体調?悪そうですね
天沢と会ってからの四日間。坂田がクラスに現れることはなかった。
連絡をしても反応は無いし、彼が住んでいる寮に行っても留守だった。
二日目あたりから不安になってきており、三日目は、坂田だから大丈夫、という謎のおまじないでなんとか乗り過ごした。
そして迎えた四日目。『ゲーム大会』当日。
実は、二日前の夜に一斉メールで『開会式を十時から行うため、第一体育館に九時五十分までに集合』と送られてきていた。
それにより全校生徒が第一体育館へと足を向ける。
今年初めて全学年が揃う場となるのだ。
第一体育館は入学式を行った場所であり、四つある体育館の中で唯一舞台が存在している。そのため式典は基本的にこの第一体育館で行われるのだ。
世論が第一体育館に着いたのは、九時半になるほんの少し前だ。
各体育館には何百もの体育館シューズがいつでも借りられるように常備してあるので、持ち込む必要は無い。
特にこういう式典では借りた方が手入れをしっかりとしてある物を履けるため、持ち込む人は少ない。
世論も例に漏れず常備されてある体育館シューズに靴を履き替えて、館内へと入った。
この学校の体育館には一般の体育館とは異なり、二階から上は観客席となっている。むしろ、武道館の方がしっくりとくる。観客席には既に何人もスーツ姿の人が座っており、ノートパソコンを弄ったり、カメラで写真を撮っていたりしていた。
館内にできている列はどうやら学年ごとにクラス別らしく、D組は一番端ということや、天沢や櫻井が最後尾に、その前に八乙女と石田が並んでいることにより、世論はD組を早く見つけることができた。
しかし、そこに坂田の姿はない。
「遅いぞ、比亜里」
「あ、世論君おはよう! 真緋流君は?」
「おはよう皆。坂田からは何も聞いてない。もう来てるのかと思ってた」
「そっかー。真緋流君はまだ来てないよ」
現在の時刻九時三十五分。後二十分で集合時間となるのだが、ここまで音信不通だと、来ないんじゃないかと思ってしまう。
それは、坂田を警戒している彼等も同じのようだ。
「真緋流君、間に合うかな……」
「大丈夫。坂田は九時四十四分から四十七分の間に必ず来る」
全員が、天沢の呟きに答えた人物を見る。
それも、驚愕の眼差しで。
「え? 咲希ちゃんそれ本当?」
「本当」
予想ではなく、断言をした櫻井。
坂田が連絡を寄越した可能性は、まず無いだろう。
連絡するのなら世論にも来るだろうし、何より櫻井と坂田が連絡を取っているなんて本人から聞いたこともない。
もしかしたら、坂田や天沢なども大概なのだが、彼女も彼女で大概なのかもしれない。
相変わらずの無表情ではあるが、その無表情の裏側には坂田達のようないくつもの考えがあるのかも――そんな考えが、世論の脳裏に浮かぶ。
勿論、ただの勘というのもあるのかもしれないが、それは勘は当たっていると、その十分後に立証という形で出た。
九時四十七分に、坂田が三年B組の新発田と共に体育館に入ってきたのだ。それにホッと一息――そんなものつく余裕などなかった。坂田の様子がおかしいのだ。
新発田にどうしてこうなっているのかを聞くため、世論は走って近寄る。近くで見ると、坂田は明らかにやつれており、汗が吹き出ていた。
新発田に、少し焦り気味に世論が問う。
「新発田さん、坂田はどうしたんですか!?」
「いえ、私もここに着いたらたまたま真緋流君が体育館の入り口にいたのですが、様子がどうも変で……」
「そういうことか……分かりました。ここからは俺が付き添います。新発田さんはクラスの方へ戻ってください」
「……分かったわ。真緋流君をよろしくね」
新発田は坂田を任せるのを一瞬迷ったが、男手ということもあり、一応知らない仲でも無いため、世論に任せて自分はクラスへと向かった。
いろいろ聞きたいことはあるが、まずは現状だろう。
「どうした坂田。具合でも悪いのか?」
「久しぶりだな……比亜里。そんな感じだ……」
息遣いも荒く、顔色も悪い。
どうみても体調不良だ。
世論は坂田に肩を貸して、D組の元へ向かう。
クラスメイトもこの時間になっても坂田が来ていないことに気付いていたらしく、男子、女子を問わずに坂田へと近寄って、彼を労う声をかけた。
その中には、東雲の姿もあった。
「大丈夫? 坂田君。調子悪いのなら無理しなくても……」
「坂田。無理せずに休んでろ」
「坂田君。貴方は先週から頑張りすぎたのよ。今日は私に任せてゆっくりなさい」
これだけで、クラスからの信頼は絶大と言っても過言ではないことが分かる。
――さりげなく東雲がクラスのまとめ役を立候補した時、世論が嫌そうな顔をしたのは言うまでもない。
