第二十八話 追放の真相が明らかになった
王女エレオノーラが持ち込んだのは、古い査定表の写しだった。
レイヴンは自分の名前を見つけ、思わず苦笑した。
月間製造数は最下位。
魔力量は平均以下。
戦闘魔法適性なし。
以前、読み上げられた数字が、そのまま並んでいる。
「ここまでは、事実です」
「では、どこが問題なのですか」
王女が尋ねる。
「品質検査の欄がありません」
レイヴンは紙の右端を指さした。
通常の査定表には製造数の隣に、不良率、保存安定性、治療効果の項目がある。
しかし彼の査定表は、その部分だけ切り取られたように狭い。
王女は別の紙を差し出した。
「原本には、続きがありました」
そこには、レイヴンの薬の保存後効力が平均の数倍、不良率はほぼゼロと記されていた。
査定担当者の手書きで『総合評価を上方修正すべき』という意見まである。
「なぜ、これが提出されなかった」
「提出されています。ですが、最終決裁の直前に差し替えられました」
王女は発令簿の写しを重ねた。
差し替えを指示したのはシュミット。
承認したのは宰相府の担当官だった。
マリシアが息を吐いた。
「最初から追放するつもりだったのね」
「可能性は高い。でも、理由を確かめたい」
レイヴンは査定表を机に置いた。
自分が無能と呼ばれたことより、薬の品質に関する情報が隠されたことのほうが腹立たしかった。
もし正しい記録が共有されていれば、王宮の薬はもっと安全になっていたはずだ。
調査は若い錬金術師の証言から進んだ。
調査の途中、レイヴンは自分以外の研究員の査定も見た。
ある女性は製造数が少ないという理由で降格されていたが、彼女の仕事は薬瓶の汚染を見つける検査だった。
別の青年は新しい保存容器を提案していたのに、成果が上司の名前で登録されていた。
レイヴンは王女に言った。
「私の記録だけ直しても、足りません」
王女は頷き、全研究員の再査定を命じた。
自分の名誉が回復するより、これから働く人々が正当に評価されること。
そのほうが、レイヴンにはずっと大切だった。
「師団長は、レイヴンさんの精製手順を真似するなと言っていました」
「理由は?」
「時間の無駄だと。でも、師団長自身は研究資料を集めていました」
別の研究員は、レイヴンの製造記録が夜中に持ち出されたのを見たという。
「戻ってきたとき、一部のページがなくなっていました」
王女は証言を一つずつ記録させた。
推測と事実を分け、日時と担当者を確認する。
レイヴンはその姿に、病室で初めて会ったときとは違う強さを感じた。
午後、王宮の会計記録から不可解な送金が見つかった。
査定表の原本を調べていた王女は、余白に小さな数字を見つけた。
消された品質評価の集計番号だ。
そこから別の保管箱が見つかり、過去の不良品報告がまとめて残されていた。
若い研究員は
「これを見れば、何が失敗だったか分かる」
と目を輝かせた。
レイヴンは頷く。
「成功した配合だけを残しても、次の人は同じ失敗をします」
王女は箱の表に『保存・公開対象』と書き加えた。
神殿に関係する商会から、シュミット個人の口座へ多額の金貨が流れている。
送金日は、レイヴンの追放が決まる直前だった。
「薬の独占を守るために、研究を止めたのか」
ゴルバが机を叩いた。
レイヴンは送金額を見た。
金貨三千枚。
以前、エリクサー一本を作るために必要だった材料費と同じ額だ。
「この金があれば、何人の患者を治療できただろう」
王女は静かに言った。
「だからこそ、裁判で明らかにします」
夕方、国王が調査室に入ってきた。
査定表と送金記録を読み終え、長く目を閉じる。
夜、レイヴンは追放当日に持ち帰った古い鞄を開いた。
中には使い古した手袋と、手書きの精製メモが残っていた。
あの日、研究資料は没収されたが、自分の手で覚えた工程まで奪われたわけではない。
彼は手袋を持ち上げ、指先の擦り切れた部分を見た。
長い年月、同じ作業を繰り返してきた証だ。
評価表には数字しかない。
しかし、その数字の裏には患者の顔があり、失敗して作り直した夜がある。
王女が
「何を考えているのですか」
と尋ねると、レイヴンは答えた。
「無駄だと言われた時間が、無駄ではなかったと分かったんです」
王女はその言葉をしばらく考えた。
「私は七年間、病室にいました。何もできなかったと思っていました」
レイヴンは首を振った。
「殿下の記録が、病気の原因を探す手がかりになりました」
王女は目を伏せ、やがて微笑んだ。
「では、これからはもっと役に立てることを探します」
二人は書類の山へ向き直った。
失われた時間を取り戻す方法は、過去を書き換えることではなく、これからの選択を変えることなのだろう。
「私は、部下が提出した評価を信じた」
「信じることと、確かめないことは違います」
レイヴンは答えた。
国王は頷いた。
「その通りだ」
「ただ、私だけの問題にはしないでください。ほかにも同じように評価を歪められた研究員がいるかもしれません」
王女が顔を上げた。
「全員分を調べましょう」
その夜、シュミットは王宮へ呼び出された。
彼は最初、査定表の差し替えを事務上の誤りだと説明した。
だが、送金記録を見せられると黙り込んだ。
「研究の独占を守るために、私を追放したのですか」
レイヴンが尋ねる。
シュミットは唇を歪めた。
「お前のような下級錬金術師が、勝手に秩序を変えるからだ」
その言葉が、答えだった。
レイヴンは胸の奥が冷たくなるのを感じた。
怒りはあった。
だが、今ここで相手を罵っても、失われた七年は戻らない。
「私が欲しいのは、研究が正しく評価される仕組みです」
王女は調査記録を閉じた。
「そして、罪があれば法に従って裁きます」
シュミットは何か言おうとしたが、声にならなかった。
窓の外では、王宮の鐘が鳴っていた。
追放された日の鐘と同じ音だった。
けれど、レイヴンにはもう、あの日と同じには聞こえなかった。
調査室の灯りが消える頃、王女は再査定の対象者一覧を確認していた。
レイヴンは手伝いを申し出たが、王女は首を振った。
「これは王宮が自分で果たすべき責任です」
その言葉を聞き、レイヴンは静かに頭を下げた。
追放の審問記録に、当時の助手の筆跡が残っていた。
彼は改竄を命じられた夜のことを語り、途中で声を詰まらせた。
レイヴンは赦すとも責めるとも言わず、証言の続きを待った。
真相は、誰かの沈黙を破る痛みとともに現れた。
王女はもう一枚、追放当日の当直表を出した。
レイヴンの署名の隣には、彼が不良薬の出荷を止めた時刻が記されている。
「その夜、出荷を命じたのは誰ですか」
記録係は震える声で答えた。
「シュミット様です」
レイヴンは怒鳴らなかった。
ただ、出荷を止めたせいで治療が遅れた患者がいなかったかを尋ねた。
王女は既に照会していた。
「その日の回収で、少なくとも十二人への投与が防がれました」
追放理由とされた遅さが、命を守っていた。




