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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第六十一話 隣国で未知の疫病が発生した

医療改革法の施行から三日目、レイヴンの机に、隣国イザベル女王の封蝋が押された親書が届いた。

手紙には祝いの言葉が一行だけあり、その下には患者の一覧が続いていた。

北部の鉱山町カレドで、指先が灰色に変わり、体内の魔力が結晶化する奇病が広がっているという。

国境の診療所から届いた最初の報告には、患者数より先に看護師の名前が記されていた。

彼女も熱を出している。

マリシアは医薬品とともに交代要員を送るよう求めた。

患者を救う仕組みが、看護する人を使い潰してはならない。

鉱山町からの知らせを読んだ医師は、封鎖を進言した。

だが坑道に家族を残す者がいる。

「閉じ込めるのですか」

とリーナが問う。

レイヴンは移動制限だけを命じず、食料と連絡手段を確保する計画を先に書かせた。

病を止めるために、町そのものを見捨ててはならない。

鉱山町の母親は、息子の灰色の指に手袋をはめた。

「触ってもいい?」

と息子が尋ねる。

母親は手袋を外し、その手を握った。

自分も病むかもしれないという恐怖がなかったわけではない。

レイヴンは二人の前で感染経路が未解明だと説明し、距離を取る必要がある場合には医師が伝えると約束した。

母親は頷いたが、手を離すまで長い時間がかかった。

鉱山町では、十歳の少年が自分の手を母親から隠していた。

灰色に変わった指先が、触れた陶器を割ってしまったからだ。

「僕が病気をうつしたの?」

と尋ねる息子に、母親は首を振った。

けれど隣家の扉は、その日から開かなくなった。

町の医師は回復薬で一度だけ少年の呼吸を楽にした。

しかし翌朝、胸の奥で結晶が軋む音がし、少年は再び苦しみ始めた。

医師は『治った』と記した報告書を破り捨て、救援の書状を書き直した。

「治療を受けた者まで、翌朝には元に戻る?」

マリシアは報告書の最後の一文で声を落とした。

通常のエリクサーを投与すると熱は下がる。

だが数時間後、皮膚の下に銀色の筋が浮かび、再び呼吸が苦しくなる。

治療が失敗したのか、それとも病が薬の作用を上回っているのか、現地の医師にも分からない。

井戸の水を使っていた住民の証言は食い違っていた。

鉱山の排水路が完成する前は異変がなかったという老人もいれば、雨の多い年だけ魚が浮いたという漁師もいる。

レイヴンは誰か一人の記憶を結論にせず、川の上流と下流で同じ時刻に水を採るよう指示した。

レイヴンは前夜、卒業式でリーナが掲げた古い看板を思い出した。

金がなくても、まず相談してください。

その言葉を国境のこちら側だけで終わらせるわけにはいかない。

「調査隊を出す。薬を運ぶ前に、水と土と患者の記録を調べたい」

マリシアは発症者の家族を集め、感染の有無も分からない段階で病人を責めないよう説明した。

飲み水の変更と手洗い、症状が出た場合の連絡先を伝える。

治療法がまだないからこそ、今できることを具体的に示す必要があった。

エルナは薬草農園の収穫を調整し、ゴルバは移動式の分析装置を荷車に固定した。

マリシアは卒業したばかりの治癒師から志願者を募った。

リーナも手を挙げたが、レイヴンは少し考えてから、患者の記録を扱う責任者として同行を認めた。

「怖いものを見ることになる」

「怖くても、見なかったことにはしません」

リーナは眠る患者のそばで呼吸数を数えた。

昔、自分のために夜通し灯っていた診療所の明かりを思い出す。

あのころは誰かが助けてくれるのを待つしかなかった。

今は、誰かが来るまで自分がここにいられる。

診療所の壁には、患者数だけでなく回復までの日数も書き足された。

熱が下がった人が翌朝また倒れることもある。

数字を急いで良く見せるより、悪化を見逃さないことが必要だった。

国境を越えると、街道には家財を積んだ馬車が列をなしていた。

鉱山町から逃げる家族だった。

母親に抱かれた少年の腕には灰色の斑点がある。

マリシアが診察しようとすると、父親が後ずさった。

「病人を連れていけば、町へ戻されるんだろう」

リーナは自分の腕を見せた。

