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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第七十三話 帝国製エリクサーで患者が倒れた

帝国軍病院では、負傷兵三人に試験薬が投与された。

最初の数分、傷の痛みは和らいだ。

だが一人が胸を押さえ、次いで別の兵が激しく震え始める。

担当医ミレナは投与を即座に中止した。

薬液の底には、細かな黒い結晶が沈んでいた。

作業台で、レイヴンは製造記録を持ったまま立ち止まった。

「失敗した分も残してください」

職人が視線を上げる。

書き直されかけた記録を戻すと、隠れていた原因が浮かび上がった。

レイヴンは治療を待つ人の顔を思い浮かべ、決定の理由を一つずつ伝えた。

反論も聞いた。

すぐに正解は出なかったが、責任を分け合う方法だけは決まった。

誰も責められなかったことが、次の報告を早くした。

軍の監察官は

「偶発的な反応として処理しろ」

と告げた。

ミレナは患者の容体を記録し、試験薬を隔離する。

上官は軍法会議をちらつかせたが、彼女はカルテを差し出した。

「ここに書いたことを消せば、次の患者が死にます」

ミレナは密かに試料を国際医療団へ送った。

受け取ったレイヴンは結晶の形を見て顔色を変える。

以前、王都で出回った偽薬と似た魔力反応だった。

あの時は神殿が流通に関与していた。

今度は帝国の研究院が同じ過ちを繰り返している。

レイヴンとエルナは結晶の性質を調べた。

薬効成分そのものではなく、未処理の触媒が体内の魔力と結合していた。

除去するには患者の状態に応じた解毒処置が必要だ。

レイヴンは処置手順を書き、薬の投与を止めることを最優先とした。

帝国からの返答は短かった。

「国境越えの医療協力を認めない」

レイヴンは怒りを抑え、ミレナに患者搬送の選択肢を伝える。

マリシアは帝国の医師団長へ直接連絡した。

政治の返事を待つ時間は、病人にはない。

シュミットは副作用を兵士の体質のせいにした。

しかし同じ製造番号の薬を投与された三人全員に異常が出ていた。

オルフェンは検査簿を公開し、製造工程の欠陥を指摘する。

研究院の若手たちは、ようやく自分たちの名前で証言し始めた。

ミレナは倒れた兵士の名を記録しようとして、軍の係官に止められた。

「試験薬の事故は軍機だ」

彼女は筆を置かなかった。

「名前を隠したら、次の医師が何を投与されたか分かりません」

係官が書類を取り上げようとすると、意識を取り戻した兵士がかすれた声で言った。

「先生、俺のことを書いてくれ」

ミレナは彼の手を握り、薬液の番号と症状を記した。

救援の要請は、敵国への降伏ではなく、患者を見捨てないという選択だった。

ミレナは苦しむ兵士の手を握った。

「必ず助ける」

兵士は

「俺は国のために戦った。どうして薬で殺されるんだ」

とかすれた声で尋ねた。

ミレナは答えられなかった。

その沈黙が、彼女の決意を固めた。

帝国医師団長は皇帝の許可を待たず、国境の共同診療所へ患者を移す決定を下した。

レイヴンは必要な薬と医療器具を積み込む。

夜明け前、最初の搬送車が国境に向かって走り出した。

国境へ向かう荷車の中で、ミレナは患者の脈を測り続けた。

帝国の紋章も王国の旗も、苦しむ人の呼吸を楽にはしてくれない。

必要なのは治療だった。

搬送の準備中、軍の書記官が病院の門を閉ざした。

「患者を国外へ出せば機密漏洩だ」

ミレナは三人の病状を説明した。

二人は自力で立てず、一人は脈が乱れている。

書記官は首を振ったが、担架に乗せられた兵士が胸元から軍章を外して差し出した。

「俺の名を消してもいい。だが、この痛みまでなかったことにしないでくれ」

書記官は軍章を受け取れなかった。

ミレナは看護師たちと手分けして投与時刻を復元した。

軍の公式記録では三人とも同じ量を飲んだことになっている。

だが実際には一人だけ二度目の投与を受けていた。

医師の判断ではなく、上官が効果を急がせたためだった。

彼女はその事実も書き足した。

責任の所在を曖昧にすれば、別の病棟でも同じ命令が出る。

出発前、最年少の兵士がミレナを呼び止めた。

「先生は戻れるんですか」

彼女はすぐに答えられなかった。

軍法会議に呼ばれる可能性は高い。

それでも

「戻って、記録を出す」

と言った。

兵士は弱々しく頷いた。

国境を越えるのは三人の患者だけではない。

病院の中に閉じ込められていた事実も、初めて外へ出ようとしていた。

国境の検問所では、搬送許可証を持った軍医さえ足止めされた。

門番は皇帝の印章を要求する。

ミレナは患者の胸に耳を当て、浅くなった呼吸を確かめた。

「印章が届くまで、この人は待てません」

門番は規則を繰り返した。

すると後方の馬車から、かつて国境で負傷した老兵が降りてきた。

「俺の息子もあの病院にいる。門を閉めたままなら、ここで名前を呼び続けるぞ」

見張り台にいた若い兵士が顔を伏せた。

命令と、目の前の人間の命が初めて同じ場所に置かれた。

ミレナは門番にカルテの写しを渡した。

患者の氏名は隠さず、軍事機密に関わる所属部隊だけを伏せてある。

病状と薬の製造番号だけで、救命の必要性は十分に示せる。

「情報を守る方法は、患者を閉じ込めることだけではありません」

門番は書類を読み、上官を呼んだ。

上官は国外搬送を認める権限がないと言ったが、国境の共同診療所へ引き渡す暫定措置なら医療上の緊急避難として記録できる。

ミレナはその条件を受け入れ、患者を一人ずつ運んだ。

最後の担架を降ろすとき、二度目の投与を受けた兵士の意識が途切れた。

看護師は泣きそうな声で名前を呼んだ。

ミレナは胸の動きと脈を確認し、荷車の揺れを止めるよう指示した。

患者を急がせるほど危険が増す。

彼女は搬送速度を落とし、酸素を補う魔導器具を取り付けた。

道の向こうには共同診療所の灯が見える。

たった数百歩の距離が、果てしなく遠かった。

検問所を越えたあと、ミレナは同行した看護師に記録の複写を託した。

「私が戻れなければ、ベルク団長に渡して」

看護師は首を横に振った。

「先生が戻るまで、私が持っています」

二人はそれ以上、勇ましい言葉を交わさなかった。

患者の容体を読み上げ、次の処置に必要な器具を確かめる。

彼女たちの反抗は演説ではない。

止めるべき薬を止め、救うべき人を運び、起きた事実を消さないことだった。

帝国製の薬瓶を前に、ミレナは敵国の紋章を布で隠した。

患者の母親がそれを見て尋ねる。

「誰が作った薬なの」

ミレナは答えを濁さず、危険なロット番号と安全な代替治療を説明した。

患者を救うために必要なのは、国の面子ではなく正しい情報だった。

病院の門を離れる前、ミレナは当直医へ封印済みの薬を使わないよう伝言を残した。

患者を三人運び出しても、同じ薬が棚に残れば事故は終わらない。

看護師は鍵の掛かった保管室の前で見張りを引き受けた。

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