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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第十話 貧民街に奇跡の薬屋が誕生した

工房の扉に新しい看板が掛かったのは、追放からひと月ほど経った朝だった。

『ノーチス薬房』

看板の文字は大工が彫り、色はリーナが塗った。

少し曲がっているが、レイヴンは直さなかった。

「いい名前だね」

リーナが胸を張る。

「わたしが考えたんだよ」

開店初日の列で、老人が後ろの少年に順番を譲った。

少年は

「僕より具合の悪い人がいる」

と首を振る。

リーナは二人を同じ診察台へ案内し、先着順だけでは救えない命があることを学んだ。

開店初日の昼、王宮から来た使いが棚の薬をすべて十倍の値で買うと申し出た。

断れば薬草の仕入れ許可を見直す、とも告げた。

レイヴンは列の最後で熱にうなされる子を抱く母親を見た。

「予約分は渡せません」

使いが去ると、仕入れ商は本当に次の納品を止めた。

リーナは空いた棚に

「今日渡せる薬」

と

「明日届く予定の薬」

を書き分けた。

レイヴンは別の薬草農家を訪ねるため、診療所の当番をマリシアに頼んだ。

看板を掲げることより、翌日も開けられることのほうが難しかった。

店の棚には、普通の回復薬、解熱薬、傷の洗浄液が並んでいる。

エリクサーはまだ数が少なく、診療所と相談して重症患者へ優先的に使う方針にした。

開店前から行列ができていた。

杖をつく老人、子供を抱いた母親、仕事で手を傷めた職人。

誰もが不安そうに薬の値札を見つめている。

レイヴンは店先に立った。

開店前のリーナは看板を磨き、文字の曲がりを気にしていた。

列の最後尾にいた母親が、王宮の使いの金貨袋を見て目を伏せた。

店の薬をすべて買い取られたら、次にここへ来る理由がなくなる。

レイヴンは値札を裏返さず、患者の予約票を先に棚へ置いた。

リーナはまだ文字の曲がった看板を見上げ、ここが誰のための店なのかを忘れまいとした。

「薬を売る前に、症状を聞かせてください。薬が要らない人には、無理に買ってもらいません」

最初の客は熱を出した少年だった。

マリシアが診察すると、休息と水分補給で様子を見られる状態だった。

「高い薬は必要ないわ」

母親は驚いた。

「本当に、買わなくていいんですか」

「もちろんです」

次の客は腕を傷めた石工だった。

傷を洗い、包帯を巻き、必要な薬だけ渡す。

代金は相場より安かった。

開店の前夜、レイヴンは値札を何度も書き直していた。

安くすれば患者は助かる。

しかし原料代を下回れば、店はすぐに閉じる。

マリシアは帳面を広げ、一般薬の売上から無料診療を支える仕組みを提案した。

バルトは小商会からの仕入れを紹介し、家主は最初の三か月の家賃を少し下げてくれた。

一人では解けなかった計算が、少しずつ現実の形になっていく。

朝、最初の患者が帰ったあと、リーナは棚を拭きながら尋ねた。

「お兄ちゃん、ここでずっと薬を作るの?」

レイヴンは少し考えた。

「たぶん、ここだけじゃ足りなくなる」

少女は驚いた顔をした。

「もっと大きなお店?」

「もっとたくさんの人が、自分の街で薬を作れるようにしたい」

まだ夢物語に近い計画だったが、口にすると不思議と道が見える気がした。

最初の客は薬の値段を恐る恐る尋ね、買わなくていいと言われ驚いた。

夜、店を閉めたあと、レイヴンはリーナの描いた絵を壁に貼った。

大きな薬瓶の周りに人が集まる絵だ。

王宮の勲章よりも、その絵を見ているほうが胸が温かくなった。

彼は帳面の新しい頁を開き、『次の十本をどう作るか』と書いた。


昼過ぎ、会計の帳面は赤字になりかけた。

マリシアは数字を見て眉を寄せる。

「このままじゃ続かないわ」

「分かっています。無料の患者を増やすなら、収入の仕組みも必要です」

レイヴンは商会への卸売り、一般薬の安定販売、重症患者への寄付基金を分けて考え始めた。

すべてを無料にするのではなく、支払える人から適正な代金を受け取り、払えない人を支える。

