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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第七十二話 かつて俺を追放した男が帝国に現れた

帝国研究院に新任顧問が現れた。

シュミットだった。

王国で解任され、裁判の末に研究資格を剥奪された男は、国外へ逃れた後、かつての肩書を誇張して売り込んでいた。

「レイヴンの技術は私の指導の成果だ」

研究員たちはその言葉より、彼が持ち込んだ古いノートに目を奪われた。

シュミットの名が帝国の報告書に現れたとき、レイヴンは紙を裏返した。

追放された日の怒りが消えたわけではない。

だが、いま調べるべきなのは過去の侮辱よりも、帝国の工場で働く者が何を知らされているかだった。

彼は証言者の安全を確かめてから、次の調査を命じた。

帝国の研究室で旧知の男と向き合ったレイヴンは、昔の追放命令を持ち出さなかった。

男が握っていたのは、偽薬を投与された患者の記録だった。

まず患者を救う。

それから責任を問う。

順番だけは変えなかった。

シュミットはかつての弟子の名を口にし、研究院の職員を黙らせようとした。

若い研究官は資料を閉じた。

「肩書ではなく、検査結果を見せてください」

その言葉にシュミットは答えられなかった。

追放した側の権威が、今度は試されていた。

シュミットは炉の温度を上げるよう命じた。

オルフェンが不純物の検査を要求すると

「臆病者め」

と一蹴する。

試験瓶は金色になったが、翌朝には濁っていた。

助手は古いノートの余白に、レイヴンの筆跡で

「まだ投与不可」

と記されているのを見つけた。

帝国に現れた元団長の名前を聞き、リーナは思わず声を上げた。

「あの人がまた薬を作るの?」

レイヴンは静かに答えた。

「誰が作るかより、誰が安全を確かめるかだ」

憎しみを理由に帝国の患者を見捨てることはできない。

彼は監査の記録を取り寄せ、過去の敵ではなく現在の危険を調べ始めた。

エレオノーラ女王の使節が、帝国に流出した研究記録の調査結果を届けた。

シュミットが持ち出した資料は完成品の製法ではない。

王国の若い研究員たちは、追放当時の実験簿を保存していた。

シュミットはその保存を知らなかった。

シュミットは王宮の公開実験で敗れた日のことを思い出す。

自分が築いた地位を奪ったのはレイヴンだと信じたかった。

しかし実際には、部下の提案を無視し、失敗を隠し、追放の決裁に署名したのは自分だった。

彼はその記憶を振り払うように机を叩いた。

レイヴンは帝国の医師から模造薬の分析依頼を受けた。

送り主の名は伏せられていたが、添えられた患者の症状は具体的だった。

マリシアは

「助けるなら今です」

と言う。

レイヴンは国際医療協定の緊急条項を調べ、医師同士の連絡経路を確保した。

シュミットは帝国の研究者から

「王宮を追われた男の製法なら盗めるだろう」

と言われた。

彼はすぐには答えなかった。

かつてレイヴンを追放したとき、自分も同じように人の仕事を数字だけで測った。

その記憶を振り払うように、彼は研究室の扉を閉めた。

シュミットは検査前の瓶を皇帝に献上した。

黄金色の液体を見て廷臣たちは拍手した。

オルフェンだけが口を閉ざす。

薬は光を反射すれば美しく見える。

だが、その美しさは命を救う証明にはならない。

診療所に立つレイヴンへ、

「治った人だけを数えてはいけません」

と声が届いた。

寝台に残る患者を見て、助手は報告書の数字を書き換えた。

レイヴンは言葉だけで済ませず、その場の担当者と次の一歩を決めた。


翌日の巡回先には、その患者の家も加えられた。

皇帝は軍病院での試験投与を許可した。

オルフェンは反対書に署名する。

シュミットは

「私に恥をかかせるつもりか」

と怒鳴った。

「患者に傷を負わせないためです」

オルフェンは初めて、皇帝の前でその男に言い返した。

足元で、レイヴンは製造記録を持ったまま立ち止まった。

