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10話 贋作の存在意義(1)


聞きなれた目覚ましで目を覚まし、まず洗面台へ。

顔を洗って、歯を磨き、適当に食事を済まして着替える。

特に意識するまでもなく、いつの間にか定まったルーティーン。

寝癖を直してから、鞄を持ってバイトへ行く。

いつもの日常。

バイトから帰って、夕飯を食べて、小説を書いて寝る。

それもまた、いつもの流れだ。

そんな当たり前の日常が久々に感じるのは、

つい先日まで、ある人物によって振り回されていたからだ。

その当事者には、1週間くらい顔を見ていない。


…無事だよな?

ふと、あいつの生存が気になる。

変な別れ方をしたからか、何かが胸につっかえているような、

言葉に出来ない不安感が体に残る。


―「ただ…、僕が遺書を書きたいのは、母に償いたいからなんだ。」


なんの償いがあるのだろうか。

和織の言葉を思い返しては、疑問が渦巻いて宙を舞う。

命を絶つことで償いになることなど、今のこの世の中に存在するのか。

普通、母親はどんなことがあっても、

息子には生きていてほしいものじゃないのか?

そう思うが、伝えても俺の言葉は届かないだろう。

言葉には人を動かす力がある。

けれど、それ以上に強い記憶が残っているのであろう和織に、

俺なんかの言葉が届くはずないと思った。


システム更新の終わったらしいスマホが、机の上で勝手に再起動を始める。

…更新、そういえばGPSのアプリ。

あれはまだ動くんだろうか?

再起動を終えたスマホを手に取り、教えてもらったGPSのアプリを開く。

和織はどうやら家にいるらしい。

そこに留まってる時間が1時間と表示されていて、

少なくとも、動きがある以上、生きていることが判明する。

俺は少し安堵して、また日常を迎える。

わざわざ連絡はしない。

依頼がなければ、用件はないからだ。

そう言い聞かせて、俺は眠りについた。




「あの、手紙の人…、ですか!?」



バイト終わり、高校生くらいの男の子に声をかけられた。

バックヤードから出てくるのを待たれていた様に思えて、

何か面倒くさいことに巻き込まれそうな気配がして、俺は身構えた。



「ど、どちら様…?」


「あ、お、俺!あの高校に通ってて、貴方の事は天砂って奴に教えてもらって…!」



あの、と指差された先には確かに高校がある。

そして、"天砂"というワードに眉根を寄せた。



「和織…?」


「そうです!!天砂和織!」



バラバラだったパズルのピースが、予想外なところでハマってしまい、

俺は盛大にため息をついた。

元気に返事をした男の子は、目を丸くして俺を見る。

見るからにスポーツ少年のような丸刈りで、どこか爽やかさのある雰囲気だ。

さっき、この子は「手紙の人」と言っていた。

十中八九、依頼人なのだろう。



「…で、用件は?」


「俺、坂城龍って言うんですけど、先月、母ちゃんが死んじゃって…。」


「…わかった。ファミレスかどこかで話そうか。」



同意をもらい、前に行ったことのあるファミレスへと向かう。

和織の知り合いらしい坂城くんは背が高く、スポーツ少年のような見た目だった。



「あの、坂城くんは和織の友達?同い年かな?」


「小学校が一緒で…、高校も同じクラスなんですけど。

……学校、来てないんで。」



そうだった。

あいつ不登校なんだよな。

よくよく考えれば、こんなオッサンと知り合いなのも怪しい話だ。

それでも坂城くんは、何の不安もなさそうに俺の後ろを歩いている

それだけの信頼があるほど、仲が良いのだろうか。


ファミレスについて、なるべく人気の少ない角のボックス席を選ぶ。

さて、今回はどう切り出そうか。

パッと見、坂城くんは明るい少年に見えるが…。

タッチパッドで注文を終えた坂城くんが、こちらを見て口を開く。



「…和織が、もし母ちゃんのことで何かあれば、あなたを頼るといいよって言ってくれたんです。」


「…それだけ?ヘヴンズ・レターの話は聞いてる?」


「え、…ヘヴンズ…なんすか?」



坂城くんは首をかしげる。

あいつ…、なんの説明もしないで丸投げか…!?

