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11話 贋作の存在意義(2)


「え!?いいんですか!?」



俺の提案を受けた坂城くんは驚いた顔をした。

それはそうだろう。

だって、「お金はいらない。」と言ったのだから。



「まさかタダで引き受けるとはねぇ。」


「う……。」



和織は隣でニヤニヤとした表情を浮かべて俺を見る。

そう、俺はひとまず無償で請け負うことにしたのだ。

それで、「もし心に響く何かがあれば、坂城くんの思う値段で払ってくれ。」と伝えている。

元より、これで食っていこうとしてるわけではないし、まずは数、実績が必要な時期だ。

和織に確認もせず決めてしまったのは悪いと思ったが、

あの後、事後報告をすれば「いいよー」と軽い返事が返ってきた。

そして、坂城くんと何度かメッセージでやり取りをして、今日、和織と坂城くんの家にお邪魔することになった。



「まぁ、でも…、ありがとね。」


「え?」


「龍のこと。」



龍…、とは坂城くんのことか。

やっぱり、気にしていたのだろう。



「お母さんが病死したって聞いてさ、…なんか、ほっとけなくて。

あ、別に親友ってわけじゃないんだよ?でもさ……。」



ふ、と表情が曇る。

時々見せる、この表情に俺はドキッとする。

年相応に見えない、思いつめたような顔。

ここ最近、遺族と接することで、なんとなく思い当たる気がした。

…人を亡くした痛みによる表情。

どこか、生気が薄い。

その姿に、ほんの少し、ヒヤリとした。



「…お母さんと、知り合いだったからさ。」



小学校からの知り合いなら、それも頷ける。

特別仲がいいわけではなくても、親同士面識もあるはず。

母親を亡くした者同士、状況は違ったとしても何か通う部分があるのかもしれない。



「龍の家に着くまでの間、僕の話していい?」


「…どうぞ。」


「僕、本当は父の会社を継げって子供の頃から言われてて…。」



その声色から、継ぎたくない気持ちが伝わる。

何の会社かは知らないが、大きい会社なら跡継ぎだなんだとしがらみはあるだろう。

金持ちも、案外楽ではないらしい。

和織は子供の時の話と、家族の話をしだした。


父親が会社の社長で、母親は児童書の作家。

本当は母親と同じ作家になりたかったが、父親から会社を継げと言われていた。

せめて文才に恵まれれば逃れられたものの、その才能が開花する気配はない。

半ば諦めながら始まった高校受験。

せめてもの抵抗で、父親が指定した高校ではなく、近くの高校を選んだらしい。

その高校受験の日、母親と買った合格祈願のお守りを忘れたことに、試験会場に着いてから気づいた。

そこへ、母親から連絡があり、試験開始前に車で届けに来てくれたそうだ。

お守りのおかげか、余裕をもって試験を終わらせて、電源を切っていたスマホを取り出す。

電源を入れると不在着信が数件と、父親からのメッセージ。

慌てて父親に折り返し電話をすれば、"母親の乗っていた車にトラックが突っ込んで、亡くなった"という連絡。



「事故だよ?事故だけどさ、僕が忘れものしなければ、お母さんは車に乗らなかった。」


「…そ、れは、わからないだろ…。」


「……。」



それっきり、和織は黙ったまま、足を動かす。

…お前は悪くない。

そう思うのに、声にならない。

いや、声に出しても、近くにいるのに届かない気がした。

坂城くんとは、似ているようで似ていない。

ー「最期は、僕の遺書を手伝ってよ。」

出会った当初、そう言った和織は、軽い口調だった。

けれど、目はどこか暗くて、遺書を渡してしまったら、

消えてしまいそうな気がした。

まるで、最初からいなかったように。



「着いたよ。」



和織が足を止めて、いつもの表情を向ける。

遺書は後回しにしたまま。

まだ、その時じゃない。

俺にはまだ、和織の望む言葉が書けない気がした。

俺は軽く頭を振って、気持ちを切り替える。

今の依頼者は坂城くんだ。



「よし…!」



俺は軽く意気込んでから、インターホンを鳴らす。

すぐに玄関のドアが開いて、ラフなTシャツと半ズボンを着た坂城くんがこちらを見て笑った。



「あ、河目さん。よろしくお願いします。」


「こちらこそ、お邪魔します。」



体育会系ならではの綺麗なお辞儀をされ、慌ててこちらも会釈した。

坂城くんは俺の隣へと視線を動かすと、どこか安心したような表情を浮かべた。



「久しぶり、和織。」


「……うん。久しぶり、龍。」



2人の間に、どことなくぎこちない空気が流れる。

かといってギスギスとした居心地の悪さはない。

久しぶりに会う友達なんて、こんなものだろうか。



「今、俺しかいないんですけど、母の物は結構探しといたんで。」


「ありがとう、助かるよ。」



玄関へと促され、「お邪魔します。」と言って靴を脱いで端へと揃える。

珍しく、和織は俺の真似をして靴をそろえていた。

通されたのは坂城くんの部屋で、真ん中のローテーブルの上にノートが数冊。

他にも、アルバムや手帳などが置かれていた。



「…母ちゃん、結構字キレイなんすよね。」



断ってアルバムを開けば、彼の言う通り丁寧な字があった。

アルバムの写真の下には日付と場所、被写体の名前も書かれており、几帳面なことが伺える。

ノートに書かれた字も、走り書きなどはほとんどなく、1字1字しっかりと書いているようだ。



「あのさ、龍。…なんで喧嘩したの?」



気にはなっていたが、聞けなかったこと。

躊躇いのない声が、穏やかな空気を切り裂いた。