そして、時刻は後数十秒で集合時間を迎える。
館内はだんだんと静かになり、坂田を囲っていたD組の生徒も元の場所へと戻った。
世論は坂田の隣へ付き添う形で、最後尾にいる。
時間は早いがもう始められる雰囲気となっている。
そのためか、女性教員が舞台端にあるマイクの前へと立った。
「開会宣言」
「これより、第八回『ゲーム大会』の開会式を始めます」
企業の方が来ているからか、それとも最初からこうなのかは分からないが、開会式は普通のようだ。
若干『ゲーム大会』という名前がお遊びような名前に聞こえてしまうのは、もうどうしようもないことなのかもしれない。
「理事長、挨拶」
そんな気持ちは、司会の言葉で消し飛んだ。
理事長。
この学校の創設者であり、大企業の社長。
この数年の日本の発展は、彼の功績と言っても過言ではないとまで言われているほどの人物であり、入学式の学校の説明で新入生達の度肝を抜いた人物だ。
「私から言いたいことは二つ。一つ、この学校の生徒として恥ずかしくないようにすること。そしてもう一つは――期待しているぞ」
――期待しているぞ。
その言葉は、何故かとても重く響いた。
理事長が舞台袖に消えて、ここで開会式は閉会。
一年はその場で待機となり、二年は第三体育館。三年は第四体育館へ移動となった。
それに合わせて観客席も多少の動きを見せるが、そのほとんどはこの場に残っていた。
恐らく、新入生から有力株を見つけようという魂胆なのだろう。
それから数分後、完全に二年と三年が体育館から出ていったのが確認されたところで、舞台に巨大なスクリーンが現れた。
「それでは一年生の皆様に、本日最初に行われるゲームのルール説明をします」
女性教員の司会と共に映し出されたのは、よく知っているゲーム、オセロだった。
「今回始めに行ってもらうのはオセロです。勿論、ただのオセロではありません。行うのは、『ポイント制オセロ』です」
そこでモニターに写し出されたのは、オセロの盤面にポイント表示がされているものだ。
オセロ盤は開始位置である真ん中四マスを一層とすると、四層構造となっている。
開始位置である真ん中の四マスは十ポイント。
二層目は一気に下がり、四ポイント。
三層目は一ポイント下がり、三ポイント。
四層目も同じく一ポイント下がり、二ポイント。
ただし、四隅は一ポイントとなっている。
「このオセロで手に入るポイントは最大で二百ポイント。勝敗は枚数ではなく、ポイントが多い方となり、勝利数を競ってもらいます」
勝敗が枚数ではない。
これにより、いかに真ん中を上手く取るか、隙をついて四隅を取るのか、というのが重要になってくる。
「先行は黒。それは対戦相手とジャンケンで決めてください。また、グループ対グループの試合となりますが、打つ順番はグループ内で決めてください。ただし、必ずローテーションを組み、その順番を厳守でお願いします。四人グループなら、四人で一回ずつ回してください」
このルールなら、オセロが得意な人に連投させる、というやり方は禁止になる。確かに、それではグループを組んだ意味が無くなる上、オセロが得意な人が多いクラスの方が有利になってしまう。
それを少しでも抑えるためのルールなのだろう。
そんなことを考えていた世論だが、次の司会の女性教員の言葉で一気に冷や汗をかくこととなった。
「なお、対戦中に私語を含めた、打つ場所を他人に聞く行為は禁止です。また、十秒以内に必ず打ってください。この二つをもし破った場合、そのグループの負けとなり、ポイントは入りません。そちらの判断はその対戦を監督している審判の方に委ねてあります。反則行為は一回目は警告、二回目は負けとなり、同じくポイントは入りませんのでご注意下さい」
私語は禁止。
つまり、世論は十秒間のうちに自分で考えて打たないといけないことになる。
よく考えれば当然だ。
私語がありなら、オセロが得意な人が何処に打てばいいのかを教えれば終わりなのだから。
「まず、今から五分以内にこの場で各クラスで決めて貰った六グループに、AからFのアルファベットを付けてください。それではどうぞ」
司会の合図と共に一気に騒がしくなる体育館。
D組は坂田を囲むようにして集まってきた。
その坂田というと、息は来たときよりは整ってきているが未だに肩を使って息をしており、相変わらず熱は下がらない。
だが、それでも坂田は的確な指示を出した。
「順番は、グループを決めた順番……東雲と倉科でA,Bを決めてくれ。男子は……それこそ決めた順番だな……」
アルファベットの割り当ては、あっという間に終了した。
Aは東雲がリーダーの女子グループ。
Bは倉科がリーダーの女子グループ。
Cは男子三人グループ。
