幻想住人登録
やってみると面白いと言われたものの肯く事は出来なかった。
何の前触れも無く現れた黒い怪物。
怪物によって破壊される街。
そんな怪物に殺されそうになって二人の女の子を護る為に必死の覚悟で玩具
の光剣で戦いを挑み戦っていた。
しかしそれが実はゲームだったと知らされた時心から良かったと現実ではな
くて良かったと思っていた。
これがとても遊びだと言われても受け入れられる心にそんな余裕は無い。
元々は生徒会に入るのも躊躇っていたし選択肢も狭まったので生徒会に入る
しかないなと思っていた矢先にこのゲームのプレイヤーになってプレイする
事が条件だという。
言葉にするならば簡単だがこのゲームをする事自体が綴也には簡単には思え
なかった。
あの体験は恐怖しか感じずとても面白いとは感じなかったしとてもゲームと
も思えなかった。
実は人知れずサクラ達はドラゴンと戦ってたと言われた方がまだ受け入れら
れたかも知れないくらいである。
しかし、学校の生徒会のルールで生徒会に入るには幻想住人つまりこのゲー
ムのプレイヤーにならないといけないという。
職業訓練は訓練内容によってはアイディアルの練習が取れなくなる可能性が
こちらよりも高かった。
しかし生徒会に入ってもアイディアルの練習時間が取れるか解らなくなって
きた。
これは朝倉 綴也という少年にとっては大いに頭を悩ませるものだった。
「貴様が迷ってしまうのは当然だろう。こんな状況でやらないかと言われれ
ばな」
「え?いや、僕は…」
「だが私は貴様には此処に来て欲しい」
「え?」
「私は貴様が気に入ったよ。貴様はこのゲームの事は怖いだろう。それは人
それぞれというやつだろう。だが貴様には嫌いにはなって欲しくないのだ。
その元凶の言うセリフではないがな」
「も僕は…あの時」
「さっきの事は気にするな。このゲームはこういうゲームなのだこんな事も
いくらでもある」
「要は綴也君に勝ち逃げされたくないのよコイツは。さっき本気で殺ってや
ろうて思ったって言ってるけどあの時点で殆ど負けてるじゃない」
「ふん、貴様の脅迫まがいの勧誘よりまだましだと思うが…」
「うふふ、ケンカ売っているのかしら…このデカイトカゲは…」
「私はトカゲではないのだが貴様の頭はそんな事も理解できんのかそこの少年よりも物覚えが悪いのではないか…」
未だに恐怖は自分の中に残っている。
あの光景は遊びだなんてとても思えない。
あれは素人の自分から見ても現実と見分けが付かなかった。
だが仮初の姿とはいえドラゴンという空想上の生き物から誘われるなど綴也
は思っても見なかった。
本人が言うとおりドラゴンが引き起こした一連の体験は恐怖だった。
このゲームと呼ばれるものを面白いと思える気がしない。
だが不思議とやってみても良いかもしれないと思っている。
さっきまで恐怖しか思い返せなかったのに何故か恐怖の元凶であるあのドラ
ゴンからの一言に綴也は恐怖が和らいでいるのを自覚していた。
「なあ?貴様も一緒にこのゲームを遊ばないか?」
黒いドラゴンは綴也に手を差し伸べる。
それは明らかに人間の手ではない。
それは先程までゲームの中とはいえ現実には無いであろう理不尽と暴虐を起
こしていた生物の手だ。
この世界がゲームならばこれもいわば作り物なのだろうと思った。
今こうして話しているのが先程まで自身に人生最大の恐怖を叩き込んだ元凶
と同一人物(?)なのかと思うほどこの怪物の発する声に先程までの恐怖は
無く寧ろ暖かいものを感じた。
それは不思議な引力を持ったのか綴也に次の言葉を言わせる最後の切っ掛け
になった。
「僕、やってみます」
「え?」
「そうか」
