々教師一同は、陽架琉くんのごきょうだいにたいして今後も向き合わなくてはならないです。だから、気にしなくて構いません」
「そうか」
魂蔵は、担任の言葉に少し複雑に思った。
「あっ、一つ気になるんだが」
魂蔵は、普通級の担任の言葉出来になることを聞くことにした。
「何でしょうか? 」
普通級の担任は、自分の対応が悪かったのかと少し不安になっていた。
「先生は、先程から竜輝とあおいについて話す時に優しいという言葉を頻繁に使ってました。それは、なぜですか? 」
「それは、放課後に陽架琉くんと面談をした時にですね」
担任は、陽架琉がお兄ちゃんたちに似て優しいことを褒められて嬉しそうに言った言葉について話した。
「そうか。陽架琉が、そう言ってたんだな」
魂蔵と担任は、いくつか話をしてから電話を終えた。
少し時が経って、陽架琉とたけしが元気に家に帰ってきた。
8
後日、学校側は陽架琉に『在学当時の竜輝とあおいの席や学校で様子』について、放課後に話しをする場を設けた。
教師たちは、事前に魂蔵と打ち合わせをしていた。陽架琉が、つらくならないようにと考えながらゆっくりと話をした。
竜輝とあおいのそれぞれの教室にいって当時使っていた机とイスを用意した。
そして実際に、陽架琉にその席を使ってもらった。
学校は、二人が実際に使っていた当時の机とイスを大切に保管をしていた。
事件が解決するまでは、誰にも使わせないという学校側の覚悟だ。
この時間のために、現在の在学生の机とイスを一旦廊下に移動をさせて、竜輝とあおいがそれぞれ使っていたモノを教室に設置した。
机の中には、今回のために用意した竜輝とあおいの写真やメッセージを書いたアルバムを入れていた。
陽架琉が、二人のそれぞれの教室に行って席についてから見れるようにと、教師たちが準備をしたのだ。
教師たちは、陽架琉にあおいがいた教室でその席にいる時は、魂蔵と打ち合わせをしたことも入れ込んで彼女の話をした。
そして、竜輝のことも同じように伝えたのだった。
教師たちは、この時に改めて竜輝とあおいのあることに気がついてしまったのだ。
陽架琉は、二人の担任と支援級の教室に戻った。
「陽架琉くん、お疲れ様。今日は、陽架琉くんのお兄ちゃんとお姉ちゃんの話が聞けてどうだったかな? 」
支援級の担任が、聞いた。
「ちょっと、分かんないことがあったけどね」
陽架琉の声は、少し震えていた。それを教師たちは、心配した。
「でもね。僕のお兄ちゃんとお姉ちゃんのこと、たくさん知れて良かったよ」
「そう言ってくれると、先生たちも嬉しいよ」
支援級の担任が、そう言った。
「僕ね。今日は、ずっとドキドキしてたんだ」
「そうなの? 」
「うん。だって、僕ね。あまりお兄ちゃんとお姉ちゃんのこと、分かんないの」
担任たちは、その言葉にドキッとした。
陽架琉は、あのひの当時は三才だった。兄たちのことは、ものごころがつく前であまり覚えれてなかった。
「今日ね。お兄ちゃんとお姉ちゃんのこと、たくさん知れて良かったよ」
陽架琉は、またそう言った。
「そうなんだね。先生たちも、そう言ってくれると嬉しいよ」
支援級の担任が、そう言った。
「先生たちも、ドキドキしてたんだ」
普通級の担任が、そう言った。
「そうなの? 」
「そうだよ。陽架琉くんのお兄ちゃんの竜輝くんとお姉ちゃんのあおいさんのことをね。どうしたら、分かりやすく伝えれるかなって。先生たちは悩んで、たくさん相談してね。そして、さっき陽架琉くんに伝えたんだ」
「ドキドキしたってこと? 」
陽架琉は、普通級の担任の言葉は全部理解するのが出来なかった。
でも、「ドキドキした」ということは分かったのだ。
「そうだよ」
普通級の担任の言葉に、支援級の担任は頷いた。
「先生。この本、もらっていいですか? 」
陽架琉は、大切に竜輝とあおいのことをまとめた二冊のアルバムを持って聞いた。
「はい。陽架琉くんのために作ったので、もらってください」
支援級の担任が、そう言った。
「ありがとうございます! 」
陽架琉は、ニコリと笑った。
それを見た担任たちは、心の底から安心した。
9
この日の迎えは、魂蔵と知永生とたけしで、一同は靴箱前の廊下で合流をしたのだ。
「大勢で、すみません。こいつらが、一緒に行くってしつこくて」
魂蔵は、申しわけなさそうに言った。
「大丈夫ですよ」
支援級の担任は、そう言った。
「陽架琉くん、ニコニコでかわいい」
たけしは、相変わらず陽架琉で癒されようとしていた。
「たけし、ここは学校だから。黙れ」
知永生は、たけしを叱る。そして、たけしは少し不満そうだった。
「これね、先生たちがドキドキしながら作ってくれたの! 」
陽架琉は、無邪気な笑顔で言った。その手には、二冊のアルバムが抱え込むように握られていた。
「「「えっ? 」」」
