第十話「内緒の相談」4
第十話「内緒の相談」は5分割で更新していきます。これは4つ目です。
薬局の仕事を終えて屋敷に戻った春燕は、ずっと
胸のあたりが落ち着かなかった。
――私からどう誘えばいいのだろう…。
みんながいる前だと、なんとなく恥ずかしい。
だから春燕は考えた。
(夕方、帳場の仕事が終わった頃なら……!)
凌偉はいつも帳場で一日の決済をまとめ、そのあと本邸へ帰る。
その時なら自然に誘えるはず――そう思って、帳場の仕事を
手伝いながらそのタイミングを待っていた。
だが。
「凌偉様! 今よろしいですか!」
帳場に、運送番の使用人が慌てた様子で飛び込んできた。
「どうした」
凌偉は軽く眉を寄せ、そのまま呼ばれていってしまう。
そして――結局、春燕は夜まで一度も顔を見ることができなかった。
(さっ……誘えなかった……)
本邸の厨房で後片付けを手伝い終えた春燕は、肩を落としながら廊下を歩く。
気づけばもう寝支度をする時間だった。
その時――ふと、薄灯りの廊下の先に、長身の影が揺れた。
「凌偉様!」
声が自然と漏れる。
「春燕。まだ起きていたのか?」
気づいた凌偉が歩み寄ってくる。
「凌偉様はお仕事でしたか?」
「ああ。遠方の取引先で問題があってな。
連絡を待っていたんだ。……なんとか解決した」
疲れの色を隠しきれない声。
春燕は胸が少し痛んだ。
「そうでしたか……」
こんなに忙しいのに。
やっぱり私から誘うなんて、迷惑じゃ――。
引き下がろうと視線を落とした時、ふと以前凌偉に
言われた言葉が胸に浮かぶ。
“春燕に、心のままに自由にやりたい事をやってほしい”
“やりたい、と心が動いたのならやるべきだ”
……私は。
私は凌偉様のことが知りたい。
もっと近づきたい。
そして自分で――決めたい。
「もう遅い。早く休め」
凌偉が歩き去ろうとしたその時。
――行かないで。
春燕は気づけば、凌偉の袖をそっと、けれどしっかりと掴んでいた。
「……春燕?」
振り返る凌偉の声が、少しだけ低く変わる。
「凌偉様……」
春燕は顔を上げる。
背の高い凌偉を見上げるのは、どうしても自然に上目遣いになる。
灯りに照らされた頬は緊張で赤く、吐息はかすかに震え、声は囁くように細い。
「お願いが……」
「なんでも聞こう」
凌偉は即答で答えた。
※作者より
「水月鏡花」の更新は【週2日/月・金 21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、
少しずつ近づいていく時間を、
見守っていただけたら嬉しいです。
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