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水月鏡花 ―冷たい当主と、静かに灯る恋とほどけていく心―  作者: 麻倉ロゼ
第二章「花心、光にほどく」

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第九話「祭りの夜」1

第九話「祭りの夜」は4分割で更新していきます。これは1つ目です。

 その日の帳場は、どこか穏やかだった。

取引相手も客も少なく、使用人たちはそれぞれの仕事を終えて

帰り支度を始めている。


「今日は随分と落ち着いていますね」

春燕しゅんえんは書き写しを終え、肩の力を抜く。


「今日は祭りの日だからな」

隣でそろばんを弾いていた凌偉りょういが答える。

「年に一度の盛夏灯会せいかとうかいと言って、街の夏祭りの日だ」


ようやく区切りがついたらしく、凌偉は帳簿をまとめて

机の上を片付けはじめた。

「街の大通りや広場、水路沿いに屋台が出て、夜通し賑わって――」


そこまで言ったところで、凌偉は隣からの視線に気づく。

春燕の瞳が、期待を隠しきれずキラキラしていた。


「……行きたいか?」


「い、いえ! 私は……屋敷の仕事がありますので」

慌てて否定する春燕。


「春燕」

 

凌偉はゆっくりと身体を向け、春燕と向き合った。


「オレは春燕と夏祭りに行きたい」


その瞬間――

春燕の胸の奥で、小さく、トクンと音が鳴る。


「ダメか?」

低く、囁くように言われると、春燕は急に心臓が早まり、

逃げ道を塞がれたように感じてしまう。


「……いえ。ご一緒します」


「よかった」

凌偉は、静かに、けれど嬉しさを隠しきれずに笑った。


――凌偉が心を取り戻し、笑うようになってから。

そのたびに春燕は、どうしてか息が詰まるほど緊張してしまう。


(……笑顔を見慣れていないから、きっとそれだけ)


そう自分に言い聞かせながら、

その笑顔が“自分だけに向けられている”ことには、

まだ気づいていなかった。


琳家に来て三か月。

梅雨が終わって夏になってから、凌偉が春燕のそばにいる時間は

明らかに増えた。仕事の話も、日常の話も、以前とは

比べものにならないほど言葉が交わされる。

これまで素っ気なかった凌偉が嘘みたいに。


その時間は、春燕にとって嬉しくて、楽しくて――

そしてほんの少し、胸にじわりと切なさを残していた。



「今日は! 夏祭りなので! いつもと違う髪型にしましょう!」

“お祭り逢引デート”と聞きつけた凌偉の叔母・きょうが、

誰よりも盛り上がっていた。

夕月ゆうづき紅花こうかも手伝って、支度の部屋はちょっとした祭り会場のようだった。


春燕の長い髪は、両側からふわりと編み込まれ、美しくまとめられている。

大切にしている赤い髪飾りと梅のかんざしは、そっと髪に添えられた。


用意された衣は、透けるほど軽い薄紗。

桃の花のように淡い紅を含んだ色が、春燕の肌をふんわりと明るく見せる。

結い上げた髪からのぞくうなじが、思わず見惚れるほど綺麗だった。


「なんて可愛らしい…!」

雪麗せつれいが感極まって胸元を押さえる。


春燕を待っていた凌偉の元へ行くと、

春燕の姿を見た瞬間――

凌偉は、動きがピタリと止まる。


「似合っている」


そう一言、静かに言った。

そして少し間を置いて、


「…………か……」

視線をそらしながら、小さな声で。


(か?)

春燕は思わず瞬く。


「……可愛い」その言葉を口にしたあと、

凌偉は自分で恥ずかしくなったのか、口元を

手で押さえた。

頬も耳も、ほんのり赤く染まっている。


「あっ…ありがとうございます」

突然の褒め言葉に、春燕の頬も一気に熱を帯びる。

俯いてモジモジする姿がまた可愛くて、凌偉はますます目を逸らすしかなかった。


凌偉も、今日は夏用の薄地の衣に着替えていた。

深すぎない墨青ぼくせい

藍にも黒にも見える落ち着いた色で、凌偉に似合っている。

腰紐には、和田玉ほーたんぎょくで作られた佩玉はいぎょく――琳家当主の証が揺れていた。


普段と違う凌偉に、春燕の胸もどこか落ち着かない。


そして後ろでは、

その二人の空気を見守っていた嬌が、声にならない悲鳴をこらえながら悶えているのだった。

※作者より

「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。


春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、

少しずつ近づいていく時間を、

見守っていただけたら嬉しいです。


続きが気になりましたら、

ブックマークで見守っていただけますと励みになります。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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