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「すごいね。」絵里香は言うが真理は何も答えない。一曲一曲終わる毎に鼓膜が張り裂けそうな位の歓声がおきる。
「ありがとう。」純平がスタンドマイクに言う。坂本はタバコに火を着ける。リジンはほとんどMCを入れない。毎回ライブ中に一回か二回純平が話すぐらいだ。
「今回のライブはデビューアルバムに収録されるであろう新曲をいくつかやってる。次やる曲もそう。三人で命削って作った曲。」水を飲み一息つく。「聴いてくれ。」
その曲はアキの若干リヴァーブのかかったアルペジオから始まった。右手の五本指全てを使い非常に早く繊細なアルペジオだ。ピッチをだいぶ上げてるのでまるでマンドリンのような音色。純平がエコーをかけたタッピングでギターとベース音が複雑に絡み合う。坂本のドラムは始めからブラストビートをモーラーにて奏でている。しかもハーフタイムシャッフルなのでとても人間技とは思えない。テンポは軽く200を超えていた。アキと純平の柔らかな音のせいか、不思議とうるささは感じられない。純平がBOSSのスライサーを使い始めるとテクノビートの様な電子音が、坂本の生のビートと混ざり合い、もうそれはカオス以外の何物でもなかった。そしてこの曲の最大の見せ場はアキの五分にも及ぶ壮大なギターソロだった。10秒間の長いサスティンのかかった3弦12フレットのビブラートから始まり、エモーショナルなメロディラインへと移り行く。バックで鳴っているリズムセクションは相変わらず忙しく混沌としたリズムを刻むが、アキのタッピングハーモニクスとスウィープを多用したメロ
ディはその見た目とは裏腹にとても穏やかに流れてる。それは地獄と化した戦場に舞い降りた神々しい光の渦のようだ。観客達は皆その光に救いを求めようと目に涙を浮かべる。真理は強く下唇を噛みボロボロと泣いている。その真理の頭を抱え肩へと抱き寄せた絵里香もまた大粒の涙を流してた。前方のほうでは脱力しへたり込む者が何人かいた。亮太はその場にしゃがみ込んだ。失神し外へと連れ出される者もいた。アキのソロが佳境へと入り三人はオーガニズムへと突き進む。ステージはハイライトを迎えていた。燃えている。ステージが光々と燃えている。
「凄まじい事になってるな。」二階の照明室の小窓から覗いてた菊地が眉間にシワを寄せながら言う。
「俺鳥肌立ちっぱなしです。」照明の若い男のスタッフが声を震わす。
「私も10年前なら泣いてたかもな。」菊地がフッと笑う。
「彼等は紛れもなく世界で通用するロックバンドだ。しかもトップクラスでね。いずれ日本のロック界にとって宝となるかもな。」
菊地はぐっと背伸びをし首をコキコキいわす。
「私も頑張らないとね。」左手で右肩を揉みながら
照明室を出て行った。
菊地は考えていた。リジンをアメリカに連れて行く事を。そんな事を考えたのは長いオーナー生活初めての事だった。いや、今まで菊地にそこまで思わせたアーティストが現れなかったと言うべきか。何事でも世界レベルになるには尋常ではないポテンシャルを必要とするし、飛び抜けた運や才能、唯一無二な技術力は必須である。菊地は星の数ほどバンドを見てきてリジンほど三拍子も四拍子も揃った日本のバンドには出会った事がなかった。自分が音楽に携わり続け最後に何か大仕事をしたいという欲求がリジンの音に触れる度大きくなっていった。
リジンが最後の曲を終えた。時計はピッタリ22時を指している。アキは一人そそくさとステージから掃けた。それに続き坂本も振り向きもせず去っていく。純平は一人残り大歓声に片手を上げ応える。頭の上で手を3、4回叩くとステージを後にした。