どういうことか分かってない三人は、驚いた。
「陽架琉くん、それだけだと少し語弊があるぞ」
すかさず、普通級の担任が言った。陽架琉は、ポカンとしてる。
「陽架琉くん。お家に帰ったら、一緒に言葉の意味を辞書で調べてみましょう。言葉って、たくさんの意味がありますからね」
たけしが、助け舟を出した。陽架琉は、頷いた。
「詳しいことは、陽架琉くんのファイルに入れているプリントで確認してください」
「分かりました」
陽架琉と知永生とたけしは、靴箱のところで話をしている。
10
「魂蔵さん、すみません。少し、こちらで話をしても良いですか? 」
支援級の先生が、小声で言った。
「はい」
二人の担任と魂蔵は、陽架琉たちが見える位置に行って小声で話をした。
魂蔵は、廊下の壁にもたれるように陽架琉たちの様子を見ていた。
「陽架琉くん、その本をカバンに片付けましょう」
「嫌! 」
「陽架琉。カバンに入れないと、落としたりぐちゃぐちゃになったりするかもしれないぞ」
「知永生くんの言う通りですよ。陽架琉くんが、転んで怪我をするかもしれません」
「陽架琉、どうしようか」
「入れるね」
担任たちは、三人の様子を見て感心した。
「二人は、すごいですね」
普通級の担任が、そう言った。
「知永生たちは、あのひからずっと、陽架琉の隣にいた。どう言ったら、陽架琉が指示通りにするかをわかってんだ。陽架琉も陽架琉で、どう言う風に言われたら、しなければならないが分かってる」
魂蔵は、ため息をついた。そして、二人の担任に本音を話すことをした。
「二人はな、いや、ワシもだな。陽架琉を見てあの子たちの面影を探している。それとあの子たちなら、陽架琉にはこういう言動をするだろうと、想って意識をしてることもあるよ」
「素敵な家族ですね」
支援級の担任が言った。その隣で、普通級と担任が同意するように頷いた。
「今日は、ワシたちもドキドキしたが。陽架琉が、今のところ笑顔なのが安心してんだ」
魂蔵は、ホッとため息をついた。
「夜に、特に寝てる時が陽架琉は荒れやすいからな。様子をみとくよ。明日は、様子を見て登校するか考えます」
「魂蔵さんなら、大丈夫ですよ」
普通級の担任が言った。その言葉に、魂蔵は驚いていた。
「魂蔵さんは、昔から不良や心に傷を負った子供たちを見つけては、程よい距離で接して見守ってきたじゃないですか。自分たちも、助けられました」
支援級の担任は、同意をするように頷いた。
「そう言ってくれると、助かるよ。まさか、二人が教師になってるとは思わなかったよ。陽架琉を、よろしく頼むよ」
普通級の担任は、学生時代にヤンチャをしていた。魂蔵は、学校外でその様子を見て叱ったり話を聞いたりしていたのだ。
支援級の担任は、学校の登下校中にあることで悩んでいる時に、何かを感じたの魂蔵が彼の命を助けたことがある。
二人は、学生時代に出会った魂蔵に恩を感じて、子供の心に寄り添って誰かを助けたいと思って教師になった。
それもあって、二人は今でも「魂蔵さん」と呼んでいる。
「魂蔵さん、竜輝くんの合唱の動画が残ってました」
普通級の担任は、そう言った。
「えっ? 」
魂蔵の瞳は、信じられないと揺れ動いていた。
「その動画のデータを、陽架琉くんに見てもらってます」
「どうだった? 」
魂蔵の声は、動揺と不安が混じっていた。
「喜んでましたよ。お兄ちゃんだって、手を振ってました」
支援級の担任は、安心させるように言った。
「竜輝くんは、三年まで在学をしてたので動画や写真はかなり残ってました。でも、あおいさんは、一年生の途中までなので少なかったです」
普通級の担任が、残念そうに言った。
教師たちが改めて、竜輝とあおいについて気がついたことがある。
それは、二人がこの学校で過ごした時間に違いがあって、あおいが本来体験するはずだった思い出や記録があまりにも少なかったことだ。
「それは、しょうがないな」
魂蔵の声は、少し涙が混じっていた。
「こちらは、陽架琉くんにもお見せした動画と写真をコピーをしたデータを入れてます。受け取ってください」
普通級の担任は、魂蔵にUSBを差し出した。
「良いのか? 」
「はい。校長には、許可を取ってますから。気にせずに受け取ってください」
普通級の担任が学校側が、今の魂蔵に出来ることをした。
「ありがとうございます」
魂蔵は、震える手でUSBを受け取った。そして、陽架琉たちにバレないように涙を拭った。
「じっちゃん! 」
「なんだ? 」
魂蔵は、前を向いた。
「陽架琉が、もう帰るって」
「分かった」
陽架琉は、知永生の手を握って引っ張っていた。それを見た魂蔵は、小さくため息をついた。
「陽架琉、そこからで良いから。先生たちに帰りのあいさつをしなさい」
「先生、さようなら! 」
「さようなら、また明日ね」
