第十話 石好きの石
今日も今日とて、変わらずいつもの通学路を二人は歩いていた。
「いやぁー、普通にやばいよなぁー」
やばい、と言う入鹿の顔には、疲れよりも未だ冷めやらぬ興奮の方が表に出ている様に見える。
「その割には楽しそうじゃねえかよ。」
そう言う虎春も、苦笑いの奥に少年のようなエネルギーが見える。
「まあやばいもんはやばいだろ。昨日のあれでめっちゃ体痛いし。」
「それは俺もそうだよ…あんなイかれたおっさんとの戦闘はもう二度としたくない。」
確かに二人は疲れている。脳内で分泌された大量のアドレナリンで昨日はなんとか活動していたが、それが切れた今、体に凄まじい重だるさを感じている。特に入鹿。運動不足のせいである。
「それにしても…」
入鹿は昨日帰る途中で虎春に説教されて変えたカードの入れ物、ベルトにぶら下げるタイプのカードホルダーから【ウォーターゴーレム】のカードを取り出して深くため息をつく。
「これはきついよなあ」
カード上にはカチカチと逆向きに動き続ける赤と白の質素なタイプの時計と、その横で減り続ける水色の数字。現在は
おそらく、これらはクールダウンの残り時間を表しているのだろう。
「もしまた襲われたらどうすんだよ…」
虎春の金カードは昨日の戦いで使わず温存していたため時計はついていないが、だとしてもたった三枚のうち一枚が使えなくなるというのは大きなダメージになる。
「まあ、どうにかなるだろ」
「そんな楽観的な…」
「昨日は勝てたんだしそれで良いじゃねえか!」
入鹿は満面の笑みでそう答える。この楽観的な性格が彼の欠点であり、愛されキャラである所以なのだろう。
キーンコーンカーンコーン
遠くからチャイムの音が聞こえてくる。
これは二人の学校の始業5分前のチャイム。
「もうこんな時間!?やばいぞ入鹿。急げ!」
虎春がビュンと風を巻き起こしながら学校に向けて走り始める。
「お、おう!お前走るの速いってぇ〜〜」
それに追いつくために全力で走り出す入鹿。
二人の日常は、毎日こんな感じで始まっていた。
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4分55秒後、学校のとあるクラスの前には額に少し汗をかいた虎春と、倒れてほとんど動かなくなった入鹿が居た。
「ふう、間に合った。」
腕時計を確認した虎春がほっと一息つく。
「間にあったって、いっても、五秒前、じゃねえか、」
その横ではぐったりとした様子の入鹿が息も絶え絶えに横たわっている。
ひっくり返った虫のようだ。
キーンコーンカーンコーン
始業のチャイムが鳴る。すでに教室の中に入った二人に遅刻が付けられることはもうない。
「お前いつも運動しないからそこまでバテるんだよ。運動しろ。運動。」
入鹿は当たり前に重度の運動不足。運動しろというのは真っ当な指摘だ。
「するわけ無いだろうが。」
だが、言われてやるなら入鹿は運動不足になっていない。
そんなことを教室のドアの前で言い合う二人に、ある生徒が話しかけてきた。
「ようお前ら。きょうもギリギリだな。」
寺崎一斗。入鹿と虎春のクラスメイトで同じく居残りメンバーの一人。丸坊主になっている頭は季節が変わるごとに髪の毛を刈るので、一斗の頭を見れば季節の変わり目を感じ取ることができる。
「おお一斗。こいつ見てくれよ。通学路を全力疾走しただけでこんなにバテてやがる。」
一斗にいち早く気付いた虎春が、入鹿の体力の無さについて愚痴り始める。
「あれ?二人共、通学路どんくらいあったっけ?」
「ん?ああ、まあ、走ってきたくらいだと2キロくらいだろ。」
虎春はまるで『昨日食った晩飯はハンバーグだったよ。』とでも言うように軽く答える。
入鹿と逆で普段から過剰に運動をしている虎春は、2キロという距離の感覚が人間と一致していない。
