第九話「祭りの夜」3
第九話「祭りの夜」は4分割で更新していきます。これは3つ目です。
夏の風が、祭りの空気と共に通り抜けていく。
広場の方角からは、人々の笑い声や楽器の音が重なり、
祭りの夜の賑わいが揺れて届いていた。
夜もすっかり深くなり、凌偉と春燕が川沿いの道へ向かうと、
川岸には長い列ができていた。
願いを書いた紙灯籠を流す、盛夏灯会の締めの行事だ。
「書いていくか」
そう言って、凌偉が自然に春燕の手を引いて川辺へ降りていく。
灯籠を受け取ったものの、春燕は筆を前に固まってしまう。
——何を書けばいいのかしら…。
隣では、凌偉が迷いなく筆を走らせている。
墨がすっと吸い込まれていく音だけが静かに響いた。
(凌偉様、どんな願い事なんだろう)
琳家の繁栄? 商売繁盛? 新しい事業の成功祈願とか…?
春燕があれこれ想像している間に、凌偉の手元の灯籠にはすでに文字が記されていた。
そっと、気づかれないように横目でのぞく。
——春燕が、幸せでありますように。
春燕は息が止まりそうになった。
凌偉の筆跡を見つめるだけで、
胸の奥がじわりと熱くなり、指先まで震えそうになる。
「春燕は書けたのか?」
声をかけられ、春燕は飛び上がるようにして視線を逸らした。
「まっ! まだです…! す、少しお待ちください!」
慌てて灯籠を胸に抱きしめ、顔を真っ赤にしながら言う。
「……私も今、書きます」
小さく息を整え、震える指で筆を取る。
——凌偉様が、幸せでありますように。
書き終えると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「なんて書いたんだ?」
「…内緒です」
春燕はそっと灯籠を水面に浮かべた。
どうか、どうか叶いますように、と願いを込めながら。
二つの灯籠は並んで川へ滑り出し、ゆっくりと流れに乗って離れていく。
柔らかな灯りが川面に揺れ、夏の夜風が衣の裾を静かになでた。
風に流されて灯籠の光が遠く、粒のように小さくなるまで。
二人はずっと…その光を見送っていた。
※作者より
「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、
少しずつ近づいていく時間を、
見守っていただけたら嬉しいです。
続きが気になりましたら、
ブックマークで見守っていただけますと励みになります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