「さようなら。気をつけて帰りなさい」
「はーい! 」
陽架琉は、片方の手で振った。
11
陽架琉たちは、中学校でて帰路を歩いていた。
「あのね。帰ったら、お兄ちゃんとお姉ちゃんの本をみようね」
陽架琉は、ニコニコしながら言った。
「おう。竜輝とあおいちゃんの写真を見ような」
「うん! 」
陽架琉は、知永生と手をつないで歩いている。
「知永生くんとたけしくんもいるよ! 」
「えっ?どういうこと? 」
その少し後ろで、魂蔵とたけしが並んで歩いている。
「陽架琉くん、よかったですね」
たけしは、陽架琉の様子に安心をしていた。
「そうだな」
「じっちゃん、大丈夫ですか? 」
たけしは、魂蔵の様子に心配をした。
「ん? 」
魂蔵は、少し隠そうと思っていた。
「さっき、靴箱のところから様子が変でしたので」
でも、やっぱりたけしには隠せないとすぐに思い直した。
「あぁ。先生からな、竜輝の動画と陽架琉が持ってる本のデータをもらった」
「えっ? 」
たけしは、なぜがそのことに泣きたくなった。
「竜輝の動画は、ほとんど、あっちの家にあったからあんまり残ってなくてな。陽架琉が、それを見て喜んでたんだって。あおいのは、無くてな。なんだか、喜んで良いのか、悲しんでいいのか分からないんだ」
魂蔵は、複雑な心境をたけしに明かした。
「無理だと思いますが、複雑に考えなくてもいいんですよ」
たけしは、深呼吸をした。
「なんでだ? 」
「陽架琉くんが、こうやって喜んでいるからですよ」
「確かに、そうだな」
二人は、自分たちの前を楽しそうに歩く陽架琉を観て言った。
12
家に帰ってからも寝るまで、陽架琉は楽しそうにしていた。
竜輝の写真の中には、何枚か知永生とたけしが紛れ込んでいるのがあった。
学年が違うのに、三人は学校行事でもクラスをよく抜け出しては合流をしていた。
それを、教師たちに抜け出したという証拠と思い出として、撮られていたのだ。
運動会の時に、彼らは自分の学年やクラスは関係なく応援をしていた。
知永生とたけしが出番なら、竜輝が応援をした。それとは逆なら、知永生とたけしが応援をしていた。
その様子も、何枚か写真に残っていたのだった。
二人は、それらの写真を見て少し恥ずかしくて、儚く思った。
竜輝の隣には、知永生とたけしがいた。それは、竜輝が学生生活を送るうえで大切な時間だった。
だから、それを陽架琉に伝えるためにアルバムに載せたのだ。
現在の陽架琉と同じ中学一年だったあおいの写真は、明らかに少なかった。
何度か、写真を撮る機会に欠席をしてることもあったからだ。
みんなは、竜輝とあおいの生徒手帳の証明写真を含めた画像を見て懐かしくて、今すぐに会いたくなった。
魂蔵は、なんで楽しそうに笑っている竜輝と苦しくても頑張っているあおいが、写真の中でしかいないのかと思うと息苦しくなった。
陽架琉が寝たあとのこと。
知永生とたけしは、魂蔵の許可で担任からもらったデータのコピーをさらにコピーをした。
それを二人は、大切な宝物にすると決めた。
13
陽架琉は、みんなが想像をしてるよりも亡くした家族に対して落ち込むことはなかった。
陽架琉は、朝までグッスリと眠って、翌日は元気に学校に登校をしたのだった。
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どうして、中学生の竜輝とあおいとその親である純とすみれの命が、あのひに失われなければならなかったのか。
あのひ、陽架琉だけがいない家が燃えなければならなかったのか。
それが重なったのは、たまたまかもしれないが……。
でも、三才の陽架琉は数時間前までいた家族と家が、あのひによってなくなってしまった。
それらは、もう変えることの出来ない過去の存在になってしまった。
あのひは、過去の存在でもあり、今も忘れてはならなくて、未来だ。
読んでいただき、ありがとうございます。
補足1(11〜12)
教師たちは、わざと知永生とたけしの写真を竜輝のアルバムに入れた。
陽架琉が亡くなった兄と姉の写真を見て苦しくならないように。
そして、竜輝は今の陽架琉と同じように知永生とたけしが隣でいることを分かって欲しかった。
補足2(14)
何かの『事件』と『事故』は、過去に起こってしまった存在である。
そして、今を生きていく中で忘れてはいけない存在でもある。
過去の存在でも生きて行くなかでも、未来の存在として続いていく。
『受験生連続放火殺傷事件』が解決をしてもしてなくても関係ない。
『受験生連続放火殺傷事件』で倉西 純の家(陽架琉以外)が被害にあった。
それは、十年が経つと『過去』の存在。それを今、忘れてはいけない。風化をさせてはいけない。
『過去』の存在なのに、あのひから十年が経ってもあるから『未来』なのだ。
言葉って、難しい。




