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耳の奥深くで何かが鳴っている。徐々に徐々に大きくなりそれが電話の音である事が薄々わかってきた。トゥルルルルというありきたりな着信音はアキのものじゃない。それは目覚まし時計のように延々と鳴り止まない。薄目を開け部屋を見る。そこは純平の部屋。アンティーク棚に綺麗に収められた大量の楽譜やら文庫本、「世界の名著」とやらが別冊まで合わせ全巻が所狭しと並んでる。その上で着信音に合わせオレンジ色に点滅する子機の電話機が見える。
何時かわからずポケットから携帯を出すが充電切れなのか真っ暗なままだ。
「ふぅぅ。」鼻で大きく息を吐き、取り憑かれた霊能者のように重たい身体を上げる。電話を無言で取る。
「アキか!?いつまで寝てんだよ!携帯繋がんねーしよ。」純平がどやす。
アキは右目を手のひらでぐりぐりやっている。
「おはよ。」
「おはよ、じゃねーし。9時からリトモのBスタね。まだ間に合うだろ?」
「・・・皆いんの?」
「あぁ、皆揃い踏みだよ。再来週のレコーディングの打ち合わせもしたいって、ザザレコードの人達も来てるから。遅れんなよ。」
「あれさぁ、13pinのほうのシールドなんだけど、お前のほうの機材箱に入ってねーえ?ないんだよ。」
「13ぴん?あれ無くしたらすぐ手に入んねーじゃん!昨日の楽屋に忘れてきたんじゃないの?ちょっと待っとけよ!」
アキは棚に置いてあるラッキーストライクに火を着ける。左手に電話、口にタバコをくわえ冷蔵庫を開ける。二人暮らしにしては馬鹿でかいファミリーサイズの冷蔵庫にはありとあらゆる飲み物が取り揃えてある。硬水のミネラルウォーターを一瞬手に取るが、それをやめコロナを取る。くわえタバコで耳と肩に電話を挟め、両手で栓を抜く。
「ねーぞ。もう一回よく探してみろよ。一応リトモにもないか確認してみっから。」
「あぁ分かった。とりあえず9時ね。」
電話を切りカリモクのソファにどっしりと腰を沈める。天井を仰ぎながらタバコを吸い、コロナを飲み干す。
約束の9時までにはまだ1時間ある。バイクで10分もかからない。昨日の吸い残しのマリファナに火を着けようとも考えたが、13pinシールドの事が気になりタバコを消し、探す事にした。
finite elemente製のスピーカーに向かいiPhoneを充電がてらDOCKに差し込む。マイス・パレードのHereTodayが流れる。
再びタバコに火を着け散策。純平の家はマンションの七階、2LDKでロフトが付いている。リビングは25畳と広く、一部屋は寝室、一部屋は機材や楽器、Macのディスクトップが置かれ半スタジオと化していた。ほとんどその部屋以外に機材を持ち出す事はないからアキはそこにあるはずだと確信していた。
自分の機材がぎっしり詰まった木製の箱をかき分け探す。いつも使う物だから奥のほうにあるはずもないと、一通り見たがどこにもない。引き出しやバック、机やソファの下も覗いたがどこにも見当たらない。20分ほどくまなく探したが結局見つからず、「fack」と小さくつぶやき、リビングへと戻る。腰に手を当て考えるがそろそろ準備して行く事にした。「まっいっか。」とギターとエフェクター一式を揃えメットをかぶる。
アキの使用するギターはゴダン製のガットギターで通常のギタリストとは全く異なる奏法をとっている。通常エレキギターというものはシールドという配線でアンプと繋ぎピックアップという部分で拾った弦の振動を電子音として発音する。ゴダン製のギターはピエゾピックアップというもので、圧電素子を利用し物理的な振動を直接信号に変えられるので、よくアコースティックギターなどに用いられる。ピエゾピックアップのデメリットとして音がハウリングする事があるがゴダンはこれを極力抑える工夫をギターに施している。そしてもう一つの大きな特徴はシールド差し込み口が二つあり一つは通常のギター音を出力し、もう一つは13pinの特殊なシールドを使用しRolandのギターシンセサイザーに繋ぐ事ができる。こうする事で二種類の音を一度に出力する事が可能なのだ。ギターシンセサイザーはその名の通りあらゆる音を出す事が可能で、ピアノやチェロにバイオリン、ストリングスや数百の効果音を作り出す。これによりアキのバンド、リジンはスリーピースながらまるで百人編成の
オーケストラさながらになるのだ。
アキはリュックのようにギターバックを背負い、長さが80cmはあるアルミ製のエフェクターケースを持ち純平のマンションを出た。
ブロンズ色のビックスクーター、ジェンマにまたがり器用に股の間にエフェクターケースを挟み込む。後部ボディにはTheCreatorOfのステッカーがさりげなく貼ってある。首を2、3回こきこきやってエンジンをかけリトモへと向かった。
リトモはザザレコードが所有するライブハウスとスタジオを兼ね備えた施設で、ほとんどがプロのミュージシャン達が使用している。