「えっと…いいの?」
「まだ怖いけど…やってみたいって思ったんです。それに…ここから逃げたく
ないいや…嫌いなまま終りたくないなって…」
「そう、分かったわ。じゃあ幻想住人登録しに行きましょうか?」
「住人…登録?」
「そうだイリュシオンは幻想住人に登録しなければ遊べない…」
「そうなんですか?」
「そう、幻想住人ここのプレイヤーになるにはプレイヤーになる為の登録が
必要なの。これは従来の大人数参加型のゲームには基本必要な事でねその為
にPDが必要だったのよ…」
「成程」
「ただ、プレイヤーにならなくても観客としてここに入場する事も可能なの
。だからああして綴也君も住人として登録しなくても此処に入れるしその気
になればそのままプレイヤーもといあの黒蜥蜴にケンカ売る事も可能なのよ」
「まあ、そんな物好きな奴らもいるが観客が住人戦って勝つなど在り得ない
がな」
「さっきその住人に両手両足両翼バラされて負けたくせに」
「ふん!負けてやったのだあれは…」
「まあ、とにかく登録する為に駅に向かうわよ…」
「駅にですか?」
「新天神駅はこのエリアの入り口の一つでイリュシオンは入り口で住人登録
を行うの」
「はい。でもこの街自体を使ってゲームだなんて凄いですよね………………」
「本当にね…作った人は天才なのかも…」
「そうですね……あれ?」
「どうしたの?綴也君?」
「あ、あの会長…今更なのかも知れないんですけど…」
「…登録やっぱり辞める?」
「何ぃ!?」
「いえ、違います。さっき最初此処はゲームの中だって言ってましたよね…」
「?そうよ…それがどうかした?」
そう今更ながら綴也は気付いた。
先程彼女は此処がゲームの中だと言っていた。
黒いドラゴンと自分が戦っていたという自分にとっての大事件の為かこの疑
問が浮かばなかった。
では、この街は一体何なのか?と。
今になってその疑問が自身の頭の中に浮かび上がり口から出た。
「この街にって言いましたよね…?」
「街?そうよこのゲームは街の至る所で複合現実を利用してプレイヤー達が
戦うの」
彼女の返答の内容はさらに想像を超えていた。
言葉の内容を理解しようとする度に事の重大さが理解されていき顔に汗が流
れていた。
「この街が…ですか?」
「?そうよ。この新天神の街自体がイリュシオンのエリアなんだけどね」
「街が…エリア?」
「綴也君?」
「そういえば貴様先程街自体がイリュシオンのエリアである事を説明したか
?そもそもイリュシオン自体知らなかったこの少年が街一つがゲームの舞台
になっているなど…理解していたのか?」
「…あ!」
全てをようやく理解した瞬間綴也はその場で驚きの声を上げた。
「…ごめんなさい」
「現実の街一つをゲームのフィールドにする事がそんなに驚く事だったか?」
「今日までイリュシオンの存在すら知らなかったのでまさかそんなにまで人
類の技術が進んでいるなんて…衝撃です」
「ああ…そうだったな、ドラゴンの事も知らなかったな…お前は」
本当に今日は一生分驚愕しているのではないだろうかと綴也は思った。
しかし、街一つがゲームの舞台だなんてまるでSFかファンタジーの世界に
も迷い込んでいるのではないかとそんな気分になっていた。
一生分の分の驚愕は何処まで続くのかを考えながらも綴也とサクラはあの黒
いドラゴンと別れた。
あのドラゴンの別れ際に手を振っていた表情と仕草がどこか微笑ましいもの
に見えたのでついつい手を振っていた。
何とも不思議と思いながら新天神駅に向かった。
「ようやく辿り着いたって気分がするわ…」
「何だかすいません…」
「綴也君の所為じゃないわ…むしろ謝るのは私達の方ね…」
「え?」
