第61話 戦闘開始
最初の一撃が交わった時点で、この戦いは単純ではないと分かっていた。
風は流れている。だが、その流れが“自然”ではない。
森の中であれば、風は木々にぶつかり、枝葉に裂かれ、温度差に引かれて乱れるはずだ。
ところが、目の前の空気は違う。乱れているように見えて、一定の規則を保っている。
作られている。そう認識した瞬間、次の変化が来た。
「……来る」声に出すより早く、身体が動く。
踏み込み、半歩だけ軸をずらす。
その直後、頬の横を何かが掠めた。音は遅れて届く。乾いた裂音。視界の端で、木の幹が薄く削がれているのが見えた。
風刃。だが、さっきまでのそれとは違う。
「……浅いな」思わず呟く。
威力が足りないわけではない。むしろ、精度が高すぎる。
必要な分だけ削る。無駄に深く斬らない。だからこそ、空気の抵抗が少なく、次の動きに繋がる。
「また来る!」リナの声が背後で弾ける。
次の瞬間、空気が左右から同時に圧を持った。
挟み込まれる。直線ではない。左右から流れを絞り、逃げ場を限定する形。
「……いいな」思考が冷える。恐怖ではない。解析が優先される。
右の流れは強い。左はわずかに遅い。なら、抜けるのは「左」
身体を滑らせる。完全に避けるのではなく、圧の弱い側へ体重を流す。
接触の瞬間に、空気の層をずらす。衝撃を逃がす。
だが「……?」抜けたはずの先に、もう一枚の層があった。
遅れて追いかけてくるような風。
「二段構えか」舌打ちを飲み込む。
対応はできる。だが、判断が一手遅れる。その一瞬が、積み重なる。
「エアショット」反射的に放つ。
圧縮した空気を、追従してくる流れに叩きつける。
衝突。拡散。視界がわずかに白く揺れる。「……」
崩れた。だが、完全ではない。
「残ってる」リナが低く言う。
「普通なら消えるのに」
「残すように作ってる」
言いながら、前を見る。木々の間に、四つの影。動きは少ない。
だが、空気は確実にそこから発生している。
「中心はどこだ……」
目で見るのではなく、空気で捉える。
流れの起点。干渉の重なり。わずかな歪み。
「……そこか」
一人。後方寄り。他の三人よりも動かない。
だが、周囲の流れを整えている。
「制御役か」なら「崩す」
踏み込む。直線ではなく、流れに沿って斜めに入る。
相手の視線が動く。反応が速い。だが「追いつく」
空気を掴む。圧縮。細く、鋭く。
「エアブレード」放つ。
一直線ではない。わずかに軌道を曲げる。
木の幹を避け、枝の隙間を通し、影に向けて収束させる。
「……!」影が動く。
回避。だが、余裕がない。
その瞬間、別の影が割り込む。風の層が重なる。「守るか」
予想通りだ。制御役は優先して守られる。
「なら」手を変える。一点突破ではなく、分散。
複数の圧を同時に走らせる。「エアショット」三連。
それぞれ角度を変える。一つは囮。二つ目で流れを歪める。三つ目で、本命を通す。
「……!」空気がぶつかる。層が乱れる。わずかに。ほんの一瞬。
「今だ」踏み込む。距離を詰める。近い、だが。
「――!」横から、別の流れが差し込まれる。
速い。予測していない角度。
「っ……!」肩に衝撃が走る。
完全には当たっていない。だが、体勢が崩れる。
「……」着地。息を整える。視線を戻す。相手の位置は変わっていない。
だが「配置が……」。微妙にズレている。
さっきまでとは違う。連携の形が、更新されている。
「……早いな」崩したはずの構造が、もう組み直されている。
しかも「さっきより精度が上がってる」リナが息を呑む。
「学習してる……?」
「いや」首を振る。
「最初から持ってる」
必要に応じて、形を変えているだけだ。
「……」一瞬、思考が止まる。
いつもなら、ここで次の手が浮かぶ。
だが。「……」遅れる。半拍、そのわずかな遅れが。
「来る!」誰かの声。
次の瞬間。空気が、縦に裂けた。今までとは違う。
広がるのではなく、集中する流れ。一直線。
だが、その中に複数の層が重なっている。
「……」避ける。だが、完全には外れない。肩を掠める。
衝撃。「っ……!」踏みとどまる。血が滲む。深くはない。
だが。「……」
視線を上げる。相手の動きは変わらない。淡々と無駄なく。
「……いいな」思わず、そう呟く。
強い。だがそれ以上に。「完成されてる」
対して自分は。「……まだ、組み立ての途中か」その差が、少しずつ広がっている。
リナが横に並ぶ。距離が近い。「どうする?」短い問い。
迷いはない。「崩すしかない」それしかない。
だが、その方法がさっきよりも一歩、遠くなっている気がした。
空気が、わずかに重くなる。
次の一手を考える時間が、確実に削られている。
その感覚が、じわりと広がっていった。