夕方、バルト老人が孫とやってきた。

看板の裏側。

マリシアは帳面を開き、無料診療を続けるための費用を数えた。

看板を吊るす縄は、古い荷車の綱をほどいて作ったものだった。

店にある品の多くは誰かの余り物だ。

それでも集まったものは、病人の役に立つ。

レイヴンは店の奥で薬瓶を磨きながら、これから先も同じだろうと思った。

高価な宝石より、手を貸してくれる人の数が工房を大きくする。

「新しい店への祝いだ」

差し出されたのは薬草商会の紹介状だった。

王都の大商会ではない、小さな生産者たちとのつながりだ。

「これなら買い占めの影響を少しは減らせる」

「ありがとうございます」

「礼は孫に言ってくれ。

わしがまた歩けるようになったから、こいつが手紙を届けてくれた」

少年は照れくさそうに笑った。

日が傾くころ、行列はようやく途切れた。

レイヴンは売上を数え、材料費と家賃を引いた。

利益は少ない。

それでも、工房を続けられるだけの見通しは立った。

バルトは小さな商会への紹介状を渡し、流通の道を増やした。

開店を祝う花輪の陰で、薬を買わずに帰ろうとする男がいた。

代金が足りないと聞いたリーナは、値札を外すのではなく、診療所の相談窓口へ案内した。

「誰がいくら払えたかじゃなく、誰に薬が必要かを先に聞こう」

その夜、薬房の扉には営業時間と並んで、相談を受ける時間が書き加えられた。

小さな商売。

薬房の最初の一日は、派手な成功とは程遠かった。

釣り銭を間違え、棚の札が剥がれ、昼食を取る時間もなかった。

それでも客の一人が帰り際に

「明日も開いていますか」

と尋ねたとき、レイヴンは胸が温かくなった。

明日も開けること。

それは一本の伝説の薬を作るのとは違う、もう一つの難しい仕事だった。

店を閉めようとしたとき、幼い少女が母親に連れられて来た。

「お金が足りないんですけど、診てもらえますか」

レイヴンは扉を開け直した。

「もちろん。まず中へどうぞ」

リーナが看板の下に小さな板を付け足した。

『お金がなくても、まず相談してください』

閉店後、レイヴンは薬瓶を数え、翌日の患者に足りるか確かめた。

夜、マリシアは店の帳面を閉じた。

「王宮を追放された人が、こんな店を開くなんてね」

閉店間際、リーナは看板の裏に今日売れた薬の数を書きつけた。

レイヴンはその横に、売らずに残した緊急用の二本を書き足す。

「売上にならないのに?」

「明日、誰かが必要とするかもしれない」

少女は考え込み、翌朝には

「緊急用」

と書いた小さな札を棚に置いた。

開店の鐘を鳴らす役を任されたリーナは、待合室の長い列を見て手を止めた。

「みんな今日治るの?」

レイヴンはしゃがみ込んだ。

「今日できることと、明日まで待ってもらうことを、ちゃんと伝えよう」

少女は頷き、最初の鐘を一度だけ鳴らした。

「自分でも驚いています」

「次はどうするの?」

レイヴンは地下室の製造装置を見た。

七日かかるエリクサー。

まだ高い原料。

足りない設備。

「薬をもっと安くします。それから、もっとたくさん作ります」

「でも、今夜の仕入れが止まれば明日の分も作れません」

とゴルバが言った。

レイヴンは看板の裏に、明日渡せる薬の本数を自分の手で書いた。

売り切れを隠さず、次の納品日も約束する。

王宮に勝つより先に、列の最後の一人に嘘をつかないことを選んだ。

マリシアは頷いた。

遠くの大神殿では、治療の寄付金が減ったという報告が届いていた。

白い法衣の男が、薬房の名前に赤い印をつける。

小さな看板の灯りは、まだ消えていなかった。


翌朝、薬草を運んできたのは、王宮の許可証を持たない山村の女だった。

レイヴンは荷を受け取る前に産地と採取量を確かめ、無理な採集をしない条件で契約書を書いた。

「高く買ってくれる王宮へ売ればいいのに」

とリーナが言うと、女は首を振った。

「うちの子が熱を出した夜、この店の灯りが消えなかったから」

それは勝利の言葉ではない。

次の冬にも灯りを守るという、重い約束だった。

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