第十話「内緒の相談」5
第十話「内緒の相談」は5分割で更新していきます。これは5つ目です。
春燕は自分から誘うという最大の勇気を振り絞った。そして、
「今度…一日、凌偉様の時間をいただけませんか……?」
そう、言い切った瞬間、自分の声が震えていたことに気づいた。
恥ずかしさが全身にせり上がってくる。
凌偉は、まるで呼吸を忘れたように彼女を見つめた。
その視線の強さに、春燕の心臓はますます忙しくなる。
「……どこか行きたい場所でもあるのか?」
できるだけ平静を装った声だったが、わずかに硬さが混じっている。
春燕は勢いで言ってしまったことに気付き、急に言葉に詰まった。
「いえ……あの……凌偉様のお話を……
色々と……聞きたいだけで……」
最後のほうは声が小さくなり、耐えきれず俯いてしまう。
髪が頬にかかり、その影がまた愛らしく見えた。
「明日」
凌偉は即答した。
「明日ならいい」
本当は今すぐ連れ出したい。
でもそれを言えば、気持ちが抑えられなくなる気がして──
彼はわずかに拳を握りしめ、堪えた。
「明日!?」
春燕は思わぬ早さに目を丸くした。
「ダメか?」
「いえ!でもお仕事は……?」
春燕の心配する声に、凌偉は腕を組んだ。
視線を少し宙に彷徨わせたかと思うと……
次の瞬間、彼は真剣な顔で言った。
「……空けた」
まるで事実を確認するように、迷いなく。
実際には、この一瞬で頭の中の予定をすべて並べ替え、
誰に何を任せればいいかまで瞬時に計算していた。
「では、明日。朝餉の後に出かけよう」
「わっ、わかりました!あ……ありがとうございます!」
凌偉は唖然としている春燕を静かに見つめると
「もう遅い。今日はゆっくり休め」
そう言って、自室へと戻って行った。
*
翌朝。春燕は寝台の端で膝を抱え、ずっと同じことで悩んでいた。
——昨日、あんなに勇気を出して凌偉を誘ったのに。
「衣が普段着というのも……」
衣装棚を開けば、そこに並ぶのはいつもの普段着と、
厨房や庭先の手伝いで着る動きやすい衣のみ。
思えば、これまで自分のために衣を買う、という発想すら持ったことがなかった。
夏祭りのときは嬌が貸してくれた(と、春燕は思っている)衣を着た。
でも今日。
凌偉は、わざわざ仕事を調整して時間を空けてくれたのだ。
「新しい衣の一つぐらい……買っておけば良かった……」
薬局で働くようになり、少しだけ自由に使える銀子も増えた。
それでも「自分のために綺麗な衣を買う」という考えは、
今まで一度もなかった。
それなのに今日は——どうしてか、強く思ってしまう。
綺麗な衣で、凌偉様の隣を歩きたい。
恥ずかしくないように。胸を張って並びたい、と。
「やっぱり普段着で……いえ、でも……」
迷いに迷った末、春燕は決心した。
※作者より
「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、
少しずつ近づいていく時間を、
見守っていただけたら嬉しいです。
続きが気になりましたら、
ブックマークで見守っていただけますと励みになります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




