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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第二十六話 国王からの金貨十万枚を断った理由

王女が庭を歩いた翌日、レイヴンは謁見の間へ呼ばれた。

金貨十万枚の箱が運び込まれたとき、リーナは思わず息を呑んだ。

その金があれば工房の屋根も新しい炉も買える。

レイヴンも必要な設備を思い浮かべた。

それでも、金と引き換えに薬の行き先を王宮だけに決められるなら、路地の患者は再び置き去りになる。

彼は箱の蓋を静かに閉じた。

国王の褒賞を断ると、財務官は

「では工房は何で運営する」

と詰め寄った。

レイヴンは寄付ではなく、検査費と職人の賃金を含む公開契約を差し出した。

金を受け取らないことより、金の使い道を誰もが確かめられることを選んだ。

玉座の前には大きな箱が三つ並んでいる。

蓋が開かれると、金貨の光が天井まで跳ね返った。

「金貨十万枚だ」

国王グランツは言った。

「娘を救ってくれた礼として受け取ってほしい。宮廷錬金術師への復職と、爵位も用意している」

レイヴンは箱を見た。

貧民街の診療所を何棟も建てられる額だ。

エリクサー工房の設備も整う。

断る理由はないように思えた。

だが、隣に置かれた復職辞令を見て、手が止まった。

「金貨は、事業のための支援としてならありがたく受け取ります。しかし、復職はお断りします」

国王の金貨十万枚という言葉に、工房の若い職人たちは息をのんだ。

屋根の修理も、薬草農園の水路も、それだけあれば完成する。

レイヴンも一瞬だけ迷った。

それでも条件書にあった

「王宮の優先購入権」

を見つけ、署名しなかった。

「救う順番を、財布と身分で決めたくありません」

断ることは、貧しい工房にとっても痛みだった。

国王の報奨金の話が工房に届くと、ゴルバは老朽化した炉を見た。

「十万枚あれば、全部直せる」

レイヴンもその計算は分かっていた。

それでも条件つきの金を受け取れば、次の患者を選ぶ権利まで売ることになる。

彼は断りの書状に、資金援助ではなく公開入札への参加を求める一文を添えた。

廷臣たちがざわめく。

「王宮の地位が不満か」

国王が問う。

「地位の問題ではありません。私は今、貧民街で薬を作っています。王宮に戻れば、まず王宮の患者を優先しなければならなくなる」

「王族の命を軽んじるというのか」

「いいえ。王女殿下の命も、貧民街の子供の命も、同じように守りたいのです」

国王はしばらく黙った。


やがて椅子から身を起こす。

「では、望みを言え」

レイヴンは準備していた紙を広げた。

そこには金貨の使い道が細かく書かれていた。

第一に、汚染された井戸の調査と改修。

第二に、貧民街の診療所の増設。

第三に、薬草農園と製造設備への投資。

第四に、患者が支払えない治療費を補助する仕組み。

「薬を配るだけでは、同じ病気が繰り返されます。王女殿下の病の原因が、井戸と地下水脈に関係していたことは調査で分かりました。王宮だけ水を替えても、市街地に汚染が残れば、また子供が倒れます」

