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楽屋ではリジンの三人がそれぞれ別のソファや椅子に腰掛けタバコを吸いながら既に2、3本ビールを空けていた。そこには途中からライブを見に来たというザザ・レコードの加藤が会社の人間を3人連れて来ている。リジンのマネージメントやレコーディング、ライブ等に関わる者達のようだ。
「お疲れ様です!凄かったです!!」興奮冷めやらぬ加藤は鼻息荒く汗まみれだ。
「加藤さんも飲みなよ。」純平がバドワイザーを差し出す。
「いえいえ、とんでもありません!今日は新たなスタッフの紹介にお邪魔しただけなので。この後本社に戻りライブのレポートもありますし。」加藤はアゴから汗を垂らしながらスタッフの紹介を始めようとした。
「かてー事言うなよー!」亮太が一升瓶片手に金谷を連れ入ってきた。
「あーー!レンチェの亮太さん、いらしてたんですか?それに金谷さんまで。これは豪華豪華。」そう言いながら加藤はあたふたしている。
「いやいや楽屋が大所帯だな〜。」菊地が満面の笑みで入ってきた。
「おぉー、役者が全員揃ったねー!」亮太が一升瓶を頭上に掲げ大声で言う。
「あっ、獺祭じゃーねーか!!飲もーぜ飲もーぜ!」アキがタバコを揉み消し立ち上がる。
「菊地さん、皆連れて一杯行きません?皆も行こうぜ?」純平はそう言うと人数を数え始める。
「そうだね。ザザの方々も自己紹介はそこで、皆さんでどうですか?」菊地が加藤に言う。
「はぁぁそーですか〜。」加藤はスタッフに目をやるなり若い男のスタッフが「行きましょう!行きましょう!こんな豪華なメンツ凄いですよ!」と目を輝かせて加藤に訴える。
「う〜ん……分かった。今日は君達とリジンの初対面を祝す意味でもパァーっと行きますか!?」
「んじゃ決まりだね。行くべ行くべ〜。」純平は上半身の汗を今一度拭いて濃い緑色のフランネルシャツを着る。
坂本は亮太と金谷と軽くハグすると肩を組んで出ていく。それに続き全員がぞろぞろと一階の裏口へと降りて行った。
その頃真理と絵里香は人のはけたロビーでなにやら話しをしている。
「ねぇやっぱり今日は帰ろ。」真理は困った表情で絵里香に訴える。
「楽屋にちょっと顔出すだけだから。いっかい純平に会ってアキに真理が来てる事伝えてもらうから。それとも真理、このまま一生アキと会わないつもり?もうお互い思う事があるんだからきちんと話ししなきゃ。ねっ。」
絵里香はさとすが真理はうつむいている。
「とりあえず純平に電話するからね。」
絵里香は携帯を取りだし履歴にある「純平」を押した。
「ちょちょっと待って!」真理は慌てて絵里香の携帯を持った手を引く。
その時、ロビー奥の裏口脇の階段からざわざわと人の声が聞こえてきた。
坂本、金谷、亮太が談笑しながら降りてくると次々と人が降りてくるが真理と絵里香には気付いていない。
「純平!!」絵里香が大きな声で呼びかけた。
全員が一斉にこっちを向く。
真理は背を向けうつむく。
「んだよ、早く行けよ!」アキの声が階段の上から聞こえた。
真理の胸の鼓動が一瞬強くなる。
「あぁあぁ……えーっと。」純平がキョロキョロ見渡し「ちょっと先行っててくれ。俺とアキは後から行くから。」
純平は裏口のドアを開け皆を誘導する。
「おい、行こーぜ。」坂本が言うと全員が外へと出ていった。
アキは階段の上から不思議そうな顔でそれらを眺めてる。
「なんなの?」純平に問いただす。
「いいから降りてこいよ。」
「行こ。」絵里香は真理の手を引き純平の元へ向かった。
アキは階段から降りると絵里香と真理がこちらへ来るのが見え、純平を睨んだ。
「おい、ちゃんと話せよ。」純平は一歩前へとアキの背中を押す。
「アキーお疲れー。ライブちょー良かったよ!今日はね私が無理やりね真理も連れてきたの。」
真理は絵里香の背中に隠れうつむいたままだ。
「アキ。お互いちゃんと話ししてみない?」絵里香は少し首を傾けアキの目を見る。
アキは真理に目を向けたまま黙っている。
「俺達は行くから。ゆっくり話ししろよ。」
絵里香は真理に振り向き「ねっ、私達行くから。ねっ。」