「何も知らなかった貴方をこんな形でイリュシオンに誘っちゃって今思うと
我ながら悪乗りが過ぎてたわ…本当にごめんなさい」
「いや、僕の方こそイリュシオンの事は知らなかったんで…」
「ま、まあ君が少々世間知らずな面があるって改めて解ったわ…」
「あ!!おにいちゃん見つけた!!」
「「?」」
「あら、二人とも…」
新天神駅が見える所まで来るとと二人に駆け寄ってくる小さな女の子とその
後ろには紫の髪を靡かせた少女と数人の女子。
あの時の迷子とシアと生徒会メンバーだった。
「副会長!?」
「皆、来てたのね…」
「この子の両親を探しに駅の案内に頼んでご両親が来るのをここで待ってい
たら貴方達が見えたから…」
「じゃあ見つかったのね」
「ええ、今向われてます」
「いきなり観客として遊びに来たらはぐれちゃったんだって」
サクラからは無事だとは聞かされていたが実際に無事な姿を見られた事であ
れがゲームだったんだなと綴也は思いその事に改めて安心した。
「良かった。でもすみません副会長。この子の親探しを任せてしまって…」
「いいえ、むしろ謝罪するべきは私達ですね。サクラに代わり私が謝罪しま
す」
「いや、会長には謝ってもらいましたから…」
「あら?そうなの?」
「何普段は謝らないのにみたいな声出してるのよ!!私だって間違ってたら
謝るでしょう!?」
「どうだったかしらそれは置いといて朝倉君、イリュシオンに登録するんで
すね」
「…はい」
「これは我が校生徒会の伝統になっているので怖くても頑張って下さいね。
と言ってもこれはゲームなので気楽にやって見て下さい私もなんだかんだで
はまっちゃっているんです」
「え!?そ、そうなんですか?」
「副会長実は私達生徒会の中では一番イリュシオンのプレイ暦は長いから…」
ルージュの言葉を聞いて綴也は驚いた。
人間を外見で判断するのは良くない事だが聖アウローラ学園生徒会のメンバ
ーはとてもゲームをするようには見えなかった。
ましてやあのようなゲームをやるような人達に見えなかった。
その中でもシアは一番やらないと思っていた。
その彼女が一番プレイ暦が長いと言うのは驚きだった。
「この子の親ももうじき来られるそうですから二人ともどうします?」
「会長すみません。ちょっと待ってもらっていいですか?」
「そうね…この子見送ってから登録しましょうか」
最初に見つけたのは自分なのだから最後くらいは立ち会わねばと全員で待ち
続ける事にした。
それからしばらくして少女の両親らしき人物がやった。
両親は綴也達に何度もお礼を言って少女は二人に手を引かれて駅の中に向っ
ていった。
彼女は笑顔で綴也にバイバイと手を振っていた。
綴也もつられて手を振り返す。
「それで会長?登録ってどうやって?」
「駅の中に登録コーナーがあるからそこで登録するの。そこに案内人のロボ
ットがいるから」
サクラが視線で指す方に案内用の人間型ロボットを見つけイリュシオンの住
人登録を頼むと登録自体は十分も掛からずに終了した。
「それでは、朝倉 綴也様。基本登録は済みましたので向こうお進みくださ
い」
「向こう?」
指示された方を向くとそこには正しく何の変哲も無い扉が設置してあるのが
見えた。
「これからあのドアに入って幻想住人としての朝倉君の姿をデザインするん
です」
「自分の姿をデザイン?」
「ええ。後は入れば解りますから」
「なら後は綴也君次第だからデザインが決まって出てきたらとにかく色々や
ってみると良いわ。私たちはもう行くから…」
「え!?色々って何を?というか何処に行くんですか会長?」
「私、あの黒蜥蜴に話があるからちょっと行ってくるわ…」
「え!?あのでも僕はどうしたら…」
