第九話 街路樹の下に
「いやー、疲れたなぁー」
「そうだなあ。」
「なあ…まず勝てて良かったではあるんだけどさ…」
「ん?なんだその含みのある言い方」
虎春の苦々しい顔は、二人の後ろにある道路に向いている。
「これどうすんだよ…」
虎春が指差した先には、ついさきほど倒した男が気を失って倒れている。
入鹿と虎春が話している間に轢かれなかっただけ、この男は幸運と言えるだろう。
「やっべ、忘れてた」
「自分が倒した相手だってのに…全くお前は…」
虎春は入鹿のど忘れの多さをさながらお母んのように心の底から心配している。
だが今の入鹿の脳みそは、勝利の快感により分泌された大量のアドレナリンで埋め尽くされている。
その喜びに少々物事を忘れてしまうのは仕方のないことだと言えるだろう。
「んじゃまあ、俺がそのへんの草むらに捨てとく?」
「気絶した人間の不法投棄とか聞いたことないけど…」
ポイ捨て感覚で気絶した人間を捨てようとする入鹿。
人の心はどこに置いてきたのだろうか。
緊張が解け、和気あいあいとしてきた二人の前に例のウィンドウが表れる。
「お、なんだ?報酬でも来るのか?」
このタイプのウィンドウは何回も体験したため、さすがにもう入鹿たちは驚かない。
「どうやらそうらしいぞ」
画面には〈他プレイヤーを撃退した!10Pを手に入れた!〉と書かれていた。
いつもどおりの薄い青緑色の画面に、ピクセル調の文字。
「おい虎春!ポイントだって!何に使えるんだろうな!」
「おお、こりゃ本格的にゲームって感じになってきたな…」
これから先の展開を考えてワクワクしている入鹿と、どうしようもない不安を感じている虎春。
二人の目に、画面右下にちょこんと置かれているハテナマークは映らなかった。
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「ふう…なあ虎春」
入鹿はようやく道の端の街路樹に男の背中をもたれさせた。
道路脇の木の根元に酒臭い(浴びただけ)中年男性がぐったりと立てかけられている。
これなら通りがかりの人も酔っ払いが眠っているだけに見えるだろう
「なんだよ」
それを手伝って疲れに疲れた虎春は、少し不機嫌気味。
本当は入鹿が売られた戦いだから一人で運べということだったのだが、あまりに運ぶ時の入鹿の声がうるさいので虎春も手伝うことにしたのだ。
「結局こいつって誰だったんだ?」
「さあ?俺の知り合いにはいねえよ。こんなおっちゃん」
虎春の知り合いでもない。だとするならこいつは何者なんだ。
そして、なぜこの俺たち二人に襲い掛かってきたのだろう。
「俺も知らないんだけどな…誰なんだよほんとに…」
入鹿は男のポケットなどを漁りながら虎春に応答する。
だが、戦闘中に使っていたカードは、三枚ともきれいさっぱり無くなっていた。
「あ、財布の中に身分証あるんじゃね?」
入鹿が手に取った男の財布をちらりと見た虎春が、そんなことを提案する。
「お前天才だな」
さっそく財布を開き、身分証があるかどうかチェックし始める入鹿。
もちろん男の所持金チェックも忘れていない。
「牛尾田…これゆうひこってってよむのか?」
ちなみに入鹿は漢字弱者である。
「いや上にふりがなあるだろ。裕彦だよ、ひ、ろ、ひ、こ。年は…56か。」
おっと、ふりがなを見忘れていただけの様だ。
ここまで注意力がないとなると、虎春が心配になるのも納得である。
「いい年したおっさんじゃねえかよ」
確かに、56歳と言えばもしかしたら孫が居るかもしれないという様な年代。
定年退職とまではいかないが、会社では上司として人の上で働いていそうな歳である。
「ああ。何でこんなゲームしてんだろうな。」
なぜこの年代の人がこんなゲームをしているのだろうか。
何か年齢関係なく突き動かされるような理由が…?
「こいつの財布しけてんなー。」
「おい、人の財布漁っといて失礼だろ。」
「ほれ、五千円札。これだけ。」
「んー、これでなんか食って帰るか?」
失礼だなんだと言っておきながらも盗人の思考回路である。
二人の頭の中に交番に届けるなんていう選択肢はない。
「大賛成!」
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「いやー、やっぱマミコの母味は最高だな!」
入鹿と虎春は夕焼けの中、自分で買った(自分のお金ではない)アイスを片手に家路についていた。
「食って帰るってアイスかよ…つかアイスの名前きも…なんだ母味って。」
「ただのミルク味だよ!っていうかそれを言うならお前こそコリコリくんの軟骨味ってなんだよ!」
「いやこれ名前は多少びっくりするんだけどさ、独特の食感と強めの塩味がだな…」
「ふうん」
「聞いておいて何だよ!お前のアイスのほうが変なくせに!」
自分の変なアイスのことを棚に上げて他人のアイスを侮辱する入鹿。
当然入鹿も負けてはいない。
「あぁん!?お前が言える立場かよ!」
こいつらの仲はいいのか悪いのか。
戦闘時とうって変わって、バカとバカの会話になっている。
これからもこんな平和(?)や安泰(?)が続くのだろうか。
続けられるとしても、入鹿や虎春はそれを選ばないだろう。
退屈な日常を壊せるきっかけと、それを共にできる仲間を得たのだから。
入鹿たちのゲームは、まだまだ続く!
チュートリアル編 完