「ここで一番困っているのは誰ですか」

職人が視線を上げる。

その問いに、すぐ答えられる者はいなかった。

レイヴンは治療を待つ人の顔を思い浮かべ、決定の理由を一つずつ伝えた。

反論も聞いた。

すぐに正解は出なかったが、責任を分け合う方法だけは決まった。

答えが出るまで、彼らは席を立たなかった。

夜が明け、帝都の屋根が白く光る。

助手の手にある封筒は薄かった。

だが、そこには誰かの命を守るために必要な事実が詰まっている。

彼は足を速めた。

帝国研究院の助手は、古いノートの余白を指でなぞった。

『投与不可』の四文字は、上から別のインクで塗りつぶされていた。

シュミットは

「研究途中の注意書きだ」

と言い張ったが、助手は瓶の底に沈んだ黒い粒を見ていた。

前日の試験で彼自身が取り除こうとした粒だった。

「この薬は、まだ人に使えません」

研究員の前でそう言うと、シュミットの顔色が変わった。

研究院の監督官は助手に黙秘を命じた。

助手には故郷に病気の母がいた。

職を失えば薬代を払えない。

それでも、病院へ向かう荷車の荷札に試験瓶の番号を見つけた瞬間、彼は書類を奪い返した。

危険を知りながら届ければ、母と同じように治療を待つ誰かを傷つける。

助手は瓶の番号、炉の温度、ノートの写しを封筒に入れた。

国境の連絡所へ出す封筒には、差出人の名を書かなかった。

匿名の告発が信用される保証はない。

そこで助手は、研究院でしか分からない炉の欠陥を図にして添えた。

もし調査に来る者がいれば、同じ濁りを再現できるはずだ。

帝都の郵便箱に封筒を落とした後、彼はしばらくその場を離れられなかった。

追放された錬金術師が昔守った注意書きが、今度は自分の身を危険にさらしていた。

研究院の倉庫係は、出荷予定表の末尾に赤い印を付けていた。

試験薬はまだ三瓶しか完成していないはずなのに、軍病院へ送る箱は十二個ある。

助手が理由を尋ねると、倉庫係は周囲を見回した。

「顧問は数を揃えろとだけ言った。中身を確かめるな、と」

箱の封には、すでに皇帝直属研究院の検印が押されていた。

いったん出荷されれば、現場の医師は完成品と信じるだろう。

助手は箱の底から一本を取り、光に透かした。

沈殿は、試験炉で見たものと同じだった。

オルフェンは助手を資料室へ呼び、扉を閉めた。

「告発すれば君も処罰される。私も責任を問われる」

助手は封筒を机に置いた。

「それでも、病院へ行く前に止めたいんです」

オルフェンは長く黙った後、反対書に署名した日付を示した。

出荷許可より二日前だ。

「私は止めようとした。だが止められなかった」

助手は言った。

「では、今度は二人で止めましょう」

オルフェンは出荷先の一覧を写し、医師団長ベルク宛ての緊急照会状を作った。

命令に従わないための証拠が、初めて二人の手で揃った。


その夜、シュミットは助手の机に置かれた空の試験瓶を見つけた。

「私を裏切るのか」

助手は声を震わせながら答えた。

「あなたの名誉を守るために、患者の命を賭けられません」

シュミットは解雇を宣告した。

助手は研究院の通行証を机に返したが、検査記録の原本は置いていった。

原本を奪って逃げれば、偽造だと責められる。

複写と送付時刻を残し、誰でも照合できるようにする方が確かだった。

外に出ると、夜風が冷たかった。

母の薬代をどうするか、まだ答えはない。

それでも、明日病院へ運ばれる瓶を見過ごす選択だけはできなかった。

翌朝、軍病院の受入係から研究院へ確認の通信が入った。

出荷された箱の一つはすでに病棟へ届いているという。

オルフェンは出荷停止を再申請したが、皇帝の許可が必要だと差し戻された。

助手は国境の連絡所へ送った封筒の控えを握りしめた。

警告が間に合う保証はない。

だからこそ、病院の医師へ直接知らせるための別の経路を探した。

帝国の制度が人を守らないのなら、その隙間を埋めるのは、危険を知った者の行動だった。

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