第七話「香る薬舗、はじめの出会い」4
第七話「香る薬舗、はじめの出会い」は4分割で更新していきます。これは4つ目です。
今日は初日ということで、基本的な薬の調合から始まった。
仁澄が作る薬の種類を指示し、生薬を準備していく。
春燕は分量を計算し、粉薬を一包ずつ、
驚くほど手際よく包んでいった。
途中、令菘と志晃も様子を見に戻ってきたが、
二人の働きぶりを見た瞬間、こっそりと息をのむ。
(すごい…)
春燕の表情は真剣そのもの。教えられたことは一つも逃すまいと、
板の上に紙を広げて細かく書き留めていく。
その熱意に、令菘と志晃は顔を見合わせた。
(……この方、本気で学びに来られたのだ)
そう確信せざるを得なかった。
気づけば、あっという間に昼の刻になっていた。
景修が湯気の立つ茶を盆にのせて現れ、みんなで卓を囲む。
緊張していた春燕も、湯呑みに触れた瞬間ふっと肩の力が抜けていった。
「春燕様、いかがでしたか?」
景修が穏やかに尋ねる。
「大変勉強になりました。この薬局で働けて、本当に嬉しいです」
「仁澄はどうだった?」
景修が向けた問いに、仁澄は隠す必要もないとばかりに即答した。
「毎日来ていただきたいぐらいです。他の薬局には絶対取られたくありません」
「え…」
春燕が思わず目を瞬く。
「ほっほっほ。結構、結構」
景修は満足げにうなずいた。
「春燕様。お疲れ様でした。今日は早めに終わりましょう。
凌偉坊ちゃんに怒られてしまいますからな」
「春燕様!次は明後日だな。待ってるぞ」
仁澄のその言葉に、春燕の胸は期待でふわりと高鳴った。
*
薬局から戻り、琳家の大門をくぐった瞬間、
使用人たちが次々に声をかけてくる。
まるで皆が帰りを待っていてくれたようだった。
「お帰りなさいませ、春燕様!」
「お疲れ様でした!」
「ただいま」
春燕は胸の奥がくすぐったく、自然と笑みがこぼれた。
「お嬢様!」
雪麗が駆け寄ってくる。
「ただいま、雪麗。雪麗は楊家の道場に?」
「はい。私も初日でした」
顔を見合わせると、二人は同時に「お疲れ様」と笑い合った。
帳場を覗くと、凌偉が帳簿を整理していた。
「凌偉様!」
「帰ったか。どうだった?」
そう聞かれた瞬間、春燕はもう抑えられなかった。
「あっあの!今日は二階で調合の手伝いをしました!見た事もない生薬にも触れて!」
嬉しさが溢れすぎて、言葉が早口になる。
凌偉も思わず目を丸くした。
「凌偉様…本当にありがとうございます!」
「まだ初日だ。これからまだ働くんだぞ?」
「はっ、はい!そうです…!」
(また働きに行ける…! 信じられない!)
「昼は?食べたのか?」
「まっ…まだです」
自分でも忘れていたのか、春燕は慌てて答えた。
凌偉は静かに微笑むと、春燕の手を取った。
「それなら本邸で食事にしよう」
「はい!」
二人で庭園を歩きながら、本邸へ向かう。
春燕は薬局での出来事を次々と話していく。
その声は弾み、目はきらきらと輝いていた。
(楽しそうで良かった…)
凌偉はそっと横顔を見つめる。
薬局にもっと通いたいと思っているのだろうか。
屋敷の仕事を減らしてほしい――そう春燕に言われたら……。
一緒に過ごす時間が少なくなるかもしれない。
でも、春燕の望みなら叶えたい。
そんな思いが胸の奥でぐるぐると渦を巻いていた。
「凌偉様」
「なんだ?」
「明日は帳場で、ご一緒できますね」
春燕はふわりと微笑んだ。
「私……薬局で働くのも、帳場で凌偉様と一緒に働くのも……同じぐらい楽しいです」
その言葉に、凌偉は心の中でそっと安堵した。
――薬局を週三日にして、本当に良かった。
そう、こっそりと思ったのだった。
※作者より
「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、
少しずつ近づいていく時間を、
見守っていただけたら嬉しいです。
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