俺は頭の片隅で和織も恨みながら、ヘヴンズ・レターの説明をした。



「なるほど、それで手紙…。

でもそれって、本人からの手紙じゃないってことっすよね。」


「…そうだよ。あくまで代筆だ。」


「……ちょっと、ドリンクバー取ってきます。」



感触が悪い。

俺の話し方が悪かったのだろうか。

坂城くんは多分、頼まないだろう。

彼の顔からはっきりと「いらない」という意思表示が見て取れた。

―「本人からの手紙じゃないってことっすよね。」

正直、それを言われてしまえば、それまでだ。



「あの、一旦話だけ聞いてもらってもいいですか?」



炭酸の飲み物を片手に戻ってくるなり、坂城くんは言った。

てっきり話す気すらもないと思ったので、予想外な反応に少し面を食らう。



「う、うん。」


「俺、正直手紙ならいらないかなって思ったんですけど、

…和織が言うからには何か解決策があると思うんです。」


「解決策…?」



坂城くんは俺から視線を外し、手元のグラスを見つめた。

グラスの中の炭酸は、この場に合わないようなぱちぱちと爽やかな音を立てている。



「母ちゃん、俺と喧嘩したまま死んじゃって…、俺、なんで酷い事言っちゃったんだろ…。」



さっきまでの明るさが嘘のように、坂城くんは眉根を寄せた。

後悔の念がひしひしと伝わる。

ウエイターが横から、ポテトの盛り合わせを置いていき、

暖かな湯気が、俺と彼の間にふわりと立ちのぼった。



「うち、共働きなんですけど…。最近母ちゃんの体の調子が悪そうだったんです。」



坂城くんはポテトを1つ口に入れて、ゆっくりと咀嚼する。

小さく息を吸ってから、思い返すように1つ1つ語ってくれた。

調子の悪そうな母親は「更年期かしらね。」と笑うだけで、そこまで深刻そうには見えず、

普段通りの振る舞いで、その変化に家族は心配もあまりしなかった。

ある夜、ちょっとしたことで、坂城くんは母親と喧嘩になった。

宿題をやったか、とか将来どうする、とか、よくある母親の小言。

それに加えて、熱中していたゲームの邪魔をされたことで、強く怒鳴ってしまったらしい。

口に出してから言い過ぎたと思ったものの、

一瞬驚いた母親が言い返してきたことでさらにヒートアップ。

そのまま一晩が過ぎ、翌朝「行ってらっしゃい、忘れ物ない?」とかけられた声にも、

「うるせぇクソババア!」と反射的に怒鳴って学校へ行ってしまった。

午後の授業中、急に慌てた様子の担任から呼び出され、

「坂城…、今、病院から…お前のお母さんが、…亡くなったって連絡が…。」と、伝えられた。

病院に到着後、医者から告げられたのは「卵巣がんを患っていた」という衝撃の事実だった。

あんなに普通にしていた母が、病院の白いベッドで横たわっている。

違和感しか感じないその光景は、まるでCGのようで、暫くぼうっと眺めていた。

少し離れたところで、電子音や話声が聞こえるのに、

この部屋だけは静寂に包まれている。

遅れてやってきた父親も、動かない妻を見て愕然としたそうだ。



「母ちゃんが心配してくれてるの、わかってたはずなのに、つい、カッとなって…。」



机の上に置かれていた両手が、何かを耐えるように拳になる。

少し震えたような声で、坂城くんは想いを吐き出した。



「あんな会話が最期なんて、…普通、思わないじゃないっすか……。」



高校生の子供が、親に対してあたりが強いだなんて反抗期であれば当然だろう。

親の心、子知らず。

どんなに親が心配しても、子供から見れば煩わしいもので。

それは自分にも経験があることだ。

どこへ行くにも「誰と遊ぶの?どこに行くの?何時に帰るの?」と、母親は聞いてきた。

親からすれば「子はいつまで経っても子。」とのことで、心配は尽きないらしい。

その有難みを感じたのは、俺もやっぱり大人になってからだ。

坂城くんほどの口喧嘩はしなかったけれど、ある日急に帰らぬ人となったら…、

もっと優しくすれば良かった、と後悔するだろう。



「…坂城くんは、わかっていたんだね。お母さんの言葉の意味に。」



唇を噛み締めた坂城くんが、ゆっくりと顔を上げて、俺を見た。

そして、目を揺らしながら、深く頷く。

彼に、生前の母親の想いは届いている。

残っているのは、自分の発言への後悔だ。

母親も、きっとそれを理解してくれているはず。

だからって納得できるわけではない。



「…話したら、ちょっとスッキリしました。」



少しは気分が晴れたのか、ほんの少し笑顔を見せる。

ポテトを手に取り、窓の外を眺める姿は幾分穏やかに見えた。



「…和織も、こんな気持ちだったから、俺に話しかけてきたのかな…。」


「……え?」


「ほら、お母さんが…、あれ、そういえば…どういう関係で…?」



和織も和織だが、この子もこの子だ。

何も知らないままオッサンとファミレスに来るなんて危なすぎるだろう。

俺は頭痛を感じて頭を押さえる。

とりあえず鞄からカードサイズのチラシと、簡易的な作家用の名刺を彼に渡した。



「河目桜太郎です。和織とは2人でこういう仕事をしてる。」


「…あ、さっきのヘヴンズ・レターってやつですね。

和織からは聞き上手で手紙書くのが上手い人がいるって説明しか聞いてなくて…。」



チラシを受け取り、彼はマジマジと見つめる。

相変わらず下手な説明の和織に内心呆れたが、それで俺に会いに来た坂城くんもなかなかの猛者だ。



「…それでよく会いに来たな…。」


「…和織なら、俺の気持ちわかるのかもって思って…。

そしたら…、いつの間にか足が向かってたんです。」



和織も、母親を亡くしてるから…、という意味だろうか。

とはいえ、詳細を知らない俺には肯定も否定も出来なかった。

なんの意図があって、和織は俺を紹介したのか。

何を考えて俺を紹介したのかはわからない。

きっと、和織なりに、この子を放っておけなかったんだろう。


ー「でもそれって、本人からの手紙じゃないってことっすよね。」

この発言をしている以上、本人以外の手紙は欲していない、ということになる。

俺は指を顎にあてて思考を巡らせた。

生前の後悔。

きっと母親も、反抗期だからこその発言だとは理解していただろう。

だから喧嘩した翌朝も、母親からは普通の挨拶があった。

日常の、子育てのちょっとした時期。

けれど坂城くんの中では、きっと違う感覚だ。

俺は腹を決めて、坂城くんにある提案をした。



「…あの、さ。…もし良ければなんだけど…。」



普段の俺では思いもしない提案。

和織なら平気で言ってるだろうけど。

いつの間にか少しずつ、影響されてきているのかもしれないな、なんて心の中で自嘲した。

人の後悔なんて、底が知れない。

それでも、俺の言葉で少しでも気持ちが楽になるなら…。

……この手紙にも、意味がある。

そう信じているあの高校生が、俺の背中を押した気がした。


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