間の話5「春燕の仕事着」
春燕が薬局で働き始めて四日ほど経った頃。
本邸では少し遅い昼餉の時間を迎えていた。
薬局での出来事を、春燕は楽しそうに次々と話す。
対面に座る凌偉は、そんな彼女を穏やかに見つめながら、
時折そうか、と相槌を返していた。
「今日から仕事着まで用意していただいていて!嬉しかったです!」
「……仕事着?」
その瞬間、凌偉の表情がふ、と曇った。
(え……? わ、私…何か失礼なことを…?
やっぱり、外で働くのは良く思われていないのかしら……)
春燕の声が不安で弱まる。
「今、持っているのか?」
「は、はいっ! 持ち帰ってきています!」
「着ている姿が見たい。着てみてくれ」
「えっ?」
凌偉は淡々と、しかしどこか強く言葉を重ねる。
「琳家当主たる者、屋敷の人間のことは把握しておく必要がある。
外で働く者がどこで働き、どんな仕事をし、
どんな服装をしているのか──それも重要だ」
真面目な口調に、春燕は思わず納得し、目を輝かせた。
「さすがは琳家当主様……」
尊敬の眼差しを向けられ、凌偉はわずかに視線をそらす。
春燕は慌てて席を立ち、自室へ向かった。
そして薬局から支給された仕事着に着替え、再び食卓へ戻る。
「お待たせしました」
麻布で仕立てられた、風通しのいい清潔感ある仕事着。
白地に、襟と袖口だけ深い緑。
腰は蓬色の紐で緩やかに締められ、肩には
「琳安」の刺繍が美しく施されている。
薬家らしい、爽やかな装いだった。
「……くるっと回ってくれ」
「は、はいっ!」
春燕は少し照れながら一回転する。
ふわりと揺れる髪と袖に、凌偉は思わず息を飲んだ。
「……いい。似合っている。薬局でしか見れないなんて……」
凌偉は、あからさまに落ち込んでいた。
「仁澄も似合ってると言ってくれました」
「……仁澄?」
その名を出した瞬間、凌偉の瞳が鋭く揺れた。
「はい。兄弟子の方です。つきっきりで教えてくださって。
説明もとてもわかりやすくて──」
「ほう……つきっきりでて……。兄弟子、仁澄。……仁澄か」
凌偉は柔らかく笑っている。
しかし、目だけがまったく笑っていない。
「今度、直接挨拶に行かないとな」
春燕はその気配にまったく気づかないまま、嬉しそうに頷いた。
――その頃、薬局では。
「……!? な、なんだ……急に悪寒が……!」
作業中の仁澄が、理由のわからない震えに肩をすくめていた。
※作者より
「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、
少しずつ近づいていく時間を、
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