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シャワーを浴び頭痛薬をもらい少しギターをつま弾き眠る事にした。
その頃には純平とその同棲相手、絵里香は居なくなっていた。
シーンと静まり返る部屋。青色の大きなデジタル時計をぼんやりと見ている。昨晩の醜態を何となく振り返る。急にどっしりと重たい闇が迫り来て胸を押し潰し深い鬱へといざなわれる感覚が分かった。
孤独というアキの1番の友人がやって来たのか。
全身に力が入りそれを開放したくて足をバタつかせる。「クソがっ!!」大声で叫ぶ。一点を見つめ震える。頭の中には無数の言葉や単語が乱舞し、赤や青や緑のイメージが点・線・面と形を変化させマーク・ロスコの馬鹿でかい絵画のようになった。
そんなオリジナリティのないものは許せなく一瞬にしてそれらを崩す。音楽を大音量でかけようと思ったが、今のアキにはスピーカーのリモコンは遠過ぎる。首を括りたくなる衝動に襲われる。
アキは極度の憂鬱質になる事が多々あった。感情の起伏が激しく、賢者のように冷静で的確な時もあれば、薬漬けのジャンキーのような廃人になる事もあった。まるで何人もの人格が潜む多重人格者のように日によって、ひどい時には午前と午後では別人の時がある。
呪文のように念仏のようにブツブツと何かを言っている。自分の頭を拳でコツコツと叩き始める。
その瞬間頭を過ぎり落ち着きを取り戻させてくれたのは真理だった。真理の事を考えたら胸は痛むが落ち着けた。彼女の家を飛び出してから一ヶ月、一度も会っていない。連絡は二週間ぐらい前、純平の携帯に「生きてる?」を確認する電話を一度だけ。
小学生の頃からアキと真理はお互いを知っていた。高校からはそれぞれ別の、自分の道を歩み始め、その後時期はバラバラだが二人共上京していた。真理にとってアキは初恋の相手であり初めての相手であった。15だった。アキは高校を中退し17で上京し一人暮らしを始め、バイトの傍ら詩や小説、絵画や音楽を制作する日々を送った。時には彫刻やオブジェの制作、CGやショートムービーの作成にも手を出した。20歳の頃には音楽をやっている連中とつるむようになり、それからは酒とドラッグにも手を出しどうにも首が回らず友人知人、女の家を転々とし帰る場所すらない時もあった。それでも内に秘めた爆発的表現の欲求は留まる事を知らず、どこであろうと遮二無二な制作の日々を続ける。人の家だろうが街頭だろうが橋の下であろうがお構いなしだ。
23の時、賞金目的で絵画を某有名コンクールに出品し、鳴り物入りでグランプリを獲得した。絵画コンクールなどは芸大を出てないと書類選考でボツになるのが現状であるのは重々理解していたし、ほんとにアバンギャルドで革新的なものは審査員にそっぽを向かれるとダメもとだった。審査員というものはそういった作品を否定する事で自身の立ち位置を保持する生き物だと思ってた。それにきっと「本物」が恐いのだと。
グランプリを獲った時は「世の中も捨てたものじゃない」と思い、「保守的なハゲとデブの選考員共にもまだ見る目が残っていたか」などとその高飛車な態度で金さえもらえればと表彰式にも出ていかなかった。後々これを面白がった美術雑誌からのインタビューを受け、日本美術会を一刀両断する鋭い観点と的確な論理、その哲学性に満ちた言葉は一つの事件となった。ご老公共には激しい怒りと反感、批判を買い、グランプリを取り消す動きまで起こった。その一方、燻った若者達には眩い光のようにも見えた。それなりにちょっとした金と名声を手に入れ、それをきっかけに京橋の老舗現代ギャラリーで個展も行い、作品は売れに売れとりあえずは24歳にして将来を期待される絵描きとなった。
作品購入者の中に真理もいた。真理は大学を出た後、大企業の事務員として就職したがうまく馴染めず、一年あまりで退社をしたようだ。その後職を変え結局今は銀座の高級クラブで水商売なんかをやっている。その出勤途上にアキの名前が書かれたギャラリー前のポスターを発見し、たまたま個展に立ち寄ったのだ。