「今回のフルアルバムはだいたい何曲ぐらいいけそうですか?コンセプトみたいなものとかありますか?」
リトモのフリースペースでは純平と絵里香、坂本がザザのレコーディング担当者と広報の女担当者と打ち合わせを始めていた。大まかなアルバム編成とジャケット、ポスター等の打ち合わせだ。
自販機で買ったカップのコーヒーをすすりながら、分厚い黒縁眼鏡をかけた坊主頭のレコーディング担当者加藤はあれやこれやと沢山の書類をタバコの灰が散らかったテーブルの上へ並べていく。
リジンは今まで三枚のミニアルバムと二枚のコンピュレーションアルバムに参加し、いずれも好セールスを記録している。ファーストミニアルバムは新人、一切歌の入らないインストとしては異例の、初登場でインディーズチャート一位を獲得し、CDがどの店でも売り切れという現象が「幻の一枚」という異名を付けてまわる事となった。
ライブは常にソールドアウト、破滅的で圧倒的パフォーマンスと常人離れした三人の高い演奏技術は他の追随を許さなかった。結果、三枚のミニアルバムのトータルセールスは50万枚を超えていた。
ザザレコードはインディーズからメジャーまで幅広く扱う知る人ぞ知るレーベルだ。海外ミュージシャンも多数在籍し、日本のミュージックシーンを世界に発信する、音楽界では重要なファクターにあった。
リジンは三枚のミニアルバム発表の後、強いラブコールを受け破格の契約金とアキのワガママな条件を承諾させ移籍している。
「ポスターとかCDのデザインは全てアキに任せてるんです。」純平はそう言いながら黒のアタッシュケースからアキが制作した様々なデザインを広げた。
「うわぁ!すごーい、めちゃくちゃカッコいいですね!!」ベリーショートで目の釣り上がった少しパンキッシュな若い広報の女が黄色い声を上げる。
アキのデザインしたCDジャケットやブックレット、ポスター等の下描きは、手描きの物もあればCGで制作した物もある。どれも非常に凝った作りだが、特に目を引くのはリジンのライブ時のワンショット。これをパソコンへ取り込み、CG加工を施した後、その上からアキが手描きで更なる輪郭や色彩を加えた物だ。ライブの熱気と興奮を損なわず、写真とCGと手描きが見事に一体となった素晴らしい出来のものだった。
加藤は目を見開きそれを手に取り
「これは凄いですね!これジャケットがいいんじゃないんですか?」
純平と坂本も同時にうなずき「俺達もそう思ってた。それをジャケットとポスターに使おうって。」タバコ片手に踏ん反り返って坂本が言う。
純平はこくりとうなずき、「アルバムはアキの条件でもあったけど、二枚組にするという事。収録曲も計算したら一枚目は74分フルに収録する感じです。曲数的には10曲かな。俺達の曲って一曲一曲長いっすから。二枚目は一曲しか収録しないけど40分以上あるめちゃくちゃ長い曲。」
「えぇ伺っています。確かその長い曲ではオーケストラ使いたいとか?」
「そうです。それもアキの提案なので。」
「凄いですね。デビューアルバムが、二枚組だなんて。今までいなかったんじゃないんですか?」広報の女は目をキラキラさせている。
「そうだね。デビューアルバムが二枚組ってのはちょっと珍しいね。それもこれも我が社のリジンに対する期待の表れなんだよ。」
腐ったJ-POPしか蔓延していなかった日本のミュージックシーンにザザのようなレーベルが勢力を拡大したのはリジンにとって有難いものだった。ザザはあくまで作品主義で、「本物が最後に残る」が会社のモットーらしい。これはある意味、アキの考えと通づる所があった。加藤はリジンのライブを一度見てからというもの、彼らの魅力に取り憑かれた一人だ。周囲を説得し、ザザへと導きその後も手厚いサポートをしている。
「ところでリジンって歌ものはやらないんですか?ミニアルバムの時から一貫してインストを貫いてますよね?モグワイとかアルバムリーフも最近ボーカルの曲とか増えたじゃないですか?」広報女が知ったように問いだす。
「リジンの核はあくまでアキだ。そのアキがインストの曲しか書かない。それだけだよ。」コーヒーを一口、二口飲み坂本が答える。
「いつかアキは言ってたよ。言葉は国によって違うけど音は万国共通だって。世界中の人々が共通して共感できるものが、言葉の先にある圧倒的な音なんだって。」純平は少し笑みを浮かべ話した。
「ほんとはあいつものすごい詩の才能もあんだけど、それ音楽には持ち込まないんだ。あいつの書いた詩、集めたら辞書一冊分ぐらいになっちゃうんじゃないかな。」
「えぇぇ、見てみたい!何か凄いですね、アキさんって。」
「でも頭おかしいからあんまり関わらない方がいいですよ。ねぇ?」普段のアキを知る絵里香が釘をさす。
アキを知った人、アキと話した人、アキに会った人。そんな人達は少なからず彼に魅力を感じてしまう。もちろんそれと比例するぐらいの多くの敵も作ってきたが。
