第九話「祭りの夜」2
第九話「祭りの夜」は4分割で更新していきます。これは2つ目です。
夕暮れの街に、ゆっくりと灯りが増えていった。
紙の灯籠に火が入るたび、淡い橙の光が石畳をやわらかく照らす。
「わあっ!!」
馬車を降りた瞬間、春燕は歓声を上げていた。
目の前に広がる夏祭りの通り――屋台が幾重にも並び、
人の波がうねるように行き交っている。
香ばしい串焼きの匂い、蒸し器から立ち上る湯気、
子供たちのはしゃぐ声。
街の中心を流れる水路には舟が浮かび、灯籠に照らされながら
酒を楽しむ人々の姿もある。
揺れる灯籠の色が水面に反射し、夜の始まりをきらめかせていた。
「綺麗…! お祭りなんて初めてです!」
春燕は目を輝かせ、あちらこちらを見回す。
「春燕。人が多い。手を」
凌偉が、ごく自然に手を差し出した。
「え!? は、はい……!」
反射的にその手を取ると、凌偉は自然な流れでその手を包み込み、
そのまま歩き出した。
名目は“人混れに紛れないように”――なのだろうけれど。
急に繋がれた温度に、春燕の心臓はどんどん速くなる。
落ち着かせようと深呼吸をするが、指先はずっと熱いままだ。
凌偉に手を引かれながら、二人は賑わう広場へと歩いていく。
広場には、さらに多くの屋台が並んでいた。
「屋台が沢山!」
「そうだな。見て回るか」
最初に目に入ったのは、鉄鍋で焼かれる胡餅。
薄い生地にたっぷりの胡麻を散らし、香ばしい匂いが漂っていた。
「これは凌偉様! 胡餅、甘いのと塩のとありますよ!」
店主の声に、春燕の目がきらりと光る。
「両方もらおうか」凌偉が店主に声をかける。
「えっ、両方!?」
「二人で分け合うだろ?」
「はっはい!」
店主から胡餅を受け取った凌偉は、佩玉を軽く見せ、
代金を払わずそのまま歩き出す。
「あの、凌偉様…支払いは?」
「後で琳家に請求される」
「え…?」
それはつまり“ツケ”という事か…こんな簡単なやり取りで…。
正しい金額が請求されるのだろうか…?
春燕の不安を察するように、
「広場に出ている屋台は街の商人仲間だ。お互い信用している。
不正をしたら、次はない」凌偉が答える。
「な…なるほど」
お互いの信用と信用で成り立っているわけだ。
さすがは商人の街。
それにしても…
(顔と佩玉を見ただけで、皆、凌偉様を分かるってことよね……)
春燕は、改めて凌偉の名の重さを実感する。
凌偉は気にした様子もなく、次々に屋台へ歩いていく。
豆腐脆(豆腐を小さく切って油で揚げたもの)、
桂花湯圓(キンモクセイから作られた甘い蜜をかけた白玉甘味)、
香ばしい焼き物など……。
春燕が気づいた時には、凌偉の両手は屋台料理でいっぱいになっていた。
串焼きの香りが漂う屋台の前で、春燕は足を止める。
「うわぁ! いい香り!」
「そうだな。二本もらおうか」凌偉が鶏肉の香ばしさに惹かれたらしく、微笑んで言った。
春燕が受け取った熱々の串を差し出そうとしたが、
凌偉の手はすでに荷物でふさがっていた。
すると、凌偉は少し屈んで春燕に近づく。
近い。
思わず心臓が跳ねる。
“食べさせてくれ”
言葉にしなくても、表情がそう告げていた。
春燕は、そっと串を凌偉の口元へ。
「美味いな」
嬉しそうに頬張りながら言う。
「凌偉様も…食べ歩きをされるのですね」
育ちが良く、行儀作法に厳しそうなのに…。
意外で、春燕は思わず笑みをこぼす。
「子供の頃は愁飛に無理矢理連れてこられて、よく食べ歩きしてたぞ」
「そうなんですね」
「勉強ばかりしてないで、たまには子供らしく遊べって」
「まあ…!」
想像できてしまって、春燕は声を立てて笑った。
広場の隅にある東屋に腰掛け、二人は買い込んだ食べ物を広げていく。
春燕は目を輝かせながら、次々に頬張る。
「美味しい!」
「うん。美味いな」
嬉しそうに食べる春燕を見て、凌偉の表情も自然とやわらぐ。
そして、ふと…
「楽しいな」そう、口に出していた。
「え?」
春燕は顔を上げる。
「ずっと…商いのことしか考えていなかったから。
こんな楽しみがあるとはな」
凌偉は優しく微笑み、春燕を見つめた。
「春燕と一緒に来れて良かった」
「凌偉様…」
春燕の頬が一気に赤くなる。
「私もです。凌偉様と一緒に来れて…本当に良かったです」
「そうか」
夜の灯りに照らされた二人の影が、そっと寄り添うように伸びていた。
※作者より
「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、
少しずつ近づいていく時間を、
見守っていただけたら嬉しいです。
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