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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第百四話 エリクサーで大地を治療できるのか

「エリクサーを畑に撒くつもりですか」

ダリオの声には期待と恐れが混じっていた。

一本で重病人を救う薬を、土に使うなど許されるのか。

リーナも同じ疑問を持っていた。

「完成品を撒くのではありません。薬が魔力の乱れを整える仕組みだけを調べます」

荒れ地に薬を撒こうとする技師を、農家が止めた。

「雨が来たら全部川へ流れる」

レイヴンは試験区画を小さくし、下流の水質を先に測った。

大地を治すという言葉で、別の土地を傷つけるわけにはいかなかった。

最初の土壌試験で、枯れた草の根に緑が戻った。

喜んだ助手が

「この液を村の畑にも」

と提案する。

リーナは瓶を取り上げた。

「待って。根が伸びたことと、食べても安全なことは違う」

試験区の水を調べると、地下へ流れた液から微量の汚染物質が検出された。

農民ダリオは声を荒らげた。

「試験に使った土地の下流に、俺たちの井戸がある」

リーナは頭を下げ、井戸の採水と試験区の遮水を最優先にした。

期待していた畑の再生は延期になる。

ミリナが持ってきた種を握りしめる姿を見て、リーナは言った。

「この種を植える場所を、私たちの失敗で毒してはいけない」

成功の知らせを待つ王へ、彼女は失敗と延期をそのまま報告した。

試験区の周囲には、汚染した水が流れ出さないよう低い土手を築いた。

ハルトは排水を二重の桶で受け、漏れがないか確認した。

「農業の実験にしては大げさですね」

と兵士が笑う。

リーナは静かに返した。

「この水が村の井戸に入れば、笑い話では済まない」

事故が起きてから対処するより、起きる前に止める方が安い。

彼女は王宮時代のレイヴンの言葉を思い出した。

実験場に四つの木箱を並べた。

汚染土だけの箱、清浄な水を与える箱、エリクサーの精製過程で生じる触媒残液を薄めて加える箱、そして汚染物を吸着する鉱石粉を混ぜる箱。

薬を直接使う箱は設けなかった。

患者のための薬を減らさずに済む方法を探すためだ。

エルナの教えを受けた農業技師ノエが、すべての配合を記録した。

エリクサーの調整液は、もともと患者の体内で暴れる魔力を落ち着かせるために使われる。

土壌の結晶にも似た反応が見られたが、同じものとは限らない。

ノエは反応前後の結晶を薄い板に広げ、光の透過を比較した。

すると調整液そのものが汚染を消すのではなく、結晶を吸着材に結びつきやすくすることが分かった。

「薬を土に撒く話ではないんですね」

リーナは頷いた。

「技術を借りるの」

最初の三日は変化がなかった。


四日目、残液を使った箱で芽が出た。

しかし翌日、葉の先が黒くなった。

ノエが喜びかけるのをリーナは止めた。

「発芽しただけで成功とは言えない。食べられる作物になるか、土に毒が残らないか、そこまで調べる」

彼女たちは芽を抜き、根の変色を確かめた。

土中の汚染が一時的に移動しただけだった。

研究費を巡って会議が開かれた。

医療機構の監査官は、貴重な触媒を農業に使うことに難色を示した。

リーナは一瓶当たりの使用量、再生可能な割合、患者用の薬の供給に影響しない上限を表にした。

数字を示すと、反対していた監査官も質問を変えた。

「では、汚染物の処理費はいくらですか」

その問いは正しかった。

成功の費用だけでなく、失敗を安全に片づける費用まで計算する必要があった。

「薬なら、効けばいいと思っていました」

と若い隊員が言う。

「薬だって同じよ。熱が下がっても、別の臓器を傷つけたら治療とは呼べない」

リーナは試験箱を覆い、井戸水を別の容器に移した。

汚染物が水に溶け出していないか確認する。

安全のために実験を止める時間も、研究の一部だった。

夜、ミリナの母が温かい湯を差し入れた。

「研究者さんは眠らないの?」

リーナは笑った。

「眠ります。眠らないと、計算を間違えますから」

実際、疲れた隊員が配合を一桁誤記していた。

幸い投入前に気づいたが、リーナは作業を止め、二人一組で確認する手順を加えた。

奇跡を急ぐほど、単純な確認が大切になる。

レイヴンから返事が届いた。

『エリクサーは傷を塞ぐ。

だが、傷口に刃が刺さったままなら先に刃を抜け』

リーナはその文を何度も読んだ。

土の中の異物を除かなければ、薬の作用だけで元に戻すことはできない。