坂城くんを見れば、やはり答えづらそうに視線を床に落としている。



「そ、れは…、本当に、くだらなくって…。」


「龍を責めてるんじゃない。ただ、きっかけが知りたいんだ。」



右手で首の後ろにあてて、困ったような表情をする。

友人とはいえ、和織を止めるべきだろうか。

2人を交互に盗み見て、俺は迷った挙句、声かけようと口を開いた。



「——、か、」


「野球の、事…、とか。」



俺の口から音が出て直ぐ、坂城くんから声が聞こえた。

そのまま、坂城くんはぽつりぽつりと話してくれる。

元々の志望校は偏差値が高く、親から受験をさせてもらえなかったこと。

その結果、今まで打ち込んでいた野球も手につかなくなり、将来の目標も持てていないこと。

そんな坂城くんを心配して、毎日のように母親が声をかけてくること。

「ゲームばっかしてないで、宿題はやったの?」

「近所のバイトでも応募してみたら?」、「野球、まだやるの?」

恐らく、母親は「無理しなくていいんだよ」という意味で伝えたのだろう。

それが、坂城君にとっては「まだ野球続けるの?」と嫌味のように受け取ってしまった。

そこでカッとなった彼は母親と口論になり、部屋の壁を殴った。

初めて怯えた顔を見せた母親を見て、我に返ったが、謝ることも出来ず、そのまま部屋に閉じこもったそうだ。



「あの時…、謝れば済んだ話だったのに…。」


「…頭ではわかっていても、出来ないんだよ。それが反抗期だろ。…大人でもそういう人はいるけどな…。」


「お母さん、病気って言ってたよね?」


「…それも、俺も父ちゃんも知らなかったんだ。本人も、更年期かもとか言って笑ってて…。

でも、病院で、子宮がん…?とかいうのだったって…。」



もしかしたら、心配かけさせたくなくて黙っていたのかもしれない。

それとも、そこまで深刻じゃないと思っていたのか。

どちらにせよ、当人が更年期だと言えば、それ以上は踏み込めない。

誰も悪くない。

ただ少し、すれ違っただけ。

病気については、後で少し調べてみよう。

とりあえず今は手紙に使えそうな情報を……。

机の上のものを一通り見て、それから部屋を見渡した。

壁には球団のレプリカユニフォームが飾ってある。

ラックには誰かのサインが書かれた野球ボールや写真。

クローゼットの脇にはバットやグローブなど、野球道具が一式置かれていた。



「…そっか…。

 …なんで、言えなくなってから、言いたいことって浮かぶんだろうね。」



和織の言葉が、他人事じゃないのがわかる。

老衰とは違う、突然の別れ。

本人も、残された家族も、何の心構えも出来ていない。

伝えたい想いも言葉も、「明日でいいや。」と先延ばしにしてしまいがちだ。

この2人は、そんな思いを抱えている。



「龍?友達が来てるのか?」


「あ、やべ!父ちゃん…!」



コンコンと短いノックの後、すぐにドアが開いた。

いくらノックしたからって、思春期の子供の部屋をそう簡単に開けるのはどうなんだ、と思いながら、俺はどう対応すべきか考える。

どう考えてもこの場にいるのが不自然なのは俺だ。

高校生に紛れて、中年のおっさんが1人。

それも、教職には見えない風貌。

ドアを開けた、眼鏡の男性と、目が合う。

俺より少し、年上くらいだろうか。

眼鏡の奥の眼光は鋭く、まるで品定めをされているようだった。

しかし、俺の存在が問われる前に口を開いたのは和織だった。



「お久しぶりです、おじさん。」


「……君は…?」


「天砂です。天砂和織。小学校が一緒だった…。」



人当たりのいい笑顔で挨拶をすれば、父親は思い出したかのように目を丸くした。



「…あまさ……? 天砂……あ、和織くんか!」


「はい。また同じクラスなんです。」


「そうかそうか。小学生以来だったから、気づかなかったよ。

それで…、そちらの人は?」



和織を見る目とは打って変わって、冷たい視線が刺さる。

兄弟にも親にも見えない。

…ここは素直に話すしかないだろう。



「私、和織くんと一緒にヘヴンズ・レターというサービスを行ってる者で、

河目桜太郎と言います。普段は作家をしてます。」



名刺とチラシを手に、扉の前へ出て、父親へ軽く会釈し差し出す。

不信感を隠す様子もなく、名刺とチラシを受け取ると、くるっと回して両面を確認した。

チラシの文字を追うほどに、父親の眉間のしわが深くなる。

焦りと緊張で俺の胃がキリキリと痛んだ。



「…手紙?故人の?

…はっ、こんなの、誰が信じるんですか?胡散臭い。」



吐き捨てるように言葉を吐いて、チラシを突き返される。

"胡散臭い"には、正直返す言葉がない。

子供の心配もあってからか、帰ってくれ、と言っている対応だ。



「まさか、龍。お前、依頼したのか!?いくらで?」


「え、いや…、その…。」


「…と、取ってませんっ!!!」



坂城くんに詰め寄る父親。

……やばい。

どうにか止めようと声を出せば、思っていた以上に大声が出てしまい、

部屋が一瞬で静まり返った。



「あ、えーと、あの…、か、和織くんのお友達ということで…!

今回サービス紹介も兼ねて無償で書かせて頂こうと思ってまして…!」


「……和織くん。」


「はい、河目さんの言う通りです。利用実績を増やす目的でもあるので。」



空気にそぐわずニコニコとした和織の受け答えに毒気を抜かれたのか、父親は直ぐに折れてくれた。

納得したわけではなさそうだったが。

俺達は必要な資料だけ受け取り、坂城家を後にした。




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