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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第七十四話 敵国の兵士を救う錬金術師

共同診療所の前に帝国軍の搬送車が到着した。

王国側の衛兵は武器を構えたが、マリシアが前に出た。

「ここは戦場ではありません」

レイヴンは兵士の国籍よりも、脈拍と呼吸を確認した。

模造薬の不純物を取り除くため、レイヴンは低濃度の中和薬を使った。

急激に魔力を流せば心臓に負担がかかる。

ミレナとマリシアは交代で患者を観察し、症状の変化を細かく記録した。

王国の傷痍兵の一人が、帝国兵を救うことに反対した。

かつて国境で仲間を失った男だった。

レイヴンは彼の怒りを否定しない。

「あなたの痛みは消えません。それでも、目の前の患者を見捨てる理由にはできない」

男は答えず、廊下を去った。

ミレナは帝国軍の徽章を外して手術室に入った。

「ここでは医師として働かせてください」

マリシアは予備の白衣を差し出す。

二人は言葉少なに器具を並べた。

治療に必要なのは同じ手順と、患者を助けたいという意思だった。

三人のうち最も重症だった兵士の呼吸が落ち着いた。

レイヴンは投与量を増やさず、回復を待った。


翌朝、兵士は水を飲めるようになる。

「なぜ助けた」

と尋ねる声に、レイヴンは

「助けられるからです」

とだけ答えた。

負傷した帝国兵を運んできた衛生兵は、治療台の前で立ち止まった。

「この人は昨日まであなたたちの工場を攻撃していました」

レイヴンは傷を見て答えた。

「だから治療しない、とは言えません」

その決断を聞いた味方の兵士の中にも、納得できない者がいた。

国境の検問所で、運搬人は積荷の札を握りしめた。

許可証の文字は読めても、向こう側で薬を待つ人の顔は見えない。

だからこそ、通過した瓶の数と届かなかった数を、別々に数えた。

反対していた王国の傷痍兵が再び現れた。

彼は亡くなった友の話をした。

「あいつにも、こんな場所があれば」

レイヴンは黙って聞いた。

男はしばらくして、搬送用の担架を運ぶのを手伝った。

許しではない。

ただ、次の犠牲を減らすための行動だった。

戸口に立つレイヴンへ、

「明日の朝も同じ方法でできるでしょうか」

と声が届いた。

一度きりの成功を喜ぶ声が止まり、手順を見直す人々が集まった。

レイヴンは言葉だけで済ませず、その場の担当者と次の一歩を決めた。

次の日、別の担当者が同じ結果を出した。

ミレナは治療経過を帝国医師団へ送った。

模造薬の危険性と、正規の中和処置の効果を数字で示す。

報告書の最後には、レイヴンの名が記されていた。

帝国の軍病院で、その名を消すことはもうできなかった。

退院を許された兵士は、国境の橋で深く頭を下げた。

「俺たちは、あなたの国を攻めたのに」

レイヴンは答える。

「戻ったら、誰かが困っているときに助けてください」

兵士はその言葉を胸に刻み、帝都へ帰っていった。

夕焼けの橋を渡る兵士の背を見送り、レイヴンは診療所へ戻った。

次の患者が待っている。

勝った国も負けた国もない場所で、彼は再び白い布を腕に巻いた。

診療所の廊下には、帝国軍の制服を見ただけで顔を背ける者がいた。

王国の負傷兵は杖を握りしめ、ミレナに尋ねた。

「あいつらが元気になったら、またこちらへ攻めて来るのか」

ミレナは否定できなかった。

自分が軍医である以上、回復した兵士が再び戦場へ送られる可能性はある。

「だからこそ、治療の記録を持って帰ります。あの薬を止めさせるために」

彼女の答えは和解ではなかったが、嘘でもなかった。

重症の兵士は夜半に高熱を出した。

レイヴンは新しい薬を追加しようとした助手の手を止め、マリシアとミレナに検査値を見せた。

中和薬の効き方は安定している。

今増量すれば、別の負担が生じるかもしれない。

三人は交代で見守ることを選んだ。

窓の外が白むころ、兵士の指先に温かさが戻った。

ミレナは寝台の端に座ったまま、ようやく肩の力を抜いた。

退院の日、王国の負傷兵は橋まで来ていた。

帝国兵が礼を言おうとすると、彼は片手を上げて制した。

「許したわけじゃない」

そして、杖で地面を一度突いた。

「だが、あの薬を作らせた連中には、ちゃんと話してこい」

帝国兵は深く頷いた。

レイヴンは二人の間に割って入らなかった。

救命は憎しみを消さない。

それでも、次に起きることを変える機会にはなる。

診療所では薬品棚の鍵をめぐっても意見が割れた。

王国側の薬剤師は

「帝国兵に備蓄を使えば、こちらの負傷者の分が減る」

と訴えた。

マリシアは在庫表を持ってきた。

三人の中和処置に必要な量と、明日到着予定の補充便を示す。

それでも天候が崩れれば便は遅れる。

レイヴンは必要量を最小限に絞り、予備薬を確保した上で、王国側の患者にも同じ基準を適用すると約束した。

命は平等だと宣言するだけでは足りない。

足りない薬をどう分けるか、具体的に決めなければならなかった。

夜、廊下の長椅子で待っていた王国の傷痍兵が、眠れずにいる帝国兵へ声を掛けた。

「お前はどこの砦にいた」

帝国兵が答えると、男の表情が変わった。

友を失った戦場に近い場所だった。

沈黙が落ちる。

帝国兵は言い訳をしなかった。

「命令で動いた。だが、そこにいた人が傷ついたことは消えない」

男は杖を握りしめたまま立ち去った。

二人が握手することはなかった。

それでも帝国兵は、その夜初めて自分が何をしたかを言葉にした。


翌朝、重症者の検査値は少しだけ改善した。

ミレナは喜びかけたが、マリシアが別の数値を指した。

腎臓に相当する魔力循環器官の負担はまだ高い。

レイヴンは退院予定を延期し、回復の目安を医師団へ送った。

帝国側からは早期帰還を求める連絡が届く。

「兵士は軍の財産ではありません」

ミレナはそう返信し、本人が歩けるようになるまで治療を続けると記した。

軍医として初めて、自分の判断を命令書より前に置いた。

帰還の前夜、帝国兵は寝台から起き上がり、診療所の窓を拭いていた少年に礼を言った。

少年は敵国の制服を見て身構えたが、兵士の震える手に気づくと布を受け取った。

「まだ休んでいて」

それだけのやり取りだった。

レイヴンは遠くから見守った。

国境の憎しみは、今日の治療で消えない。

けれど、傷つけた側が事実を語り、救われた側が次の誰かを助けるなら、同じ戦いを繰り返さないための小さな道ができる。


翌日、王国側の負傷兵が診療所の受付へ小さな包みを置いた。

中身は清潔な包帯だった。

「帝国兵に渡すとは言ってない。必要な患者に使え」

受付係は黙って受け取り、薬品棚の横に並べた。

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