天性の輝きのようなものは、強力な磁石のようであり、それは他人の人生までをも狂わしてしまいそうだ。
スタジオに入り純平と坂本がジャムセッションを始めた。絵里香とザザレコードの二人も端っこで見ている。スタジオの外にはいつの間にやら5、6人の人が集まり防音の分厚い窓越しに耳をたてて中を覗いてる。
純平の六弦ベースは特注のもので、2ハムバッカーにコントロール群は2vol と Tone、3バンドEQの計6つとなっている。ボディには極上のウォルナット材を使用し美しい木目が目を引く。センター部のラインには貝殻を細かな千鳥格子柄に施した模様が入っている。そこだけ見るとまるで伝統工芸品のようだ。
BOSSのGT10Bマルチエフェクターとループステーション、それにElectro-HarmonixのベースシンセにSHIGEMORIやドイツ製ファズなど八個ものアナログエフェクターも使用する。ループステーションは自分の弾いたフレーズを録音する事ができ、純平は低音のベースラインをループさせ、それに歪ませた一弦のハイポジションでまるでギターソロのようなものを重ね、到底一人のベーシストだけの音とは思えぬフレーズを次から次へと演奏する。アキもループステーションを使用するのでリジンはリアルタイムの演奏をしてもCD等でバックミュージックを流していると、よく勘違いをされる。この二人の多重録音がリジンに尋常じゃない程の分厚い音の層をもたらしていた。
純平の一糸纏わぬフィンガーピッキングはあまりにもメカニカルで、ずっと凝視してしまうと吐き気すら覚える。
坂本はいつも使用しているSONORのドラムではなくスタジオ備え付けのハリのないYAMAHAのドラムセットに若干やりづらさを感じながらも、ベースラインに合わせ変則の常に動き回るような手数で応戦する。手は一度として一定のポジションに定まらないが、ツーバスとハイハットはしっかりと完璧なリズムをキープしている。アキや純平がエフェクトにこだわり常に新しい音色を探し求める中、坂本の生々しく生命力に溢れた無添加のドラム音がリジンの太い太い軸になっていた。純平と坂本、この二人の演奏だけでも他のバンドは圧倒されてしまうだろう。
加藤は身震いし全身に鳥肌をたてた。
演奏に熱が帯びてきた頃、タバコをくわえたアキが入ってきた。絵里香が笑顔で手を振る。アキは少し眉をあげ応える。純平と坂本は一瞬そちらを見るが演奏を止めない。アキも慣れた手付きでギターのセッティングを始めた。ギターをショルダーから取り出し「あれっ?」と多少びっくりした表情をした。13pinのシールドがショルダーの底の方にタバコとガンジャの灰にまみれ丸まって入っていた。純平はそれに気付き笑っている。
「んだよ。」とつぶやき、そそくさとシールドを取り付ける。
まるで戦場のような怒涛のリズム隊にアキのアコースティックなギターの音が加わった。若干ストリングスの混じったその叙情性のある音色で壮大なクラシックを思わせるフレーズは、雰囲気を180度変えそこにいた全員の心を揺さぶった。
所々でタッピングやハーモニクスをするぐらいで決して難しいフレーズを弾いているわけではない。メロディのあまりの美しさに広報の女は目に涙を浮かべる。
曲が終わると外の連中も含め全員から自然と拍手が起こった。アキは何食わぬ顔でチューニングをしている。
「凄い曲だね。なんていう曲?新曲?アルバムに入れようよ!!」加藤が興奮気味に質問攻めをする。
「今の曲?適当だよ。ちょっとこんな感じのもやってみたかったんだ。」アキはエフェクターをカチカチしながら答える。加藤と広報の女はお互い感動した顔で見合わせる。それをわき目で見た絵里香が笑っている。
「アキ、デモ持ってきたの?」純平が尋ねる。
「あぁCDあるよ。」
デビューアルバムに収録する新曲はほとんど揃っていたが、10曲中の残り2曲がまだ未完であった。リジンはアキがある程度用意したデモ曲にジャムセッションを交えながら始めのうちは曲作りを行う。制作の過程でころころと曲調は変化し出来上がる頃には全く別の曲になっていた。三人とも超が付く程の完璧主義者でレコーディングではプロデューサーやスタッフが先にバテてしまうくらい、休みなく眠らず制作は行われる。長期間、時間をたっぷり使いアルバムを作り上げるバンドもいるが、リジンは短期間に命を削るような集中力でバンドの爆発性と刹那のようなものを一つの曲に閉じ込める。
一度完璧に作り上げた楽曲をそれぞれが持ち帰りそれらを聴き込み、数日の時の中で最大限に集中力と緊張感を高め再び三人が集った時、ワンテイク録音が成され最終的には作り込んだものではなく、こちらのワンテイクの方がアルバムに収録される。それはライブでこそ本領を発揮するリジンの美学であり、三人の人並み外れた技術と集中力があるからこそできる離れ業だった。
これからアキのデモCDを元に夜通し三人での制作活動が始まる。ザザレコードの二人と絵里香は1時間程見学した後帰って行った。




