表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水月鏡花 ―冷たい当主と、静かに灯る恋とほどけていく心―  作者: 麻倉ロゼ
第二章「花心、光にほどく」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/139

第八話「門下生」2

第八話「門下生」は3分割で更新していきます。これは2つ目です。

 なんとか十周を走り切ったあと、雪麗せつれい愁飛しゅうひの宣言どおり立てなくなっていた。


鍛錬場の隅に座り込み、必死に呼吸を整える。

胸が大きく上下し、汗が額から頬へと流れていく。


こんなにも身体がクタクタになるのは、初めてだった。


「よく頑張りました」


愁飛がいつもの調子でニコニコしながら、水の入った杯を差し出す。


雪麗はそれを受け取り、冷えた水を口に含んだ。

ゆっくりと喉を通っていく冷たさに、身体の奥から力が抜けていく。


ほっと一息つけた気がした。


「いえ……他の皆さんとは、かなり差が出てしまいました……」


「そりゃそうでしょ。初日だし」


愁飛は相変わらずご機嫌そうに答える。


「根性あるね、雪麗。半分くらい走れれば上出来だったのに!」


「半分……」


それなら最初から言ってほしかった。

雪麗はそう思ったが、ぐっと飲み込んだ。


鍛錬場に目を向けると、他の門下生たちはすでに

組み手や型の練習を始めている。

自分との体力差に、改めて愕然としてしまう。


「山間の街にいた時は、鍛えたりしてたの?」


「いえ……ただ、麓の町まで毎日買い物には行っていました。

薪を運んだり、山菜取りなどで山の往復は何度もしていましたので……」


「なるほど。どうりで体力があるわけだ」


愁飛はそう言って、雪麗と少し離れた場所に座り込んだ。


「雪麗みたいな良い子が、楊家の門下生に来てくれて嬉しいよ」


「私は……良い子では……」


「えー?良い子でしょ。まっすぐで素直で、自分に厳しくて。

仕事にも誰よりも真面目で一生懸命。キツイ仕事にも文句一つ言わない。

琳家の使用人達も、みんなが言ってるよ」


「使用人達、みんな……そんな事は……」


「信じられない?それとも……他人を信じるのが怖い?」


「……」


雪麗は答えられず、ただ目を伏せた。


愁飛は静かに続ける。


「前いた山間の街にも、人は沢山いたでしょ?

向こうでは、どうしてたの?」


その問いに、雪麗の視線がわずかに彷徨う。

言葉を探すように唇が動き、やがて小さく息を吐いた。


「……幼い頃は、人を怖いと思ったことはなかったんです。

胡家の屋敷にいた使用人達とも、街の人達とも親しくして

いただいていました……でも――」


少し間を置き、静かに続ける。


「以前、凌偉様にお話しした流行り病の件から……

胡家の扱いが変わりました。

みんな胡家の人間を避け、腫れ物のように扱うようになりました」


ぽつり、ぽつりと語る声。


「あんなにも優しく親しくしてくれていたのに……。

人は……あんなにも、あっという間に変わってしまうのだと……」


雪麗の視線は、遠くの砂地を見つめていた。


「周りの目が変わってから……いつの間にか……人に見られる事が、

人の目が怖くなりました。街中では極力、人を避けていました。

下を向いて暗い顔をしていれば、向こうから話しかけられることも

ありませんでしたし……」


「救いだったのは、お嬢様は……蘭心様が亡くなられて以来、

家から出ることを禁止されていたので……。

街での胡家の扱いを知らないことです」


つまり――


理不尽な視線も、冷たい扱いも、

すべて雪麗一人が受けていたということだった。


愁飛は何も言わず、ただ雪麗を見つめている。


その真っ直ぐな視線に耐えられず、雪麗は思わず目を逸らした。


向けられてきた冷たい視線。

そして自分が成長するにつれ、男性から向けられるようになった視線。


それが綺麗な感情ではないことを、雪麗は知っていた。

そしてそれが、いつしか恐ろしくてたまらないものになってしまったことも。

※作者より

「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。


春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、

少しずつ近づいていく時間を、

見守っていただけたら嬉しいです。


続きが気になりましたら、

ブックマークで見守っていただけますと励みになります。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