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12話 贋作の存在意義(3)


子宮がん。

子宮体がんと子宮頸がんの2種類あり、発生場所や原因などは異なるらしい。

スマホで出てきた検索結果の記事を読みながら、コーヒーを飲む。

正直言って全然わからない。

むしろ、広告で出てきたクッキーシュークリームの写真が目に入り、美味しそうだなという感想が浮かんでしまう。

元々病気にも詳しくないし、幸い両親も元気に老後を満喫している。

ネットで得た知識では大まかなことしか理解できなかった。

ただ、突然の悪化は十分ありうることで、

不幸にも、坂城くんの母親に起きてしまったという事実をなぞった。


3時間前の昼12時、坂城くんの父親から電話があった。

やはり、不安になったのだろう。

わざわざWEBサイトまで確認し、企業体制や金額など、根掘り葉掘りと聞いてきた。

否定的ではあったけれど、坂城くんの気が済むなら、と父親は渋々電話切る。

…そもそも坂城くんの希望ではないのだが、そこは黙っておくことにした。

偽物の手紙、言葉だと言われても、それを理解したうえで書いてるのだから、俺の頭は冷静だった。

ただ、適当に書いているつもりは一切ない。

俺なりの解釈で故人を理解し、想いを汲んでいる。

それだけは、怯むことなく堂々と伝えたつもりだ。

日の目を見ない、俺の言葉でも、人の心を動かすことができると信じて。


手紙の参考資料として、丁寧にファイリングした書類の入ったダンボールを一式借りた。

勿論、家計に関することや重要な書類は除いてもらって。

料理のレシピだったり、通販番組のメモだったり、はっきり言って普通の主婦だった。

書類の一つに母子手帳が紛れていて、これは大事なものに入るだろう。

そう、思いながらも、好奇心からパラパラとページを捲る。

ふと、0歳からの手書きの記録に手が止まる。

発熱があった、夜泣きが多い、首が座った、寝返りができた…。

成長が細かく記された手帳から、彼が大事に育てられていたことがうかがえる。

子育ての苦労を知らない俺でも、そう思える内容だった。

母子手帳を元の場所に戻そうとしたとき、アルバムとアルバムの間に隙間があることに気づく。

アルバムを1つ取り出すと、隙間には薄いノートが1冊あった。

白い表紙には何も書いておらず、新品かとも思ったが、ほんの少し開き癖がある。

少し迷った末に、表紙を捲る。

何もない。

もう1枚捲ると、小さな薄い文字で「死ぬ前に処分する」と書かれていた。

…つまり、誰にも見せたくないものがあるのだ。

流石にこれ以上ページを進める気になれず、俺は机の上にノートを置く。

と、同時にタイミングよく、家のインターホンが鳴った。

のそのそと玄関へ行き、ドアを開ければ和織がいた。



「どう?進んでる?」


揶揄うように笑いながら言った和織の手には、何やらお洒落な紙袋がぶら下がっている。

どこか愛らしさを感じるキャラクターの顔と店名のロゴは見覚えがあり、何故か記憶に新しい。

可愛さの感じる店に縁などなかったはず…。

そう思いながら、ふとさっき検索画面で見た広告を思い出した。



「あ、シュークリーム。」


「え、正解!おじさん、甘いの好きなの?」



和織は驚きながらも、我が家のように玄関を抜けて、机の空いたスペースに紙袋を置いた。

袋からシュークリームを取り出し、此方に寄こす。

シューの香ばしさとカスタードの甘い匂いが鼻をかすめた。



「嫌いではないけど、久しぶりに食べるな…。」



受け取って一口齧れば、硬めのクッキーシューがザクリと歯で割れる。

中から少しずつ、バニラビーンズの入った甘いカスタードがとろけだした。

美味しい。

何年ぶりかに食べたシュークリームは、時代の変化による美味さなのか、

店による美味さなのかはわからない。



「それ、龍のお母さんの?」



和織がそれ、と指をさしたのはさっきのノートだ。

俺は少し戸惑いながら、ノートが汚れないようリュックにしまった。



「ああ。ただ、「死ぬ前に処分する」って書いてあったから、一度坂城くんとお父さんに返そうと思って…。」


「なんで?見ればいーじゃん。」


「…お前なぁ。倫理観ってもんはないのか…?自分だって他人に見られたら嫌なのあるだろ…。」



溜息交じりに非難してみたが、当の本人は悪気などひとつもない。

曇りのない瞳で、ほんの少しだけ首を傾げた。



「そんなこと言われても。死んじゃったら文句言えないしなぁ…。」



まるで"死人に口なし"とでも言うような和織の言葉に、シュークリームを口に運んでいた手が止まる。

遺族に手紙を届けたいと言っていた少年が、そんなことを言うのか。

思わず嫌悪感を抱きかけたが、…多分、そうじゃないのだろう。

現実的に受け止めているからこそ、どうすることもできない状況を、ちゃんと理解しているのかもしれない。

俺は話題を変えようと、暫く姿を見せなかったことについて文句を言った。



「…しょっちゅう来てたくせに、急に来なくなるなよな。」



非難のつもりで吐き出した言葉は、思ったよりも柔らかくなってしまった。

そのことに気づいたのか、ぱちくりと目を瞬かせた後、和織は口元を緩めた。



「ふうん?なになに、心配してくれてた?」


「そりゃお前…、遺書書こうとしてる奴だぞ?」


「あはは、たしかに。」



静かな部屋に、どこか噛み合わない乾いた笑いが響く。

いつの間にか、ほぼ毎日顔を合わせていた野良猫が、

