第六話 ”ゲームスタート!”
〈マスターカードとの接触を確認しました。〉
入鹿の耳にこびり付いて離れない合成音声のような声がこの教室に響き渡る。
「え、何!?」
状況を理解していない虎春は、どこからともなく聞こえてくる声に狼狽している。
「何も起こらない…のか?」
逆に虎春が自分のように黒服の様な奴に殺されてしまうことを危惧していた入鹿は安心してため息をつく。
「心配かけやがって…」
「お前が勝手に心配したんだろ!!」
精神的に疲れていても、虎春の突っ込みはキレッキレである。
教室内の空気がだんだんと柔らかくなってきたが、その空気を壊すように、また別の音が静かに鳴った。
ウィン
「「何だ!?」」
元からゲームで反射神経が鍛えられている二人の耳は、小さく聞こえたその音を聞き逃さなかった。
「ガチャ画面…か?」
「!」
音と共に出てきたのは入鹿の時と同じくガチャ画面だった。
だが入鹿の時と違い、後光が差しているかのような神々しい背景に、黄金に輝く傷一つないガチャ。
虎春はこの画面のことを知らないため、不振がって全く触ろうとしない。正常な対応だ。
だが入鹿はこれをよく知っている。さらに始末の悪いことに楽しいものとして覚えてしまっている。そして自分の引いたものと違ってレアガチャっぽいのも悪さした。
この状況下、ゲームに支配された入鹿の脳にはもう選択肢が一つしか残されていなかった。
「虎春!回そう!」
入鹿はそう叫ぶように言った。
だが虎春は冷静だった。
「え!?なんでだよ入鹿、こんな怪しい物触らないほうがいいだろ。」
虎春のド正論。だが虎春はまだ理解していない。入鹿が現実でガチャを引いた喜びで一日の記憶が飛ぶほどのゲーム中毒者であることを。
「よし回そう!」
「おい?入鹿?ちょ、ちょっと待てって!」
ガシャン ゴロゴロ ゴロゴロ
虎春の制止も虚しく、黄金のハンドルは物々しい音を立てて回る。
コロ…コロコロ…
「!?」
「にょはあ!」
目の前で起こった出来事に目を丸くする虎春と、想像どおり昨日のようにカプセルが出てきて少なくとも日本語ではない声を上げて喜ぶ入鹿。
「なんなんだ…これ…」
「見てわからないの?ガチャ引いたから、カプセルが出てきたんだよ。常識だろ?」
入鹿がカタカタと銀色のカプセルを振る。カプセルの上部は半透明になっていて、中のカードが揺れて音を立てていることが分かる。
(こんどこいつに常識というものを教えてやらないとな…)
虎春のやらなきゃリストに面倒ごとがまた一つ増えた。
この虎春という常識人は入鹿の言動には毎回の様に困らされているのであろう。
「まあ入鹿、それを貸してくれ。」
「いや駄目だ!これは捨てさせない!」
「捨てねえよ!ゲームの初期配布アイテムだぞ?捨ててたまるかよ。」
訂正しよう。この虎春という男、全く常識人なんかではない。入鹿という異常人とつるむ虎春もまた異常人なのである。
ここにもう二人を止める人間はいない。今日のこのバカ二人の行動は彼らの未来を良い方向へ導くのだろうか。はたまた、地獄へと誘う出来事だったのか。
どちらであるかは見当もつかないが、この日から二人の人生の方向が大きく変わることは間違いない。
「お~い、早く開けろよ~」
「おい入鹿、急かすなって。今開けるから。」
パカッ
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「いやー、今日はいろいろあったなぁ」
「そうだなあ」
授業が終わり、放課後も終わった。帰路の空も黒寄りの紫のような色になっている。
「まさか虎春もこのカードゲームに参加することになるとはな…」
「マジでこのゲーム何なんだろうなぁ」
教室でお互いのカードを見せ合って俺のほうが強いだのこの組み合わせのほうがかっこいいだのわいわいやっていた入鹿たちは身体的には疲弊していながらも精神的には満足していた。
「不思議なことも起こるもんだな」
「そんな軽く流していいことでもないと思うんだけど…」
こうやって雑談をしながら、帰宅して、ご飯を食べて、今日が終わってまた明日。
そんなごく普通の生活は、このゲームに入ってしまった時点で成立しなくなっていることに、二人はまだ気づいていなかった。
「あの…すみません」
「え?ああ、何ですか?」
今の入鹿に返事をさせると応答がおかしくなる。虎春がその判断を下し、口を塞ぐまで実に0.1秒。慣れたものである。
「今、カードゲームと聞こえましたが、何かあったのですか?」
「ああ、それは…」
虎春は返答に困った。
今日あったことをそのまま話していい訳がない。
入鹿の話によるとこれは謎の人間に殺されるかもしれないというリスキーという言葉すら温く感じる程のゲーム。
そんな事をほいほいと他人に教えてはいけない。当然のことだ。
「えっと、ですね…」
「おい虎春、何もごもごしてんだよ、お前らしくもない」
自分たちが持っている情報にどんな危険性があるか考えていない入鹿は虎春が考えていたことなどつゆ知らず、ほいほいと話し出した。
カードの入手経緯や、隣の虎春もカードを持っていること、虎春の家に封筒が届いたことまで話し、
「・・・で、そのカードがこれね。」
挙句の果てには自分のカードすら見せる。
「ほお、なるほど」
「そういうわけだ。」
自信満々に話す入鹿だが、その横で虎春が頭を抱えていることをこいつは知らない。
「それなら話が早いですね。」
「?」
その男の一言に、虎春の勘が警報を鳴らした。
「入鹿!逃げろ!」
「え?」
【丑角】
シュッ
湾曲した白い刃が、入鹿の頬をかすめ、後ろの壁に突き刺さる。
かすめた跡には、刃の白とは対照的に真っ赤な線が一筋出来ていた。
「ふむ、避けられるとは…まあ流石に一筋縄ではいきませんか。それでは改めて。」
その男は、投擲フォームからきっちりとした立ち姿に直り、会釈のような浅い一礼をしてこう言った。
「その命、頂戴致します。」




