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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第百五話 一滴のエリクサーが枯れた草を蘇らせた

朝の実験場に、ノエの叫び声が響いた。

「リーナさん、これを見てください!」

濾過装置で汚染を取り除いた土に植えた草が、淡い緑を取り戻していた。

前日まで葉は垂れ、根も弱っていた。

それが今は朝露を受け、まっすぐ立っている。

リーナはすぐに喜ばなかった。

分析器を取り出し、土と葉と水を順番に調べた。

緑の草を見に来た人々は、次々と土を持ち帰ろうとした。

リーナは柵を閉めた。

「まだ安全を確認している途中です」

失望の声が上がる。

中には

「奇跡を独り占めするのか」

と責める者もいた。

リーナは試験区の片隅に、枯れた草を並べた。

「同じ処理でも失敗した場所があります。皆さんの畑で同じことを起こしたくない」

人々は黙って枯れた葉を見た。

「汚染値が下がっている。でも、成長速度はまだ普通の土の半分」

ノエは小さく肩を落とした。

リーナは草の根を傷つけないよう掘り出した。

「半分でも、生きている。これが昨日までできなかったことよ」

試験区を十倍に広げ、同じ結果が出るか確かめることにした。

ノエは汚染物を回収した容器に日付と場所を書いた。

処理前の土と処理後の土を同じ棚に置かず、色の違う箱へ入れる。

細かな規則に新人は戸惑ったが、ある日、検査待ちの土を誤って畑に運びかけた。

色分けが間違いを止めた。

「見た目が同じだから怖いんですね」

と新人が言う。

リーナは頷いた。

「安全は、賢い人が一度考えるだけでは守れないの」

そこで、触媒の作用を安定させるため、エリクサーの製造工程で使う微量の調整液を加えた。

ほんの一滴。

土を治す薬ではなく、吸着材の働きを助ける補助剤だ。


翌日、処理区の草が一斉に立ち上がった。

ダリオは帽子を胸に押し当てた。

「祖父の絵にあった色だ」

ダリオは試験区に毎朝通い、草の丈を測った。

数字は小さな板に刻み、村の子供たちにも見せた。

ある日、ミリナが

「昨日より伸びてない」

と言った。

ダリオは笑った。

「植物も休む日があるんだ」

それを聞いていたリーナは、農業の時間の流れを思った。

治療薬は数分で効くことがある。

だが畑は、人間の焦りに合わせて育ってはくれない。

しかし別の区画では、雨に見立てて大量の水を流すと再び汚染値が上がった。

地中深くに残った結晶が溶け出したのだ。

「表面だけ綺麗にしても駄目ね」

リーナは排水溝を掘り直し、地下の汚染を段階的に回収する計画を立てた。

見物に来た貴族は

「奇跡の液を国中に撒けばよい」

と言ったが、彼女は試験記録を示した。

「それでは下流の村を傷つけます」

国王は試験成功を祝う布告を準備していた。

リーナは文章の一部を訂正してもらった。

『大地の浄化に成功』ではなく、『小規模試験区で安全性を確認中』

大臣は地味すぎると不満を漏らしたが、国王は署名した。

「嘘の希望で民を集めれば、次の失敗が国を壊す」

リーナは初めて、この若い王を信頼してよいと思った。

実験結果は王都へ送られた。

アシュラン国王は報告書を読んで問うた。

「何日で国土を緑にできる?」

リーナは答えた。

「何日とは言えません。土の状態も水の量も場所によって違います。ただ、今まで不可能だったことが、調べれば可能になると分かりました」

国王はしばらく黙り、

「ならば測るための人員を出そう」

と言った。

草の成長を見守るうち、リーナは試験区の周りに小さな虫が戻ってきたことに気づいた。

ノエは喜んだが、すぐに種類を調べた。

作物を害する虫かもしれないし、土の回復を示す虫かもしれない。

緑が戻れば、それを食べる生き物も戻る。