急に姿が見えなくなれば、心配くらいはする。

情けないことに、餌付けされていたのは俺の方だが。



「初めて会った時、変な遺書書いてたよな。」



ふと、ファーストフードで見たノートを思い出す。

筆跡のすべて違う、バラバラに散らかった文章。

そして、それに不釣り合いな学生。



「あ!あれ、ネットで見つけたいろんな遺書を、とりあえず真似してみたんだよ。

書き方がわからなかったから。」



通りで不自然な文だったわけだ。

要は、気になった部分だけを継ぎ接ぎしてたんだろう。



「…僕も、もう少し遺書ちゃんと書けるように考えようと思って、部屋にこもってたんだ。」



シュークリームを食べ終えた和織は包み紙をごみ箱に捨てて、自分の鞄から1冊のノートを取り出す。

ー「僕が遺書を書きたいのは、母に償いたいからなんだ。」

そう言っていた姿を思い出す。

突拍子もないことを言い出す奴だけど、悪い奴ではない。

だからこそ、「まだ若いんだから早まるな。」なんて説教を垂れたいが、月並みな言葉じゃ響く気がしない。

失った人にしかわからない気持ちがある。

自分にその経験がない以上、そこから感情が湧くことはない。

…けど、その気持ちに触れて、感情移入することができれば。



「俺は、人の親になったことはない。

…それでも、坂城くんの母親も、お前の母親も、子供のことを大事に思ってたのはわかる。」



俺はさっき見た母子手帳を手に取って、広げて見せる。



「言葉じゃない、行動に出るんだ。」



坂城くんだけじゃない。

文房具屋で聞いた、あの話は…。



「言葉も大事だ。けどな……

普段の行動のほうが、よっぽど想いが出るもんだろ。」



わざわざ子供の為に文具を買いなおして、流行まで聞いて。

そんな面倒くさいこと、愛情以外に何がある。

真っすぐに捉えた茶色の瞳が、少し揺れた気がした。



「……っ。」



次第に眉を寄せて、唇を震わせる。

迷子の子供のような、泣きそうな顔だった。



「……和織、」


「…違う…っ!!」



悲鳴にも似た、悲し気な声が部屋に静かに響く。

胸元のベストを握りしめ、俯いてしまったので表情は伺えない。

見たことのない様子の和織に驚きつつも、本当に泣いてるのではないかと不安になった。



「龍のお母さんと…、僕の…っ、僕のお母さんは…!

同じ、なんかじゃ……!」



吐き出すような言葉に、ベストを握る指先が白くなる。

和織は、親の愛情を拒絶している。

――いや、違う。

拒んでいるんじゃない。

まるで、自分にはそれを受け取る資格がないとでもいうように。

母親に、償わなければいけないから――なのか。



「違うんだ。…龍とは、違う…。僕は…、僕が、お母さんを…っ。」


「和織、お母さんは…事故、だったんだろ…?」



先ほどとは打って変わって、ぶつぶつと呟く。

俺の言葉に顔がこちらに向いたが、俺を見ていない様子だった。



「お守り……。」


「お守り?」


「受験の当日、お守り、忘れて試験会場に行って、…そしたら、お母さんが届けに来てくれたんだ…。」



受験にご利益があるとかいう、有名な場所で買ったらしい大事なお守り。

試験当日、お守りを忘れてることに気づいた母親が、試験に間に合うよう会場まで車で届けに来てくれた。


そこまでは、よくある親子の話だったんだろう。


和織が試験後に携帯の電源を入れると、珍しく父親からの着信が入っていた。

なんとなしに折り返し電話をすれば、"母親が病院に運ばれて意識不明"だと伝えられる。

お守りを届けた後、仕事へ向かう途中で、大型トレーラーと衝突したらしい。

相手のドライバーも重傷で、詳細は不明。



「急いで病院に向かったけど、……お母さんは、もう…。」



重い沈黙が流れる。

けど、俺はどうしても腑に落ちなかった。

第三者として聞いていれば、どう見ても"ただの事故"だ。

なのに、和織の中では"お守りを届けたせいで母親は事故にあった"と思っている。

もちろん、母親が届けに来なければ、事故には遭わなかったのかもしれない。

でも、そんなのは結果論だ。

別の時間に家を出ていても、別の道を通っていても、事故に遭っていた可能性だってある。

そんな"もしも"を並べたところで、答えなんて出るはずがない。

それでも、和織は自分を責め続けている。

「お前は悪くないだろ。」

そう言いかけて、この発言が本当に正しいのか、口の中で嚙み砕く。

恐らく、周りから何度も言われたはずだ。

それでも、自分に罪があると思っている。

…こんな安い言葉じゃ、納得なんて出来るわけがない。

いや、他人の言葉では、届かない。



「それで、償いたいから遺書を書きたいのか?」


「うん…。」


「…お前は、誰に遺書を書きたいんだ?」


「……お父さんとか、僕の事を知ってる人みんなに。」


「……そうか。」




俺は普段使っているノートとは別のノートを取り出し、和織のことを書いておく。

いつか来る、終わりの時のために。

和織の求めているものは、本当に遺書なのだろうか?

俺は初めに書いた"遺書"の文字に"?"を足して、ノートを閉じる。

ふと、俺や和織の母子手帳にも、こういった書き込みがあったんだろうか、と考える。

坂城くんの母親の手記から想いが伝わるように、和織の母子手帳からも、伝わればいい。

最愛である子供の死を望む親なんて、どこにもいないのだと。




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