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水月鏡花 ―冷たい当主と、静かに灯る恋とほどけていく心―  作者: 麻倉ロゼ
第二章「花心、光にほどく」

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第十話「内緒の相談」5

第十話「内緒の相談」は5分割で更新していきます。これは5つ目です。

 春燕しゅんえんは自分から誘うという最大の勇気を振り絞った。そして、

「今度…一日、凌偉りょうい様の時間をいただけませんか……?」

そう、言い切った瞬間、自分の声が震えていたことに気づいた。

恥ずかしさが全身にせり上がってくる。


凌偉は、まるで呼吸を忘れたように彼女を見つめた。

その視線の強さに、春燕の心臓はますます忙しくなる。


「……どこか行きたい場所でもあるのか?」


できるだけ平静を装った声だったが、わずかに硬さが混じっている。

春燕は勢いで言ってしまったことに気付き、急に言葉に詰まった。


「いえ……あの……凌偉様のお話を……

色々と……聞きたいだけで……」


最後のほうは声が小さくなり、耐えきれず俯いてしまう。

髪が頬にかかり、その影がまた愛らしく見えた。


「明日」


凌偉は即答した。


「明日ならいい」


本当は今すぐ連れ出したい。

でもそれを言えば、気持ちが抑えられなくなる気がして──

彼はわずかに拳を握りしめ、堪えた。


「明日!?」

春燕は思わぬ早さに目を丸くした。


「ダメか?」


「いえ!でもお仕事は……?」


春燕の心配する声に、凌偉は腕を組んだ。

視線を少し宙に彷徨わせたかと思うと……

次の瞬間、彼は真剣な顔で言った。


「……空けた」


まるで事実を確認するように、迷いなく。

実際には、この一瞬で頭の中の予定をすべて並べ替え、

誰に何を任せればいいかまで瞬時に計算していた。


「では、明日。朝餉の後に出かけよう」

「わっ、わかりました!あ……ありがとうございます!」


凌偉は唖然としている春燕を静かに見つめると

「もう遅い。今日はゆっくり休め」

そう言って、自室へと戻って行った。


 

 翌朝。春燕は寝台の端で膝を抱え、ずっと同じことで悩んでいた。


 ——昨日、あんなに勇気を出して凌偉を誘ったのに。


「衣が普段着というのも……」


衣装棚を開けば、そこに並ぶのはいつもの普段着と、

厨房や庭先の手伝いで着る動きやすい衣のみ。

思えば、これまで自分のために衣を買う、という発想すら持ったことがなかった。


夏祭りのときは嬌が貸してくれた(と、春燕は思っている)衣を着た。


でも今日。

凌偉は、わざわざ仕事を調整して時間を空けてくれたのだ。


「新しい衣の一つぐらい……買っておけば良かった……」


薬局で働くようになり、少しだけ自由に使える銀子も増えた。

それでも「自分のために綺麗な衣を買う」という考えは、

今まで一度もなかった。


それなのに今日は——どうしてか、強く思ってしまう。

綺麗な衣で、凌偉様の隣を歩きたい。

恥ずかしくないように。胸を張って並びたい、と。


「やっぱり普段着で……いえ、でも……」


迷いに迷った末、春燕は決心した。

※作者より

「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。


春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、

少しずつ近づいていく時間を、

見守っていただけたら嬉しいです。


続きが気になりましたら、

ブックマークで見守っていただけますと励みになります。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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