その時の真理は決して嫌味ではない黒のドレスを身に付け、高いヒールとバレンシアガのバック、それらも全身黒といういでたちでそっと入ってきた。アキは一瞬目をやるがそれが真理とは気付かず、ギャラリストとその顧客との間でタバコをふかす。真理の事は中学時代まではよく知っていたが高校に入ってからはたまに友人を通しばったり会ったぐらいで、その後どう変貌していったかは知る由も無い。中学時代の真理はほんとに短いショートカットで痩せてはいたが健康的でよく笑う子だった。小さ過ぎる顔の割りに目はまん丸大きく、細く長い首はそのショートカットから覗かせる産毛すらないうなじをより魅力的なものにさせていた。ショートカットと制服のイメージしかない真理に垢抜けた大人の色気を醸す高級クラブの稼ぎ頭を見る事はアキには不可能だった。真理は時間をかけ一枚一枚じっくり見入っていた。ギャラリストと顧客のどうでもいい身の上話に嫌気がさしタバコを押し消し、真剣な眼差しを作品に向ける真理の元に歩み寄る。アキの気配に感づきあと数歩の所で突然振り
向いた真理。「おっ!」一瞬たじろぎそれが誰なのか悟った。
「マリ・・・か?」
ロングヘアの真理に面食らっている。
「うん。」にっこり笑う。
「やっぱりアキだったんだね。高校中退して東京で画家になったって噂では聞いてたんだ。まさかと思って入ってみたら居るんだもん」真理は背伸びをして大きなキャンバスの上の部分、青と緑が複雑に絡み若干オレンジが覗くアキも好きな部分を凝視しながら言った。
「お前はこんな所で何してんの?」
「これからお仕事。銀座でね。」
「お水?」
「うん。」
口を少しとんがらせてうなづく。
ギャラリストの紺野が「お知り合い?」と声をかけてきた。
「あぁ、中学の同級生。偶然通りかかったらしい。」
こくりと真理は会釈をし微笑む。「今は銀座のプレシャスで働いてるんです。アキは小学校のころから絵が得意だったけどまさかこんな立派なギャラリーで個展してるなんて。」
紺野はニタニタしながら「あぁプレシャスね。私も昔よく行ったんだよ。偉い作家さん連れて接待兼ねてね。ママは元気?」
「えぇ、私もまだ働き始めてそんなに経たないけど良くしてもらってるわ。」
「アキ君、じゃぁ今晩プレシャスで一杯やっていこうか?作品売れてるし私もつよ!」
真理も紺野もアキを見た。
「・・・うん、構わないよ。」
真理はS50号ぐらいの作品の前に行き「私もこれ買っちゃおうかな。」とつぶやく。
S50号は一辺が120cm近くある正方形のキャンバスで、日本の平均的な住宅に飾るには少し大きいくらいであった。
「えっ、ほんとに?そんなにでかい絵飾れんのか?」アキが訪ねる脇で紺野はニコニコしている。
「うん、ちょうど今壁が寂しいの。こう見えていいマンション住まいなのよ。」真理は得意気に言い、
「アキ、良い感じに飾ってよ。」とくったくのない笑顔で言う。
「かまわねーけど、高いぜ。」
「この作品は確か・・・。少々お待ち下さい。」紺野が事務所の方へ入っていく。
「アキ、覚えてる?中学で私と隣の席になった時、授業そっちのけで私の顔ノートに鉛筆で描いてくれたでしょ?」
「んな事あったっけ?いろんな奴描いてたからな。」
「すごく上手に描いてくれたのはいいんだけど、私の顔の後ろに死神みたいな怖ーい絵も一緒に描いたでしょ!?」
「だっけ?」アキは笑った。
「そのあと何て言ったかアキ覚えてる?真理の後ろには死神が見えるんだって真顔で言うんだもん!」
一瞬の間をおき二人で笑った。
「そういやそんな事あったかもな。でもまだお前の後ろには死神が付いてるぜ!」アキは真理の後ろを指差す。
「ちょっとぉ、怖いんですけど。やっぱり頭おかしいよね。」
紺野が事務所から戻ってきた。
「えぇこの作品はですね、82万円になります。プラチナ箔をふんだんに使ってるからちょっと値がはりますね。」
真理は驚く様子もなく「分かりました。今持ち合わせてないから、契約だけしちゃいますね。」
「そうですか。ありがとうございます。支払いは振込みでも構いませんし、会期中にまた起こしいたらいても構いません。今週の土曜までやってますので。」
「分かりました。どうせ今週ずっと仕事だからまた寄ります。アキは毎日居るの?」
「起きれればいるよ。」
これが実に10年以上の時を経ての真理との再開だった。