「私も昔、助からないと言われました。ここで話を聞かせてください」

カレドの診療所では、医師たちが眠らずに働いていた。

院長はエリクサーの空瓶を机に並べ、悔しそうに言った。

「効くんです。確かに効く。なのに、また悪くなる」

レイヴンは一瓶ずつ底に残った沈殿物を解析した。

薬そのものに異常はない。

患者の血液に混じった、見慣れない微細な結晶が問題だった。


その夜、鉱山の下流で採った水が分析装置の中で淡く光った。

レイヴンは王女エレオノーラの治療記録を開いた。

七年前から続いた魔力侵食症。

貧民街の井戸。

王宮地下の秘密研究。

離れた場所で起きた事件が、一本の細い線でつながり始める。

「これは、ただの流行病じゃない」

調査隊は翌日の予定を決める前に、診療所の負担を確認した。

病床の数、清潔な水、患者を運ぶ荷車、夜勤の人数。

どれか一つが欠ければ治療は滞る。

レイヴンは薬瓶を数えるだけでは見えなかった現場の苦労を、手帳に一つずつ書き込んだ。

レイヴンは鉱山の古い作業日誌を借り、発症日と採掘深度を比べた。

新しい坑道が開いた月から患者が増えている。

だが原因が鉱石そのものなのか、洗浄に使う薬品なのかはまだ分からない。

彼は疑いを断定に変えず、追加の試料を求めた。

院長は薬の不足を恐れて、夜中に何度も棚を確かめた。

リーナは入庫と出庫の記録を整理し、翌日必要な本数を一緒に計算した。

数字が揃うと院長は少しだけ息をついた。

薬が増えたわけではない。

それでも明日の手順が見えるだけで、人は動ける。

夜明け前、レイヴンは診療所の裏庭で冷たい空気を吸った。

遠くの山に朝日が差している。

あの山の下に何が埋まっているのか、まだ分からない。

分からないことを恐れて立ち止まるより、今日確かめるべきことを増やそう。

彼は採水瓶を持ち、仲間たちの待つ馬車へ向かった。

鉱山町の役場では避難者の名簿を作り直していた。

家族が離ればなれになれば、病気以外の苦しみが増える。

リーナは医療団の連絡先を伝え、診療所と役場の間に伝令を置いた。


翌日の調査では、鉱山の監督官が採水を拒んだ。

鉱山を閉めれば町が飢えるという。

レイヴンは監督官を責めず、坑道を閉鎖する範囲と安全な作業を続けられる範囲を分けて検討した。

医師団は危険な水路に近づかないよう標識を立て、女王の役人は休業中の賃金補償を手配した。

監督官は最後に鍵を渡した。

『俺だって、部下を死なせたいわけじゃない』

レイヴンはその言葉を聞き、調査を妨げていたのは悪意だけではなく、生活を失う恐怖でもあると知った。

坑道の奥で採った水は、地表のものよりはるかに強く反応した。

まだ病因の断定はできない。

しかし調べるべき場所は絞られた。

その夕刻、リーナは町の子供たちに紙と鉛筆を配った。

家族の名前と、いま泊まっている場所を書いてもらうためだった。

字を書けない子には一緒に書いた。

避難所で離ればなれになった親子を探す役人が、紙を受け取って頭を下げる。

医療団の仕事は診療所の扉で終わらない。

レイヴンはそれを目の前で学んだ。

レイヴンはその日の作業を終える前に、仲間たちへ一つずつ確認した。

何が確かめられたのか。

何がまだ分からないのか。

次に誰が何を担当するのか。

疲れた顔の向こうに、それぞれの仕事への誇りが見えた。

次の試験に使う瓶を、レイヴンは自分の手で洗い直した。

作業の終わり、遠くで鐘が鳴った。

レイヴンはその音を聞きながら、今夜も誰かが病床で朝を待っていることを思った。

明日の仕事は、その人のためにある。

鐘の止まった鉱山町で、レイヴンは最初の患者を診る前に井戸を封鎖した。

怒った住民が詰め寄る。

「水まで奪うのか」

マリシアは代替の給水車が来る時刻を告げた。

原因が分からないからこそ、暮らしを止めずに危険だけを切り離す必要があった。

窓の外では、鉱山から帰るはずの鐘が鳴らなかった。

坑夫たちが倒れ、鐘を鳴らす者さえいないのだ。

レイヴンは明日の採水地点を地図に書き込んだ。

診療所の隣室から、苦しむ患者の咳が聞こえた。

救える薬を持ってきたはずなのに、まだ答えは見つかっていなかった。

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