「2キロ!?お前ら2キロ走ってきたの!?」
虎春が当たり前のようにうなずく。
入鹿も力なくうなずく。
そんな二人を見た一斗は、表情を強張らせながらも入鹿の肩に手を置く。
「その…なんだ。大変なんだな。お前も。」
今ちょうど増えた理解者の優しさで入鹿の目がうるむ。
そんな三人はそのあとの授業をうだうだ文句を言いながらもしっかりと終わらせ、さっさと帰宅路に着いた。
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「今日もだるかったなぁ〜」
今日も今日とて入鹿が愚痴をこぼす。毎日していることだが、それでも嫌だからこそ”だるい事”なのだ。
「三時間目の国語はまだ大丈夫だったんじゃないか?『ジキル博士とハイド氏』は結構面白かったぞ。」
今日の三時間目は国語で、内容は『ジキル博士とハイド氏』の前半を読み、そしてその感想を書くこと。
「あれ長いし殺人シーン多くて苦手なんだよね…」
「じゃあ、何なら好きなんだ?」
入鹿が顎に手を当て考える。全く様になっていない。
「うーん、名探偵コナンとかかな?」
「コナンも大体は殺人事件の話だろ!」
「まあまあ。二人共落ち着いて。」
我が強くてヒートアップしがちな二人の話を諫められるのは一斗くらいだろう。
中学生とは思えないほどに落ち着いている。
「あ、そういや一斗は何が好きなんだ?」
「俺は…『世界の石像大全』とかかな?」
一斗はなかなかにマイナー本を読む。虎春が確認している限りでは、『踊る金属バット』や『日本全神社見取り図』というマイナーを通り越してなぜ中学校の図書館においているのかすら分からない本さえ読んでいる。全く、どこでそんな本を見つけてくるのだろうか。
「まじか…やっぱお前、石好きなんだな…」
「ん?どういうこと?」
入鹿がポロリと漏らした一言に耳聡く反応する一斗。
「だってその頭、石ころみた」
入鹿はそれから先を言うことができなかった。
「なんか言ったかな?」
なぜなら、一斗の傘の先が入鹿の喉元に突き付けられていたからである。
「い、いやなんでも…」
流石の無神経バカ野郎の入鹿も口を閉ざす。流石に命の危険となれば口を閉めざるを得ない。
「それなら良いや。さぁ、ちゃっちゃと帰ろう!ちゃっちゃとね!」
「…そうだな。」
虎春は横で、笑いをこらえながら、あたかも表情一つ変えていないように見えるように歩いていた。
「そういやさ、」
ついさっき黙らされた入鹿が、性懲りもなく口を開く。
「どうした?」
「さっきから変な音聞こえない?重機でコンクリート砕いてるみたいな…」
その一言で、急にその場の空気がすっと冷えた。
「「!」」
虎春だけは反応できていた。
「入鹿!一斗!二人共伏せろ!」
【紅殻バサミ】
三人の頭上の空間を赤い大きなハサミが真っ二つに切り裂いた。
虎春の言葉が無ければ、三人ともこれでお陀仏だっただろう。
「何が起こってんだ!?お前ら何か知ってんだろ!」
一斗は二人に説明を求めた。が、
「一斗!説明は後だ。あの壁の後ろに隠れておいてくれ。」
今はプレイヤーでない一斗の安全が最優先。
さっきのゆったりとした雰囲気からうって変わって、空気がピンと弓の弦のように張り詰める。
「虎春、行くぞ。」
「もちろん」
2人の雰囲気も鋭く、そして緊張したものに変わる。
「一斗、ちょっと倒してくるから待っとけ。」
「お、おう…」
さっきは一方的に攻撃していた一斗も、二人の変わり様にひるんだのか、虎春が指定したコンクリートの壁の後ろにおとなしく隠れる。
歩き始めた二人の真横にある半壊したビルからは、ぎしぎしとねじが軋むような音が響いていた。
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