「絵里香、お願いいて。」真理はか細い声でささやく。
「ダメよ。私達が入り込むような話しじゃないでしょ?できるね?」
「おい行くぞ。」純平が絵里香を呼びよせ二人も裏口から出ていった。
「ごめん。急に会いにきて。」
アキはタバコを取りだし火を着ける。
「あっち行こうぜ。」タバコでロビーのソファーを指す。
二人は長テーブルを挟み向き合った形でソファーに座ると長い沈黙となった。
アキはタバコを消し、立ち上がると自販機に向かいカップのコーヒーを2つ買ってきた。
真理の前にコーヒーを置く。ぽとぽとっとミルクとシロップを一個づつ置いた。
それを見た瞬間真理は我慢できず一気に涙を目に蓄えた。
こぼれ落ちぬよう必死でこらえる。
真理がブラックを飲めない事、コーヒーには必ずミルクとシロップを一個づつ入れる事をアキが覚えていたという、この上なく些細な事。しかしそれは真理に二人過ごした二年間が嘘や幻ではなかった事を思い起こさせるには十分だった。
「ありがとう。」真理は普通に言ったつもりだったが、声は震えてる。
アキはその声に反応し顔を上げ真理を見た。
その瞬間、真理の瞳からは大粒の涙が一つこぼれた。
「私ね、私ね……。」
次にこぼれるであろう涙をこらえる事に必死で、言葉は失われていく。
真理は眼球の半分が水中に沈んだ感覚に戸惑い肩をすくめる。
「お前は俺といないほうがいいよ。」
消したはずのタバコが小さな火種でかすかにまだ煙を上げている。
「俺は俺が俺らしくいる為には手段を選ばない。」
真理はテーブルの上のコーヒーを両手で包み、まるで他人事のように優雅に昇る湯気をじっと見つめてる。
「二年間俺といてお前も気付いたろ。二人の価値観の違いと俺の住む世界の異質さを。」
アキは裏口に目をやりながら片肘をソファーに預け足を組んでいる。
「お前が望むような将来や幸せを叶える事は俺には出来ないんだ。俺にとって自分の進む道にある障害ならいかなるものでも退くつもり。それが真理でもな。」
「私は障害?」
真理はアキを見つめる。
「さあな。もしかしたら俺にとって全ての人間が障害のような気すらする。特定の誰かと一生なんてのはそもそも無理な話しだったんだよ。」GAYAGAは物音一つしない静寂。
「ただ……。二年間だよな。」
アキは遠くを一点見つめし独り言のように呟く。
「私もね。正直な事を言うと、二人の住む世界って違うんだろうなぁって何となく感じてた。でもね……。」
「でもね好きっていう気持ちってどうしようもなくて、世界が違くても不釣り合いでも突き放されても好きっていう気持ち……。」
「どうしようもなくて。」
真理は少し声を張り上げ涙は3つ4つと流れた。
「私はアキが好き。ずっと。今までも。ずっと好き。でも、だから、好きだから分からなくなっちゃったの。アキの側にいたほうがいいのか、側にいないほうがいいのか。もう分からなくなっちゃったの。」
真理はアキにとっての愛とはなんなのか、それが分からなくなっていた。アキの事だけしか考えられなくなってしまった事が逆に自分を見失う結果となっていた。
そしてアキ自身も真理を想う気持ちとは裏腹に、彼女とい続ける事が正しい選択なのか自問自答を繰り返すこの数ヵ月だった。
「真理。俺もお前が好きだ。でも今日はもう終わりにしよう。まだお互い答えが曖昧なままだ。もう少し時間をくれ。次は俺から会いに行くから。」
アキはタバコに火を付け立ち上がり出口の方へ歩いていく。
真理もそれに続いた。
「じゃあな。」
アキはドアを開けた。
「うん。」
真理は出ていく。
「真理。」
アキは真理の後ろ姿に声をかける。
「お前は何も悪くないのに。……ごめんよ。」
真理は振り向かず歩調をあげた。膝が崩れ落ちてしまうのを必死に耐えGAYAGAが見えなくなるまで早足に通りを行く。
「あっ!真理!!」
絵里香は純平を先に行かせコンビニの前で真理を待っていた。
「ちょっ、ちょっと真理!!」
真理は顔を伏せながら早々と絵里香の前を通り過ぎる。
鼻をすすり涙を何度も何度も拭いながら角を曲がった所でへたり込み泣いた。泣いた。
追いかけてきた絵里香は真理の正面に回り抱き寄せる。
真理は絵里香にもたれ声をあげ泣いた。