農業は薬の製造ラインと違い、無数の生き物と折り合いをつける仕事なのだ。


その日の夕方、ミリナが実験場へ来た。

少し体力が戻り、自分の足で歩いている。

「草、食べられる?」

リーナは首を振った。

「これはまだ食べられない。食べ物を作るための練習よ」

ミリナはがっかりした顔をしたが、すぐに小さな種袋を差し出した。

「お母さんが隠してた麦。いつか植えようって」

ダリオが目を見開いた。

百年前から村に伝わる在来種だった。

ダリオは祖父の絵を試験場の柵に飾った。

見物人が集まり、絵の前で昔話を始めた。

「この辺りに池があった」

「あの丘には羊がいた」

リーナは話を記録し、地図へ書き込んだ。

池の跡を掘ると、水を通さない粘土層が見つかった。

将来の貯水池に使えるかもしれない。

希望は記憶を呼び、記憶が新しい仕事の手掛かりになった。

ノエは緑の葉を一枚採り、隣の区画の枯れた葉と並べた。

「同じ量の触媒でも、こちらは根に汚染が残っています」

村人たちは一滴の奇跡を求めて集まっていた。

リーナは成功した鉢だけを見せることを拒み、枯れた鉢も並べた。

「土を治すには、汚れを取り除き、行き先まで管理する必要があります」

老人が長い間見つめてから言った。

「奇跡じゃなくて、続けられる仕事なら、俺にも手伝える」

リーナは種袋を両手で受け取った。

「全部は使わない。半分は必ず残す」

失敗したら次がなくなるからだ。

ミリナは頷き、緑の草を見つめた。

「じゃあ、半分でパンを作って」

リーナは笑った。

「まず、一粒の麦からね」

その夜、実験室の灯りは遅くまで消えなかった。

ミリナは毎朝草を見に来たが、ある日だけ姿がなかった。

リーナが心配して家を訪ねると、少女は母親と一緒に布袋を縫っていた。

「種を入れる袋だよ」

まだ麦は育っていない。

それでも二人は収穫の準備をしていた。

リーナは袋の縫い目を見て、胸が温かくなった。

人は希望があると、未来のために手を動かし始める。

研究会でノエが発表すると、他国の技師から厳しい質問が続いた。

試験回数は足りるのか、季節が変わっても効くのか、地下水への影響は。

ノエは答えられない点を隠さず

「これから調べます」

と言った。

リーナはその姿を誇らしく思った。

万能の答えを持つ人より、分からないことを正しく言える人が、この土地を救う。

作業台で、リーナは麦の袋を持ったまま立ち止まった。

「失敗した分も残してください」

村人が視線を上げる。

書き直されかけた記録を戻すと、隠れていた原因が浮かび上がった。

リーナは明日の食事を待つ家族の顔を思い浮かべ、決定の理由を一つずつ伝えた。

反論も聞いた。

すぐに正解は出なかったが、責任を分け合う方法だけは決まった。

誰も責められなかったことが、次の報告を早くした。

試験区画の端で、ミリナは芽の出なかった畝にしゃがみ込んだ。

隣の畝と同じ量の改良液を使ったのに、ここだけ土が硬い。

リーナが調べると、地下に古い塩の層が残っていた。

改良液は万能ではない。

水を引けば塩が地表に上がり、かえって作物を傷める。

ミリナは成功した畝の札を外し、失敗した畝の横へ移した。

「この違いを教えないまま売ったら、誰かの畑を駄目にします」

リーナは販売計画を延期し、村ごとに土壌を測る手順を作ることにした。

試験区の草が風に揺れるたび、村人は足を止めた。

ある老人は

「緑を見るのが怖い」

と打ち明けた。

何度も希望を持ち、何度も失ってきたからだ。

リーナは老人と一緒に、枯れた区画と育った区画を見て回った。

「全部が成功したわけではありません。でも、失敗の理由を調べられます」

老人は長い沈黙のあと、小さく頷いた。

「なら、次の種を預けよう」

それは祝福の言葉より重い信頼だった。

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