彼女は鉱石粉を使った箱の分析値を見直した。

吸着材の表面に、灰色の結晶が付着していた。

実験の見学に来た王宮の研究官は、失敗した箱を見て眉をひそめた。

「こんなものを陛下に報告するのか」

リーナは当然のように答えた。

「もちろんです。成功だけを見せたら、同じ失敗を繰り返します」

研究官は渋々、黒くなった根の絵を写した。

後日、その記録が別の村での誤った処理を防ぐことになる。

「この結晶を、土から分けられれば」

ノエは小さな濾過筒を組み立てた。

水で土を洗うと汚染が水へ移る。

水をそのまま捨てれば下流を汚すため、濾過筒で結晶を回収する。

処理した水を再利用し、汚染物は密閉容器へ集める。

最初の装置はすぐ詰まったが、原因は分かった。

粒の大きさが揃っていなかったのだ。

ハルトは濾過筒の詰まりを解消するため、吸着材を層に分けた。

粗い粒で大きな結晶を捕らえ、細かい粒で残りを回収する。

ノエが処理水を測ると、数値が改善していた。

しかし吸着材は使うほど効力が落ちる。

「交換の目安を決めないと」

とハルトは言う。

彼らは色の変化で分かる標識を付け、誰でも危険を察知できるようにした。

ダリオは試験区の下流にある井戸を指さした。

「あそこは、村の子供が水を汲む場所だ」

リーナは試験の中止を宣言し、地下水が安全だと確認できるまで畑への適用を禁じた。

ノエは遮水膜を敷いた小さな試験槽を提案し、汚染を吸着した材料を回収して密閉保管する方法を示した。

新しい試験では根が伸びたが、収穫物の安全性はまだ証明できない。

ミリナが種袋を持って待っていた。

「今年はパンになる?」

リーナは膝を折り、目を合わせた。

「今年は分からない。でも、あなたの水を危なくしてまで急がない」

少女は少し考えて、種袋を棚へ戻した。

「じゃあ、来年も取っておく」

その言葉は成功報告より重かった。

村の子供たちが柵の外から見ていた。

ミリナも母親に手を引かれている。

「お薬を土にあげるの?」

と聞かれ、リーナは笑った。

「土が苦しんでいる理由を探しているの」

ミリナは考え込み、小さな石を拾った。

「お腹に石が入ってたら、ご飯が食べられないね」

その素朴な言葉に、リーナは頷いた。

まず取り除く。

次に育てる。

順番が見えてきた。

村の老人が実験場へ来て、手にした土を見せた。

「昔、この土はもっと黒かった」

ノエは土を指でほぐし、乾いた粉の中に有機物がほとんどないことに気づいた。

汚染を除いても、作物を育てる養分は戻らない。

堆肥、輪作、土を守る草。

研究は一つの装置から、農業そのものへ広がり始めた。

夕食の席で、リーナは隊員に

「成功したら何を植えたい?」

と尋ねた。

麦、豆、薬草、果樹。

答えはばらばらだった。

彼女は笑って言った。

「最初は麦。でも、いずれは村の人が選べるようにしたい」

研究者が正解を押しつける土地ではなく、暮らす人が未来を決める土地にしたかった。


翌朝、リーナは現場を歩き、前日に決めたことが本当に実行されているかを確かめた。

会議で承認された計画も、道具が届かなければ始まらない。

水を運ぶ人、食事を作る人、疲れた仲間を休ませる人。

その一人一人の仕事が、農園の未来を支えていた。

彼女は手帳に、できたことと残ったことを分けて書いた。

大きな成功に浮かれても、小さな困りごとを見逃さない。

それがレイヴンから学んだ、最も大切な仕事の仕方だった。

試験区画の境界で、ダリオは土を握りしめた。

浄化に成功したように見えた場所から、雨の翌日に汚染物が流れ出したのだ。

リーナは実験を中断し、下流の井戸を先に検査させた。

畑の再生を急ぐ村人には、失敗も数値も隠さず伝えた。

「緑になったから安全、とは言えません」

その日、作物を植える予定だった区画には、新しい柵が立った。

失敗を公表したことで、彼女たちは初めて土地を預けてもらえた。


翌週、ノエは新しい実験結果を持ってきた。

汚染を除いた土へ堆肥を加えると、根の伸びが改善したという。

リーナは数値を見比べ、

「浄化だけの区画と、浄化後に養分を戻した区画を分けましょう」

と提案した。

どの工程が何に効いているのかを混ぜずに調べるためだ。

研究は地味な比較の積み重ねだった。

ミリナが柵越しに

「いつパンになる?」

と聞くたび、リーナは

「まだ練習中」

と答えた。

嘘の約束をしないことも、信頼の一部だった。

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