Dは世論達。
Eは八乙女と石田。
Fは男子五人グループ。
他のクラスはまだ割り当てをしている中、そのあっという間の割り振りでD組は待機という状況になった。
その時間を利用して、さらに坂田へと寄るクラスメイト達。
だが、坂田はそれを制した。
「皆、さっきみたいに並んで待機……俺のことは大丈夫だから気にするな……」
そこまで言ったら、坂田は世論を枕にして寝転がった。
口では大丈夫と言っても、やはり辛いものは辛いのだろう。
天沢が手持ちのハンカチで汗を拭き取ってはいるが、それでも出続けている。
「世論君! やっぱり真緋流君は無理だよ! こんなんじゃ行事どころじゃないよ!」
「比亜里……俺はできるぜ……」
「真緋流君は寝てて! ――世論君!」
いつの間にか、坂田がこの行事に参加するのを決める人が世論になってしまっていた。
D組の視線が集まる。
櫻井は相変わらず無表情で、八乙女と石田も同じくジッと世論を見ており、天沢は何処か懇願しているような眼差しを世論へ向けている。
そして、世論が出した答えは――
「悪いな天沢。これは坂田の意志だから俺に止めることはできない」
――坂田を行事に出すということだ。
「そんなっ! 何でよ! 今の状態見て――」
「天沢!」
「――ッ!」
未だに引こうとしない天沢に、世論は今までに無い強さで彼女の名前を呼んだ。いつの間にか全クラスとも振り当てを終えたらしく、全員が世論達へと視線を向けている。
「坂田がここまでしてやりたいって言ってるんだ。正直なところ、なんでここまでやりたがるかは俺にも分からない。けど、やらせてやってくれないか?」
「――倒れたら」
「ん?」
「もし倒れたらすぐやめさせるからね」
「当たり前だ」
こうして、天沢が引いたことにより坂田は行事に参加することが決定となった。
そこで彼等は周りから視線を集めているのに気づいた。よく見ると、司会の女性教員も待っていてくれたみたいだ。
「そこの生徒達。今回は早く始められたことにより時間ができていたため不問としますが、本来なら警告処分です。以後気を付けてください――さて、それでは今一度モニターをご覧下さい」
当然と言えば当然の注意を受けて、再びモニターへと目を向ける。
今度映ったのは、体育館を真ん中に通路を通し、左右に六個ずつの四角い簡易的な部屋、計十二個の部屋が映し出されていた。その画像には『第二体育館内』と書かれている。
そして、その十二個の部屋にはそれぞれ、
『A組のB 対 C組のF』
という対戦表らしきものが書いてある。
「こちらは対戦相手と行われる場所について書かれている図です。クラスの後ろに書いてあるアルファベットは、今決めて貰ったグループのアルファベットのことです。これを見て、十一時までに所定の場所に集合してください。今からは自由時間としますが、第一体育館からは退出するよう、お願いします」
そして司会を勤めていた女性教員はその場で一礼し舞台袖へと消えていった。
それに伴って、だんだんもざわつき始める体育館。
世論達『D組のD』は一番右上の部屋で『C組のF』と対戦だ。
「各グループ……リーダー中心に、作戦を……俺のことは気にするな……」
息も絶え絶えに、だがしっかりと指示を出していく坂田。それを見て、クラスメイト達も心配そうに坂田を見つめながらであるが、出口へと向かっていく。
そんな中、その出口から入ってきて、小走りで世論達の元へと近寄ってくる女子生徒の姿があった。
「比亜里君。真緋流君の様子はどうですか?」
こちらへ走ってきていたのは、新発田だった。
見たところ、第四体育館から急いできたのだろう。
少し息が上がっている。
「かなり悪いです」
「分かりました……今から薬を持ってきますので、この体育館裏の日陰で待っていてください」
「ありがとうございます」
そうして、再び新発田は出口へと走り去っていった。
世論も彼女に言われた通りにするため――また、早く出ていかないといけない雰囲気が出てきているため、坂田をおんぶして出口へと向かう。
――意外と軽い。
「ねぇ、世論君。あの人は誰?」
「ああ、そういえば知らないのか。あの人は三年B組の新発田 禊。人の身体に関係する分野で、これから日本を引っ張っていくと言われている人らしいよ」
「ふーん……」
「新発田さんは……俺の憧れの人だ……それ以上も以外もない」
そうなんだ、と天沢が呟いてからその場に会話は無くなった。
世論達に何処か重苦しい雰囲気が漂う。
それを表すかのように、日陰で坂田を寝かせて残りの三人は壁に持たれて座って休んでいたのだが、誰も喋ろうとしない。
そんな時間が十数分。
新発田が薬を持ってくるまで続いた。