「会長から聞いたでしょ?此処は対戦ゲームなんだからまあ最初は周りを見
てみて試しに誰かに戦いを挑んで見るのもいいんじゃない?」
「ええ!?出来ませんよそんな事」
「いや、割とこの住人達って対戦しないって聞いたら割とやろうやろうって
簡単に応えてくれるから」
「それはゲーム未経験の僕にとっては難しいです!!」
「うふふ私が最後まで此処で待ってますから先ずはゆっくりデザインを決め
て下さい。デザインが決まって部屋を出たら少々ルール違反ですが私の所に
戻って来て下さいね」
「解りました」
「じゃあ後は皆六時にこの駅に集合ね。じゃあね…行って来るわね」
「一応言っておきますが話し合いで終らせて下さいね」
「一応努力するわ。後綴也君がどんなデザインなのかは楽しみにしておくわ」
「は、はい」
そう言ってサクラ達は駅の外に出て行った。
後は入れば解ると言うのならば入るしかないので綴也はその中へと進んでい
った。
「…お邪魔します…って!?ええ!?」
ドアを開けて入った瞬間にドアは勝手に消えていってしまった。
ドアが無くなってしまったら自分は何処から元の場所に帰るのだろうという
考えが浮かびかけたがこれはゲームなので危険は無いだろうと思い一先ず周
りを確認してみた。
周りは黒一色の何も無い場所で何も見る物も事も無かった。
「あのーすいません。幻想住人のデザインをしに来たんですけど」
綴也が何も無い中声をあげた瞬間黒だけの空間に光が生まれた。
その光が徐々に大きくなり黒の景色を飲み込んでいった。
光が全てを飲み込んだ後綴也が先程まで見ていた黒一色だった場所は一変し
ていた。
風景には空と海があり全てが蒼色一色に染り綴也は文字通り海の上に立って
いた。
その風景に綴也が呆然としていると…。
「ようこそ、イリュシオンへ…」
「え!?」
声を聞いたので声のほうを振り向くとそこには先程別れたはずの幼い少女が
綴也と同じく海の上に立っていた。
「え!?何で君が此処に!?…いや、あなたは…あの子じゃない!!?これも
イリュシオンの演出!?」
「ううん。さっきまで一緒にいたのはわたしだよおにいちゃん」
彼女の雰囲気が先程までとは別人のように感じられた。
あの少女とこの少女は別人と思っていたのだがそれを少女本人に否定されて
しまった。
あんな事があったのでそんな事を思ったのかもしれないがそれでも目の前の
少女と先程までの少女が同一とは思えなかった。
「え!?だけど…」
「ウフフ…」
「?」
「私ですよ。綴也さん」
「え!?」
すると口調を変えた幼い少女が自分の名前を呼んだのである。
ただその呼び方はお客様にするものではなく親しい者に掛ける声だと綴也は
思えた。
「ほら…私ですよ」
そう言った幼い少女は光に包まれてその姿形が綴也が良く知る山吹色の髪と
眼を持つ女の姿をとった。
「ミ、ミフさん!!?」
E香…まあ、あんな怪物に襲われてこれが実はゲームと言われて
一緒に遊ぼうと言われてもな…
Mル…この時代の人はエンターテイメントに更に刺激を求める傾
向見たいですね。
綴也さんの様に戸惑ったり疑念を抱く方は少数派ですね。
E香…アレを見てゲームだと解ればすんなり遊べるのか!?
私には出来ん。
綴也君の戸惑いも解る。
Mル…まあ、ゲームなので先ずはチュートリアルともいえる話か
ら入りましょうという事でこのような展開にしたそうです
が…。
E香…長くないか?
Mル…貴女と意見が合うのは遺憾ですが作者も感じているそうで
す。
ですが三話程バトル要素は無いようです。
E香…そうか。とりあえず私はそろそろ帰って良いか?
貴様と一緒にいるのは疲れた。
(恵理香退場)