第九話「祭りの夜」4
第九話「祭りの夜」は4分割で更新していきます。これは4つ目です。
人気の少ない川沿いの道を、二人はゆっくり歩いた。
夜風が心地よく吹き抜け、春燕の髪をふわりと揺らしていく。
静かな水音を聞きながら橋の上を渡っていたときだった。
「春燕」
急に名前を呼ばれ、春燕は驚いて瞬きをする。
「はい」
凌偉は立ち止まり、橋の欄干越しに流れを見下ろしたあと、
春燕の方へ向き直った。
「今後の事を話したい」
「……!」
春燕は思わず息をのんで、姿勢を正す。
「春燕が琳家に来た日。半年過ごして決める、そう言ったな」
凌偉の視線は真っ直ぐで、揺れがなかった。
「はい」
胸がトクンと跳ねる。
「オレは、どうするかを、春燕に決めてほしいと思っている」
「え…?」
春燕は思わず目を見開いた。
婚約も婚姻も家同士が決めるもの——
自分に選ぶ権利なんて、ないはずだ。
「家のためでも、家族のためでもなく…
春燕自身の気持ちで決めて欲しい」
凌偉の言葉が続く。
「春燕に、オレを選んで欲しい」
春燕は固まった。
何を言われているのか理解が追いつかず、ただ何度も
瞬きをするばかり。
私が……?
私の気持ちで、選ぶ…?
凌偉様を……?
「まだ時間はある。ゆっくり考えてほしい」
柔らかい声の中に、揺るぎない決意が混じっている。
そして——
「オレは…必ず、春燕にオレを選ばせてみせる」
射抜くような強い眼差しに、春燕は吸い込まれるように見返してしまう。
視線をそらせない。息まで止まりそうだった。
「……わかりました」
かろうじて、それだけ小さく囁いた。
*
少し離れた場所から見守っていた愁飛は、満面の笑みで手を叩いた。
「いい感じじゃないか! もうちょっとなんだけどな〜!」
「何がもうちょっとなんですか?」
隣の雪麗が首を傾げる。
「ほんの少しだけ凌偉を受け入れようとしてる。
春燕は時間がかかりそうだ」
愁飛は楽しそうに言いながら、二人を眺め続けた。
愁飛には人にはない“不思議な力”がある。
彼が言うことは大抵当たる——雪麗もそれをよく知っていた。
雪麗は視線を春燕へ向ける。
月明かりの下で揺れる薄桃色の衣、うつむき加減の横顔。
その姿は綺麗で、どこか切ない。
「…お嬢様が凌偉様を受け入れられたら…お嬢様は
幸せになれるのでしょうか」
雪麗がぽつりと呟く。
「それは凌偉次第かなー! なんたって春燕が相手だから」
愁飛はひょうひょうと言いながら笑う。
「まだ時間はある。しばらくは様子見だな」
そして、雪麗に目を向けてにっこり。
「雪麗、似合ってるね」
今日の雪麗も、嬌によって無理やり着替えさせられた祭りの衣装を着ていた。
淡い藤色の薄紗に、霧のような文様がふわりと浮かび、
夜灯りに照らされて優しく揺れている。
「今日は帰したくないな」
愁飛が芝居がかったように微笑む。
それが冗談なのか本気なのか、いつも通り読めない。
けれど雪麗は、迷うことなく淡々と答えた。
「帰ります」
スン…と表情一つ変えず、春燕たちの方へ歩き出す。
「えー! 雪麗〜!!」
愁飛は慌ててその後を追っていった。
※作者より
「水月鏡花」の更新は【週2日/月・金 21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、
少しずつ近づいていく時間を、
見守っていただけたら嬉しいです。
続きが気になりましたら、
ブックマークで見守っていただけますと励みになります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