鳴り止まない歓声がいつまでもこだまする。それは15分もの間続いた。リジンは滅多にアンコールをやらない。しかし今日の観客はついていた。
純平がベースを掲げ再びステージに現れたのだ。
「今日はアキの機嫌がいいからあと一曲できそうだ。」純平は笑みを浮かべマイクに言う。
ベースを構えアンコールは純平のソロから始まった。エフェクターは使用していない。KID IZOの時代からトリッキーなプレイと濃密な音作りに定評があった純平だが、実際クラシック仕込みの基礎は非常に論理的でテクニカル、リズムやフレーズには微塵の狂いもない。
高速スラップの合間合間に和音フレーズを挟みブレークさせる。連続のスウィープピッキングは美しくクラシカル。1弦から3弦でのスウィープだけではなく4弦から6弦までフルに弦を使用している。にも関わらず指がもつれる事は一切ない。スウィープピッキングとは元々ギターにおける高難易度なテクニックの一つであるが、それをギターの弦より何倍も太く硬いベースの弦で行うのは、常人であればたちまち指がつり手首の腱鞘炎を起こす。ましてや純平のベースは6弦ベースなのだ。
「多分日本であんな事できんのは純平一人だろうな。まるでギターのように弾きやがる。」
金谷が亮太に目をやる。
「あぁ。Mr.Bigに入れんじゃねーの。ハハッ。」
純平は最後に1フレットから20フレットまで物凄い早さでスライドを繰り返す。しかも同時に二本の弦を押さえハモらさせている。
「おいおい、マジかよ!」亮太がおののく。
「あんな事したら指燃えちまうだろ。」顔は引きつっている。
「あんなに太いベースの弦上をあんな早さでスライドできるって事は、尋常じゃない鍛え方だよ。」金谷の顔も強張っている。
純平はジャズギターのような複雑なポジショニングとコード進行でソロの最後を締めくくり、終えると瞬く間に大歓声が起きた。その歓声と拍手は一人の天才ベーシストを心から称賛するものであった。全員が本気で拍手をしていた。ピィーという指笛があちらこちらから飛び交う。
絵里香は顔をグシャグシャにして泣いている。
坂本が拍手をしながらステージに現れた。続いてくわえタバコのアキもズボンをゴシゴシと上げながら現れた。
「ありがとう。皆。最後の曲はほんと俺達にしては珍しいんだけどカヴァー曲なんだ。誰でも知ってる曲。いっつもスタジオでお遊びでやってたんだけど、毎回やってるうちにめちゃくちゃクオリティ上がっちゃったんだよね。そのうち原曲の面影すらなくなっちゃったんだけど、今日はちゃんと分かるようにやるね。人前でやんのは最初で最後だと思うよ。」
オォーという歓声が上がる。
カウントも取らず急に三人同時に奏でたその音は、キング・クリムゾンの「21世紀の精神障害者」だった。
ギンギンに尖らせたアキのリフはオルタナティブピッキングとトリルを組み合わせヘヴィに仕上げている。所々ワーミーペダルを操りかなりトリッキーな動きを見せる。坂本のドラムに関しては一切原曲無視で、とにかくその小節小節で詰め込めるだけ詰め込んでいる。純平はワウペダルを踏みながらベース音でボーカル部分を弾きこなす。あの有名な間奏部分もリジンらしいアレンジがなされループステーションとスライサーを多用し、ロバート・フリップが3、4人居るようだ。
ギター、ベースとドラムの掛け合い部分やブレーク部分は、混沌とした音塊の中でもしっかりと決めてくる。
10分にも及ぶ演奏が終わった。観客達は満足そうに全員が目を輝やせ頭上で大きく手を叩く。純平が四方に向け手を振ると三人はステージを後にした。観客席の明かりが点くと全員が現実に戻され、皆ざわざわと出口へ向かった。
「楽屋行くか?」金谷が尋ねる。
「うーん、ヒロさん帰っちゃったけど例の物差し入れしないとね。久しぶりに菊地さんにも挨拶したいし。」




