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アキはGAYAGAのステージにぽつんと一人立っている。
ステージ脇に目をやると音合わせ用に置いてあったFenderのストラトキャスターがあり、おもむろに取るとアンプに繋いだ。
「おい、あれ。リジンのアキさんじゃねーか?」
二階の照明室で片付けを行っていた二人の若いスタッフが小窓からステージを覗く。
「マジだ!皆で打ち上げ行ったはずだけど何やってんだろ?」
アキはアンプのボリュームを上げると一気にストロークした。
誰もいない会場にギターの音だけがこだまする。
「おいおい、何か始まっちゃったぞ!」
アキの息づかいは徐々に上がっていく。それに合わせるように弦は掻き鳴らされ激しく不安定なノイズは渦となる。
「すげー……。」
「あの安物のストラトが…。」
「エフェクターもなんも使ってねーぜ…。」
「ギターとアンプだけでこんな音出せんのかよ…。」
二人の若者はアキのプレイに釘付けになりながら時たま独り言のような会話をしている。
アキがハイポジションで不調和音をこれでもかと激しく鳴らした時、6弦が勢いよく切れ顔をかすめた。アキは両手をぶらんと垂れ下げうつむいた。アンプからはフィードバック音が延々と流れる。
「どうしたんだろ?」
「弦でも切れたのかな?」
「なんか様子おかしくね?」
「俺下降りてみるか?」
「いや、やめたほーがいいんじゃん。」
小窓越しに若者二人はボソボソと言い合いを続けている。
その瞬間、アキは空高くギターを振りかざすとそのままステージ床に叩き付けた。
「あぁぁーーー!!!」
二人は声を揃え絶叫した。
ネックは根本から折れその反動でボディは2、3回バウンドしてはあちこちに部品を散乱させた。
シールドはアンプから外れ再び会場は静寂に包まれた。
二人は口をあんぐりと開けたまま呆然と立ち尽くす。
アキはネックを投げ捨て足元に転がってきたピックアップを蹴り飛ばすと、据わった目のままタバコに火を付け会場後ろのドアから出て行った。
「お、おい。菊地さんになんて言う………。」
アキは左手をジャケットのポケットに突っ込み、右手にタバコを持ちながらよたよたとGAYAGAを出る。
「よっ。」
聞き慣れた声に顔を上げると純平が立っていた。
「やっぱまだここに居たか。絵里香から電話あってまだ家に帰ってないって言うからよ。」
純平は微笑んだ。
「なんか菊地さんと坂本と3人で飲んでたんだけどよ、2人してダーツ始まっちゃって。お互いかなりアツくなっちゃってさ。らち空かねーから先帰ってきたんだ。」
アキは黙ったままうなずきもせず、よたよたと歩いている。純平もアキの脇を一緒に歩く。
「疲れたろ?帰ろうぜ。」
純平はアキを見ながら優しく言うと小走りに通りのタクシーを捕まえた。
「とりあえず真っ直ぐ。」
純平が運転席の後ろから伝える。
アキは助手席の後ろに乗り込むと冷めた視線で窓の外を眺めてる。
信号や曲がり角が来る度純平は運転手に指示を出すので前方をきょろきょろしている。
「あっ、あとはこの道ずっと道なりで。」
純平が言うと運転手は返事をして少しだけ無線のボリュームを上げた。
「サンホテルで停めて。」
アキが運転手のほうを見て言った。
「はい?あっ、えー…。かしこまりました。この先のホテルですよね?」
運転手がバックミラー越しに純平を見ながら訪ねるとアキは「うん。」と一声返した。
「あん?なんだよ?ホテルに泊まんの?」
アキは黙ったまま走り去る窓の外を見ている。
「なにもこのまま一緒に帰ればいいだろよ?」
純平は不思議そうにアキに目をやる。
「お前とあの家帰ったらどうせ絵里香がうっせーだろが。それに今日はなんとなくそんな気分なんだよ。」
純平は鼻で大きくため息をついた。
「そうか。わかったよ。」
5分もするとホテルに到着し、タクシーは入口前に停車した。
「んじゃな。また連絡するわ。」
純平が言ってもアキは無反応にタクシーを降り、そそくさとホテルへ入っていった。
タクシーは再び発車し純平のマンションへと向かった。
「ただいま。」
純平はぼそりと言い、几帳面に靴を並べると、明かりの点いたリビングのドアを開ける。
「あっ!おかえりー!あれっ?アキは?一緒じゃないの?どうなってんの?」
さっそく絵里香が純平に畳み掛ける。
純平は冷蔵庫に直行しビールを取ると栓を開けその場で二口飲む。
「はぁぁ。」と大きなため息のあとソファに勢いよく腰を下ろす。
「疲れたわ。」
苦笑いをしてタバコに火を着ける。
「お疲れ様。」
絵里香も軽く微笑む。
「真理ちゃんだいじょぶだったの?」
絵里香はこくりとうなずく。
「うーん。まだ分からない。実際帰りは泣いちゃって。二人がどんな内容の話ししたかも詳しくは知らないから。でも会って話し出来た事は良い事だと思うのね。今後二人がどうなってしまうのかなんて本人達も今は分からない状態なんじゃないかな?」
「泣いた?なんでだろ。それって別れたって事じゃなくて?」
「ううん。アキはもう少し時間くれって。だから今すぐ別れたとかそういう事ではないと思う。」
絵里香は空になったティーカップの飲み口を指で擦っている。
「で、ところでアキは?」
ティーカップから純平に目をやる。
「あぁ。あいつ、真理ちゃん帰ったあともずっとGAYAGAにいたみたいよ。途中までタクシーで一緒に帰ってきたけど、ホテル泊まるって言い出して。」
「はぁー、またー!」
純平は立ち上がるとズボンのベルトを外し始めた。
「とりあえず風呂入ってくるわ。」
絵里香はティーカップとビール瓶を片付けると寝室へと入っていった。
純平はぬるめのお湯にアゴまで浸かってアキの事を気にしつつも、菊地に言われた事を考えていた。
リジンがアメリカを相手に、世界を相手にどこまで出来るのか。
リジンというバンドに対する絶対的な自負、アキと坂本というずば抜けた天才を有する事への確信的自信。
純平は世界に見せ付けてやりたかった。
圧倒的な音を。
リジンという革新を。
日本人であるというジレンマやコンプレックスを一掃して頂に立つ様を。
そしてこの純平の熱い想いがリジンの世界進出を加速させていくのだった。




