第60話 初接触
森の空気は、戦闘が始まった瞬間に変質した。
それまでただ流れていた風が、急に“意味”を持ち始める。
どこから来て、どこへ抜けるのか。どこが遮られ、どこが開いているのか。
その一つひとつが、選択に直結する。
「右から来る」視線より先に、空気が教える。
踏み込む。同時に、背後で何かが裂ける音がした。
振り返らない。見る必要がない。そこにはもう、何もない。
「……速いな」相手の動きは、無駄がない。
だがそれ以上に「読まれてる?」リナの声が、少しだけ強張る。
「いや」短く否定する。
「まだだ」
だが、違和感はある。
風刃の軌道。単純な直線ではない。木々の間を縫うように、わずかに角度を変えてくる。回避した先に、もう一枚の刃が重なるように設計されている。
「……面倒な作りだな」
空気を掴む。流れを分解する。重なり合う層を、一つずつ剥がす。
「エアショット」放つ。
圧縮された空気が、風の層にぶつかる。
衝突。音は遅れて響く。
「……」崩れる。だが、完全ではない。「浅い」
わずかに残る。完全に打ち消せていない。
「普通なら消えるはずだ」リナが横で呟く。
その通りだ。今までなら、ここで終わっていた。
だが「残るように調整してる」答えながら、次の流れを読む。
一度崩しても、再構築される。しかも速い。
「……一人じゃないな」当然の結論だ。だが、その連携が異常に滑らかだ。
「来るぞ!」前方の魔導士の声。同時に、空気が一段重くなる。
広がる。今度は“面”で来る。
「……なるほど」さっきよりも広い。そして、均一。
「さっきの四人……役割分けてる」リナが気づく。
「制圧、誘導、攻撃……全部分担してる」
「だろうな」
だから無駄がない。一人が外しても、別の層が補う。
「でも」視線を走らせる。流れの中心。わずかな歪み。
「崩せる」完全ではない。構造がある以上、穴はある。
「左前、三本目の木の裏!」叫ぶ。
リナが即座に反応する。「了解!」
炎が走る。空気が動く。酸素が引かれる。流れが乱れる。
その瞬間。「そこだ」一点に集中する。
圧をかける。削る。「エアブレード」
細く。鋭く。放つ。木の影にいた影が、わずかに揺れる。
「……!」反応した。回避。
だが「読める」動きが直線的だ。訓練されているが、自由度が低い。役割に縛られている。
「追う」踏み込む。距離を詰める。空気が変わる。
近距離、相手が短剣を抜く。
魔力を纏う。斬撃。速い。
だが「遅い」流す。空気を滑らせる。接触を逸らす。
そのまま「エアショット」
相手の身体がわずかに浮く。完全には倒れない。
だが「一人崩れた」。連携が一瞬乱れる。
その一瞬で「押すぞ!」前方の魔導士が動く。
陣形が前に出る。圧が変わる。こちらが主導を握る。
「……いけるな」小さく呟く。
相手は確かに強い。だが「崩せる」。その確信がある。
リナが横で笑う。「さっきより全然マシじゃん」
「最初だけだな」
油断はしない。だが、見えてきたものはある。
「構造があるなら、壊せる」それが今までのやり方だ。
観察して、分解して、再構築する。同じことをやればいい。
「……問題ない」自分に言い聞かせるように呟く。
その瞬間だった。空気が、わずかに変わる。
「……?」違和感。
ほんの一瞬、流れがズレた。
「――!」反応する。
だが遅い。背後。
「っ……!」衝撃。身体が前に押し出される。
視界が揺れる。
「……な」何が起きた?
流れは読んでいた。死角はなかったはずだ。
振り返る。そこに、もう一人いた。さっきまでいなかったはずの位置に。
気配が、薄い。いや「……消してたのか」理解する。
流れに乗せて、存在を隠していた。
「……面白いな」思わず、口元が歪む。
強い。単純な出力ではない。「戦い方が違う」その事実が、はっきりと見えてくる。
リナが少しだけ距離を詰めてくる。「……どうする?」
その問いに、少しだけ考える。だが答えは変わらない。
「やることは同じだ」空気を掴む。流れを読む。
「ただ」視線を前に向ける。「ちょっと厄介になっただけだ」そう言いながら。
胸の奥に残った違和感を、まだ言葉にできずにいた。