国王は紙を読み進めた。

「これを全部、十万枚で賄えるのか」

翌朝、貧民街の診療所では基金の知らせを聞いた住民たちが集まっていた。

老人が

「本当に井戸を直してくれるのか」

と尋ねる。

レイヴンはまだ工事の準備段階だと説明した。

「いつから使えるか、決まったら掲示します」

期待を煽るだけでは信頼は生まれない。

マリシアは予定表を壁に貼り、住民が質問を書き込める紙を置いた。

最初に書かれたのは『夜でも診てもらえますか』という問いだった。

レイヴンはその紙を見つめた。

制度を作るとは、こうした一つひとつの不安に答えていくことなのだ。

「初期費用の一部です。維持には制度が必要になります。だから、王国にも責任を持ってほしい」

財務官が口を挟んだ。

「平民の治療費を国庫で負担すれば、際限がありません」

レイヴンは首を振った。

「病気が重くなるまで放置したほうが、治療費も働けない期間も増えます。早期に治療すれば、結果として負担を減らせるはずです」

「はず、では困る」

「では試験地区を作り、数字で比べましょう。患者数、治療費、欠勤日数。半年後に結果を出します」

マリシアが記録の束を差し出した。

貧民街の薬屋で集めた診療記録だ。

安価な回復薬を使えるようになった地域では、重症化して運ばれる患者が減っている。

国王は一枚ずつ目を通した。

「娘の病室でも、あなたは記録を隠すなと言ったな」

「はい」

基金の仕組みを決める会議では、使途を誰が監督するかで議論が紛糾した。

王宮の役人は

「民間人に会計を見せる前例がない」

と言い、商人は

「王宮に任せれば安心だ」

と言った。

レイヴンは二人の意見を聞いたうえで、患者代表と医療従事者も監査に加える案を示した。

「お金が届かなかった人が、届かなかったと言える場所を作りたいんです」

議場は静まり、王女が最初に賛成の手を挙げた。

「王国の役人は、都合の悪い数字ほど隠したがる」

「だから、公開する仕組みが必要です」

国王は苦く笑った。

「耳が痛い」

そのとき、謁見の間の奥から宰相ヴァルディスが進み出た。

「陛下。民のためとはいえ、王国の予算を一錬金術師に任せるのは危険です。研究成果は王宮に帰属させるべきでしょう」

レイヴンは宰相を見た。

地下研究施設の承認書にあった署名と、同じ名前だ。

「研究成果を公開することと、王宮が独占することは違います」

「あなたは王命に逆らうつもりか」

「私は条件をお話ししているだけです」

会議を終えて王宮の門を出ると、マリシアが待っていた。

「本当に爵位まで断ったのね」

レイヴンは肩をすくめた。

「爵位があれば薬草の仕入れが安くなるかなとは考えたよ」

マリシアは笑った。

「案外、現実的なのね」

レイヴンも笑ったが、すぐに表情を戻した。

「ただ、爵位をもらえば、誰のために働くかを周囲に決められてしまいそうだった」

マリシアは頷く。

「今は、患者に決めてもらいましょう。必要な薬を、必要な人に」

二人は夕暮れの通りを歩いた。

王宮の塔が遠ざかるにつれ、露店の呼び声と子供たちの笑い声が近づいてきた。


その晩、基金の最初の支出案を作ると、意外な問題が見つかった。

井戸の改修に必要な石材を運ぶ道が狭く、荷車が通れないのだ。

ゴルバは地図を広げ、

「道を直さなきゃ井戸も直せねえ」

と言った。

エルナは

「水が来なければ薬草も育たない」

と続ける。

レイヴンは苦笑した。

薬を作ることだけ考えていた頃には見えなかった仕事が、次々と現れる。

けれど、それが嫌ではなかった。

国王が手を上げた。

「そこまでだ」

宰相は口を閉じた。

「金貨十万枚は、独立した医療改革基金へ拠出する。使途は公開し、王宮と民間の双方が監査する。レイヴンには研究と製造の自由を認めよう」

レイヴンは深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ただし、失敗したときは報告してくれ。私はもう、知らなかったでは済ませたくない」

その言葉に、レイヴンは国王の顔を見た。

追放を承認した王が、少しずつ変わろうとしている。

謁見が終わると、宰相が廊下で待っていた。

「ずいぶん大きなことを言ったな、錬金術師」

「必要なことを申し上げました」

「王宮の外で自由に薬を作れると思うな。国には秩序がある」

レイヴンは答えなかった。

宰相の視線が、彼の持つ基金設立書へ向けられている。


その夜、工房に戻ったレイヴンは仲間たちに決定を伝えた。

ゴルバは拳を鳴らし、エルナは農園の地図を広げた。

マリシアは新しい診療所の候補地を挙げる。

「本当に十万枚を自分のものにしなくてよかったの?」

リーナが尋ねた。

レイヴンは少し考えた。

「自分のものにしたら、使い切ったところで終わりだ。でも、仕組みにできれば、私がいなくなっても残る」

リーナは首をかしげ、やがて笑った。

「じゃあ、ずっと使えるお金にするんだね」

「そういうことだ」

机の上に置かれた基金の設立書は、金貨よりずっと薄かった。

それでもレイヴンには、その紙のほうが重く感じられた。

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